[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・7■



約束の七時には、ほど遠い夜明け前。
薄く染まり始めたエメラルドリーフの空を、ちらと見上げてジョーが言う。
「来た」
忍と俊も、ジョーが見た方へと視線をあげる。
「まぁ、先手必勝とは言うけどな」
と、忍。
「こっちも人のこと言えた義理じゃないけどな」
と、俊。
言ってる間に、爽やかな夜明けには似つかわしくない大音響が響き始める。
姿を現したのは、大型ヘリだ。
それを見た三人の顔に浮かんだのは、奇妙な雰囲気の笑みだ。
「軍用ヘリじゃないぜ」
「余裕だな」
「アレじゃ、こっちが何人いるかすら、わかってないな」
が、いるのが部下ではないことは、わかるはずだ。
忍が問う。
「さて、どう思うかな?」
「部下がサボったってのが、一番ありえる」
「金の為ならなんでもやって、頭目はやたらと金離れがいいってのに?」
ジョーの答えに、俊がツッコむ。
ちら、と視線だけ俊によこしたジョーは、口の端に笑みを浮かべる。
「金はあるほどイイという貪欲さを、持ち合わせてるとは思えない」
「なるほどな、自分が満ちたりてればイイっていう姿勢には敬意を表しておこう」
ヘリの姿は、もうはっきりと確認できる。あちらも、こちらのささやかな異変に気付いたはずだ。
「そろそろ行くか?」
俊が言い、忍とジョーが頷いてみせる。
「でも、アレだよなー」
完成したてのマリンバイクのエンジンをかけながら、俊がぼやく。
「ヤツらのせいで、野郎三人でタンデムかよ」
「言うな、ムサさ百五十パーセント増量の気分になる」
一番後ろに乗り込みながら、忍が言う。
忍と俊に挟まれるカタチになっているジョーは、コメントもしたくないらしい。
「ひとまず、沖まで一気に行くぜ」
俊の声に、後ろの二人は大きく頷く。

勢いよく走り出したマリンバイクの姿は、もちろんヘリからも確認されている。
「ち、しょうのない」
国務長官の立場というモノを最大限に利用している男の隣りの黒づくめが、悪態をつく。エメラルドリーフに余計な者が近づかぬよう派遣した連中が、さぼっていると思ったのだ。
クリストファー・ロヒアも同じコトを思ったらしい。
「軍隊の訓練地域に指定されていると、言ってやれ」
なんでもないことのように指示を出す。
こんな有名な海岸をそんなモノに使うはずはないのだが、観光客がそんなことを知る由もないともわかっている。
パイロットがマイクを手にしたのを見て、黒づくめの隣りに座っていた人物が口を開く。
「無駄だと思いますよ」
大きくは無いが、よく通る声だ。口元に、穏やかな笑みが浮かんでいる。
ロヒアと黒づくめが、怪訝そうに見やる。
「彼らは、軍隊訓練などここでは行われないと知っていますから」
亮は、窓の外に視線をやったまま、訛りのないプリラード語で付け加える。ロヒアの口元に、笑みが浮かぶ。
「ああ、あれがお仲間ですか」
改めて、海上を見やる。
とたん、ヘリは、ぐら、と揺れる。
「何をしている?!」
黒づくめが不機嫌な声を上げる。
「申し訳ありません、狙撃してきました」
「なに?」
くすり、と亮が笑い声を漏らす。
「ほんの、ご挨拶ですよ」

忍を切り離したマリンバイクの上は、少々場所に余裕が出来ている。
ジョーの手には、銃。その銃口から、かすかな煙が昇っている。
「お見事」
プロペラの端を飛ばされて、少々不安定な飛行になったヘリを見て、俊が笑う。
「ほんのご挨拶だ」
この程度は朝飯前なのだろう、ジョーがぼそり、と答える。
「ま、次だよな」
「問題無い」
「たいした自信で」
軽口を叩いている二人の頭上のヘリの下から、予想通りのモノが顔を出す。銃口だ。
「行くぜ、振り落とされんなよ」
俊は口元の笑みを大きくすると、ジョーの返事を待たずに蛇行しはじめる。

猛スピードでの蛇行に、もちろん狙いは定まらない。
「ち」
銃のコントローラを握り締めたまま、黒づくめが舌打ちをする。
「なかなか、やるようですね」
ロヒアは笑みを浮かべて亮を見やる。笑みは、残忍なものだ。
が、亮はそれに構う様子はない。
「お褒めいただいて、ありがとうございます」
ロヒアは視線を黒づくめに移す。
「蛇行する余裕をなくしてやれ」
言われた意味を、すぐに正確に察した黒づくめはコントローラを置くと、亮の座ってる側の扉を問答無用で開く。
上空をそれなりのスピードで飛んでいるのだ。風が吹き込んで亮の髪が舞う。
「どこまでやれるのか、楽しみですよ」
ロヒアが言う。
亮は、相変わらず微笑んだまま、なにも言わない。
「やれ」
黒づくめが、亮を押し出すべく手をかけた瞬間だ。
亮の笑みが、少し大きくなる。
「これで、いつでも打ち落とせますね」
その言葉を最後に、亮の躰は宙に舞った。

相変わらず、猛スピードで蛇行するバイクの上でジョーが銃を構え直す。
次の瞬間、亮の背中にはモノの見事にパラシュートが花開く。
さらに、そのパラシュートを討ちぬくべく構えられたヘリの銃口がぶっ飛ぶ。
「ロヒアも運がいいよなぁ、ジョーの腕をこれだけ満喫出来るんだから」
口調だけはのんびりと、俊が笑う。
が、銃口を吹っ飛ばされた勢いで体勢を崩しつつも、ヘリからは別の銃口が亮を突き落とした場所から出されたかと思うと、亮のパラシュートが吹っ飛ぶ。
「へえ、あっちもなかなかやるじゃん」
「なってない、パラシュートしか狙えていない」
とは、ジョーのコメント。ようするに、体勢を崩しているので、だいぶ下まで行ってしまった亮自身を狙うことができなかったというコトだ。
「厳しい評価だなぁ」
亮は減速するモノがなくなったので、重力の影響もろ受けで加速しながら海面へと向かう。
まだ、かなりの上空だ。このまま叩きつけられれば、それなりのダメージがあるはず。
が、俊はそれを追わない。
ジョーは、亮のパラシュートを討ちぬいた銃を落とす。
そうする間にも、亮の躰は海面へと叩きつけられる。
思いきりの水飛沫があがり、蒼い海に呑み込まれる。

済みきった蒼い水の中に、亮の細い髪がふわり、と広がる。
亮は、海がなすままに、ゆら、と揺れて沈んでいく。
蒼い水の中で色彩を失って、まるで透明な硝子人形のように見える。
その躰を受けとめたのは、ダイビングスーツに身を包んだ忍だ。かすかに、痛そうな表情を浮かべて、亮を覗きこむ。
軽く首を横に振ると、おっていたボンベの口を亮にあてがってやる。
少し、間があってから。
ひとつ、泡が口元からこぼれる。
人形ではなく、生きているという証。
さらに数個、泡がこぼれてから、亮が瞳を見開く。
そして、口元に笑みを浮かべる。
忍も笑みを返すと、ナイフを取り出して亮を後手に縛っていたロープを斬り捨てる。
そして、海面へと向かう。
海面から顔を出した忍と亮の目に飛び込んできたのは。
慌てたように海へ飛び込んで行く数人の姿と、派手な大音響と共に空中分解を遂げるヘリ。
ジョーは過たず、ヘリの燃料タンクを撃ち抜いたらしい。
顔を出した忍達に向かって、俊が手を振っている。
忍も手を振り返しながら、空いている手で、間近に顔を出した黒づくめの手にあるモノを叩き落とす。
水飛沫があがって、手にあったナイフが沈んでいく。
「ムダだよ」
言葉と共に、亮の手を縛り上げていたナイフが、喉元につきつけられる。
「どうせ、あと二、三本持ってるんだろうけど、陸上用だろ?勝負してもイイけど、こっちの切れ味試すハメになるだけだよ」
にこり、と微笑む。
そうじゃなかったとしても、ヘタな動きをすれば喉元につきつけられたソレで切られるのは間違いない。
黒づくめは、両手を上げる。
舌打ちしたロヒアが、なにかを取り出そうと懐に手をやる。
その頭上すれすれを、マリンバイクが飛び越す。
思わず首をすくめたロヒアに向かってジョーが言う。
「やめておけ、暴発するのがオチだ」
水につかった銃を発射する愚かさは、言われずともわかっている。ロヒアは唇を噛み締める。
俊が笑う。
「あ〜あ、一流ブランドの背広が台無しだね、お気の毒に」
「これで済むと思ってるのか」
まだ、諦めた様子はなく、ロヒアは凄む。
聞こえたのだろう、亮が笑みを浮かべて振り返る。
「思っていますよ」
そのほっそりとしたカタチのよい指で、砂浜を差してみせる。
いつの間に、ずらりと勢ぞろいしているのはモトン警察と軍だ。先頭に立つのはモトン次期国王たるカリア王子。確固たる意思を秘めた瞳で、こちらを見つめている。
その隣りに立っているのは、リリカ姫の侍女、ヒナだ。
「姫様は、あなたの正体をよくわかった、と仰せです」
まっすぐに見つめて、言い切る。
麗花が楽しそうに笑う。
「ってわけで、本拠地潰してきちゃったよん」
「輸送途中の船も、拿捕されたそうよ」
にっこり、と須于。
「子供のイタズラみたいなんだったから、ホントは見逃してあげようと思っていたんだけどね」
広人が人好きする笑みを浮かべて言う。
「殴られたお礼に、新聞社に教えといてあげたよ、王室転覆計画」
「わぁ、大反逆罪ね!」
と、麗花。
完膚なきまでに万事休す、だ。
ロヒアの肩が、がくり、と落ちる。王子サマなどともてはやされた影はどこにもない。
マリンバイクを岸にとめた俊が、肩をすくめる。
「相手が悪かったよなぁ」
「普段の亮でも、赤子の手をひねるようなものだろうが」
ジョーも、頷いてみせる。
麗花と須于も、深く肯く。
「むちゃくちゃ遊んでるけど、容赦はないよね」
「そうね、徹底してるわよね」
広人が苦笑する。
「亮を不機嫌にさせたのが、根本的な過ちだよ」
砂浜に戻ってきた忍が、亮に笑顔を向ける。
「少しは溜飲下がった?」
「まさか」
亮の顔は、暴走バイクを見た時と同じ無表情さになっている。
「こんな歯ごたえ無い連中のために休日潰されたんですよ?訓練にもならない」
警察と軍を総動員しているカリア王子が、点目になっている。
忍達は、思いきり吹き出す。



リスティア総司令部総司令官、天宮健太郎の元に、リスティア警視庁特別捜査課所属の高崎広人警視から任務完了の報告が入るのと同時に、メールも一本届く。
今回の任務に特別協力したリスティア軍所属『第3遊撃隊』からの、経費報告だ。
目を通していた総司令官は、怪訝な表情になる。
携帯可能な端末、マリンバイク、ダイビング用品一式、モデルガン購入及び改造費、エメラルドリーフへの往復交通費。
どさくさにまぎれて、なんでも突っ込んだのは見え見えだが、ここまではわかる。
わからないのは、最後の項目だ。
「延泊料金?」
思わず、声に出してしまう。
言葉少ないメールの方に目をやる。
リスティア警視庁協力期間は、任務遂行日と判断。
くっきりはっきり、そう記されている。
「………」
そして、ここ最近無かった為にすっかり失念していた一事を思い出す。滅多なことではないが、亮を不機嫌にさせたら最後、ロクな目に会わないのは不機嫌にさせた方であることを。
「仕事は絶対無いという約束を反古にしたのですから、このくらい当然でしょう」
そう言う亮の声が聞こえてくるようだ。
広人に亮たちが行っていることを教えたのは、ほんのイタズラ心だったわけだが。
もう二度とやるまい、そうココロに誓う総司令官であった。



〜fin〜


[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □