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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・2■


らいんだよ


承知したという返事も顔がわからないだのという文句も出る前に、あっさりと麗花からの捕獲報告が入ってしまい、さすがに健太郎と亮も顔を見合わせる。
哀れっぽい声で俊が乱入する。
『お慈悲でカレーをリクエストしてくだされ〜』
『俺は中華風スープがいい』
すかさず忍。ぼそり、とジョーも言う。
『ワカメと豆腐の味噌汁……』
『ええい、やかましいわよ、ヤロウども!リクエストはロールキャベツ!』
「はい、わかりました」
苦笑しつつ、亮が承知してリクエスト権争奪戦は終了だ。
「では、総司令官室に集合してください。捕獲人物も、もちろんご一緒に」
『了解』
即答で返事を入れた後、忍が尋ねる。
『でも、このユニフォームは着替えてもイイか?』
「ええ、かまいませんよ」
通信を切った後で、亮はくすり、と笑う。
「皇太子殿下らしい方は、アルシナド・ステーションについたばかりだったようですね」
「どういうことだ?」
「麗花はウィンドウショッピングすると言っていましたから……アルシナド・ステーションに到着した皇太子は、旅費を得るべくバンクへ向かう途中で麗花と会ったというのが、最も自然だからです」
バンク、というのはリスティア中央銀行の通称だ。
「なるほどな、ステーションからバンクへ向かうなら、モールを通り過ぎるか」
「そういうことですが、となると皇太子はますます本物と考えざるを得ませんね」
「だな、バンクからおろすには、自筆サインが必要だ」
亮は、口元に笑みを浮かべる。
「それもありますが」
「え?」
どうやら、健太郎には思い当たっていないらしい。
亮は、話題を変える。
「皇太子らしき人物が見つかったことは、ルシュテットに連絡するのでしょう?」
「もちろん、そうせざるを得ないしな、ついでに確認も入れられるだろうし」
「広人にも協力してもらった方がよさそうですね」
微笑んだまま、軽く首を傾げる。
「そうだな、ルシュテットの方への連絡は入れるから、他を頼むよ」
「わかりました」
亮の笑みが少し大きくなる。

ロビーに集合した五人+一人の中で、なにやら不機嫌なのは麗花だ。
隣に立っている青年がルシュテット皇太子なのだと思われるが、なにやら小さくなっている。
すまなそうにしている態度と、格好がそこらのお兄さんと変わらないのと、なによりもかなりリスティア系の顔つきなのとで、にわかに本物とは信じがたい。
そういえば、と思う。
ルシュテット皇太子は、リスティア系とのハーフだとは聞いたことがある。
ホンモノなのだとしても、どうしてこのようなことろにいるのやらわからない。
忍たちは、エレベータに乗っても、なんとなく遠巻きに青年を眺めているばかりだ。
なんといっても、いまのところ、今回の任務がまったく読めない。少なくとも、彼を探し出す為にアルシナド中心部にばらまかれたらしいということだけは、わかるけれど。
沈黙に支配されたまま、エレベータは総司令部最上階に着いたことを告げる。
総司令官室に入ると、にこり、と健太郎が微笑みかける。
「お疲れサマ」
一体何がどうなっているやらさっぱりの忍たちは、どうも、などとぼそぼそと答えて様子見を決め込んでいる。
ここに集合するよう指示を出した亮の姿は見えない。
「さてと、いくつか基本的な質問をさせていただいてよろしいでしょうか?」
健太郎は、にこにこと微笑んだまま、麗花の連れてきた青年へと視線を移す。
「はい」
青年の方も、少々困惑気味の顔つきのまま、頷いてみせる。
「まず、お名前をどうぞ」
「フランツ・秀明・ホーエンツォレルンです」
ルシュテット皇家に生まれながら、ミドルネームがリスティア系なのは、母がそうであることを反映しているのだろう。
「失礼とは存じますが、入国の目的をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい、母の生まれた国を自分の足と目で見学してみたいと思い、このような形で参りました。もしや、このことでご迷惑をおかけしているのでしょうか?」
「単刀直入に申し上げますと、貴方がニセモノであるという連絡を受け取っています」
忍たちには展開がよく読めないのだが、ルシュテット皇太子思しき人物が極秘に入国しているが、これがニセモノかもしれないらしい。
ややこしいことになるまえに、ホンモノであろうがニセモノであろうが回収してしまった方がよいという判断が下されたのだろう。
フランツは、少々眉を寄せる。
「それは、本国からのモノでしょうか?」
「近衛隊長から正式の通達をいただいています」
「では、今日、私が入国するということをご存知だったわけですね?」
「その通りです」
「そうですか……」
それきり、自分が本者であるかどうかの主張もせずに、困惑気味の表情で黙り込んでしまう。
健太郎は、さらに言葉を継ぐ。
「近衛隊からの要請ですと、ニセモノであった場合は騒乱罪を適用して抹消してくれ、とのことですが?」
「待ってください」
口を挟んだのは、えんえんと不機嫌そうだった麗花だ。
「絶対、確実に、彼はルシュテット皇太子当人です」
「理由は?」
笑みを絶やさずに健太郎が尋ねる。
「カラコンして、普段着着て、アルシナド駅前でウィンドウショッピングしてる私見て、一目でアファルイオ王室の者とわかったからです」
「なるほど?」
「……いきなり公道で『プリンツェッスィン』と『麗花公主』連呼だもん」
ぼそ、と麗花が付け加える。
プリンツェッスィンというのは、ルシュテットの言葉で姫の意味。
なるほど、それで機嫌が悪かったのだ。街中でふらふらと本物の姫君が買い物しているとは、一般人は思わない。というより、通常、ありえない。
スペシャルにへんなあだ名がついてるか、呼ばれてる女の子がへんな人かのどちらかに思われるに決まっている。
フランツは、ロビーで会った時通りの小ささになると、ぺこり、と頭を下げる。
「それはあの……本当に申し訳ありませんでした、驚いてしまって、つい……」
麗花が主張する通り、そうそうそこらの者が他国にいる、しかも変装気味の姫君を一目で見破ることは出来ないだろう。
だとすると、なにやら話が錯綜気味だ。
「あのう、よくわからんのですが」
俊が、青年に負けず劣らず困惑の表情で口を挟む。
「ここにいるの……じゃなかった、ここにいる方がホンモノのルシュテット皇太子なのは理解できたんですけれど」
慣れぬ敬語で少々噛み気味ながらも、最後まで言い切る。
「なのに、ニセモノ抹殺要請は公式のモノなんですか?」
「そうだよ」
俊達は、誰からともなく顔を見合わせる。
当人を目の前にして、大変に尋ね辛いのだが。
「その……なんかちょっと、ややこしいことになってるようなんですが?」
「……ルシュテット皇家には、皇太子と同じ年の弟君がいるのは有名な話ではあるが」
ぽつり、とジョーが口を挟む。
「ここ数年で全転換の宗旨変えをしたって言うんじゃない限り、それもないとは思いますが」
異議を唱えたのは、やはり麗花だ。
複雑そうな表情で黙り込んでいたフランツが、口を開く。
「確かに、リスティアに私が来ることを知っているのは、カールだけですが……カールが私を追い落とすような真似をするとは、麗花公主のおっしゃる通り考えられません」
カール・フェルディナント・ホーエンツォレルン、皇太子と同じ年の、生粋ルシュテット系の皇子の名だ。
はっきりと言いきった青年は、す、と背筋を伸ばす。
途端に、特別なモノを背負う立場にある威厳、とでも言うべき存在感が現れる。
「国内の一部に、カールを皇王位に押し立てる動きがあることは確かです。そのことについては、私とカールは何度も話し合ってきました……二人の意見は、一部の感情ではなく、皇王としていかに国益を図るかが大事であるということで一致しています」
「そうですね」
健太郎は、にこり、と笑う。
ふ、と忍が微かに首を傾げる。
忍の方を見やることなく、健太郎は言葉を続ける。
「弟君は心優しい方です。あなたと皇位を争うことは望まないでしょう、と同時に母親に対しても優しく振る舞っておられるのではないですか?」
「いえ、今回のことに関しては、危険度が高すぎると二人ともよくわかっております」
フランツは、少し、唇を噛み締める。
「遺憾ではありますが、皇后陛下が、なにかなさろうとするのは確実ですので……本当に知っているのは二人だけのはずなんです」
「それって、二人の間の秘密だって『約』したってこと?」
麗花が、再度、口を挟む。
「そうです」
フランツは、頷いてみせる。
「ルシュテットでの『約』は、命と名誉がかかるもの、絶対だというのはわかるわ、でも、抹殺要請が公式である以上、コトは漏れてるわけよね」
「もし、失礼に当たるようなら、お許しいただきたいんですが」
須于が、言いにくそうに尋ねる。
「なぜ、皇后陛下がなんらかの行動をとる危険性があるとわかっていて、来国したんですか?」
最近、現皇王が公式行事を欠席しがちなことは知れている。予測がつかないわけではないが、コトは微妙だ。
「皇王陛下が体調を崩しておられることは、ご存知かと思います」
自分のせいで、他国を面倒に巻き込んでしまっているという自覚があるのと、素性を知っている麗花の知り合いであるらしいことからからか、フランツは実に率直に答えてくれる。
「我が国では、皇王は政治を司る重要な役目をいただいておりますので、そう長い間穴をあけるわけにはいかないのです」
「では、即位が近い、と?」
ジョーが目を細める。
「はい」
つ、と視線が落ちる。
「でも、そうすれば……二度と、このようなカタチでリスティアに来ることは出来ません」
軽く握り締めていた手に、力が入る。
「どうしても、自分の意思で、この地を見て回りたかったのです」
身近に脱走癖のある姫君がいる忍達には、気持ちはわからなくもない。ましてリスティアは、自分の血の半分が生まれた場所でもあるのだ。
その地を見たい、知りたいと思うのは、自然な欲求だと思う。ただ、立場上、容易でないだけで。
再度、フランツの視線がまっすぐに健太郎を見つめる。
「ですが、私のワガママでこのようなご迷惑をおかけすることになってしまいました。お恥ずかしい限りです」
頭を、下げる。
皇王位を継ぐこと、ルシュテットという大国を背負うこと、全ての覚悟を決めた上での行動だったのだろう。
先ほどからの率直な態度は、フランツという青年に好印象を抱かせている。
「あの、どうにかならないんですか?」
俊が、健太郎に視線を向ける。忍が、口の端に笑みを浮かべる。
「そのつもりで、俺たちをばらまいたんですよね?」
「もちろん、ルシュテット近衛隊長には連絡済だよ。皇太子らしき人物を発見したが、こちらでは見分けがつかないので、人を寄越してくれ、とね」
「その人物が容赦なくニセモノ宣言したり、抹消したりしようとしたら……」
須于の台詞をジョーが引き取る。
「裏に陰謀があることが、はっきりする」
「そういうこと」
「だけど……そんな相手に皇太子を直接会わせるのは、危険じゃ?」
不安気に俊が首を傾げる。
「それも考慮してるよ、影武者に会ってもらう」
「そんなことして、バレないですか?相手だって、本当に皇太子を知ってる人物を寄越すわけでしょうし」
「変装すれば、大丈夫だよ」
健太郎は簡単に言ってのける。
麗花も、首を傾げる。
「顔作る方は、そんなに難しくはないと思いますけど……」
「声も、つくるだけじゃ難しいと思います。マイクを通すとしても、やはり劣化は避けられないですし」
機械に強い、須于らしい発言だ。
ジョーも頷く。
「リスティア総司令官をバカにしてるのではないかぎり、こちらが疑問を抱くような人物は寄越さないと考えられると思いますが」
「バレないと思うな」
疑問を否定したのは、忍だ。
「え?」
少々、後ろ目に立っている忍の方へと、皆が振り返る。
忍の顔に、苦笑が浮かぶ。
「だって、ものすごく身近な人物が入れ替わってても気付かないだけの技術があるみたいだぜ?」
「へ……?」
俊たち四人が、誰からともなく顔を見合わせる。そんな言われ方をすれば、今、この場に変装見本があるということだということは察しがつく。
そうだとしたら、この中で入れ替わっている可能性がある人物は、一人だ。
「まさか?」
総司令官の方へと、視線が集中する。
健太郎は、見覚えのある笑みを浮かべる。が、それは健太郎のモノではない。
いきなり、がばり、とカツラごと顔が外れるので、びっくりする。
さらり、と長髪があふれる。
目前にいたのは、健太郎ではなく亮だったのだ。
「ああー!」
俊が思いきり、間抜けな声をあげる。麗花もぽかん、と口を開けてしまう。
「うそぉ」


らいんだよ


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