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夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・1■



なるほど、空港のアナウンスが独特の反響を起こすのは、この高い天井にも原因があるらしい。
リスティア語と共通語で繰り返されるそれは、ゆっくりとしたモノなのに、なぜか緊張する。
世界への扉に導かれるからだろうか?
なんて、それはカッコつけすぎというものだけど。
忍にとっては、初めての空港で初めての海外旅行だということは、確かだ。
ここはアルシナド国際空港。
アルシナド郊外にある『Aqua』最大の空港だ。通称はクリスタル・ウィング。その名の通り、ガラス張りの美しい建物は空から見ると透明な翼が広がっているかのように見えるから。
リスティアでは、総司令部に次ぐマスメディアへの露出を誇っている場所でもある。
とにもかくにも実際に来るのは初めてなので、忍はさきほどから、きょろきょろとあたりを見回してばかりいる。一緒に立っている亮の方は、落ち着いたモノだ。
六人中、唯一すでにパスポートを持っていたのも亮。総司令官で財閥総帥でもある健太郎の出張やら、仲文の学会発表やらに連れまわられていたらしい。
それが判明したのは、二週間ほど前のこと。



亮の質問は、時に予測を超えているところがある。
その日もそうだった。
「海外旅行って、興味ありますか?」
いったいどういうことか飲み込めずに、五人とも亮の顔を見つめる。
「そりゃ……あるけど?」
「バカンスとか、やっぱイイよな」
「そうそう、南の島でのんびりってヤツ」
「あら、いいわね」
ひとまず、一般的な返事を返してみる。亮は、少し首を傾げる。
「南の島で、バカンスですか」
なんだか、真面目な表情だ。じゃあ、そうしましょうかとか、あっさりと返ってきそうな雰囲気。
「急に、どうしたわけ?」
逆に忍が質問する。
「ええ、今度こそちゃんと休暇をもらおうかと思いまして」
「で、本気で海外旅行?」
こくり、とあっさりと頷く。
「リスティア国内だと事件に巻き込まれてばっかりですし、この際」
確かに、休みと言いながら、まともな休みだったことがない。
それは確かなのだが。
財閥秘蔵っ子は発想の飛躍が違う。
思ったことが顔に出たのだろう、亮は、にこりと笑う。
「もちろん、総司令部もちで」
そんなこと出来るのかと尋ねかかって、プリラード親善大使保護のお礼金を、すべて『第3遊撃隊』のモノにしてしまったのを思い出す。
亮なら、やってのける。なら、ここは素直に喜んでおくべきだろう。
「やったー、バカンス!」
「ハンモックで昼寝〜」
「美味いモノ!」
そうと決まれば、一気に妄想は現実味を帯びる。
「行きたいところはありますか?」
「南でバカンスっていうと、メジャーどころではモトン王国かなぁ?」
「あ、行ってみたい、よく宣伝してるもん」
「そうそう、海、キレイだよね〜」
ほどよく赤道に近いところにあるモトン王国は、常夏の観光地として有名だ。ちょっと前までは、新婚旅行のメッカでもあったらしい。
ミーハーな発言だが、反対意見はないようだ。
こくり、と亮は頷いて見せた後。
「パスポート、持ってますか?」
「んにゃ」
「持っとらん」
即答で否定したのは、忍と俊。
「私も」
須于も、ジョーも持っていない。麗花も、リスティア本籍分は、もちろん無い。
「ってことは、亮は持ってるわけ?」
「はい」
「なんで?」
で、父親やら仲文やらについて回っていたのが判明したわけだ。
「いいなーいいなー」
思いきり羨ましがったのは麗花だ。
俊が、よく言うよという顔つきになる。
「姫サマは、外国歴訪とかやってんだろ?」
「行ってないよ、鬼百合のせいでさ、外国訪問禁止状態だったもーん」
鬼百合というのは、麗花の故郷であるアファルイオの祭事を司る祭主公主を務めていた魯真タ里のこと。麗花の叔母にあたるが、両親も兄も暗殺した張本人でもある。
名前が真夕里だから、鬼百合というわけ。
ともかく祭主公主が狙う限りは、外国という場所は危険極まりない場所だったのだ。姫として訪れるには。
「でも、外国語得意よね?」
須于が首を傾げる。
前にゆいが来た時に、どこの国の出身かわからないと言いながら恐ろしいくらいの数の挨拶をしてみせたのを、よく覚えている。
「あ、そりゃね、こっちは行かなかったけど、お客さんはいっぱい来るから」
なんでもないことのように麗花は言う。
「やっぱ、相手の国の簡単な会話くらいくらいはね、サービスってもんでしょ」
サービスくらいで、多国語を操れるのは普通じゃないと思う。その場限りならともかく、ちゃんと覚えてるあたりは。
四人が不信そうな表情なので、麗花は心外そうに付け加える。
「だってさー、外国語なんて歌みたいなもんじゃん」
「はあ?」
「音感がいいんですよ、麗花は」
亮が、苦笑しながらフォローする。
「記憶力もな」
忍が付け加えると、麗花は首を傾げる。
「んでも、雪華もできたよ?」
「あのな、雪華は特別だろが」
「あー、そっか」
大ボケ発言はおいておいて。俊は、少々不安そうだ。
「モトン王国って、標準語通じるんだよな?」
「通じますよ」
亮はまともに答えてくれるが、すぐに忍がツッコむ。
「じゃなかったら、観光地になんかならないって」
「あ、そりゃそうか」
「コアニに空港があるくらいしか、私もよく知らないわ」
須于が、にこり、と笑う。フォローしてくれたのだ。
忍が、記憶を絞り出している。
「えらい有名な海岸線が多いトコだよな、ブルーリーフ、グリーンリーフ……だけじゃなかったような」
「うん、海がキレイなので有名だからね、ブルーリーフがディアス島でしょ、グリーンリーフはイア島、キブ島のエメラルドリーフが一番有名かなぁ」
麗花がすらすらと言う。
「キブ島って細長いから、海岸線が長いし」
こんどは、須于が尋ねる。
「島がいっぱいなの?」
「あの付近の十数個の島が集まってヒトツの王国を形成してますが、それぞれに自治府を持っています。ディアス島が中心で、首都コアニもここですね」
世界情勢のことなら、亮も詳しい。ひけらかすことはないが、恐らく亮も多言語いけるはずだ。
「でもさ、どっちかっていうとリスティアに近いのに、現地語がプリラード語なわけ?」
まだ不満そうに俊が言う。
「旧文明の頃の名残ですね」
「へえ、そうなんだ」
「ジョーは不安じゃないのかよ?」
先ほどから、まったくと言っていいほど口を挟まないジョーを、俊が横目で睨む。自分ばかりが焦ってるようで悔しいらしい。
「プリラード語なら、わかる」
ぼそり、と返事が返る。
「そりゃそうだよね、両親の母国だもん」
すかさず、麗花。
ジョーの両親は、共にプリラードの誇る名優なのだ。生まれてこのかたリスティア育ちとはいえ、その両親が出演している映画を見せて育てたその人は、もちろんプリラード語もし込んだのだろう。
「ちぇ」
「まぁまぁ、俺もわかんないし」
「私もよ」
忍と須于に慰められて、ますます情けなさ倍増といったところだ。二人とも、わからなくてもどうにかなるという度胸のよさがある。
ともかくも俊の不安をよそに、南の島でバカンス計画はちゃくちゃくと進んだ。
亮があっさりと総司令官の許可を得、麗花のは偽造だと騒ぎながら五人でパスポートを取得し、その間に飛行機のチケットをとり、ホテルを予約して。



