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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・1■


らいんだよ


古今東西、人の集まるところに渋滞あり。
『Aqua』で最も人が集中している場所であるアルシナド、名物といっていい広さの道路幅を誇っているにも関わらず、やはり渋滞は起こるのである。
とは言っても、いつもよりも規定最高時速を二十パーセント減にすることで、充分対応できるほどなのだが。
渋滞中は、そう問題はない。
いやでも、速度は落ちるから。
問題があるのは、通常よりも交通量が多いけれど、渋滞まではいかないという時間帯。
必ず、速度違反をするのがいるわけで。そういうのは、早朝ではなく通勤ラッシュ終了間際に多い。
時には、取り締まりも必要になる。
そういった事情は、充分に理解出来てはいる。
「……にしたってさ、ちょっと最近、身近に頼りすぎてないか」
アルシナドの中でも最も渋滞が激しい、といわれる交差点で交通整理兼取締りをしているお兄さんの一人が、口を尖らせる。
「通常の志願兵役中には、この任務もあるらしいよ、道交法遵守な気風が育つからとかで」
と、もう一人。
「ホントかぁ、それ?」
最初の一人、俊が胡散さそうに、もう一人である忍をみやる。
「さぁな、俺に言われても」
肩をすくめつつ、視線は交差点へと走ってくる車へと向けられる。
「おやおや」
「来なすったな」
にやり、と顔を見合わせる。俊が手にしたのはデジカメ、忍が手にしたのは小型の拳銃らしき物体だ。
「撮ったか?」
「ばーっちり」
「よっしゃ」
言ったなり、ばしゅ、と派手な音をたてて発射する。
勢いよく飛んだ弾らしきモノは、見事に速度違反の車のフロントで弾けて張り付く。
曰く、『最寄の警察署に出頭のこと』。
このシール、なかなかのクセモノで、警察署に常備されている特殊な剥し液を使わないと剥がれないのだ。
しかも、デザインがかなり派手。
恥ずかしい思いをしたくなければ、早めに警察まで出頭するしかない、という寸法。
「やっちまったって顔してたなー」
「そりゃそうだろ、アレは恥ずかしい」
行き過ぎていった車を見送りつつ、くすり、と忍は笑う。
取り締まり自体は、なかなかに面白い。
「ま、そろそろ速度制限時間も終わりだけど」
「となると、ほとんど違反もないかぁ」
俊がつまらなさそうに言う。どうやら、道交法尊守の気質は全く育つ気配がないらしい。
「しっかし、総司令官が警視総監も兼ねてるとはね」
元の話題へと、俊が戻る。
忍も、頷いた。
「まぁな、それは驚いたけど」
そんな事情もあって、今日、こうして交通整理なぞやっているわけだ。すでに健太郎とは個人的知り合いと言っていい状態だけに、身内にお手軽に頼んでるんではと俊がぼやきたくなるのもわからないでもない。
「ひとまず、貴重な体験ということにしといてあげれば?」
政治も経済も治安も掛け持っているのでは、真に多忙という単語では生温いに違いないのだから。
「あんま甘い顔すると、ますますイロイロ回ってきそうな気がするよ」
などと、軽口をたたいているところに、ふ、と影が差す。
「?」
二人は同時に顔を上げる。
「あ、リムジンバス」
「でかいなぁ」
アルシナド国際空港、クリスタル・ウィングからアルシナドに向かうのなら、速度を重視するならばライナーを、景観を重視するならリムジンバスがオススメなのだ。通常より背の高いバスは、時間は少々かかるのだがアルシナドの有名個所を通り過ぎてくれるのである。
その大型バスが、ゆったりとしたスピードで通り過ぎて行く。

中央公園脇の大通りを歩いているのは、ジョーと須于だ。
「桜、咲きはじめてるわ」
見上げながらの須于の台詞に、ジョーも頷く。
「ああ」
ジョーは見事な金髪だし、須于もけっこう目鼻立ちがはっきりしているので、かなり目立つカップルだ。が、当人たちはいたってのんびりである。
「今日は、どこに行く?」
須于が首を傾げる。
どうやら、一緒に出掛けるだけ決めて、出てきたらしい。
ジョーが、軽く首を傾げる。
「そうだな、国立科学博物館で、宇宙技術展とかいうのをやっているらしいが」
「ホント?」
須于の顔が、嬉しそうになっている。
「アレって毎年やっているのよね。変わったモノもけっこうあるらしいわ」
「それにするか?」
「うん、ジョーがそれでいいなら」
どうやら、ちゃんとジョーは須于が喜びそうなモノを調べていたらしい。
「じゃあ、決まりだ」
嬉しそうににこにことしている須于の顔に、ふ、と影が落ちる。
どちらからともなく、影の方へと視線をやる。
「リムジンバスね」
「ああ……」
通り過ぎるのを見送ってから、ジョーが尋ねる。
「あれ、どこに行くか知ってるか?」
「え?」
不意に妙な質問をされて、須于は戸惑ったらしい。不思議そうに首を傾げる。
ジョーは口元に笑みを浮かべる。
「アルシナドの真中に行くんだよ」
言われて、ますます戸惑ったらしい。
その顔つきをみて、ジョーの笑みが少し大きくなる。

