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夏の夜のLabyrinth
〜8th  平和主義者の天使〜

■ripple・1■



照りつける太陽に、きらめく波。それから、見渡す限りの白い砂浜。
舞台は整っている。
「ひゃっほう、海だ〜!」
いきなり、はしゃいだ声を上げて海に突進してったのは、麗花だ。
今年も、夏休みが少々と天宮家別荘ご招待がついてきた。なんてったって、宿泊費タダ、海が目前ときている。
去年のことを思えば少々考えないでもなかったが、タダには勝てなかった、というワケだ。
でも、海を目前にするとイチバンの当事者たちは、やっぱり思い出してしまう。
堤防の上で待っていたら、ゆいが姿を現すような、そんな気さえする。
人魚たちが生きていくために、消えていった彼女。
多分、忘れることはできない。
まぶしそうに目を細めて立ち尽くしたまま。
「蒼いわね、海」
ぽつり、と須于が言う。
「……ああ」
頷いてから、視線を須于に移す。
少し、不安げな瞳と合う。
多分、自分がなにを思い出しているのか、気付いていて。
それに、なんて返していいかわからずに、視線を海に戻す。
と、満面笑顔の麗花と目が合う。
「ビーチボール大会やるよっ!」
須于とジョーのやりとりを見ていたのかいないのか、呑気に大声を上げる。
「ほらっ、早く来いよ」
俊と忍も手を振っている。
忍の隣りには、Tシャツを着たままの亮の姿もある。去年は海には入らなかったようだが、もしかしたら遠慮をしていたのかもしれない。邪魔にならないように、と。
それはともかくとして、亮まで海にいるということは、岸に残ってるのはジョーと須于だけになる。
「早く早く」
麗花にせかされて、須于が笑顔で頷く。
先に海に足をいれて、振り返る。
「行こ」
いつもと変わらない笑みにほっとして、ジョーも頷く。
「ああ」
風が穏やかなせいか、波も低い。遊ぶには丁度いい感じだ。
入ってきたジョーと須于を見て、麗花が満足げに頷く。
「よしよし、来たね!」
「では、ルールの説明をどうぞっ」
さっと指された俊が、なぜか偉そうに胸をそらして咳払いする。
それから、びっと指を出して、力強く告げる。
「落としたら、ずぶぬれになるのだっ!」
たしかに、一人だけずぶぬれって、なんとなくカッコ悪い。
「それから、必ず皆に回るようにするコト」
「誰かに集中したら、つまらないから」
忍が付け加える。
「てなところで、ジャンケンよ!」
にっこりと麗花がこぶしを出す。
「最初に勝った人が、当然、有利だもんね」
「まぁ、ほんのちょっとだけどね」
「ほんのちょっとが大事なんだってば」
「そうそう」
というわけで、海でなにやら真剣な顔の六人が向き合う。もっとも、亮は単にあまり表情がないだけなのかもしれない。
「いっくよー」
「来いっ、受けて立つ」
「ジャンケンポイ!」
「亮が負けー」
こだわりの無さが、勝負に出たというところだろうか。
本気でやったら、相手の表情を読むことくらいやってのけそうだが、遊びの時にやったら、かなり怖い。
結局、勝ったのは忍。麗花と俊なんて、ハデに怪しげな心理戦を展開したというのに敗れ去った。もっとも、心理戦に敗れたのは、ジョーくらいのようだったけれど。
「じゃ、行っくぞー!」
ビーチボールを構えて、忍がニヤリ、とする。
「まずは、亮からかな」
「え?」
言ったなりビーチボールが宙に舞う。
亮は、戸惑った声を上げたわりには、正確に返してみせる。
「おおっと、俺サマのところだな」
俊は自信あり気に言ったのだが。
ぱしゃん。
確かにそういう音がした。
そして、ビーチボールはふわふわと波間を揺れる。
「ほう、落としたな」
「落としたわね」
ずずずずいっと、忍と麗花が俊による。
「いや、やっぱり何事も最初は練習が必要で……」
そんな往生際の悪い言い訳など、耳に入るわけも無く。
「問答無用!」
の声とともに、水の跳ね上がる大音量。
「…………」
妙な沈黙が落ちたのは、ビーチボールを落とした俊だけじゃなくて、隣にいたジョーまでびしょぬれになっていたから。
「タバコ、ダメにしやがったな……」
ぼそり、とジョーが呟く。
「んなモノ、持ってくるなよ」
思わず一緒にずぶ濡れになった俊が突っ込むが、問題はそこではなくて。
「だいたい、なんで俺まで濡れなきゃならんのだ」
