[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・2■



大きな胴体が勢いよく加速する重力を感じる。
そして、轟音が消えた瞬間。
すべてが、ふわりと浮かんだ感触。
窓の外に目をやると、みるみる地上が遠ざかって行く。
陽の光にきらめくガラスの大きな翼クリスタル・ウィングも、『Aqua』全ての命運を握るといっても過言ではない総司令部も。
すぐに、いつもは仰ぎ見る雲さえ眼下の景色になる。
「ひょー、わかっちゃいるけどスゴイねー」
麗花なんて、手放しで大喜びだ。隣の須于も、身を乗り出して外を見つめている。
俊も新聞を手にしたまま窓の外に目をやっているし、忍も見入っている。
「忍は、なにがいいですか?」
亮の声に、やっと視線を戻した忍は、キレイなお姉さんに微笑まれて思わず微笑み返してしまう。
一瞬後に、スチューワーデスだと気付く。どうやら、ドリンクサービスらしい。
「あ、じゃ、コーヒー」
「ホットでよろしいですか?」
「はい」
亮は、お茶と新聞をもらったらしい。
新聞なら、俊とジョーが二人で山ほど買っていたはずだけど。と、思いながら覗いてみて、納得する。
プリラード語が並んでいる。モトン王国現地向けのモノなのだろう。
「ほほう、面白い記事ある?」
忍がにやり、と笑うと、亮はにこ、と笑い返す。
「さぁ、どうでしょう?穴場情報なんてあれば、嬉しいですね」
さらりとかわしてみせて、新聞を広げる。
窓の外の景色に飽きたのだろう、麗花が前から覗き込んでくる。
「ねぇねぇ、やっぱマリンスポーツするの?」
「そりゃな、やってみたいよな」
名前を知られるような海岸線がいくつもあるというのは、その周囲の海がキレイだという証拠でもある。
泳ぐのも気持ちイイだろうけど、それだけではもったいない気がしてしまう。
「ダイビング?ボディーボード?」
「マリンバイク」
忍を差し置いて、きっぱりはっきり返事を返したのは、後部座席の俊。
「海の上でもバイクなの?」
思わず麗花が聞き返すが、
「あっちじゃ安く手に入るらしいわ」
と、須于もその話題は興味津々らしい。電気回路系だけでなく、メカも好きなのだ。
「有名な店があるって聞いたことある」
忍が言うと、俊と須于の声がそろう。
「ブルーマリナー!」
「へええ?」
「出来合いもあるけどさ、カスタマイズ用の部品がすっげー充実なんだよ」
俊の顔が、もうキラキラ状態だ。
「カタログ、持って来た?」
「もちろん、機内持込よ」
言いながら、がさがさと新聞の間から取り出してみせる。付箋がいっぱい貼りまくってあるあたり、すでにかなりチェックが進んでいるらしい。
「あとは、実物チェックだよな」
広げながら、須于にも見えるように差し出す。
「そうね、スペックから考えたらコレでいけると思うんだけど……エンジン周りがもう少しイイのが入るって話もあったし」
「あのさ、それってさ」
恐る恐る麗花が尋ねる。
「向こうで部品買って、二人して組み立てるってこと?」
「当然」
「やっぱり、カスタマイズの方がずっとイイのが出来るもの」
二人ともやる気いっぱいである。
ここまで言うということは、間違いなく工具を持ってきているはずだ。そうとなれば、誰にも止められない。
「ええええ、買い物天国やろーと思ってたのにぃ」
「須于と俊なら、半日ですむ」
ぼそり、とジョーが口を挟む。
「確かにな」
忍も笑う。
現地新聞から顔を上げた亮が、にこり、と微笑む。
「ついたら先ずは、ブルーマリナーですね」
「場所知ってるの?」
須于が首を傾げる。
「ええ、メイン通りにありますから」
「ってぇことは、コアニ行ったことあるってこと?」
麗花がじとーっとした視線を向ける。
「ありますよ、医学学会に連れてこられた時に」
あっさりと返事が返ってくる。
「なるほどな、学会ってなんか知らんけど、リゾート地好きだよな」
納得してるのは忍。俊も笑う。
「学会なんて、教授サマには休日と変わんないんだろ」
「ていうか、かこつけて観光したいんじゃないか」
「聞きたい発表の数なんて、たかが知れてますからね」
亮までが言うもんだから、六人とも笑ってしまう。思わず麗花の声が大きくなりそうになって、忍が抑える。我に返って首をすくめる。
ひとまず、大人しく席に座りなおして。
忍は、うとうととし始める。俊とジョーは新聞を読み始める。
須于と麗花は、機内情報誌を広げて機内ショッピングコーナーをひやかしているようだ。
亮は、新聞を返すと機内情報誌についているモトン王国の地図を広げる。
最大のディアス島は円形に近い形状だが、周囲に広がる島はすべて、ディアス島から放射状に並んでいる。
そのいくつかを指で辿っていたが、やがてぱたり、と地図を閉じる。

途中、機内食などを体験して大喜びしたりしつつ、飛行機は無事コアニ空港に着陸した。
降りる直前に見えた真っ青な海に、否が応にも期待は高まる感じだ。ガイドブックの写真は、なんの細工を加えてもいないのだと実感する。
ついでに、外国に来たのだなということも。
小麦色の肌に淡めの髪の人々が、にこやかに迎えてくれる。
少々どきどきしつつも、何事もなく税関を通って、あとは自由の身だ。
着ていたコートを、さっさと脱ぎ捨ててカバンに詰める。こちらはすでに三十度近い気温だ。とてもじゃないけど、着てられない。
まだ、中は長袖なので暑い。リスティアはまだ冬真っ只中なので、これ以上薄着は辛かったのだ。
「ひとまずチェックインだろう?」
グラサンをかけながらジョーが尋ねる。荷物を持って歩くのがイヤらしい。
「あ、ホテル行くときさ、乗りたいのがあるんだよね」
麗花がにっこりと笑う。須于も頷く。機内情報誌から、なにやら情報を得たらしい。
「バスでしょう?」
来たことのある亮には、察しがついたようだ。なぜか視線が、多少遠くなっている。珍しいことなので、忍が首を傾げる。
「バス?」
『ご自由にお持ち帰り下さい』だった機内情報誌の写真付ページを、麗花がずずいっと差し出す。
「そう、島内周遊バスっ!」
ものすごーくイヤそうな顔になったのは、ジョーだ。須于が乗りたそうなのを知っててコレだから、相当イヤに違いない。
だいたい、滅多に表情にでない亮が遠い目になるくらいなのだ。
たいがいのコトは面白がってくれる忍と俊も、顔が凍りついたままになっている。
ようは、そのバスはステキに乙女チックなのである。よほどラブラブな新婚さんでもなきゃ、男性陣は間違いなく引くくらいには。
「お前らだけで乗れ、お前らだけで」
俊が言い、ジョーが大きく頷く。どうやら、こればかりは譲りたくないらしい。
「それに……ほら、いま出たばっかで一時間後にしかないみたいだぜ?」
忍が写真の隣に記載された時刻表を指しながら穏便な断念理由を述べるが、麗花たちは不満そうだ。
「え〜っ」
「荷物、持ってってやるから」
とは、俊の懐柔案。
「だって、ここで私たちだけで待ってたらさ、先にメイン通りに行っちゃうでしょ」
「そりゃ……」
間髪いれずに返事をしかかった俊を忍がどつくが、遅かった。
「ほら〜、ズルい〜」
なにがズルいんだか、さっぱりわからないが、機嫌を損ねると厄介なことだけは確かだ。
「このまま直接買い物に行って、ホテルに行く時に麗花たちはバスに乗る、というのでは?」
黙っていた亮が、口を開く。
「そこも、周遊回路に入ってますし」
感情がこもってない分、妙に説得力がある。だけではなくて、実はイチバン機嫌が悪くなったら怖そうなのが亮だったりするのもあるのだが。
というわけで、亮の提案が採用されることになる。
「んじゃ、タクシーつかまえようぜ」
「ああ」
先に立って歩き出そうとしたジョーが、向こう側から走ってきた誰かと激突する。
「失礼」
ひどく慌てた様子だったモトン王国独特の褐色肌の彼女は、そのエメラルド色の瞳を見開いて、きょとんとした顔つきになる。
