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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・8■


らいんだよ


フランツが姿を現したバルコニーからは随分と距離があるが、行方が知れなくなった皇太子の無事の姿に、民衆から歓声が上がる。
真っ只中よりは、少々外れたところにいるのに、ジョーなどは耳を押さえている。
「なんか大歓迎状態?」
俊が群集を見渡しつつ、数回瞬きをする。
「ああ、ほら」
忍が、視線でどこかの声の方を指す。
沸き立つ歓声の中で、誰かが言っているのが聞こえる。
「皇太子が、国捨てるなんてありえないって思ってたよ」
「なんか、やむを得ないことがあったのさ」
須于が、にこり、と微笑む。
「カール皇子が『約』すまでもないみたいね」
「だな」
皇太子は本物と信じられているようだ。思っていた以上に、フランツは国民に慕われている。
病に伏せる父皇王の代理を務める姿が、信頼を集めているのかもしれない。
「これって、皇太子がルシュテットを背負う実力と信頼を備えてるって証明だよな」
俊の言葉に、亮が、この大歓声の中でもきれいに通る声で言う。
「父は、如才ないふりして、話し相手は選んでいるんですよ」
多忙の上に超がつくほどの健太郎が、時間を割いて話すに足ると判断した人物というわけだ。
はっきりとした証拠も掴んでいるし、皇王となってしまえば目立ったことは出来なくなるだろう。もっとも、フランツ擁立に反対する者は、現皇后くらいなのだろうが。
一段と大きな歓声が上がったので、五人は視線をバルコニーへと戻す。
「……ああ、姫君のご登場だ」
忍の言葉通り、雪華に手を取られた麗花の姿が見える。
「役者だよなー、ああやってるとマジで病に伏せっているのを、押して来ましたって感じするもん」
「大根過ぎるんだろう、誰かが」
俊の感心した声に、ジョーがぼそり、とツッコむ。
「アファルイオの正装?」
須于が、亮に向かって首を傾げる。
「軽く略しているようですが、そうですね」
忍たちは、なんとなく見ているような視線を外しているような中途半端な状態だ。
亮一人が、じっとバルコニーを見上げている。
「あのさ、せっかくルシュテット来てるんだし、帰る前にどっか見ていかねぇか?」
とうとう、俊が我慢できずに口を開く。
「正式な通行証もあるし?」
「そうよね、リデンを少しくらいは」
救われたかのように、忍と須于が賛成する。ジョーも頷く。
アファルイオの姫君としての麗花を見ていると、なんとなく遠い存在のような気がしてしまう。もちろん、自分たちの勝手な感覚なのだと、わかっているのだけど。
皆の方へと視線を戻した亮は、微笑んでみせる。
「行きたいところがありますか?」
「そうだなぁ……」
誰からともなく、顔を見合わせる。
「調べる時間、なかったもんな」
有名な場所の名前くらいは知っているが、それが近所なのかかどうかさえ、わからない。だいたい、今朝まではルシュテットにいることになるなどとは考えてもいなかったのだから。
「亮は、来たことあるのか?」
健太郎や仲文に連れられて、案外、いろいろな国へ行ったことがあることは知っている。
「ええ、何度か」
「じゃ、オススメの場所とか」
と、俊。無言のままジョーが、腹に手をやる。忍が、それを見て自分もお腹に手をやる。
「確かに……腹減ったよな」
「う、言われたら思い出した」
俊も、お腹をさする。三人して腹をさすっているという光景に、奇妙な顔つきになりながらも、須于も賛成する。
「なんかアヤシイ光景だけど……確かにそうね」
朝、集合して、すぐにフランツ帰還作戦に移ったせいで、昼ご飯抜きのままだ。時計を見下ろせば、もう夕方になろうとしている。
普段よりも、思い切り体も動かしているし、お腹が空いて当然だ。
亮が、軽く首を傾げる。
「では、ご飯にしましょうか?」
「おお、いいねぇ」
「ルシュテットって言えば、ソーセージとビールだよな」
「ビールはダメよ」
これから、バイクに乗って帰らなくてはならないのだから。が、忍たちは意に介した様子はない。
「一杯くらいは大丈夫だって」
「ああ」
「国境を通過するまでに冷めていればいいわけだし」
間違いなく一杯だけでは終わらない、と須于は確信するが、止めても無駄そうなので口をつぐむ。
亮が、にこり、と笑いかける。
「ビールとソーセージももちろんですけど、焼きたてのパンが美味しいお店がありますよ」
「ホント?」
少々、機嫌が直ったようだ。
広場を離れる前に、もう一度、バルコニーを見上げる。
民衆の歓声にかき消されてしまって、姫君が口を開いているのやらいないのやらすら、よくはわからない。
ただ、丸く収まるのだ、と、それだけは確信できる。



かなりお腹が空いていたらしい忍たちのおかげで、どこに行く暇もなく、日は暮れてしまう。
元々、食事し始めたのが夕方だったのだから、仕方のないことだけど。
「あーあ、どっこも見にいけなかったなー」
と、バイクを引きながら俊がぼやくのに、須于が苦笑する。
「でも、ご飯は満喫してたじゃない」
「まぁな」
「美味かったもんな」
忍も満足気だ。
「ああ」
頷いてから、ジョーは少し先を歩いている亮に声をかける。
「どこに行くんだ?」
「帰る前に、少し寄り道をと思って」
「寄り道?」
亮は、口元に微かに笑みを浮かべて振り返る。
「全くどこも見ずに帰るのでは、つまらないでしょう?」
「いまからでも、大丈夫な場所ってあるわけ?」
「リデン公園なら」
「それって、庭園で有名なところだよな?なんだか、花壇がすごいとかいう」
忍が首を傾げる。
「ヘイレーエン庭園を見るなら昼間がオススメですが……行ってのお楽しみですね」
言いながら、亮はちら、と空を見上げる。つられて空を見るが、ほぼ真ん丸な月があるばかりだ。
「?」
不思議そうに亮を見やるが、亮は微笑んだまま、また前を向いて歩き出してしまう。
「ついて行けば、わかるってか」
亮は足を止める気はないようだし、お楽しみ、というからにはそれなりに違いない。
四人も、後を追う。
公園に入って、街路樹の間をすり抜けていくと。
「うっわ!」
思わず、俊が声を上げる。須于も、目を輝かせる。
「綺麗!」
忍とジョーは、口笛を吹く。
目前にあるのは、大噴水。水しぶきが、キラキラと月明かりを反射している。
白い石で出来ているらしく、水で濡れた噴水自体も、ほの明るく照らし出されている。
よくよく見れば、絢爛な彫刻をほどこしてあるようなので、昼間見れば、それはそれで綺麗なのだろうが。
月明かりの中の噴水は、ひどく幻想的だ。
しばし、無言で見入っていたのだが。
なにかの気配に、五人ともが振り返る。
「……足音、だ」
一番耳のよいジョーが、ぽつり、と言う。
すぐに、忍たちのもその足音が聞こえるようになる。聞き覚えのあるものだ。
誰からともなく、顔を見合わせる。
須于が口を開こうとした、その瞬間に、足音の主が姿を現す。
視線が合った瞬間に、麗花は頬を膨らませてみせる。
「私置いて帰ろうとしてたわね?」
「戻ってきたんだ」
戸惑い気味に口を開いたのは、俊。須于も、首を傾げる。
「大丈夫……なの?」
「大丈夫もなにも、オプションサービスしただけだもん」
にやり、と麗花は笑う。
「『第3遊撃隊』に所属する限りは」
「軍師殿の指示があれば、アファルイオ公主にもなるってわけか」
忍も、笑い返す。
「そういうコト」
それを聞いた俊と須于の顔にも、笑みが浮かぶ。一人、軽く眉を寄せたまま黙り込んでいたジョーが、ぼそり、と口を開く。
「どうして、ココがわかった?」
自分たちがどこへ行ったを、麗花が知っているはずがない。が、偶然というには出来すぎている。
「雪華が、ココに行けって言ったんだけど」
誰からともなく、視線が亮へと集中する。
亮は、軽く肩を竦めてみせる。
「答えは、合っていたようですね」
「答え?」
麗花までもが、首を傾げる。
「呼び出された時に、謎をかけられたんですよ」
「健さんから連絡入った時か?」
「カール皇子もいたので、あからさまに何処で麗花と落ち合うかを話すわけにはいかなかったので」
亮の台詞に、驚いた顔つきになったのは俊たちだ。
「それって……」
「最初から麗花が戻ってくるって、わかってたってこと?」
「志願兵役、終わってないですから」
あっさりと、言ってのける。
「は?」
マヌケな顔つきなったのは、俊。忍がその横腹をつつく。亮の一言で、わかったらしい。
「自分から、メンツ欠けさせたりしないってことだよ」
「あ……」
俊も、須于もジョーも、麗花を見る。麗花は、照れくさそうな笑顔になりつつ、亮に尋ねる。
「で、謎ってなんだったわけ?」
「花思水影之光月」
亮は、アファルイオ語で言った後で、忍たちにもわかるように付け加える。
「花ハ水影ノ光月ヲ思ウ」
「ああ、月と水と光ね」
「なるほど、ぴったりの場所だ」
「さーすが、亮」
と、にっこりと笑いかけてから。あとの四人を、じろり、と麗花はにらむ。
「私のこと、信用してないなぁ?」
すぐににっこりと笑うのは忍。
「してるって、それとこれとは別だろ」
「そうだよ、なぁ」
妙に焦りつつ、ジョーにふるのは俊。ジョーは、落ち着き払った顔つきで頷く。
「ああ」
須于は、俯き加減のままで立っていたが、やがて口を開く。
「麗花は、とても責任感が強いし優しいから……だから、帰るかもしれないって思ったの」
「いまのとこは……」
言いかかった麗花は、我に返って、くるりん、と背を向ける。
「あっれー、なんかルシュテット名物なビールの匂いも少しするような気がするねぇ?」
「ぎく」
わざと、声を出して驚いてみせたのは、忍と俊だ。
「私一人置いて、ビールにソーセージを決め込んでたってことはないよねぇ?」
「どきっ」
「せーっかく、シャトー・オットーのワイン、もらってきたんだけどなー」
「え?!」
わざとらしかった驚きが、ホンモノになる。
ルシュテットの食べ物関係の名物は、ビール、ソーセージの他に、もうヒトツある。
ワインだ。
シャトー・オットーはワイン生産盛んなルシュテットの象徴ともいうべき皇家がオーナーのワイナリーで、しかも当たり年にしか生産されず、量も限定されているのだ。
麗花は、にやり、と笑って振り返る。
「お礼したいっていうから、シャトー・オットーの白がいいって言ったのよねぇ。そりゃ、金額面では赤だけどさ、みんな、赤より白のが好きだしね。ま、ともかく白って言ったらば」
と、両手を、お日さまのように突き出す。
「は……?」
煙に巻かれる忍たちを見て、麗花の笑顔はさらに大きくなる。
「十本だよ」
「マジで?!」
「しかも、バイクで持って帰っても大丈夫な特殊ケース入り」
「すげーっ!」
「太っ腹だな」
声を上げたのは、男性陣。顔が輝くのを、麗花は横目で睨んでみせる。
「私のことほっといて、ビール飲んでるような人達にあげるのは、どうしよっかなぁ」
「イイじゃん、こうして帰るべき場所に帰って来たわけだし?」
「そうそう、細かいことは気にするなよ、帰って麗花のおかえりなさい会やろうぜ」
俊が左側から覗き込めば、忍が右側から笑顔をみせる。
「それはイイ考えだ」
と、ジョー。須于も、にっこりと笑う。
「そうね、今回も、六人で一緒に帰れるんだもの」
麗花が言いかかったことの続きは、ちゃんとわかっている。
いまのところ、帰る場所は『第3遊撃隊』だから。
「誤魔化されないもんねぇーだ」
あっかんべぇをしてから、麗花が走り出す。
「いっちばんビリで家についた人には、ワインあげないよー」
俊が、すぐに後を追いながら、にやり、と笑う。
「へぇ、俺とバイクで競争しようってか?イイ根性してるじゃねぇか」
「あら、急いだ方がいいみたいね」
「の、ようだな」
須于とジョーも、負けずに走り出す。
忍は、走り出そうとする気配の無い亮の方へと振り返る。
「急がないと、シャトー・オットーがもらえなくなりそうだけど?」
亮は、にこり、と笑う。
「大丈夫ですよ、絶対に国境で追いつきますから」
「え……?」
す、と一枚の紙を取り出してみせる。
「通行証です」
「なるほどな」
思わず、忍も笑ってしまう。のんびりと歩き出しながら、尋ねる。
「なにがなんでも戻って来いって言われてたら、どうするつもりだったんだ?」
「誰が欠けても、『第3遊撃隊』ではなくなってしまうでしょう?」
浮かんでいる笑みは、軍師なモノだ。
忍も笑みを返す。
「確かにな」
公園の出口付近から、麗花の声が聞こえてくる。
「ほらー、急がないと、行っちゃうよー」
どうやら、待っていてくれているらしい。忍と亮は、顔を見合わせると、小走りになる。
「やっと来たな」
姿が見えたなり、俊が忍のバイクを指す。
「ほら、早く乗れよ」
「そうそう、フェアな競争にしたげるから」
「そりゃ、国境越えるまでお預けだな」
と、バイクにまたがりながら忍。
「どうして?」
「通行証、亮が持ってる」
言われて、俊達の口がぽかん、と開く。
「あ」
「やられた」
「やっぱり亮には敵わないのかぁ」
大袈裟に肩をすくめて言ってみせた麗花が、バイクをスタートさせる。
「じゃ、国境まで競争〜!」
「また抜け駆けかよ」
「姑息な手に出ても無駄無駄」
口々に言いながら、騒がしい四台のバイクが走り去って行く。
月明りの下、ふわり、と風が吹いて。
その姿は、すぐに、見えなくなった。



〜fin〜

らいんだよ


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