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夏の夜のLabyrinth
〜7th  六月花嫁は盛大に〜

■petal・12■



中央公園を訪れる人は多いが、ここを知っている人は少ないに違いない。
見渡す限りの緑の中に、ベンチが、ひとつ。
そこに腰掛けている彼女は、気持ちよさそうに伸びをした。
「イイ天気」
思わず呟きながら、大きく腕を伸ばす。
が、延ばした腕は、ごつん、と何かにあたる。
慌てて振り返ると、スーツ姿の青年が立っていた。
いや、半かがみになっていた、というほうが正確だ。どうやら、彼女の腕は正確に彼のみぞおちを殴ったらしい。
「ごめんなさい!」
立ち上がって、覗き込む。
彼は、少々眉を寄せたまま、微笑んでみせる。かなり器用な顔になっているが、彼女に気を遣わせまいと思ったのだろう。
「大丈夫ですから」
軽く腹部をさすってから、しゃんと立つ。
そして、にこり、とした。
優しい笑顔だ、と彼女は思う。
あの時もそう思ったし、今も。
彼女は、小夜子は首をかしげる。
出逢った場所で待っていようとは思ったが、まさか、同じコトを繰り返すとは思わなかった。
正和が隣に座るのを待って、もう一度尋ねる。
「ホントに、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないかもしれない」
正和は、少し顔をしかめた。
「そんなに、痛かった?」
「思い切り、入ったからね」
「ごめん」
拝んで、みせる。
「今日よりも、明日がツライかもしれないな、こういうのは」
空を見上げながら、正和は言う。
「責任を持って、様子を見てもらわないといけないな……明日も、明後日も、明々後日も」
ゆっくりと、視線を小夜子に戻す。
まっすぐな視線と視線があう。
「ずっと、君と一緒にいたい」
「ジョーカーがどうなったか、わからないわよ」
「そんなの、どうでもいい」
「私、きっと社長夫人には向かないわ」
「本当にそうなら、僕が社長をやめるよ」
小夜子の顔に、笑みが浮かぶ。



珍しく忍が、新聞を広げている。
しかも、見ているのは経済面。俊やジョーが見ているなら、いつものことだが。
もちろん、見たい記事があるから、見ているわけで。
報じられているのは、野島正一郎の復帰だ。正和に実権が移ってからも野島製紙の業績の伸びはよかったから、さらに経済界での影響力は強まると考えられているらしい。注目度が高いと、一見してわかる扱いの記事だ。
忍は、顔を上げる。
昼食の準備をするために、亮が来たから。
「復帰できるくらい、元気になったんだな」
あの大騒ぎのときは、なんかショックを与えたら倒れるんではないかと思わせるような顔色だったのを、よく覚えている。
主語が欠けていたが、誰のコトを言いたいのか、亮にはわかったらしい。微かな笑みが浮かぶ。
「目を見張るくらいの、回復力だったようですよ」
「病は気からってとこかな」
「結婚式も、だいぶ先になったようですし?」
野島正和と忍の姉、小夜子は結局、結婚するらしいが、今度はちゃんと準備期間がある。
仮の予定では、来年の六月らしい。
まぁ、収まるところに収まった、というところだろうか。
「メデタシメデタシってとこかな」
言いながら、忍は窓の外に眼をやる。
なにか、音がした気がして。
「……雨か」
「梅雨ですね」
いつのまにか、振り出したらしい。
といっても、WWCのプログラムが走っているだけだが。
『第3遊撃隊』に所属してから、『Aqua』は間違いなく人口の星なのだと実感した。
そんなことを思いだしたのは、去年の今ごろ、ちょうど『紅侵軍』の一件が片付いたからかもしれない。コトのはじまりのひとつが、WWCの破壊だったから。
夢中で戦いつづけて、コトが終わったのが梅雨の頃だった。
それから、出て行った母を、一日中玄関で待っていたのも。
結婚式場から立ち去った彼女は、その後、行方知れずらしい。
野島 真人が必死で探してみつからない、というのだから、ほぼ完璧に姿をくらましたと思っていいだろう。亮が本気で探せば、別だとは思うけれど。
亮が探すわけはないから、ほぼ、をとっていいかもしれない。
彼女は、永遠に姿を現すまい。でも、どこかで元気にやっている。
なんとなく、そんな気がする。
らしくなく傷心な気分になっている。
苦笑しながら顔をあげて、亮も雨に視線を向けたままなのに気付く。珍しいことだ。
「亮?」
呼ばれて、我に返ったようにこちらを向く。
「考えゴト?」
忍の問いに、微かな笑みを浮かべる。
「人間性を排除しきっていたはずの旧文明に、『季節』という概念を持ち込んだのは、誰だったのでしょうね?」
旧文明を終了させた『崩壊戦争』以後、WWCのプログラムを組替えた者はいない。
『季節』は明らかに『旧文明』にも存在したのだ。
亮がそんなコトを思ったのも多分。
去年の事件を思い出したからだろう。
旧文明は『歴史上の出来事』ではない。いまだに影響を与えつづける、たしかに息づいていた文明。
「確かにな」
答えて、忍ももう一度、空を見上げる。
旧文明を生きた人も、こうして空を見上げただろうか?
そんな考えは、はしゃいだ声に遮られる。
「じゃじゃーん!」
麗花の登場だ。
手に、なにか持っている。
「見て見てっ!梅雨に欠かせぬアイテムよっ!」
なるほど、たしかに彼女の手にしているのは、てるてる坊主だ。が、普通とは、ちと違う。
「コレ、なに?」
わかっていて尋ねたのは、当人が説明したそうな顔だったから。
「ふふ、一個じゃ足りないというご意見があったので、十連にしたのよ!」
言う通り、てるてる坊主が十個連なっている。なかなか壮観だ。
「で、誰が一個じゃ足りないって言ったんだ?」
「俺」
きっぱりはっきり言い切ったのは、俊。
麗花の後ろについて、居間に来たらしい。
「梅雨は俺の敵だっ」
妙に力が入っている。
「だって、俺が大事にしまってあったチーズケーキにっ!」
もう、オチは見えているのだが、本人は入ってしまっている。
最後まで言わせて上げるのが親切というモノだろう。
「カビが生えたんだっ!」
「意地汚い」
間髪いれず、容赦なく言い切ったのは、麗花ではなくてジョー。用事があったのか、背後に立っていたのだ。
「今じゃない」
思わず俊は言い返す。真っ赤になっているところを見ると、我に返ったらしい。麗花はにっこり、と笑う。
「俊って好きなモノは後にとっとくタイプなんだねぇ」
「そう言う麗花は、とっとと食べるタイプだよな」
なにやら話が食べ物になりかかったところで、最後に入ってきた須于が、窓の外を指す。
「ね、虹が出てるの」
どうやら、これを見に居間へ来たらしい。
「あ、ホントだ!」
「すごい、キレイでしょう?」
須于がわざわざ大きな窓から見たくなるのもわかる。
鮮やかな七色が空に大きく橋をかけている。
「ほんと、すごい〜!!」
はしゃいだ声を、麗花があげる。
「十連てるてる坊主の効果、てきめんねっ!」
「かなり違う」
すかさず突っ込んだのは忍だ。突っ込んだ後、誰へともなく尋ねる。
「そういや、虹ってホントは六色で出来てるって、ホント?」
「六色しか見えない人も、いたそうですよ」
亮が、空を見上げながら答える。眩しげに目を細めながら。
「六色で七色分の仕事してるのね」
須于が感心したように言った台詞に、俊がぼそり、と言う。
「どっかと一緒だろ」
一瞬、間があったあと。
爆笑に包まれる。
「うわ、くっさー」
「倒れそう」
口々に言いながらも、否定する言葉はなくて。
ひとしきり、大笑いした後。
虹を見上げながら、麗花がもういちど、言う。
「ホント、キレイだね」
「だな」
なんとなく離れがたくて、六人は空を見上げていた。



〜fin〜


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