アルシナドの真中にあるのは、アルシナド・ステーションだ。
ようは、ライナーもリムジンバスも同じ場所に到着するのである。
ようやく駅に到着したリムジンから、けっこうな人数の乗客が降りていく。
その中に、一人の青年がいる。
一見、リスティア系でどこかへ旅行へ行った帰りに見えないこともないが、よくよく見ると少々彫りが深い。
それに、後から降りる人の邪魔にならない場所まで移動してから、きょろきょろと辺りを見回しているあたり、少なくともアルシナドに来るのは初めてのようだ。
もっとよく彼を観察すれば、聡明そうな瞳がリスティア系にしては薄めのことに気付くだろう。
年のころは、二十代前半といったところだろうか。
荷物は、右肩に引っ掛けた大き目のリュックがヒトツ。かなり身軽な旅装だ。
しばし興味深そうに周囲を見回していた彼は、肩のリュックを少し、直す。
それから、もう一度見回すと、周辺地図へと歩み寄る。
じぃっとニラメッコしたまま、そこを動かない。どうやら、目的の場所が見つからないらしい。
「どうかなさいましたか?」
周辺地図脇で様子を見ていたらしい巡査が、人好きのする笑みを浮かべて尋ねる。
空港からアルシナドへ出てくる人のほとんどが通過する場所なので、常駐しているのだ。
「あ、はい、リスティア中央銀行へは、どうやって行けば……」
「ああ、銀行に用事なら、ステーション内に出張所がありますよ」
リスティア中央銀行は、通常の銀行とは少々趣を異にする。リスティア経済を安定させる為に存在する場所で、口座を持つことが出来るのは国家、もしくは国家運営に携わっている者くらいなのだ。
普通の人は、リスティア中央銀行には口座はもてないし、ただ両替するなら出張所がアルシナド・ステーションにも設けられている。
巡査は、親切にそのことを教えてくれているわけだ。
青年は、少々戸惑い気味の顔つきになる。
「ええと……その、中央銀行の建物を見てみたいなと思ってまして」
リスティア中央銀行は、メガロアルシナドの外れになる。旧文明産物のビルの中で唯一、人間的といっていい荘厳な造りをしていて、その外見は必ずガイドに載るほどだ。
「ああ、そうでしたか、少々距離がありますから、バスに乗るのがわかりやすいですが」
「もし、歩けそうなら、景色を見ながら歩いてみたいです」
「実は、オススメはそちらなんですけどね」
にこりと巡査は笑うと、ポケットから周辺地図縮小版とペンを取り出して書き込みながら説明し始める。
「まずは、この道をまっすぐに行っていただいて……」
「はい」
青年は、素直にいちいち頷きながら聞いている。
「……わかりました、ありがとうございます」
道筋を書き込んだ地図を受け取って、丁寧に頭を下げてみせる。
「よい旅を」
旅行者相手をしているせいで、青年の言葉にリスティア系ではない訛りがあることに気付いていたのだろう、巡査は軽く手を振ってみせる。
地図を確かめつつ、周囲も見回しつつという状況なので、青年の足取りはのんびりしたものだ。
駅前には、ショッピングモールが広がっていて、色とりどりの店がなかなかに壮観だ。
その前を、ウィンドウショッピングしながら歩いている女の子もけっこういる。
青年は、ふ、とその中の一人に目を留める。
少々、首を傾げ気味にしたまま、相手から目を離せないらしい。
あまりにじっと見つめていたせいか、相手も青年の視線に気付いたようだ。
不思議そうに振り返る。
真正面から相手を見て、青年は目を軽く見開く。
そして、彼は、彼女の名を口にする。

亮は、総司令官室の窓から、ぽつりぽつりと薄ピンク色に染まりつつある中央公園を見るとはなしに見ている。
部屋の主は会議中とやらで、不在なのだ。
軽く腕を組んで窓に寄りかかっていた亮は、視線を扉へと移す。
健太郎が戻ってきたようだ。
「悪い、ちょっと伸びた」
片手で拝んでみせながら、健太郎は椅子に腰掛ける。
亮は、大きな机の端に腰掛ける。
「で、一体どういうことなんですか?アルシナド・ステーション近くに皆を散らばしてくれなんていう奇妙な注文の意味を教えていただけるんでしょうね?」
「まぁな、昨日の時点でははっきりと言うわけにはいかなかったんだよ」
「おかげで、交通課まで持ち出すハメになりましたが」
肩をすくめてみせる。
「口に出来なかった、ということは、他国絡みの厄介ゴトというところですか?」
「そ、先ずは、これだな」
健太郎は、モニターに電子文書を呼び出す。
亮は、軽く身を乗り出して覗き込む。
「ルシュテット近衛隊長からですか、キナくさいですね」
口の端に笑みが浮かぶ。
「だろ?皇王が病床について久しいからな」
健太郎の顔にも、笑みが浮かぶ。
「しかも、この内容だしな。皇太子のニセモノがリスティアに侵入した、とはね」
「ルシュテット皇太子はリスティア人とのハーフですよね」
「ああ、しかも現皇后の生んだ生粋のルシュテット系皇子は、皇太子と同じ年ときてる」
なぜに、そんなにややこしいことになっているかというと。
現ルシュテット皇王が、リスティア人の女性と恋に落ちたことに端を発する。
ルシュテットの民情は、リスティア人が皇妃となり皇后の地位につくことに反対はなかったのだが、王室関係者は大反対だったのだ。
皇王たるものは、生粋のルシュテット人であるべきだ、と。
当然、次期皇王の母となる皇妃も同じ理論が当てはめられた。
で、結局、折衷案としてルシュテット人の側室がもうけられたという次第。
そこまでさせるだけの影響力のある王室関係者が後押ししている側室をないがしろにするわけにもいかず、数ヶ月の差があるものの、同じ年の兄弟が生まれることになった。
皇后が生んだハーフの皇子が先に生まれたこともあり、皇太子となってはいるが、生粋のルシュテット人である弟の皇子を押す声が王室関係者の中に、いまだにあることは確かだ。
ちなみに、側室だったルシュテット人の妃は、皇王の愛妻であったリスティア人の皇后が亡くなったために、いまは皇后の地位にある。
「ま、ルシュテット皇太子はよく出来てるからな、王室関係者のほとんどは、もう反対してないけど」
「でも、現皇后は納得していない、というわけですね」
「近衛隊長も納得してないだろうな、皇后の兄だから」
「次期皇王への影響力が違いますし、下手したら近衛隊長を下ろされる可能性もある、ということですか」
くすり、と笑う。
「さて、この皇太子のニセモノ抹殺要請は正式なようですが?」
「ニセモノ、とされている彼が、本当にニセモノなのかは重要な要素だね」
「理由はともかく、ホンモノが極秘来国している方がありそうですけど」
「俺もそう思うね、皇王の病気は長引いているし、そろそろ皇太子即位の話も本気で進んでいる」
どちらからともなく、顔を見合わせる。
「皇王即位の前に、母が育った国を直に自分の足で歩いてみたい、と望んだとしても不思議はないですね」
「皇王になったら、さすがに無理だからな」
「で、それを利用して皇太子を抹消しようという筋書きですか」
「国内に皇太子を用意して、リスティアに来た皇太子を公式にニセモノと呼ばわって抹消、あとから国内の方がニセモノだった、と発表すれば、きれいさっぱり、というわけだ」
「皇太子騙れば、立派な騒乱罪ですし」
「……ま、そういうわけなのよ」
「仕方ありませんね」
亮は、もう一度肩をすくめてみせると、通信機を取り出す。
健太郎は、怪訝な顔つきになる。
「おい?ココは総司令官室備え付け以外の電波は通さないようになってる……」
全て言い終えぬうちに、亮は大きめに息を吸ったかと思うと、
「今日の課題は人探しです、ルシュテット皇太子を発見した人に、本日の夕飯メニューリクエスト権を差し上げますよ」
と、一息に言ってのける。
「……違法改造しただろ」
「総司令官の承認印さえあれば、違法ではないですよ」
にこり、と微笑む。
「先日、須于が改造関係のA級ライセンスも取得したことですし」
「それは、事後承諾で承認しろと」
「仕事効率化の為です」
しゃあしゃあと言ってのけられて、健太郎は小さくため息をつく。
「ったく、どっちが総司令官なんだか」
亮が、なにか返事をしかかった時だ。
通信機に、スペシャルに不機嫌な麗花の声が入る。
『ナイスタイミングだったわよ!捕獲したわ、捕獲!』


らいんだよ


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