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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・15■



満月のおぼろの光の下で、忍が『緋闇石』であった男の胸部を刺し貫いている。
朔哉の口元に、笑みが浮かんだ。
『緋闇石』とは違う、穏やかな笑みが。
「……見事な腕だ」
忍はただ、微かに微笑む。
自分の体を支えきれないまま、朔哉は龍牙から、ずるり、とぬける。
仰け反りざま、鮮血が飛び散り、月明かりに映えて散る。
亮が、振り返る。
麗花はすぐに頷いて、どこかへと走る。
終わったのだ。
『緋闇石』は、砕け散った。もう、元には戻らない。
朔哉の心臓部に侵入して、操りつづけていたモノはもうない。
それは、もうヒトツの終わりも意味している。
「兄さん!」
忍に支えられながら、足音の方へと微かに顔を向けた朔哉は笑みを大きくする。
「麗花……相変わらずだな」
「そうよ、私は私でしかないもの」
麗花は、穏やかに微笑む。
「兄さんが、教えてくれたでしょ」
「お前の居場所が見つかって、よかったよ」
普通なら、そんなことを口にする兄ではない。麗花はただ頷いて、引っ張ってきたもう一人を押し出す。
彼女は、そっと麗花の後ろから姿を現す。
朔哉は、彼女に向かって手を伸ばす。
「雪華……」
むせ返った口元から、血があふれる。雪華は、我を忘れて走り寄る。
「風騎将軍様」
忍の腕からあずかりとると、覗き込む。
「しっかりなさって下さいっ」
そう言っても無駄なのだと、誰よりもわかっているけれど。言わずにはいられないから。
祈らずには、いられないから。
六人は、そっと側を離れる。
もう、出来ることはない。あとは、彼女に任せるしかない。
「最後の最後で、やられたな……すまなかった」
朔哉の口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。なにかに乗っ取られたのだと自覚があるらしい。雪華はただ、首を横にふる。言葉が出てこない。
「でも、顕哉と光樹にも会えた……少し、感謝もしとかなくてはな」
音量は落ちながらも、軽口をたたく。
そして、そっと雪華の頬に手を伸ばす。
「ずっと、側にいてくれたな、聞こえていたよ」
零れ落ちている透明な雫を、そっとぬぐってやる。
「雪華のおかげで、季節も時も感じることができた……ありがとう」
雪華は、自分の頬をなでた手が、なにかを取り出そうとしているのに気付いて出してやる。朔哉は、目で開けるよう告げる。
小さな石がヒトツ光る、細い指輪。
雪華は、ただそれを驚いた顔で見つめる。
「あの戦の後、コレを渡すつもりだった」
でも、その戦の途中、祭主公主の魔手にかかったのだ。言葉の意味がわかった雪華は、驚いた顔のまま指輪から朔哉へと視線を移す。
朔哉は、まっすぐに雪華を見つめている。
「雪華、もらってくれるか?」
驚きでとまりかかっていた涙が、また溢れ出す。それでも微笑んで、こくり、と頷く。
「声……聞かせてくれよ」
ほとんど、ささやくような声。
「朔哉」
雪華は、思い切り抱きしめる。
「朔哉、大好き」
「俺もだよ、雪華……大好きだよ………」
離れた場所に立っている六人からも、朔哉の躰から力が抜けるのがわかる。
麗花は少しうつむいて、隣にいた須于の手を握る。須于も、強く握り返す。
忍も、ジョーも、何も言えずにただ、見つめる。
俊が、唇を噛む。
亮は、静かに瞼を閉じる。



再び、忍たちの前に立った雪華の表情は穏やかだ。左手に、小さく光る石がある。
「後のことは、私が」
もう、したことになっていることを、しなくてはならない。
遺体は、あってはならないモノだから。
亮が、頷いてみせる。
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げた雪華に背を向けて、六人は引き上げはじめる。
数歩行ったところで、麗花が振り返る。
軽く、手を振る。
雪華も、振り返す。
口元に、微かな笑みが浮かんでいた。

車のところまで戻ってきて、誰からともなく、顔を見合わせる。
「終わった……んだよな?」
なんとも、自信がなさそうに口を開いたのは俊。
「あれで終わってなかったら、今度はみじん切りにしてやる」
と、忍。須于も、まだ信じられなさそうな顔つきだ。
「そうよね、砕ける音がしていたもの」
「でも、なんで心臓だってわかったの?」
『緋闇石』がどこにあるか、ということだ。麗花が首をかしげている。
忍は、額に紅い石が見えているのに、躊躇わずに龍牙を心臓へと突き立てた。
「動力源の役割も、担っていると考えたからです」
亮が静かに言う。朔哉は、息こそしているものの植物状態だったのだ。忍がすぐに補足する。
「アーマノイドと似た感じ」
本当は。
旧文明時代に存在した人工生命体の動力源が、心臓部にあったと知っていたからだけど。
「なるほどね」
納得したようだ。深く頷いた後、麗花はいつもの笑顔を浮かべる。
「ぜーんぶ、予定通り終了っ」
ぐるり、と五人を見回す。
「って、コトだよね?」
「だな」
「うん」
「そうね」
「ああ」
「はい」
てんでばらばらだけど意味は同じ返事が、同時に返ってくる。
亮が、にこり、と微笑む。
「任務終了です」
口笛を吹いたのは忍。ジョーも低い口笛を吹いてみせたので、はからずもハモる。
「よっしゃぁ!遊びに行くぞっ!」
麗花が握りこぶしで言うもんだから、思わず笑ってしまう。笑いながら、俊が尋ねる。
「遊びに行くって、どこにだよ」
「そりゃ、先ずは六人みんなで初詣!」
「悪くない」
珍しく、ジョーが一番最初に賛成する。忍も頷く。
「いいね」
いまは無性に、六人でいたい気分だから。
「どこに行きますか?」
「蓮天神社はどうかしら?」
『緋闇石』抹消は『崩壊戦争』の後始末なのだと知っている。それから、蓮天神社が『崩壊戦争』に深く関わりのある場所だということも。
これ以上ふさわしい場所はあるまい。
「賛成、麗花は行ったことないだろ?」
「あ、五人ともあるのね?ずるいー」
「なにがあったか聞いたら、行かなくてよかったって思うぜ」
頬を膨らませてみせる麗花に、俊が眉を寄せてみせる。
「なによ、なにがあったの?」
「やめろ、首しめるな」
ぐえ、と蛙のつぶれたような声が俊の口から漏れる。
「なにがあったか話すまで、離してやんないもん」
「話す前に死ぬ〜」
「ね、話すから車に乗らない?」
須于が、肩を寄せながら忍を見る。忍は頷いて、車のキーをあける。
風が無かったのと、緊張していたのとで気付かなかったが、かなり冷えている。しかも、イチバン冷え込む時間だ。
「ひとまず乗ろうぜ」
今回は、機材等の都合でバン一台なのだ。しゃべりながらにはちょうどいい。
乗り込んで、エンジン吹かして暖房をつけて。
アルシナドへの帰り道を走りながら、麗花がいない間になにがあったのかを口々に話す。
麗花はジョーの額の傷も確認したし、運転中の忍の腕に残っている傷も確かめた。さすがに、亮の腹部の傷跡までは見なかったけれども。
もう直っていると確かめてから。
「よかったぁ、ケガだけですんで」
ぽつり、と言う。須于が頷く。
「うん、ホントにね」
もう、朔哉は戻ってこないことを、思い出す。
「にしてもさ、かっこよかったよなぁ」
ちょっと上滑り気味で俊が慌てたように言う。
「『この瞳を見よ!』なんてさ、なっかなか決まってたよなぁ」
「国王の貫禄、充分だな」
ジョーも、麗花にかきまわされた前髪を直しながら言う。もう一人の兄、アファルイオ国王の顕哉のことだ。
「あー、あれね、ちょっと見直したかな」
「よかったな、隠さなくてよくなって」
忍がバックミラー越しに微笑む。それには、素直に頷く。
「それはそうとさ、かんざしに化けてたとはね」
麗花は盛大なため息をつく。
「全然、思いつきもしなかったよ」
「よく気付いたわね、亮」
須于に言われて、助手席の亮は微笑む。
「あれだけ衣装に凝っているのに、かんざしだけは変わったことが無かったものですから」
天楼に篭ってはいたが、祭主公主として人前に姿を現さなかったわけではない。その時の写真を見ているうち、亮が気付いたのだ。
人々は、毎回のように変わる着物には気をとられても、髪飾りまでは意識していない。いや、毎回変わる着物に気をとられて、かんざしまでは気が回らなかったと言った方が正確かもしれないが。
真夕里が紫鳳城に登城している間に、文哉のデスマスクを砕いたのは雪華だ。
もともとは、かんざしのすり替えが目的の侵入だった。デスマスク破壊は、雪華のつけた効果抜群のオプションだ。
「しっかし、暗殺した針をかんざしにするかね、普通」
「手ぇ出す時点で、狂ってるって」
俊が肩をすくめたのに、忍が突っ込む。
そうこう盛り上がっているうちに、道路標示はアルシナドへと帰ってきたことを告げる。のんびり走ったので、外がずいぶんと明るくなってきている。
麗花が、窓の外を指差す。
「あー、初日の出!」
「お、すっげーな」
後部座席の四人は、窓にはりつく。
太陽が、あたり一面を紅に染め上げている。
でも、血の深紅とは違う。
「赤も、悪い色じゃないよな」
忍が、ぽつりと言う。亮は微笑んで頷く。
「そうですね」

駐車場に車を止めて、境内へと向かう。
石段を登ろうと視線を上げた亮は、仁王立ちになっている人物に気付いて思わず声を上げた。
「あ」
忍たちも、石段の上の人物と亮の声で、気付く。
まるで、申し合わせたかのように声を上げる。
「あ」
立っていたのは、総司令官である天宮健太郎。それから、協力者である安藤仲文と高崎広人もいる。
六人がぽかん、と口をあけているのだから、マヌケこの上ない光景なのだが、仁王立ちの三人に笑顔はない。
すっかり、忘れていたことがヒトツ。
これは、そうとう怒っているに違いない。
六人は、顔を見合わせる。
ひそひそと言葉をかわす。
「任務完了報告、忘れてました」
「うん、思い出した……終わったので浮かれたからな」
「どうするよ、怒ってるよ」
「今回は、コトがコトだったものね」
ちら、と視線を石段の上へと向ける。間違いなく、険悪な空気が漂っている。
「まぁ、怒って当然だが」
生死をかけていると、彼らは知っている。一晩、寝ずに待っていたに違いない。
ここにいるのは、アファルイオでの出来事と『緋闇石』が目に触れる行動を起こさなかったことから『成功したと予測した』からだろう。
あくまで、予測した、である。
「こういう時はね、二つにヒトツなのよ」
と、麗花。
「素直に頭を下げるか、押し切るか」
「頭下げるって気分じゃないよな」
反省の色がまったく見えない発言は忍だが、すぐに賛同したのは俊。
「あ、俺も」
麗花は聞くまでも無いし、ジョーは無言が肯定だ。須于は諦めた顔つきになっている。
「じゃあ、押し切る方ですね」
亮が決定を下し、六人は石段の方へと並んで向き直る。
六人の笑顔に少々気圧されたようだが、かろうじて渋面を保ったまま三人が見下ろす。
忍が満面の笑顔で、先頭をきる。
「明けましておめでとうございますッ!」
「本年も『第3遊撃隊』、」
「『code Labyrinth』を」
「ご贔屓にしていただけますよう」
「ココロよりお願い申し上げます」
俊、ジョー、須于、麗花と続き、亮がしめる。
「どんな任務も完璧にこなしてご覧にいれます」



〜fin〜


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