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夏の夜のLabyrinth
〜8th  平和主義者の天使〜

■ripple・2■



このまま見詰め合っていたところで、ラチはあかない。
相変わらず戸惑った顔つきのまま、忍が尋ねた。
「ええと・・・どうして、亮を?」
「・・・・・」
惇のほうは、睨みつけたまま黙り込んでいる。
「黙られちゃうと、わからないんだけどな」
「そうね、理由もわからずに狙われるのは困っちゃうわね」
なんとなく、やたらと余裕のある態度が気に入らないのだろう、惇はぷい、と視線を逸らす。
「黙秘権行使はズルいんじゃない?」
などと言ってみてもムダのようだ。
ジョーが、視線を亮の手にしている、惇のナイフに向ける。
「変わった細工だな」
柄の部分のことだ。
「アファルイオの伝統工芸のヒトツ」
すぐに答えを返したのは、麗花だ。
「へえ、でも観光土産には高級そう」
「最上級品じゃないけどね」
容赦ない言葉だが、この場合は純粋に目利きだ。なぜか、麗花はそういうのが得意なのだ。
「暗殺に使うにはキレイすぎって気がするけど」
「ってことは、なんか意味が込められたアイテムなんだよ」
なにやら、惇をほっといて推理ごっこ状態と化しつつある。
「身近なアイテムがコレだったって可能性は?」
「少ないね、出刃包丁持ってきたって構わないんだから」
「でも、行動に移ったのは衝動的としか思えないわ」
須于の台詞に、俊が頷く。
「ずっと見張っていたわけないもんな」
だとしたら、とっくに気配に気付いていたはずだから。
おそらく、到着した前後で偶然見かけたのだろう。
高級ホテルグループのオーナーなら、滅多に露出しない亮の顔を知っていてもおかしくは無い。
衝動的なモノなら、身近なモノを凶器に選ぶ可能性は充分だろう。
「ホテルにんな物騒なモノ置いておくかな」
「持ち歩いてた?」
見詰め合ってても仕方ないが、このまま推測しつづけてもラチはあかない。
今まで、まったく五人の推理合戦に参加する様子のなかった亮が、惇のほうを見つめたまま、口を開く。
「敵討ち、ですか?」
質問だが、確認している口調だ。
惇の肩が、びくっと動く。
「カタキぃ?」
思わず俊が、オウム返しに聞き返す。
忍は視線を宙にむける。
「そりゃ、穏やかじゃないなぁ」
「なんで、亮が仇なの?」
ストレートに本人に尋ねたのは、麗花。
どうやら、亮にはすっかりわかっている様子なので、だんまりを決め込んでもムダだと判断したようだ。惇は燃えるような瞳を六人に向け直す。
「兄さんの、仇」
「・・・・・」
亮自身が『敵討ち』かと尋ねるのだから、なにか心当たりがあるらしい。それに、惇の目付きからいって、このまま諦めるとは思えない。
ともかく、収拾をつけなくてはならない。
「ひとまず、コレはお返ししておきますね」
手にしていたナイフを、にこやかに差し出したのは亮だ。
面食らった表情になったが、惇はひったくるように亮の手からナイフを奪い返す。
驚いたのは、惇だけではない。
だが、亮は笑みを浮かべたままで、さらに言う。
「僕らの家に来ますか?少しはチャンスが増えると思いますけど」
ここまで言われれば、ナメてかかられているとしか考えられない。惇は悔しそうな目つきになってしばらく亮を見ていたが、やがて、ぼそ、と返事を返した。
「・・・・・行く」
「大丈夫なの?」
隣りにいた須于が、小さな声で尋ねる。
亮は、ただ微笑んだまま、だ。