で、今日がその当日なわけだ。
やっとあたりを見回すのをやめた忍が、亮に尋ねる。
「そういや、皆どこ行ったんだろうな?」
ちょっと、ふらふらして来ると言ったきり、四人とも戻らない。
リコンファームは終わっているし、空港には早目についているから、急ぎはしないのだけど。
「多分、俊とジョーは新聞を買いに行ったんだと思いますよ」
「新聞?」
二人の新聞好きは知っているが、朝見たのだけでは足りないのかと思ってしまう。
亮は笑みを大きくする。
「空港だと、諸外国の当日の新聞が入手出来ますから」
「一足先にモトン王国について詳しくなっとこうってわけか」
ちょっとバカンスっぽくない気もするが、俊たちにはそれが楽しみなのだろう。
「やっほーい、買ってきたよう」
麗花たちはどうしたんだろうと尋ねるより先に、声がする。
差し出されたのは、光沢がかった薄い青の缶。
「なんじゃこりゃ?」
見たこと無いブツに、忍が首を傾げる。
「ああ、空港限定の……」
亮の方は、知っているらしい。麗花は、にやりと笑う。
「そ、空港限定ブランドで、しかも空港によって味が違うってヤツ」
「それって、リスティア国内の?」
「ううん、『Aqua』全部だよ、面白いでしょ」
須于も、持ってる缶を差し出す。
「で、これがクリスタル・ウィングの味」
「へええ」
忍は缶を受けとって、ぷしゅ、と開ける。
「お、炭酸じゃん」
口にしてみると、微炭酸で万人ウケしそうな爽やかな味といったところだ。
「亮は飲んだことあるでしょ?」
須于が渡しながら尋ねる。
「ええ」
「いいなぁ、けっこうたくさん試したことあるんでしょ?」
とは、麗花。
「僕よりも、父の方が……行ったとこのは絶対に試すことにしてるらしいですから」
「なんと」
多忙な総司令官の、意外な楽しみといったところだ。
「ジョー達、遅いね」
「って、言ってたとこ」
「立ち読みでもしてるんじゃない?」
などと言ってるところに、構内放送がかかる。
『RAL、リスティア航空734便、コアニ行にご搭乗のお客様は、ただいまより……』
「おっと、そろそろ呼んで来ないと」
「僕が行って来ますよ、本屋の場所知ってますから」
すぐに、亮が腕いっぱいに新聞を抱え込んでる俊とジョーを連れてくる。
いよいよ、出発だ。



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