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夏の夜のLabyrinth
〜7th  六月花嫁は盛大に〜

■petal・1■



この街にはメガロポリスという名がよく似合う、と亮は思う。
メガロアルシナド――アルシナドの本当の中心部だ。『Aqua』の中心でもあり、旧文明産物が多く残る場所でもある。
亮は、その計算し尽くされて建てられたコンピュータビルディング街の一角のエレベータの中、だ。
特殊なガラス張りのそこからは、アルシナド中心部を一望出来る。無表情に景色を見下ろしていたが、目的の六十七階についたことをつげる音がして、そちらに向き直る。
ちなみに、このビルは七十七階建て。最高の高さを誇るのは、総司令部の百階建てだ。どのビルよりも高いそれは、旧文明時代も中心を担っていた。
それは、ともかくとして。今日は別のビルにいる。
「あら、天宮のトコのじゃない?とうとう年貢の納め時?」
三十代前半とおぼしきオネエサマが近付いてくる。少々ハデ目の化粧がよく似合っていて、香ってくる香水もイヤミではない。しかし、言っていることが少々吹っ飛んでいるように聞こえる。が、そうではない。
エレベータを降りてすぐのところに、ちゃんと書いてある。『リスティア・ロイヤルホテル・ウエディングセンター』と。
亮は、にこり、と笑う。
「僕では、ないですよ」
「なんだ、つまんないなぁ。ワタシがイイ人、紹介したしたげようか?」
「遠慮しておきます」
親しげに会話してる彼女の名は、小野寺透子。このリスティア・ロイヤルホテルのオーナーだ。 年のはなれた旦那と結婚して、先立たれた後も立派にやってみせている。結婚した当初は、財産狙いだのなんだの散々なバッシングがあったが、いま、そんなコトを言う者は誰一人いない。それどころか、彼女の経営手腕は経済界でも注目の的になっているくらいだ。
このホテルだけでなく、『Aqua』全体にいくつもの高級ホテルを経営する辣腕だ。リスティアの首都中心部にあるこのホテルは、国賓を迎えた時は必ず利用される伝統あるホテルでもある。健太郎とも、経済面での話がよく合うらしく、ランチミーティングしている仲だ。いつだか、それに呼ばれて、子供とは思えない分析を披露して以来、気に入られているらしい。
「じゃ、天宮がらみの仕事?」
天宮がらみ、というのは総司令官がらみ、という意味だ。透子が天宮、と言えば総司令官兼、天宮財閥総帥である天宮健太郎を指している。
国賓まではいかなくても、各国の重要人物が多く泊まるこのホテルには、総司令官直々の命令による護衛がよく入る。もちろん、宿泊だけでなく、イベントがらみでも同じコトだ。
「まぁ、そんなとこです」
「ふぅん?いちばんツマラないな」
本音半分、冗談半分のコメントだ。ホテル側としても、いろいろ気を使うことが多くなる護衛はあまり、ありがたいモノではない。
「しょうがない、おいで、ここじゃなんだから」
手招きしてから、事務所に入っていく。亮も、おとなしくついていった。

オーナー自ら、予定を管理するコンピュータの前に座る。
総司令官関係なら、あまり大っぴらにやるわけにもいかない。
「で、いつの誰?」
「六月七日です、野島製紙の子息が結婚するはずですが」
慣れた様子で、検索をかける。
「ああ、あるわね、野島正和様、速瀬小夜子様ってヤツ」
「その日、他の話は?」
「ない、ほとんど貸切状態」
「そうですか」
透子は、不信そうな目を向ける。
「で、コレがどうかしたの?」
「頼まれたら、警備せざるをえない立場ですから」
「ま、イロイロ来るだろうからね」
納得してくれたようだ。野島製紙は、製紙会社の中でも最大級だ。招待客もそういった立場の者が多くなる。そういうのには、彼女も慣れている。
「詳しい会場図があると、嬉しいのですが……防犯設備もわかるような」
「いいわよ」
あっさりと、ファイルをくれる。
「ありがとうございます、では、これで」
「あ、長居するとロクな目に会わないって態度だな」
さっさと立ちあがった亮を、横目で睨む。
「当たってると思いますけどね」
「ちぇ、バレちゃしょうがないね」
透子は、亮の分析能力を高く買っている。引きとめられたら、えんえんと経済談義に巻き込まれるに違いないのだ。彼女曰く、本当に自分と話が合う人間は、ほんの一握りなのだと言う。お付き合いでしゃべらされるほど、苦痛もないと。
でも、いまはそれに付き合うヒマはない。
透子は自分も立ちあがりながら手を振る。
「天宮に、よろしく言っといて、たまには顔見せなさいって」
頷いてみせてから、身をひるがえす。
事務所を出て、ちら、と振り返る。
それから、エレベータに乗りこむ。
ファイルの入ったディスクを軽く振る。
実際のところ、会社社長などから、知らない仲じゃないから結婚式の警備をやってくれ、などと言われて、健太郎が「ハイいいですよ」などと気楽に引き受けるわけなどない。そんなことをしてたら、総司令部は経済界の私用警備隊になってしまう。
私事と公事の区分けができなければ、総司令官など務まらない。その点、健太郎は二重人格と思えるほどに、はっきりとしている。
亮が、こんな情報を取り出していることなど、いまのところは健太郎も知らない。
この情報は、別の用途に必要なのだ。
もちろんホテルの情報程度なら、亮の手にかかれば、いとも簡単にハッキングできてしまうが。
先のコトを考えると、それは得策ではない。
ディスクをポケットにつっこんでから、ガラスの外に目をやる。



