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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・8■



弥生の姿を見て、須于がどう思ったのかは一目瞭然だ。顔から表情が消えている。
香奈のほうも、どちらかといえば面倒くさそうな顔つきになる。
自分がなにをしたのかは、重々承知しているらしい。弥生は、少々うつむき加減でこちらに近付いてくる。
「ごめんなさい!」
『第3遊撃隊』に向かって、頭を下げる。
「謝ってすむようなことじゃないとわかってますけど、でも、あの……ごめんなさい」
少し、言葉の端がにじむ。
返事がないまま、顔を上げ、亮に向く。
「今回のことなんですけど……」
亮の口元に、微苦笑が浮かぶ。
「マスコミが騒がないように押さえていただくということで、チャラにしましょう」
別に怒った様子もなく、あっさりと言われたので、少々驚いた顔つきになる。が、こくり、とはっきり頷いてみせる。
「私が言って、収まるのなら」
「影響力を最大限に発揮してくれれば、問題無いって」
にこり、と忍が笑う。
「あ、あともうヒトツ」
慌てて付け加えたのは、俊。麗花とちら、と視線を見交わすと、麗花もニヤリ、と笑う。
「うん、ライブのチケット、優先で予約させてくれたら嬉しいな」
ジョーが頭痛してきた顔つきになり、亮の口元に苦笑が浮かぶ。
弥生は、ますます驚いた顔つきになる。
「でも、あの……」
「やっぱ、そういうズルは無理?」
残念そうに麗花が訊ねると、弥生は慌てて首を横に振る。
「違うんです、その……私、ウソついてて……」
「謝ってくれたじゃない」
あっさりと、麗花が言う。
俊も、頷いてみせる。
「な?」
忍が、ちら、とジョーに視線を走らせると、ジョーも軽く頷く。
「だから、イヤじゃなければ敬語じゃないほうが嬉しいけどね、俺たちとしては」
弥生の顔に、笑顔が浮かぶ。
「ありがとう……ライブは、連絡をくれればいつでも」
が、すぐに不安そうな表情で亮を見やる。亮は、べつに怒ってないとは言っていない。しかも、感情が表情に出ないから、何を考えているのかわからない。
亮は、弥生がなにを言いたいのか、すぐにわかったらしい。言われるより先に口を開く。
「それしか方法が無かったのなら、責める理由はないですよ」
麗花と俊が、不思議そうに亮と弥生を見比べる。どうやら、弥生には亮がなにを言っているのかわかったらしい。
いや、弥生だけじゃなくて、忍にも。
「まかせっぱなしでもヤバイだろうし、そろそろ俺たちも行くか」
忍は、香奈につきつけてた得物を下ろして、収める。
言われて、麗花と俊にもなんのことか察しがついたようだ。大きく頷いて歩き始める。
一緒に背を向けようとした須于の肩に手をかけて止めたのは、ジョー。
「黙っていては、わからないらしいぞ」
ぼそり、と言われて、須于は戸惑った表情のまま立ち止まる。
『第3遊撃隊』のメンツが離れていくのを待って、振り返る。
三人の間に、沈黙が流れる。
「それで?」
最初に口を開いたのは香奈だ。
「私の方には、話すことなんてないよ」
「私も、ないわね」
須于の口調も、取り付くしまのないほど冷たいものだ。
「私はあるわ!」
はっきりとした声をあげたのは、弥生。先ほどまでのすまなそうな表情も、所在なげな表情も残っていない。
「約束と違うことした理由、なにも聞いてないもの」
キツイ視線で二人を見るが、弥生も須于も動じた様子はない。
弥生は軽く肩をすくめただけだし、須于も『それで?』とでも言いたげに軽く首を傾げただけだ。
が、弥生もその程度でひるむ様子はない。
「須于は、あれほど行かないって言ってた兵役に勝手に行っちゃったこと」
「………」
かなり不機嫌そうな表情が、須于の顔に浮かぶ。その手が強く握り締められたのが、弥生たちにも容易に見て取れる。
「兵役義務中は、警察補助資格があるから」
かろうじて感情を抑えた口調で、言う。
「実際に戦闘参加したのは、計算外ってわけ?」
香奈が、皮肉に口をはさむ。
「言われたくないわね」
間髪入れずに、須于が返す。
「待って、話は終わってないわ」
さらになにか言おうとした香奈を、弥生が制す。
「まだ、香奈に聞いてないわ」
少し、躊躇する。が、まっすぐに見つめたまま、言い切る。
「武器裏取引のこと」
香奈の瞳が、微かに見開かれる。
かすかに狼狽した視線が、須于に向けられ、それから弥生に戻る。
が、その時には狼狽は消え、代わりに苦笑が浮かんでいた。
「ああ、やっぱり見てたんだな」
軽く肩をすくめる。
「金が必要で、もっとも手っ取り早かったからだよ」
悪びれず言った瞳には、むしろ挑戦的な光が宿る。
須于が再度、手を握り締める。
その時だ、須于の携帯が音をたてたのは。
怪訝な顔つきで、須于は応答する。
「はい?」
怪訝そうな表情は、戸惑ったものへと変わっていく。
そして、戸惑ったままの視線を香奈へと向ける。
「なに?」
不機嫌な声で香奈が言うと、須于は携帯を香奈へと突き出す。
「武器裏取引組織撲滅の、賞金の分配について、ですって」
言われた瞬間、かぁ、と香奈の頬が染まる。
「その話は、あとでしにいく」
「後でしにいくって言ってるわ――ええ――――」
戸惑っている表情は、また、不機嫌そうなものへと変わっていく。合わせて視線が落ちていく。
話が見えないながらも、弥生は少し心配そうだ。
が、須于は弥生にも香奈にも、視線を向けることなく携帯をしまいこむ。
「あの、須于……?」
「ジョーの言うとおりね、きちんと説明してもらわないとわからないわ」
いつもよりも、ぐっと低い声が返ってくる。
「武器裏取引をした、本当の目的を」
「本当の……?どういう意味?」
弥生が、尋ね返す。
「武器裏取引の取り締まりに協力すると、賞金が出るらしいわね?裏取引をするよりも、ずっとすごい金額が」
視線が落ちたまま、須于の低い声が続く。
「それから、香奈のお父さんの手術って、裏取引を数回したくらいじゃ足りないんですってね?」
「それって、まさか……」
弥生の視線が、須于から、香奈へと移る。
「最初から、裏取引そのものじゃなくて?」
が、香奈からの返事はない。
少し凍りつき気味の表情をしたまま、黙りこくっている。
須于が、言葉を重ねる。さきほどまでの低い声よりも、さらに低い声で。
「囮捜査は危険だから、巻き込みたくなかったって?」
「命の保証ができなかった!」
はじけるように、香奈が口を開く。
「見てたってわかってて、言わないほうがよっぽどタチ悪いわよっ」
「確信持てなかった」
「『やっぱり』って言ったじゃない、香奈なら何気なく確認するくらい、朝飯前でしょう?」
「……………」
香奈は、少し唇を噛み締める。
「……自信がなかった」
らしくない表情に、須于も弥生も不思議そうに見つめるが、次の言葉は出てこない。
「組織を潰すのが?」
須于の問いに、香奈は肩をすくめる。
「最悪、共倒れって手があるよ」
「じゃ、なにに?」
弥生が首を傾げる。が、答えたのは香奈ではなくて須于。
「守るのが、ね」
「え?」
「私たちに話せば、間違いなく協力するでしょ」
大きく弥生が頷いてみせるのを待って、須于は続ける。
「もちろん組織の方だって裏切りを想定してないわけじゃないわ、いちばん効果的なのは」
一息おく。
「ヘタな真似したら、友人を消すって脅すこと」
少し、視線が落ちる。
「家族は、いないから」
「先に言うけど、須于のことは心配してなかったよ」
「香奈、それって、どういう……」
目を見開いて抗議しはじめる弥生を、須于が制する。
「自分の身は自分で守れるって意味よ、どうなってもイイの方じゃなくて」
一瞬、意味を取りかねて弥生が黙り込んだ間に、香奈が須于も巻き込む。
「須于だって、黙って兵役応募した」
「言ったら、一緒に応募するって言い出すに決まってるじゃない」
「ちょ、ちょっと、私?!」
まだ戸惑い気味の視線を、須于と香奈にかわるがわる向ける。
「だいたい、人が良すぎる」
ぷい、と視線をかわしながら、香奈が言うと、須于も弥生と視線が合う前にあらぬ方を見る。
「スポーツ万能、にはちょっとほど遠いし」
金魚のように口をぱくぱくしてる弥生をほっといたまま、香奈と須于の視線が合う。が、すぐに気まずそうに視線を逸らす。
「まぁ、それに……」
「そうね」
「二人だけでわかる会話されても、私にはわからないわよ」
相変わらず視線は向けていないが、声色でどういう状態か察したのだろう。
「似合ってないんだよ、誰かを騙すとか、そういうの」
「権謀術数とか、武術とか、そういうのより歌うほうが似合ってるってことよ」
が、弥生は涙声のままだ。
「ちゃんと私のほうを見てよ」
大人しく、二人とも弥生に顔を向ける。
「私が頼りないから、二人とも黙ってやったの?」
「違うって」
「でも、でも……」
大粒の涙が、零れ落ちていく。
「あーもう、わかったって、悪かったってば」
香奈が、口調こそぞんざいだが、まっすぐに弥生を見て言う。
「理由はともかく、須于にも弥生にもちゃんと説明しなかったのが、悪かったよ……三人とも大丈夫だと確証できる方法を考えるべきだったし、取るべきだった」
それから、須于に視線を戻す。
「そうすれば、須于だって私を逮捕するために軍隊はいるなんて、とてもじゃないけど弥生には言えないこと、考えなくてもよかったんだから」
「違うわよ、もう、そうじゃなくて」
弥生の目からこぼれる涙は止まらない。
「私、守られてばっかで……須于も香奈も、ちゃんと考えてるのに……」
「考えてるのは、弥生の方でしょ」
「そうだ、趣味で歌うのと、仕事で歌うのとは話が違う」
「だって……二人のいるアルシナドに来たかったし……来るには、仕事が必要だったんだもん……これしか出来ないし……」
須于と香奈の顔に、思わず笑みが浮かぶ。
「それしかできない弥生でいて欲しかったんだよ」
香奈が、ぽつり、と言う。
「……私がいなくなっても、須于がいてくれると思ったしさ」
「やだよ、須于は香奈じゃないし、香奈は須于じゃないもの!」
弥生の声が、大きくなる。少し収まりかけた涙が、また溢れ出す。
「もう、誰もいなくなって欲しくない」
「私もよ」
須于が、ハンカチを弥生に握らせてやりながら言う。
「だから、香奈には『誰かの大事な人を奪う手助け』をして欲しくなかった」
そして、香奈の方を見る。もう、険悪な視線はどこにもない。
「香奈って、一度決めたら他人が何言おうと考え変えないから、逮捕するくらいしか止める方法思いつかなかったの」
「こうと決めたら変えないのは、お互い様」
「でも、狡さでは負けるわね」
「どういう意味?」
香奈が、眉を上げる。
「私が暴走してすぐに逮捕に踏み切らないように、でしょ?弥生よこしたのって」
「へ……?」
弥生が、きょとんとする。
「他の人間ならともかく、香奈が本気で遊撃隊軍師の弱みなりなんなりを、弥生が掴めるとは思うとは考えられないもの」
香奈は、降参のポーズになる。
「でも、香奈、須于に会わせてあげるって……」
「うっかり居場所知ってるって言っちゃったら、会いたいってうるさいからさ」
視線があっちに言ってるのは、どうやら照れているかららしい。
が、すぐに、にやり、と笑ってみせる。
「手っ取り早いのは侵入すること、だと思って」
「香奈らしいわ」
「ホントに侵入できるとは思わなかったけど」
「粘り勝ちだったらしいわよ」
くすり、と笑う。
「弥生は根性はあるからなぁ」
「悪かったわね」
「誉めてるんだよ」
三人は、顔を見合わせると笑い出す。

皆が待つ場所へと向かいながら、弥生が尋ねる。
「遊撃隊宛てに、手紙って出せるの?」
「総司令部気付けで、送れるらしいわよ」
須于が答えると、香奈が補足する。
「部署名は、表向きのでだけど」
「そうなんだ、じゃ、たまには手紙書いてもいい?」
「もちろん」
「はいはい、気が向いたら返事するよ」
「んもう、香奈っ!」
また、笑い声が響く。
「でも、羨ましいな」
「なにがさ」
「香奈と須于は、やろうと思えばいつでも連絡取れるんでしょ?」
須于と香奈は、顔を見合わせる。
考えても見なかったが、たしかにそうだ。
「思いっきり職権乱用だけど」
「いいなぁ」
「だから、やらないって」
本気で羨ましそうに弥生が言うので、香奈があきれた口調でツッコむ。
「でもま、たまには、な」
「そうね、弥生のライブに行くときとか」
とたんに、弥生の顔が輝く。
「来てくれるの?」
「まっさか、『第3遊撃隊』のメンツだけご招待ってわけじゃないだろう?」
「もちろんだけど……その、須于と香奈で来てくれるの?」
須于と香奈は、もう一度、顔を見合わせる。
笑顔が、弥生を見る。
「弥生がチケットくれたらね」
「必ず、キープするわ!」
言ったなり、弥生は二人に飛びつく。



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