「まーた平穏な休みじゃなくなっちゃったぁー!」
情けない声を上げた麗花に、亮は素直に謝る。
「申し訳ありません」
一階の客間に惇をいれて、シャワーを浴びてすっきりした六人は二階の忍と亮が使っている部屋に集合している。
防波堤での会話だけでは、話が見えない。
「亮が仇って、どういうことだよ?」
俊が、少々不機嫌な口調で尋ねる。
ほんの六歳で大の大人を手玉にとって見せた亮だ。なにか他にやってのけていても不思議はない。そんな思いがあるのかもしれない。
が、亮は表情を変えずに言う。
「正確には、僕が、ではないです」
「亮が仇じゃない・・・?」
「敵討ちは、二種類に大別できます・・・真の仇をこの手で討ち果たすのと、仇の大事にしているであろう者の命を奪うのと」
亮が何を言わんとしているかはわかる。惇が狙ったのは、仇そのものではなく、その家族だったのだと。
忍が、首を傾げる。
「じゃあ、健太郎さんが仇ってコトか?」
「待ってよ、惇くんのお兄さんって、いったいいくつだったわけ?」
どうみても、惇は十歳前後だ。『お兄さん』の年はたかだか十三、四歳くらいを想像してしまう。
亮は、モニターに向かいながら言う。
「彼は兄とはかなり年が離れています・・・兄は享年十八歳、死因は戦死、です」
「戦死?もしかして・・・?」
ここ最近で戦死といえば、ひとつしかない。『緋闇石』が引き起こした『紅侵軍』侵攻しかない。
だが、あの事件で犠牲になったのは、かなりの人数に上る。その一人一人を亮が覚えているとは、さすがに思えない。
「『紅侵軍』が最初に不意打ちをしたのは、覚えていますか?」
俊以外の四人が、無言で頷く。
国境演習中だった一部隊三十名が無残に命を落とした事件は、リスティア中を、いや『Aqua』全土を震撼させた。
そして、直後の宣戦布告。
とても現実とは思えない、悪夢。そんな感じだったのだ。
もっとも、『第3遊撃隊』は六人中の一人を失い、それどころではなかったのだけれど。それでも、背筋にぞくりとするモノを感じたのは確かだ。
「リマルト公国の様子がおかしいことは、周辺諸国全部が感じていました・・・戦備を整えていることも」
説明しながら、相変わらずの素早さでキーボードをたたく。
「こちらの情報収集力を持ってしても、あの不意打ちまでは追尾不能でした」
あの緊急時、おそらく亮も情報収集に関わっていたに違いない。セキュリティに関係無く他国の情報源に侵入できるのだから。
「不意打ちを行った一隊は、リマルト首都から瞬時に国境まで移動したから、です」
現実にはあり得ないソレを、『緋闇石』だけはやってのける。
六人には、わかる。
だが、世間には発表できない事実。
『緋闇石』という存在自体が。
亮は、なにかのデータを呼び出した。
「週刊誌の、記事です」
『死の演習?!陸軍第105部隊、全滅!!』という大見出しが躍っている。
さらに続く記事を、麗花が読み上げる。
「総司令部に見捨てられた?リマルト公国軍の動きを総司令部は事前に把握、軍備増強を行っていた。にも関わらず、あの運命の日、第105部隊の装備は完全実戦対応ではなく・・・」
記事の内容は、リマルト公国軍の動きを把握していたはずの総司令部が、敵軍到達間近に演習したのはおかしい、というモノだ。
「たしかに、出発準備が整っていたことは、総司令部でも把握していました」
亮が、解説を加える。
どの国境に到達するにしろ、はやくとも三日はかかるはずだった。空軍のほうは、まだ出撃準備が整っていなかったことも、把握済みだった。
あの日の演習には、なんの危険もないはずだった。
退路を断つ、という最悪の場所に出現した『紅侵軍』に、軽装備の第105部隊はなす術がなかった。
情報を完全に把握している、という油断は否めない。
だが、あまりにも予測を超えた出来事だった。
亮の眉が、微かにしかめられたのに、忍は気付く。
総司令部中枢は、悪夢を見たに違いない。演習を追尾するはずの画面に展開される、凄惨な光景。
いまなら、わかる。
総司令部が、亮が、『紅侵軍』は『緋闇石』の産物、と迷いつつも信じた理由が。
「そこまで大騒ぎになった覚え、ないな」
本当に総司令部のミスと判断されたのなら、容赦ないマスコミの追撃があったはずだ。
忍の台詞に、亮が頷く。
「軽装備であったのは、第105部隊の独断と判明したからです」
正確には、指揮官の、ということになるのだろうが。週刊誌編集部は、徹底調査を旗印に調べ上げられるだけの資料を引っ張り出したらしい。
そして、軽装備は独断という結果。それ以上、総司令部中枢を責めることが、出来なくなったのだ。
結局、この話は立ち消えていった。
「でも、肉親には忘れられない、ってことか・・・」
最も理不尽なカタチで、大事な家族を奪われたのだから。
麗花も、ぽつり、と言う。
「年の離れた兄さんか、かわいがってもらってたんだろうね」
「直後に、心臓の弱かった母親も亡くなっています」
亮は、モニターに視線を向けたまま、言う。
「『紅侵軍』侵攻のせいで、世間的には大きく取り上げられませんでしたけれど、経済界ではそれなりに話題になりました・・・連続で記録更新だと」
「え・・・?」
「オーナー最年少記録だろ、兄貴のほうがオーナーになったのも、かなり小さかったはずだ」
俊が少々、ぞんざいな口調で言う。
『緋闇石』の話題は、苦手なのだろう。
「ってことは、お父さんも早くに亡くなってたってこと?」
麗花の問いに、亮は頷いてみせる。
「叔父にあたる人が、後見しています」
家族全てを、あの戦争で失ってしまった少年。
もちろん、リスティアを探せば他にもいるだろうし、リマルト公国にだって。
だが、やはり目前に現れたら、イタイ。
「あのナイフ、家族旅行のお土産かなんかかな」
「私立校だったりしたら、お兄さんの修学旅行土産だったり?」
「そういうのを、血で汚すようなコトはしてもらいたくないな」
ぽつり、とした忍の呟きに、五人も頷く。



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