「きゃあー、おニューのパーカー!」
悲鳴を上げたのは麗花。ジョーの報復にあったわけだが。
もう、こうなってくると、泥沼だ。
ビーチボール大会は、水かけ合戦に取って代わる。
上手い具合にびしょ濡れから抜け出したのが、二人。
須于と亮だ。
砂浜に上がって、どちらからともなく顔を見合わせる。
「なると思ったのよね」
須于が言うと、亮も微笑む。
「ですね」
四人は、二人欠けたコトにまだ気付かぬ様子で水かけ合戦をしている。
「飲み物でも、取って来ましょうか」
「そうね、きっと息切れするわ」
「じゃ、待っててくださいね」
別荘は天宮家の所有物だから、勝手は亮のほうが知っている。須于は頷きながら、麦わら帽子をかぶる。
けっこう、日差しが強いのだ。
ビーチサンダルをつっかけると、亮は防波堤を身軽に乗り越えた。
そして、別荘に向かって歩きだす。
が、数歩も行かないうちに、振り返る。
水かけ合戦をしているのを、浜辺から眺めていた須于と視線があう。彼女も、振り返ったのだ。
そして、同一の方向へと視線を送る。
立ち上がりかかった須于に、首を振ってみせたのは亮だ。
大丈夫?というように、須于は首を傾げる。
亮は、こくり、と頷いてみせる。それから、また、別荘の方へと歩き出す。
須于も視線を海へと戻す。
二人が感じたのは、殺気、だ。
何者かが、私有地に侵入してきたらしい。この別荘建物内はともかく土地周辺までは、そう警戒をしているわけでもないから、簡単なことだ。
だが、侵入者が殺気を持っているとなると、穏やかではない。だから、須于は援護のために立ち上がろうとしたのだ。
それに亮が首を振ってみせたのは、プロなら気付かれたと知ったら引くから、だ。
隠れていたということは、不意打ちを狙っているということ。気付かれては意味がない。
亮の言いたい意味がわかったから、須于も腰を下ろしたのだが。
すぐに、もう一度振り返る。
今度は、立ち上がりながら。
亮の方は、振り返りもせずに歩いていく。
数歩、行っただろうか。
完全に殺気剥き出しの気配と、足音が響く。
目的に向かって、猛然と突き進む足音が。
が、気配が亮に到達した、と思われた瞬間。
目前から、亮の姿は消えている。
「?!」
戸惑ってあたりを見回す気配の、背後から落ちいた声がした。
「ナイフとは、穏やかではありませんね」
「!」
振り返って、ナイフを振りかざそうとするが、今度はその手にナイフが無いコトに気付いたようだ。
唇をかみ締めて、亮を睨みつける。
ナイフは、亮の手の中にあった。
「返せ、俺のだ!」
「狙われてるってわかっているのに、大人しく返すわけにはいかないっていうのが、常識だと思いますけれど?」
亮の顔には、苦笑が浮かぶ。
「あら、素人だと思ったら」
追いついてきた須于が、戸惑った声をあげた。
亮に切りかかった相手は、唇をかみ締めて二人を睨みつけている。
見上げている視線が、痛いほどまっすぐだ。
「子供を殺し屋にするなんて、ドコの組織よ」
「訓練不足のまま実戦に出ちゃダメだな」
殺気に気付いたのだろう。水かけ合戦をしていた四人が、須于の後ろから覗き込む。
そう、亮に切りかかった相手は、どうみても小学生。
六年生になるかならないかの、少年だったのだ。
が、慣れた様子の六人に囲まれるようにして立たれても、恐れる様子なく睨みつけているあたりが、なかなか度胸がある。
亮は相手の手の届かない高さにナイフを上げながら、苦笑を浮かべたままの視線を五人に向ける。
「組織の人間なんかじゃ、ないですよ」
「まさかとは思うけど……」
じっと少年の顔を見ていた俊が、自信なさそうに言う。
「瑳真惇……?」
ぷい、と視線を逸らしたところを見ると、大当たりのようだ。
「誰?ソレ?」
当人を目前にして、大変失礼な質問を麗花がする。
「ウェンレイホテルグループの、オーナー」
「ええ?!」
俊の解説に、驚いた声を上げたのは麗花だけではない。忍も須于も、目を丸くしている。
ウェンレイホテルと言えば、各リゾート地に必ずといっていいほどある高級ホテルだ。リスティアロイヤルホテルと張るくらいの規模はある。
「この近くにも、あったな」
ジョーがぼそり、と言う。もちろん、ウェンレイホテルが、だ。
だが、問題はそういうことではない。
六人は、困惑した視線を惇に向けた。



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