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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・14■



年送りの儀が遮られて、民衆が戸惑ってさざめく。
たとえ国王であったとしても、祭事を遮ることは禁忌のはずだから。
が、顕哉はまっすぐな視線を、民衆へと向ける。
「年送りの儀を執り行う前に、ここにおる祭主公主が真に祭事を執り行う資格があるかを問いたい」
はっきりと、言い切る。
民衆のさざめきがやみ、静寂がおとずれる。
人々の平安を祈ってきた祭主公主を、国王が弾劾しようとしていることだけはわかる。
あろうことか、神聖な祭壇の上で。
移動中の襲撃は想定していたのだろうが、まさか祭壇の上で祭事を遮っての正攻法がくるとは考えもしなかったのだろう。真夕里も瞳を見開いたまま、顕哉を見つめている。
顕哉は、相変わらずまっすぐに民衆を見つめ続けている。
「まずは、皆に詫びねばならない」
ゆっくりと動かす視線の先々に、不安な表情で見上げる民衆がいる。紫鳳城にいる民衆だけではない。なんらかの媒体を通じて年送りの儀を見守る人々皆が、同じ視線をしているはずだ。
「母・由莉花、父・文哉、そして兄・朔哉は急病に倒れたと偽っていた」
皆、息をひそめて次の言葉を待っている。
「真は、暗殺されたのだ」
空気が、びくりと震える。
その噂は、ずっとあった。病ではなく、暗殺だと。
それが、真実だという。
タチの悪い噂などではなく。
さわさわと、低い呟きのような怯えのような、そんなさざめきが人々の間を通りぬけていく。
「この瞳を見よ!」
声と共に晒されたモノに驚いたのは、民衆だけではない。ごく側にひかえていた光樹も、真夕里もだ。
それは、王家の証である紫根の色をしてない、右目。
空のように青い瞳だ。
「これは真実を見る瞳だ!」
顕哉は、紫鳳城に集まった全ての人々に見せつけるかのように、見渡していく。
人々は、驚愕の余り声も出ないらしい。
「私はこの瞳で、長の間、暗殺の犯人を捜し求めてきたのだ」
静まり返った場に、顕哉の声だけが響く。
「この一連の事件は、全て同じ人間が謀ったモノだ」
国王の静かな声が続く。
「全ては、ここにいる魯真夕里が謀ったこと」
顕哉は、祭主公主とは言わなかった。
それは、すでに祭主公主としての資格を認めぬという意思表示。
よほどの自信がなくては、言い切れぬことだ。
「っ!」
直感で、この場を離れた方がいいと判断した影が動こうとして、ぎくり、と止まる。
いつのまにか、国王直属の兵たちに取り囲まれている。
「陛下のお言葉が終わるまでは、なん人たりとも、動いてはならぬとのご命令」
影は、唇を噛み締めて祭壇上を見上げる。
祭壇下のちょっとした騒ぎは全く気にかけぬ様子で、顕哉は一本のかんざしを取り出してみせる。
「これは、魯真夕里のかんざしだ」
テレビモニターには、かんざしがアップになっているに違いない。紫鳳城の広場にも、祭壇の様子を大写しにするためのモニターが備え付けられている。
「これは元々、暗殺用の針であったもの」
民衆が、ざわ、とする。
「このかんざしから、魯真夕里の指紋と、父・文哉の血痕が発見された」
民衆の方を見つめていた視線が、はじめて真夕里の方へと向かう。
「なにか、申し開きたいことがあるだろうか?」
「そのかんざしを、何者が持ち込んだのか知りませんが」
真夕里の顔からは、先ほどまでの驚きは消えている。いつも民衆の前に立つ時と同じ、やわらかく包み込むような声と笑みだ。
「指紋は偽造でしょうとしか言いようがございません」
言いながら、己の髪に手を伸ばす。
「わらわのかんざしは、ここにありますれば」
さらりと貫くと綺麗に整えられた髪が、はらりと落ちる。かんざしを、顕哉へと差し出してみせる。
「そのかんざしと、とても似ておりますね……心無き者が、わらわを罪に陥れようとしたとしか思えませぬ」
真夕里が差し出したそれが、雪華がすり替えてきたモノだということは、顕哉にはわかっている。それをこうして差し出すということは、まだ真夕里は気付いていないのだ。
「光樹」
声をかけられた親衛隊長、周光樹が手袋をした手を差し出し、かんざしを丁寧に受け取る。
民衆は、息を飲んだまま見つめている。
しばし調べていた光樹は、ふと笑みを浮かべる。
「これは……面白い細工がしてありますな」
「細工?」
顕哉と真夕里の声が、はからずも揃う。光樹は、頷いてみせる。
「お聞き下さいませ」
先ほどまで顕哉が向かっていたマイクに、かんざしを近付ける。そして、飾りをちょいと引っ張る。
ザザ、という雑音の後。
『わらわが紫鳳城に赴けば、必ず麗花が動こうぞ』
くすり、という民衆の前では絶対に漏れぬ冷たい笑いも、公主である麗花を呼び捨てにする声も聞き間違いようがない。祭主公主である魯真夕里のモノだ。
それが、真夕里の差し出したかんざしから流れてきている。
民衆の視線は、祭主公主であるはずの彼女を見つめたまま、凍りついている。
声もない。
超小型の再生機は、まだ動きつづけている。
『わらわを親と兄の仇とつけ狙っておるからのう……先に手を出したほうが、加害者になる』
ほほほほほほ、という高笑いが続く。
『祭主公主を狙った者が身内にいる王家など、権威はあってなきが如しじゃ』
本当に、かんざしはすりかえられていたのだと、真夕里も理解出来たらしい。顔面が蒼白になっている。
その表情が、全てを物語っている。
再生が終わったことを確認して、顕哉が、再度尋ねる。
「これでも、まだ申し開きがありましょうや?」
「申し開き?なにを申し開けと言うのかえ?」
先ほど、再生機から溢れてきたのと同じ高笑いが真夕里の口から溢れ出す。
「わらわがしたことぞ!姉上も、あのお人も、朔哉も!」
美しく化粧した瞳から、大粒の涙が零れ出していることに彼女は気付いているだろうか?
「わらわが憎かろう?!そなたの手で殺すがよい、そなた自身の手で!」
それが、追い詰められた真夕里の、切実な願いと顕哉は知っている。
自分が、どんな顔に育っているのか知らぬわけではない。隠しつづけてきた片目を除けば、誰よりも父に似てきている。
真夕里が、狂うほどに想っている男に。
「捕えよ」
顕哉は、剣に手をかける素振りすら見せずに言う。
光樹が合図をすると、衛兵たちが祭壇を駆け上って来て真夕里を後手に捕える。
「わらわを殺せ!そなたが殺せ!」
髪を振り乱し食い下がるその顔は、まるで幽鬼だ。顕哉は、静かに首を横に振る。
「わが国の法通りに、裁かれる」
がくり、と真夕里はうなだれる。



静寂。
リスティアとアファルイオの国境にある草原は、静寂に包まれている。
あるのは、冴え冴えとした満月のみ。
あたりには、なんの気配もない。
蒼い光が、一瞬、閃光のように光って消える。
かすかに、光の中心に細い影が立っているのが見えた。亮があの蒼碧の石を発光させたのだ。
そして、再び静寂。
そよ、と風の吹く気配さえない。
その中の、ほんの微かな気配に、亮は身軽に後ろへと飛ぶ。
と同時に、亮がいた場所に紅い焔の火柱が立つ。
「気配を消しても、無駄なことだ」
現れたのは、『緋闇石』の使い手と化した朔哉。余裕の笑みには邪悪さが漂う。
瞬間移動をしてすぐなのに、その額にある紅い石は光を宿し始める。紫鳳城での祭主公主弾劾で動揺した人々の感情は、やはり『緋闇石』の糧となったらしい。
「この間と同じようには、いかぬぞ」
光が、急速に強くなる。
その光で、はっきりと石を手にした亮が照らし出される。
亮の顔からは、表情が消えている。
ただ、まっすぐに『緋闇石』を見つめている。手にあるはずの石は、ほんの微かな光さえ持っていない。
先ほどの『緋闇石』を呼び出す為の発光で、エネルギーを消費してしまったのだ。
「石を手にしても、思うままに操れぬとは哀れなものよ」
姿も声も、風騎将軍と呼ばれた男のモノなのに。
ぎり、と麗花は唇を噛み締める。朔哉は、こんなではない。
大事な者を奪われるということ、そして、大事な者を己の意思と関係なく奪うかもしれないということ。
その、どちらも哀しすぎる。
もう二度と、そんなことはさせない。
俊は、得物を握り直す。
ジョーはただ、まっすぐに銃を構える。
消すと、決めたから。
『崩壊戦争』の最終兵器。人の意思を操り、死の恐怖へと誘う『緋闇石』。
誰かの大事な者が、どんなカタチでも奪われることはあってはならないこと。
須于は、その瞬間を待つ。
はじけそうなほどに、『緋闇石』の光が強くなった瞬間。
「?!」
四方からの殺気に、『緋闇石』である朔哉の瞳が見開かれる。
銃撃、爆破、ナイフ、棒術。
その全てが、額の紅い石めがけて集中する。
ばらばらの方向からの攻撃に『緋闇石』は紅い焔の火柱を上げることで対処する。
焔が消えた後の顔には、驚愕が浮かんでいる。
「な……!?」
亮の口元に、笑みが浮かぶ。
「確かに、この間と同じようにはいかないようですね」
「小癪なマネを……!」
ギリ、と歯噛みをすると、すぐに額の紅い石に光が宿り始める。すさまじい勢いで強さを増した光に、俊たちは思わず視線を逸らす。
焔が、まるで蛇のようにうねりながら流れ出る。奔流のような勢いで、巨大な焔の円を描く。
俊たち四人を排除した、完全な結界。
熱くない焔。だが、触れれば『緋闇石』に取り込まれる。
「ち、調子乗りやがって」
思わず俊が舌打ちをする。が、手出しを出来なくなったことは確かだ。
ジョーも、目を細めて焔を凝視している。麗花も須于も、得物を手にしたまま、ただ見つめるしかない。
表情に焦りは無い。
が、極度の緊張がある。
焔の内側で、『緋闇石』が笑う。
「これで、終わりだな」
あれだけの力を発したのに、もうすでに額の石は光を持ち始めている。
亮は口元に笑みを大きくする。
「終わりなのは、どちらでしょうね?」
手の中の石が色も判じかねるほどの強い光が、まっすぐに額の紅い石に向かう。
「無駄だ」
蒼い光は、空中に四散した。
『緋闇石』そのものと化している男の顔に、残忍な笑みが浮かぶ。
これだけの光を出そうと思ったら、相当の力が必要だ。そうそうは出せないことを、『緋闇石』自身が知っている。
「今度こそ、トドメ……?!」
『緋闇石』の声が途切れる。
地から湧いたかのごとく、ヒトツの影が目前に現れたから。
結界の焔で、手にする長剣が紅く映える。
「終わりだ」
その、一言と共に。
なにかが砕け散る音。
ひときわ高く上がる焔の轟音。
そして、世界は深紅に染まる。



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