話は、少し、さかのぼる。
五月初旬、新緑が眩しい季節だ。
亮は、忍の部屋とつながっている内ドアをノックした。
「どーした?」
扉を開けると、雑誌から顔を上げた忍がこちらを見る。
「家に、連絡をいれてください」
相変わらずの無表情で、用件を伝える。
「家?俺の?」
忍が、確認する。
「はい」
珍しいことだ。
軍隊という性質上、家族のほうから直接連絡をとることは出来ない。通常、手紙等の手段が利用される。ただ、総司令部に届いて、それから振り分けられて届くので、どんなに急いでも数日を要する。
それでは間に合わない時に利用されるのが、『伝言』。電話連絡で、総司令部に伝えるもので、任務の最中でない限り、すぐに所属部隊に伝えられる。
ようは、急ぎの用事だ、ということだ。
忍は、雑誌を置いて立ちあがる。
「電話、してくる」
こちらから電話をかけるぶんには、問題はない。
どこから発信しているか等の情報は、まったく漏れないようになっているから。
にしても、『第3遊撃隊』に私事の連絡が入ること自体が珍しい。というより初めてかもしれない。これを聞いたのが麗花だったりしたら興味津々なのだろうが、亮は表情をかえることなく、部屋にもどる。

そう長い時間はとらず、忍は戻ってくる。
こんどは、忍のほうから内ドアをノックしてきた。
「はい?」
モニターに向かっていた視線が振り返る。
なんとも、奇妙な表情になった忍が立っていた。
「ちょっと、教えてほしいんだけど」
なんとなく、口調も歯切れが悪い。
「休暇届って、どうやって出すんだっけ?」
「休暇届ですか?」
モニターに向かい直して、画面を呼び出してくれる。
「ここに必要事項を書きこんで、あとは電子承認待ちですね……もし、任務がはいれば取り消されますけど」
「うん、それは知ってる」
もそもそと返事を返しながら、記入をする。理由の場所には、『私事』を入力した。
記入を終えて、軍師の承認を得たモノを送信する。
なにが起こったのかと詮索しないのが亮らしいと思う。
「なぁ、亮」
亮は、少し、首を傾げる。
先を待っているらしい。
すこし、躊躇ってから一気に言う。
「結婚って、一ヶ月とか二ヶ月で、決まっちまうもんなのか?」
「人によりけり、だと思いますけど」
意外なネタふりに、亮の返事もはっきりとはしない。忍は、質問が悪かったと思い直したようだ。
「なんて言ったらイイのかな、社会的地位がある人がさ、結婚する時ってもっと根回しじゃないけど、そういうのしないか?」
なんとなく、言いたいことがわかってくる。
「話が決まってから、式までの期間、ですか?」
「あ、そう、それ」
「どうでしょうね?人それぞれだとは思いますけど、一ヶ月、は早いでしょうね、予約のことなど考えても……そんなに急だと、呼ばれる相手が予定を都合出来るかどうか微妙ですし」
亮の言う『予約』とは、式場の予約や招待客の確保、といったものが含まれている。社会的地位がある人間が呼ぶ相手も、当然、それなりの立場の者が多くなる。そういう立場になればなるほど、スケジュールはぎっちりつまってしまう。一ヶ月前、では、どうにもならない人間が多数のはずだ。
例えば、総司令官兼天宮財閥総帥という立場の健太郎のスケジュールなど、聞いただけで吐き気をもようしそうな過密さだ。本人はなにも言わないが、いつも目が充血しているところをみると、万年睡眠不足なのは確かだ。そういった人々を集めようと思ったら、やはり半年くらいの余裕は必要だろう。
「だよな……」
言ったきり、忍は黙りこむ。
「……なんか、乗り気とも思えねぇし」
これは、ほぼ独り言、だ。
しばらく、なにやら考えていたようだが。
「ちょっと、出てくる」
決然と言うと、飛び出して行く。
慌しく出て行く忍を見送った後、亮はモニターに向かい直して、忍の『私用外出届』を入力した。



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