それを見て、ジョーの方が少々慌て気味にプリラード語で同じ言葉を繰り返す。
とっさに出たのが、リスティア語だったのだ。
彼女は、にこり、と微笑んだ。
「いえ、私も急いでいたので、ごめんなさい」
という意味の言葉を早口に言うと、また小走りで去って行く。ポニーテールをみつ編にしているのが揺れた。
「へぇ〜」
「やるじゃん」
忍と俊が言うと、麗花も感心する。
「ジョーってばホントにプリラード語できるんだぁ」
「そんなことは、疑ってないって」
「そうそう」
ジョーがなにか口を差し挟むヒマもあらばこそ、忍と俊はすぐに否定する。
「へ?」
「走ってくる女の子にぶつかって、現地語でにこりと、すみません」
「ナンパの常套手段だろ」
言われて、麗花もすぐに大きく頷く。
「ああ、なるほど〜」
「あのな、お前ら」
「かわいかったもんね〜」
「だよな」
ちっとも、全く、ジョーの言うコトは聞いてない。須于までが、くすくすと笑っている。
亮も、苦笑しつつも手を上げてタクシーを呼びとめる。
「ほら、来ましたよ」
「はーい」
いつまで空港にいても仕方が無い。楽しみはこれからなのだから。

ホテルは、ウェンレイ・コアニ。リゾートホテルでは最高級だ。自分モチじゃ泊まれない場所でも、おごりだから問題なしというわけだ。
チェックインをすませて、部屋に入ってみて。
窓からの景色に、麗花や須于ならずとも思わず声が漏れる。
白いという表現がぴったりの砂浜の向こうに、透き通る青碧の海。寄せては返す波の音と、海鳥たちの声。
「すごいな」
大きく開け放ったバルコニーに立ちながら、着替え終わった忍が感心した声をあげる。
「海の色がきれいですよね」
亮も、にこり、と笑う。
この景色を眺めながら、お茶でも一杯飲みたいところだが、同じく景色を見て待ちきれなくなったのだろう、俊がせわしなく扉をノックする。
「おい、早く買い物行こうぜ」
忍と亮は顔を見合わせると、くすり、と笑う。
窓を閉じると、忍は財布を後ろポケットに突っ込む。相変わらず黒のパンツだが、Tシャツは白で左袖口にオレンジで小さくロゴが縫いつけられている。
亮も、いつもより明るめの色のシャツに白いパンツが似合っている。傷を隠すための手袋はいつもどおりだけど。
扉を開けると、グラサンをかけた俊が立っている。妙な和柄なシャツとシンプルなパンツというイデタチだ。
忍たちの部屋の音を聞きつけて、扉を開けた麗花が笑う。
「うっわー、近寄ったら怖そうな組み合わせー」
ちょっと後ろに立っているジョーも、グラサンだからだ。しかも、ジョーの場合はなにもしてなくても凄んでいるように見えなくもない。
「確かにな」
忍にも遠慮無く笑われて、俊がさすがにグラサンを外す。
姿を現した麗花は、上から黄色から朱色へのグラデーションの朝焼けを思わせるような鮮やかなワンピースに、薄い青のグラサンをかけている。
「ほら、須于も早く早く」
呼ばれて、やっと須于が姿を現す。
こちらも明るい草色のロングワンピースに、真白の半袖カーディガン。うすいそれから、細い肩紐が透けている。それから、サンダルにポニーテール。
「へえ、かわいいじゃんか」
「似合うねぇ」
すぐに、忍と俊が反応してくれる。亮も、にこりとする。
「キレイな色のワンピースですね」
ジョーはコメント無しだが、サングラスしてるというのに顔が明後日の方向に漂ってるあたり、カワイイのでどうしていいかよくわかってないのがバレバレだ。
「ありがと」
いつもはしない格好なので、少々出てきにくかったらしい。嬉しそうに頬が染まる。
「ほらね」
麗花が、にやり、とする。どうやら麗花おすすめの格好らしい。
六人とも、リゾートあわせな格好で揃ったところで、麗花が満足げに号令する。
「んじゃ、行きましょー!」
メイン通りへと買い物へ。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □