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夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・6■



亮の端末がおいてある部屋には、七人集合している。
忍、俊、ジョー、須于、麗花の、『第3遊撃隊』の面々と、広人。これで六人。
七人目は、リリカ姫の侍女、ヒナだ。モトン王国特有の褐色肌に、薄い色の髪をポニーテールにしてからみつ編みにしているという格好は、空港で忍たちが見かけたときと同じだ。
が、浮かんでいる表情はまるで違う。
いったいなにがあったのか、すっかり怯えきった表情で、目を見開いている。言いたいことがあるけれど、禁止されているといった感じ。
「予定通りみたいだけど、亮が具体的にどうしたのかは聞いてないんです」
おそらく、リスティア語はわからないと踏んで、忍が肩をすくめる。
アタリらしく、ヒナは怯えきった表情で忍を見つめている。いったい、なんの算段をしているのかと思っているのだろう。
広人も、肩をすくめてみせる。そして、リスティア語で言う。
「シャワー浴びたい気分だけど、ひとまず何があったかだけ話した方がいいね」
麗花と俊も、こくこくと頷いてみせる。ジョーと須于もまっすぐに見つめている。
「ある意味、正攻法ってヤツでさ」
広人は話し出す。

忍たちと別れてから、広人はどこへ行ってきたかは判然としないようにしてからホテルに戻った。
相手方は、当然、王室が用意したホテルは把握していたらしい。待ち伏せの上、拳銃で丁重に招待されたので、大人しく従う。
それからの移動時間と本当のアジトの場所を考えると、ディアス島北端の海岸線沿いらしい場所に連れて行かれる。これがわかったのは、目隠しはされたけど、眠らされはしなかったから。
武器のほとんどは本島であるディアス島に集まるという捜査結果から考えても、本拠であるキブ島に運ぶ為の中継点は必要だ。おそらくは、この場所がそうなのだろう。
モトン王国ではよく見られるログハウス風の建物に連れ込まれると、案の定、リリカ姫の侍女ヒナもいた。いたというよりは、捕えられていたという表現が、もちろん正しい。
「リスティア警察も、たいしたことねぇなぁ?」
広人を連れてきたうちの一人が、にやりとしながらモトン王国独特の訛りのあるプリラード語で言うと、思い切り蹴り上げる。
「それとも、お前さんがたいしたことねぇのかぁ?」
くくく、と楽しそうに笑う。予定通り、二人ともが自分らの手に落ちたので、機嫌がいいらしい。
唇の端が切れて血が滲んだが、カリにしとくことに決めて、ただ睨みつける。
「まぁ、せいぜい、この世に名残を惜しんどくんだな」
褐色肌の男たち数人が、皆笑う。
「夜までの命だからよ」
手足を縛り上げているので、逃げる心配もないと踏んでいるのだろう。ログハウスの奥の部屋に広人とヒナは押し込められる。
連中の姿が見えなくなってすぐ、ヒナは血の気の引いた顔でこちらを見る。
「あの……」
「はい?」
さすがに、後手に縛られたまま数時間というのはしんどい。お世辞にも機嫌が良いとはいえない表情をヒナに向ける。
「あのこんなことになるとは、思っていなくて……姫も、私も……その……」
「そうでしょうね」
確信犯だったら、広人だって、こんな目にあってまでこんなトコロにはいない。
広人が宿泊先のホテルから姿を消してから、すでに数時間が経過している。間違いなく、後追いの仲間からの連絡も入っているはずだし、異変が起こっていることの報告も総司令官まで伝わっているはずだ。
だとすれば、そろそろ、のはずだ。
隣りの部屋へある程度の神経を割きながら、ヒナを横目で見る。
「まったく、迷惑な話だ」
実際のところ、リリカ姫の余計な横槍がなければ、一人で充分だったはずの仕事だ。肉体労働も必要ないはずだったのに。
「ごめんなさい、あなただけでも助かるように頼みます、この件から手を引いてくださると約束さえしていただければ……」
「外交ってのは、個人がどうこう言ったからといって動かせるモノじゃない」
根は悪くないのだろう、自分はどうなってもと本当に思っているようだから。だが、姫にしろ、侍女である彼女にしろ、世間をご存知ないにもほどがある。
早くに亡くなった王妃にうりふたつの娘を、カパラ王は本当に箱入りで育てたモノらしい。
我知らず、ため息が出る。
「人もあろうに、あんなロクでもない男につっかかるかね」
もちろん、国務長官であるクリストファー・ロヒアのことだ。国外にいても、女性関係の話は十指に余るほど聞いている。
ヒナは、必死の顔つきになる。
「姫様は、本当に想っておいでなんです、たった一人、姫としてではなく、人として扱ってくださる方ですし……」
「その想い人を救うためなら、幼馴染みでずっと側にいた君を見捨てることになるとしても、姫君は想いを貫かれるのかな?幼馴染みを殺すのが、想い人だとしても?」
激しく首を横に振ってから、ヒナは俯く。
「姫様は、ご存知ないんです、こんなことになっているとは、少しも……」
搾り出すような声が続く。
「悪いのは姫様ではありません。お側にありながら、姫様に近付く男の正体を見抜けなかった私の方です」
「………」
広人からの返事はない。ヒナも、顔を上げる。
隣室の様子がおかしい。急に騒がしくなったのだ。
早口でのやり取りが、聞こえてくる。興奮しているらしい、声を押さえることもしていないので、ツツヌケだ。
「どういうことだ?!」
「つけられてたってことか?」
「そうじゃない、あの刑事の他に、もう来てる連中がいたんだ」
焦った調子の声は続く。
「チクショウ、姿を消してる間に、その連中と連絡取りやがったな」
どうやら、『次の手』のご登場のようだ。広人は、ヒナに見えぬよう、こっそりと笑う。
ヒナは、戸惑った表情で戸口の方と広人を交互に見ている。どうやら広人の仲間が来たようだとは察しをつけたようだが、状況は掴めない。
やがて、新参者の声がする。
「ロヒアはどうしました?」
大きくはないが、よく通る声だ。誰のモノか、広人には迷いようもない。
すぐに、ドラ声が言い返す。
「てめ、国務長官様を呼び捨てにしやがったな!だいたい、何の用だ!」
「そんな大声を出さずとも聞こえていますし、ザコに話すような用件はなにもありません」
慇懃無礼としか言いようのない台詞が、立て板に水で流れ出す。
「余計な労力を使っているヒマがあるのなら、ロヒアをここに呼ぶ方が格段に話は早いですが」
訛りのまったくない完璧なプリラード語で、しかも相手のムカっ腹を立てる単語をモノの見事に選んでいるあたりが、らしいというか。
「はん、だったらテメェが勝手に連絡でもなんでも、すりゃイイじゃねぇか!」
「ああ、そうですか」
おそらく、亮は背を向けたのだろう。
「帰れると思ってるのか!」
「勝手に連絡を取れと言ったのは、そちらですが?」
「わかってねぇなぁ?」
元々、機嫌はすでに悪かったから、ここぞと言わんばかりになるだろうとは思っていたが、完全に亮のペースだ。
広人は、吹き出したいのを必死で堪える。
「わかってないのは、どちらでしょうね?」
皮肉そのものの笑みが浮かんでいるのが、見ずともわかる。
「己の安全も顧みずに飛び込んできたと、そう思ってるのですか?……随分とオメデタイ頭脳レベルの方々がお揃いのようですね、お話にならない」
亮は、己の容姿と発する言葉のギャップを充分に承知しているし、その効果を最大限に発揮させる術を心得ている。
「あなた方だって、死にたくはないでしょう?」
相変わらず音量が上がることはないが、言い切った声は相手を、ぞくり、とさせるなにかがある。
「このまま名実共に滅ぶのを待つか、ロヒアをココに呼ぶか、選択肢は二つに一つです」
「………」
先ほど見た中で、一番年配そうな、このログハウスの中ではリーダーとおぼしきのが連絡を取れと合図したのだろう。なにかの機械音がする。
ぼそぼそと連絡を取っているらしい声がするが、なんと言っているのかまでは聞こえない。
が、やがて、その声が止まる。
そう、慇懃無礼な人物は、己が誰かすらも告げてはいない。
笑みを含んだ声が、言う。
「国務長官には、リスティア総司令官の名代が来たと言うのですね」
さらにしばらく、ぼそぼそという声が続いてから。
「長官は、すぐにいらっしゃるそうだ」
その言葉を最後に、静まり返る。
が、広人が連れてこられた時とは全く異なる緊張感に包まれているのが、扉向こうの広人にもわかる。
ヒナは、不安そうな表情をさらにつのらせている。
国務長官が黒幕だというのは知っているが、それをこうも簡単に呼び出す人間というのが想像もつかないのだろう。少なくとも広人の知り合いのような口ぶりの割りには、広人を助ける様子もなければ、広人が呼びかけるような様子もない。
彼女にとっては、得体の知れない介入が入ったことにしか、なっていないのだ。
息を潜めたかのような静寂が、ログハウスを包み込む。

モトン王国国務長官であり、武器密輸組織の黒幕でもあるクリストファー・ロヒアが姿を現したのは、数時間後のこと。
それがわかったのは、声がしたからだ。
「これは、珍しいお客様だ」
下っ端と違い、一目で慇懃無礼な人物の正体がわかったのは、さすがというべきだろう。
「リスティア総司令官殿の名代とはどなたのことかと思っていたが……後継ぎとも言うべき一粒種の亮殿ご自身とは驚きましたね」
「はらいたいハエが、少々大きいようでしたので」
相変わらずの口調で亮が応じる。
「ほう、で、自らいらっしゃったご用件とはなんでしょう?」
「忠告ですよ、ココに捕まえてる二人、早目に離した方が貴方の為だというね」
「どういう意味でしょう?」
余裕を失わない応対も、ザコではできない芸当のうちになるのだろう。
「彼らには、ちょっとしたお荷物が仕掛けてあるってことです」
「お荷物?」
「余計なコトをしゃべられるのは迷惑ですし、任務を完遂出来ない無能な者もいりませんのでね」
亮は、ここで言葉を切る。
広人は、思いきり息を吸う。
「騙しやがったな!」
思いっきりのリスティア語だ。ヒナも目を見開いて広人を見る。先ほどまでの落ちつきようはどこへやら、怒り心頭の表情に、びく、としたようだ。
扉向こうも、一瞬静まり返る。
構うことなく、広人は怒鳴りつづける。
「時限装置はつけない約束じゃないか!」
言っていることはわからないが、捕えた男がいきなり必死の声で叫び出している。しかも、亮の言葉の端から想像出来るのは。
「調べろ」
ぼそり、とロヒアの声がする。
すぐに、扉が開いて、広人とヒナは引き出される。
なんの対策用なのだか、ハンディの金属探知機が常備されているらしい。ざっと全身を検査される。
その間も、広人は亮を睨みつけ続けている。
もちろん、事前にそんなテでいくことは相談していない。が、その程度の細工なら、広人にとっては朝飯前だ。
ほんのかすかに、探知機は反応する。
亮は、口の端をゆがめるようにして笑みを浮かべる。
「嘘を言ったところで、仕方ないでしょう」
「コチラの方は、確かにね」
ロヒアの口元にも、笑みが浮かぶ。
「しかし、こちらのお嬢さんに、何時、どのように?」
ごもっともな発言だ。周囲のザコどもも、賛同の声を上げる。
亮は、人をぞくりとさせる笑みを浮かべて、ヒナに向き直る。
「空港で、お会いしましたね?」
戸惑った顔つきになったヒナは、はっと思いついたらしい。
「あの時の……」
ぶつかったことを、思い出したようだ。
「随分と慌てていらっしゃったようですけどね、バイクでも手渡してましたか」
ヒナがなにも言えずにいる間に、亮はとっととロヒアの方に視線を戻してしまう。
「状況的に考えて、なにかあると踏むのは間違いでしたでしょうか?小型ながら、なかなか高性能にできていますよ、たとえ海の底でも発信機能は消えませんし」
「そして、もちろん貴方には解除もできる」
言いざま、ロヒアの手には小型のナイフが握られている。そして、その切っ先は亮の喉元へとつきつけられている。
「この距離で、貴方の他のお仲間は間に合うでしょうかね?」
「さぁ、どうでしょう、あなた方も巻き添えになることだけは確かですけれど」
「なにぃ?」
身を乗り出したザコに、にこり、と微笑む。
「解除もできますし、時間を待たずに爆破することもできますから」
「なるほど」
ロヒアはにこり、と笑う。
「今のところ、五分五分というわけですな」
暗殺して海の底に沈めても無駄だし、厄介払いをしたければ、広人とヒナを解放するしかない。
ナイフを収めると、斜め後ろに無言で立っている男を見やる。この男は、最初からログハウスにいたのではなく、ロヒアについてきた者だ。
スーツを着込んでいると、そうガタイがいいようには見えないが、相当な力量の持ち主であることは広人にも一目でわかるくらいの。
男は無言で頷くと、広人とヒナを縛り上げていたロープを無駄なく斬り捨てる。
二人に向かい、ロヒアは告げる。
「リスティア総司令官の名代は他にもいるはずですね……?その方と、取り引きがしたい」

ここまで語り終えた広人は、にやり、と笑う。
「場所はキブ島、エメラルドリーフ、時間は明朝七時」
忍達の顔にも、笑みが浮かぶ。
「いいですね」
「まさに、予定通りってわけだ」
言いながら、忍は端末に向かってなにかしてみせる。そして、標準語で言う。
「解除しましたよ」
もちろん、ヒナに聞かせる為だ。相変わらず、怯えた表情で皆を見つめている。
麗花がにっこり、と微笑んでヒナに近付く。
そして、流暢なプリラード語で告げる。
「お願いをきいてくれたら、解除してあげる」
なにも言えないまま、ヒナはただ頷く。
くるり、と忍達に向き直った麗花は、ぺろりと舌を出すと、リスティア語で言った。
「いっぺん、こういうのやってみたかったんだよね、笑顔で脅すっていう亮の得意技」



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