[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜7th  六月花嫁は盛大に〜

■petal・2■



「スゴイモノを見ちゃったよう!」
夕方、はしゃぎながら帰ってきたのは麗花だ。本日の買出し部隊だったのだ。
どちらかというと、なんでも大げさに表現する傾向のある彼女のはしゃぎようには、ワンクッション置くべきだと知っている俊は、ぼそり、と尋ねる。
「何を?」
「あ、またクダラナイと思ってるでしょ?」
俊の顔を覗きこみながら言うと、くるりん、と方向を変える。
「べっつに、聞きたくないならイイんだ〜」
やたらと、もったいぶっている。
些細なことならすぐしゃべるから、コレは珍しく特ダネらしい。
俊が黙りこむと、麗花はにやりと振り返った。
「聞きたい?」
言いたいんだろ、というツッコミをかろうじて我慢する。
「しゃーない、聞いてやろう」
精一杯の譲歩だ。
「忍がねぇ」
やっぱり、もったいぶっている。
「女の子と歩いてたんだよ」
「……………」
それは、たしかに大変意外な光景だが。
「忍、彼女いないぞ」
入隊前までにいなければ、入隊後につくるのはムリだ。幼馴染みの上、同級生の俊は忍に彼女がいるかいないかくらいは、よく知っている。
「えー?そうなの?」
ナンパするようなタイプではないことは、麗花も知っている。
急につまらなさそうになる。
「どうせ、道きかれた、とかじゃないのか?」
たしかに、そういうのには縁がありそうだ。
「逆ナンパかもじゃん」
あくまでも、麗花はその路線にこだわりたいらしい。確かに、そのほうが面白くはある。
「うーん、どうだろうなぁ」
「いいもん、帰ってきたら聞いてみるもん」
「はいはい」
麗花は買い物を台所に持っていく。
手にしたペットボトルのキャップをひねりながら、俊は階段を上がる。
自分の部屋に入りながら、首をかしげた。
なにも言ってなかったけど、もしかしたら彼女、いたのかな、と。

結局、真相を尋ねることができたのは夕飯の時だ。
「ねぇねぇ忍」
「ん?」
なんとなく、上の空に見える。
そんなことにはおかまいなく、麗花は尋ねる。
目がきらきらしてるところを見ると、まだナンパ説に執心しているものと思われる。
「今日、一緒に歩いてた人、だぁれ?」
「姉貴」
あまりにも、あっさり返事が返ってきた上に、お約束すぎるオチに思わず吹き出したのは俊だ。
「なんだ、小夜子さんか」
「おねぇさんかぁ」
麗花はあからさまにガッカリしている。
須于のほうが、興味を覚えたようだ。
「忍、お姉さんがいるの?」
「まぁな」
「いくつ上?」
上目使いになったのは、計算しているからだろう。
「四歳かな」
「キレイなんでしょうね」
「はぁ?」
須于の台詞に、怪訝になったのは忍と俊だ。二人とも、小さい頃から見慣れているが、キレイだと思ったことはないらしい。
「だって、麗花がが彼女と見間違えたくらいだもの」
「そりゃ、そう思いこんだからだろ」
ミもフタも無い、忍の台詞だ。
「いやいや」
麗花は、手を振ってみせる。
「ちゃんとソレを吟味してから、彼女と認定したんだもん」
「じゃ、キレイなんだろ」
ぼそり、と言ったのはジョーだ。
「歯に絹着せないヤツだ」
褒めてるのかなんなのか、イマイチわからない。が、この場合、麗花の台詞を肯定しているのだろう。
少なくとも、麗花はそうとったらしい。満足げに頷いてみせながら、言う。
「ま、うちでイチバンの美人は亮だけどねー」
味噌汁を運んできた亮は、かすかに眉をよせたがコメントはしなかった。
「会ってみたいなぁ」
須于が言う。
「んな、いいもんじゃないって」
「でも、どうしたんだ?」
俊が尋ねる。
キレイかどうかはともかくとして、性格は知っている。相当なことが無くては呼び出しはしない。
「ああ、結婚するんだと」
「まじぃ?!」
驚愕の表情の俊と、わぁと喜んだ須于と麗花の表情が対照的だ。
「おめでとう」
「あのお姉さんなら、花嫁衣裳似合いそう」
が、なんとなく、忍の表情が冴えない。
なんだか、盛りあがったらイケナイ感じだ。
「まぁな」
と、ぽつりと言って、そのまま味噌汁を手にする。
麗花が、そっと俊に尋ねる。
「忍って、シスコン?」
俊が、首を横に振る。
「ないない」
「聞こえてる」
ぼそり、と忍に言われて、麗花は首をすくめた。
「式までの期間、と関係ありそうですね」
亮が、はじめて口を開く。
「なにそれ?」
すぐに尋ねたのは、麗花だ。忍は、ご飯を食べかかった手を、下ろす。
「普通に結婚するなら、俺もなにも言わないけどな」
「普通じゃ、ないのか?」
「借金のカタってのは、やっぱり納得いかない」
麗花や須于は、話が読めなくてきょとん、としているが、俊には何が言いたいのかわかったようだ。
「親父さんの?」
その単語が出たとたんに、忍の不機嫌度がぐっと増す。
「ん」
本当に短い返事が返ってきた。
おそるおそる、俊が質問を重ねる。
「でも、野島のオヤジってそんな理不尽なタイプだったか……?」
興味津々らしく、麗花などはご飯を食べる手がすっかりお留守だ。
「いまは、そうなんだ」
相変わらずご機嫌ナナメな返事が返る。
野島のオヤジ、というのは亮にも聞き覚えのある人物だったらしい。
「野島製紙の野島正一郎のコトですか?」
「うん、それ」
返事を返したのは、俊だ。
「……釣り合わんだろう」
ぽつり、と意見を述べたのはジョー。
それを聞いた忍が、さすがに思わず吹き出した。
「いや、それは、さすがにないって」
苦笑を浮かべながら言う。
「姉貴の相手は、その一人息子だよ」
ようするに、ジョーは年のいった野島製紙経営者当人が、忍の姉に求婚した、と思ったらしい。
「正和氏ですね」
さすがに、亮はそこらへんも知っているようだ。
「最近は、彼のほうが中心に経営しているはずですが」
「ん、オヤジのほうは調子崩してて、入退院繰り返してるらしいよ」
忍が伝聞で言う。今日、姉から仕入れた知識なのだろう。
「ねぇ、話がよく見えないよ。誰の借金で、誰から借金で、なんで結婚なの?」
麗花は、頭が混乱してきたようだ。
ここまで言ってしまって、隠したところで仕方ない。
「だから、俺の親父が野島のトコから借金をしていて、その借金のカタに姉貴が嫁に行くってこと」
えらく、話がコンパクトにまとまっているが。
「あんま、込み入ったこと聞くの、悪いけどさ」
「飲み代」
質問の先周りをして忍が借金の用途を答える。
目を丸くして黙りこんでしまった麗花にかわって、冷静に言ったのは亮だ。
「だけで、野島のオヤジが貸し出すとは思えないですけど」
彼は、おそらく実際に野島正一郎に会ったこともあるだろう。そういう立場だから。しかも、観察力は人一倍ときている。
誤魔化してもムダ、と覚悟したのだろう。忍はひとつ、ため息をついた。
「オフクロがらみでね、あちらさん、少々立場が弱いんだよ」
「………?」
「野島正一郎に、年のはなれた弟がいるだろ?」
「コンピュータソフトの会社をやってる野島真人氏ですね」
「そう、それの奥さんね、俺のオフクロなの」
須于が、聞きにくそうに尋ねる。
「じゃあ、お父さんと離婚して、そちらと結婚したってこと……?」
それなら、忍には申し訳無いが、よくある、と言ってしまえばそれまでのことだ。
子供、という立場からすれば、割りきれない思いがあるだろうけれど。
が、忍は、首を横に振った。
「そうじゃなくて、いまだに俺のオフクロなんだよ」
「えっと、それって、内縁の妻のまま、表に出てるってコト?」
言葉を捜していたようだが、見つからなかったらしく、ママの表現で麗花が尋ねる。
「違う、どうやったから知らんけど、二重で結婚届が出てる」
「はぁ」
「で、その慰謝料変わりでもあったんだけどね、借金は」
どうやら、慰謝料、ではすまなくなってきたということらしい。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □