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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・9■



「すっごーい、いちばん前だ!」
須于に手渡されたチケットを見た麗花が、弾んだ声を上げる。
俊も興奮気味だ。
「やっぱ、本人のツテってすげぇな」
「明日が楽しみ!」
「ホントだな」
顔満面の喜びを少し収めて、麗花が首を傾げる。
「でもさ、こんなに用意するの大変じゃなかったかなぁ」
「だよな、皆の分だもんな」
「お世話になったし、よかったらゼヒ、来てくださいって」
麗花と俊は、顔を見合わせる。
「お詫びも込みってとこかな」
「ま、な」
「ありがたく受け取っとけばイイ」
ぼそり、とジョーの声が入る。せっかく静かに新聞を読んでたのに、というのがありありな声だ。
麗花がすぐに振り返る。
「ジョーの分もあるんだよー」
返事が返ってこない。
「マジだって」
俊の台詞に、ジョーが顔を上げる。目がいつもより、少々大きくなっている。
「あ、驚いてるよ」
「嬉しいんだぜ」
「あら、赤くなってるわ」
須于に言われて、慌てて新聞に視線を戻している。
「行かないなら、もらっちゃうよう?」
楽しそうな麗花の声に、ぼそり、と返事が返る。
「行く」
俊たちは、顔を見合わせてくすくす笑う。
居間の扉が開いて、忍が顔を出す。
「須于、そろそろ出るけど」
須于は、バッグを手にしながら振り返る。
「すぐ行くわ」
麗花がにっこりと笑う。
「ありがとって、言っといてね」
「うん」
須于は頷いてみせる。
一足早く、今日、香奈と行くのだ。
「いってらっしゃ〜い!」
「楽しんでこいよ」
「ありがと」
軽く手を振ると、小走りに玄関へと急ぐ。

待ち合わせ場所の総司令部まで、忍の車に乗せてもらうのだ。忍と亮も、今回の件で総司令部に用事があるので、そのついで、というわけ。
『第2遊撃隊』軍師である香奈も総司令官に呼び出されているので、終わるのを待って一緒に行くことになっている。
すっかり秋色になった景色の中を、ダークグリーンのセダンが滑るように走る。
忍の運転は、安心できる走り方だ。
「少し、時間がかかるかもしれませんけど」
助手席の亮が、大丈夫かと言外に尋ねる。
「外交官手記読んでるから、大丈夫よ」
微笑んで答えてから、少し、首を傾げる。
「やっぱり、八方丸くとはいかないの?」
「公式記録は、まったく問題ないですよ」
「でもま、お互いちょっと、やりすぎってとこかな」
と、忍。
「総司令官としては、一応、釘は刺しておきたいということでしょう」
「お説教されに行くってこと?」
「平たく言えば、そうなりますね」
亮は、にこり、と笑う。とてもじゃないが、怒られに行く風情ではない。
「なんか、返り討ちにしちゃいそうね」
「今日のところは、大人しくしておきますよ」
「第2がいるから、ネコ被っとかないとなー」
にやり、と忍も笑う。
須于は、もう一度首を傾げてみせる。
「遊撃隊の軍師って、喰えない人じゃないとなれないっていう決まりでもあるのかしら」
忍が我慢できずに噴き出し、亮も笑顔をみせる。
「その喰えない人間と二人も交友がある須于は、どうなるんでしょうね?」
一瞬言葉を失うが、思わず笑ってしまう。
「もう、亮には敵わないわ」
ひとしきり笑って、窓の外へと目をやる。街路樹は、すっかり秋色だ。
忍が、ぽつり、と言う。
「早いよな」
「そうですね」
亮の静かな返事で、忍の言ってるのが季節の移ろいだけではないことに須于も気付く。
もう、優がいなくなってから一年が経とうとしているのだ。遊撃隊に所属してからの事件は、すべて鮮烈な記憶として残っている。ほとんどが、痛み無しには思い出せないけれど。
だけど、今回のことは。
「ありがとう」
「御礼言うのは、俺たちの方だよ」
忍が、バックミラーで須于の方を見る。
「ライブ、あんなイイ席もらっちゃってさ」
「お礼を言っておいてくださいね」
「うん、言っとく」
返事をしながら、やっぱり敵わない、と思う。



「今後は、こういうことはないように頼むよ、以上だ」
総司令官である天宮 健太郎は簡単に釘をさすと、すぐに開放してくれる。
呼び出された方が、拍子抜けしてしまうほど。
なにか他に気になることでもあるのか、タイピンをいじりながら戻っていいと告げる。
忍と亮、そして『第2遊撃隊』のリーダーと香奈はお詫びの意味をこめて頭を下げると、総司令官室を出る。
エレベーターに乗って、しばらくは沈黙が続いていたが。
「あのさ、いつか必要がでたら、今度は……」
『第2遊撃隊』のリーダーが、少々言いにくそうに口を開く。
「本当に、共同作戦を持ちかけてもいいか?」
「もちろん、俺らの方こそ、協力要請させてもらうかもしれないし」
忍が、にこり、と笑う。
香奈が肩をすくめる。
「足を引っ張らない作戦を考える時間の猶予をちょうだい」
冗談めかして言ってから、真顔になる。
「今回のこと、勉強になった」
エレベーターが、一階につく。
「じゃ」
『第2遊撃隊』の二人と別れて、忍は地下駐車場へと向かおうとする。が、亮が歩き出す様子がないので、立ち止まる。
「亮?」
亮が、目線で留まるよう告げる。
どうかしたか?という目線での問いに、亮は視線を上を見やることで答える。
意味するところは総司令官室だと思ったが、いま行って来たばかりだ。わけがわからずに、『第2遊撃隊』の二人が完全にいなくなるのを待つ。
香奈が須于に手を振ってみせると、気付いた須于がリーダーの方に会釈する。
リーダーも軽くそれに応じてから、外へと消える。
一言二言言葉を交わしてから、どことなく弾んだ足取りの須于と香奈がやはり外へと向かう。
その姿も見えなくなってから、忍と亮はエレベーターに乗り込む。
まさか、とは思ったが、やはり総司令官室へ向かうらしい。
こんどは、口に出して尋ねる。
「戻るのか?」
「戻って来い、と言われたので」
言いながら、亮は胸元で軽く手を動かしてみせる。
「あ、タイピンか」
にこり、と微笑んでみせる。当たりらしい。
「なんだろうな?」
「さぁ……?」
亮の方も、心当たりなさそうだ。
「にしても、イロイロあるよなぁ」
「ですね」
忍の口調がぼやいてるので、応える亮の声が笑っている。
そうこうしてる間に、エレベーターは百階についたようだ。

健太郎は、窓際に立って外を眺めていたようだ。亮たちに気付くと、手招きしてみせる。
顔つきは、先ほどより真剣さが加わっているようにみえる。
「いったい、なんです?」
亮が尋ねる。
健太郎は、ずい、と顔を二人に寄せてくる。
「お前たち、荻那 弥生のライブチケットもらったってホントか?」
忍は、自分の耳がおかしくなったかと思う。が、亮はにっこりと微笑む。
「ええ、本人手配の最前列を」
「なんで、俺にはないわけ?」
声が拗ねている。
総司令官の発言は、聞こえたとおりらしい。これは確かに、『第2遊撃隊』のメンツの前では言えない。
「自分で頼めばイイじゃないですか」
「冷たいよなー」
「いつものことです」
当人にあっさりと肯定されてしまうと、ミもフタもない。
「総司令官がチケット欲しいなんて言ったら、完璧に職権乱用と思われるじゃないか」
「じゃ、買うんですね」
「もう売り切れてるだろ」
健太郎は、口を尖らせてみせる。
「そうですね、倍額なら売ってもいいですよ」
「横暴というんだぞ、そういうのを」
「ダフ屋よりは、ずっと安いですよ」
「忍君なら、こんなこと言わずに手配してくれるよな?」
いきなり、にっこりと総司令官に言われて、面食らってしまう。
「え?!」
「職権乱用」
亮が、あっさりとツッコむ。
「ケチ」
総司令官なんて、雲の上の人のように思っていたけれど。
忍は耐え切れずに噴き出してしまう。
「あ、笑われちゃったよ」
自身も笑顔になると、もう先ほどまでのふざけた顔はどこかにいってしまう。
「で?いつなんだ?」
「明日です」
「皆で行くんだろ、楽しんでこいよ」
健太郎の言う皆が、『第3遊撃隊』だということは、すぐに察しがつく。
「ありがとうございます」
忍は、素直に返事をしたのだが。
亮からは、すぐには返事がない。
ちら、と見やると、亮の顔に見慣れた無表情がかすめた。
が、それはすぐにかき消すように消えて、さきほどまでの悪ふざけをあしらう余裕の笑みになる。
「倍、楽しんできますよ」
「ほっとけ」
健太郎が、舌を出してみせる。

今日、二度目の下りエレベーターに乗ってから。
忍は、亮を見る。
亮は窓の外の景色に視線をやっている。なんの感情もない顔で。
声をかけようと息を吸ったところで、外を指差してみせる。
「ほら、ライブに向かう人があんなに」
言われた方を見やると、本当にたくさんの人が同じ方向へと向かっていく。
こんなに高くて遠くからなのに、足取りが弾んでいるのがわかる。きっと、楽しいざわめきに包まれている。
あの中に、須于と香奈もいるのだろう。
久しぶりの幼馴染との再会を楽しんでいるだろう。
「明日は、俺たちがあの中だ」
「そうですね」
忍は、亮に笑顔を向ける。
「ひとまず、楽しもうぜ」
亮も、微笑んで頷く。
エレベーターの扉が、開く。



〜fin〜


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