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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・7■


らいんだよ


客間へと戻ってきた亮は、忍たちの視線に問われて、口元に笑みを浮かべる。
「Le ciel noirからの、公式発表があったそうです」
言われて、忍以外の顔つきが怪訝そうになる。忍が、補足する。
「Le ciel noir総帥って、健さんの親友なんだってさ」
「マジで……?」
「黒木圭吾氏と言って、スクール時代の同級生だそうです」
名前を聞いて、俊たちも思い当たる。健太郎がスクール時代に、家を抜け出すのをなにかと手伝ってくれていた友人の一人だ。
「でも、公式発表って?」
須于が首を傾げる。
「これ以上国境を破らないという発表ですよ」
「じゃ、俺らの国境破りって、ホントにLe ciel noirがやったことになっちまったわけ?」
「世間的には、そういうことになりますね」
にこり、と亮が笑う。
「いくら健さんの親友が総帥とはいえ……Le ciel noirがよく、承知したな」
ジョーも、驚きを隠せない表情だ。
「借りがヒトツ、出来てしまいましたけどね」
「それだけ?」
俊が、目を丸くして尋ねる。亮が、首を傾げる。
「何がですか?」
「いや、だからさ、Le ciel noirにそんだけ迷惑かけといて、たった借りヒトツ?」
「そうですが」
亮は、さらり、と言ってのける。が、Le ciel noirに、自分たちがやってもいない国境破りを被せた上に公式発表までさせて、挙句、借りヒトツで済ませるとは。
「さすが、総司令官よりも怖いだけあるよな……」
ぼそり、と俊が言う。亮の笑みが、心なしか大きくなる。
「なにか、言いました?」
「な、なんでもありませんッ」
思わず丁寧語で返事をしてしまうのに、忍たちは笑い出す。
もう、亮に最初から、麗花を表に出すつもりだったかどうかを尋ねる気はなくなっている。
問わずとも返事はわかっているし、亮がそれを選択したのなら、それが最良の方法なのだ。
ひとしきり笑ってから、須于が椅子を差しながら尋ねる。
「亮、いつまで立ってるの?」
「あまり長居すると、リスティアが関わっているということがわかってしまいますから」
「ああ、確かにな」
すばやい身のこなしで忍が席を立つ。
「退け時だ」
「証拠は?」
「カール皇子に引き渡しました。去ることも告げてあります」
ルシュテット皇太子たるフランツを無事ターフェアツ城に送り届けて、暗殺未遂の証拠も引き渡したのならば、『第3遊撃隊』の仕事は終わりだ。
フランツが行っていた先はアファルイオなのだから、リスティアの人間がここにいることはあり得ない。
周囲がおかしいと気付く前に、消えるべきだろう。
「麗花は……」
須于が、ぽつり、と口にする。
「これから、仕事がありますから」
亮が、かすかな笑みを浮かべて答える。
リスティアの人間は不要だが、アファルイオ公主は、まだ、この城にいなくてはならない。
俊たちも、立ち上がる。
廊下に出て、麗花が案内されていったらしい方へと視線をやる。
しん、と静まり返っている。
「行こうか」
なんとなく、じっと見つめ続けている須于たちに、忍が声をかける。
「皇太子帰還の様子は、民衆に混じれば見ることが出来ますよ」
「うん」
亮の言葉に、やっと振り返る。
五人は、ターフェアツ城を後にした。

アファルイオの公式な衣装へと着替えて、麗花が嘆息する。
「たまに、自国ながら特殊部隊の勤勉ぶりには感心するわよ」
「仕事に忠実であることを徹底させてるから」
抑揚のない声で、あっさりと雪華が言ってのける。
「訓練が行き届いていると言いたいわけね」
にやり、と麗花が笑う。
表だって姿を現したのは雪華だけだが、これだけの衣装だ。彼女が一人で運んできたはずはない。数人が、この衣装を運搬する為だけに動いたことになる。
「こないだの式典の時、病気のせいで髪切ったことにしてなかったらカツラも運ばされたわけね」
「病が重いってことにしとかないと、ケリがついたのに姿を現さない説明がつかない」
やはり、あっさりと返される。
このあたりは、雪華が考えてくれたことのはずだ。
「お世話かけてまーす」
「慣れてるよ」
ぞんざいな返事だが、不機嫌な顔つきではない。雪華もアファルイオの衣装に着替え終えている。
ちら、と扉の外へと視線をやってから、雪華が口を開く。
「顕哉兄からの伝言、『自分で決めろ』」
「………」
鏡に向かっていた麗花は、驚いた顔つきで振り返る。
「本気で?」
思わず確認する。
「このテのこと、嘘伝えたら、どっちにも殺されるよ」
肩をすくめると、雪華は扉の向こうへと、さっさと姿を消してしまう。
すぐに、礼儀正しいノックが聞こえる。
誰なのかは、予測がついている。
麗花は、ヒトツ、息をする。
「どうぞ」
姿を現したのは正装したフランツだ。
「プリンツェッスィン麗花」
まっすぐに麗花を見つめながら、言う。
「俺が、あなたに誓った『約』を覚えているだろうか?」
「もちろん」
まだ、麗花の父もフランツの母も健在だった頃。幼い、という単語がぴたりと来る年齢だった。
紫鳳城に、フリードリヒに連れられて来ていたフランツたちと、遊んでいた。
誰が言い出したのか、城で一番高い樹に登れるのは誰かという話になったのだ。
競争する様に兄たちが登るのを見ているうちに、麗花もどうしても登りたくなった。
そう言い出した麗花に、兄たちは慌てて止めた。
降りるから、そこにいなきゃダメ、と。
その中で、ただ一人。
素早く枝から飛び降りたのがフランツだった。
「プリンツェッスィン麗花、なにがあろうと僕が守ると『約』します」
幼い仕草で剣を構えるカタチを取ってみせながら、まっすぐな視線でそう言ったのだ。
それから、にこり、と笑った。
「だから、心おきなく登って大丈夫」
朔哉たちの助けもあって、無事、登りきって。
「すごい、キレイ!」
そこからの景色に、大喜びした。
幼い日の記憶だ。
「よく、憶えてるよ」
麗花の言葉を聞いたフランツの顔に、ふ、と影がさす。
「プリンツェッスィン、先ずはお詫びさせて欲しい」
「お詫び?」
「あなたを、守りきることが出来ると信頼していただけるだけの力が無かったことを」
『約』した幼い日から、ずっと。
鬼百合こと祭主公主が仕掛けてきているとわかった後も、影からずっと出来る限り守ってくれていたのを麗花は知っている。
雪華が、ぽつり、と口にしたことがあった。
ルシュテット近衛兵が動いてる形跡がある、と。近衛隊長直下とは別に、皇太子直下に属する部隊もいる。
誰が動かした兵か知っていたからこそ、雪華もあえて、追うことをしなかったのだろう。
フランツは、『約』した日から、違えることなく麗花を守り続けていた。
リスティアに脱出した、その日まで。
もちろん、最初に候補に上げられたのはルシュテットだった。
フリードリヒは、それこそ『約』して麗花を守ろうとしてくれるとわかっていた。フランツもカールもいる。
だが、皇后が不穏な動きをしていることも知っていた。フランツの弱点に成りうる可能性を、否定できなかった。
だが、影から守りつづけていたフランツにとっては、麗花のリスティア脱出はショックであったはずだ。
『約』して守るということは、命を賭けてもということなのだから。
そのことに関して、なぜ信頼しなかったのかと責められることはあっても、詫びられるとは思っていなかった。
少々、面食らって瞬きする。
「なんで、謝るの?」
「身の安全を保障するだけでは、守っていることにはならない。心が平穏であるように守ること、それがいちばん大事なことだ」
「フランツ、あのね」
麗花は立ち上がって、フランツの方へきちんと体ごと向き直る。
「私のこと守ってくれるっていう『約』、すごく嬉しいよ。本当にずっと守ってくれてたのも、知ってるから」
ルシュテットの人間にとって、『約』は絶対に守るべきモノだ。
たとえ、どんな『約』であろうが、いつしたものであろうが。
「でも、フランツがその『約』に縛られるのは、困るし、嫌」
「縛られてなど、いないよ」
フランツは、す、と麗花に近付く。
「リスティアであなたを探し出して、そして伝えたかったことを、言わせて欲しい」
膝を付き、麗花の手を取る。
「プリンツェッスィン麗花、あなたは僕にとって、いつも眩しい陽だ。あなたの存在が僕を明るく照らし、そして強くする」
まっすぐな視線が、見上げている。
「だからこそ、一生、あなたを守り続けることを『約』することを許して欲しい」
「……フランツ、立ってちょうだい」
立ち上がれば、見下ろすほどの視線の高さになる。
かっこうの遊び相手だった少し年上の皇子は、いつの間にか自分をこんなに追い越している。
国を背負い、人々を守る立場へと成長を遂げて、そして一人の男性としてここに立っている。
「顕哉兄様に、返事は私の意思でしてよいと許可をもらっているの。だから、これから言うことは私の本音だと知っていて」
「わかった」
「先ずは、お願いからさせてもらいたいわ……返事は、私が公主に戻るまで、待ってくれない?」
少し、不思議そうな表情がフランツの顔に浮かぶ。
「リスティアに潜む為にね、リスティア国籍をもらっているの、高梨麗花っていうね……いま、志願兵役の途中で所属は知っての通り『Labyrinth』で、志願兵役が終わるまではリスティアにいていいってことに、なってる」
まっすぐに、フランツを見上げる。
「私は、この仕事に誇りを持っているし、最後まで高梨麗花としてやり遂げたい」
唇を噛み締める。搾り出すような声になる。
「もう、途中で逃げるのは嫌なのよ」
「………」
そっと、フランツは、もう一度麗花の手を取る。
「あなたがリスティアへ行った時、自分の不甲斐無さを思い知らされると同時に、嬉しくもあった」
「嬉しい?」
怪訝そうな表情を浮かべた麗花に、フランツは笑みを向ける。
「生き延びるという選択を、あなたがしてくれたから」
麗花がなにかを言おうとする前に、言葉を重ねる。
「そして、あなたが、そこまで思い入れられる生き方を見つけたことが、もっと嬉しい」
その笑顔に嘘はないと、麗花にはわかる。本当に、フランツは喜んでいてくれるのだと。
なぜ、フランツが極秘にリスティアに入国して自分を探そうとしたのか、わかった気がした。
自分たちの立場である限り、望んでも届かないモノがある。
でも、自分たちに与えられたモノから、逃げる気はない。
それでも、手を伸ばしてみたい瞬間がある。
コトのケリがついたのにアファルイオに戻らない麗花に、フランツは自分たちの手の届かないモノを見たのだろう。
そして、それに触れたくなったのだ。
もちろん、自分への想いもあったからこそ、そして場所が母の故郷であったからこそ、実際に行動に移したのだろうが。
「あなたが、プリンツェッスィンに戻る日まで、返事は待とう」
フランツは、握った時と同じように、そっと手を離す。
「私、命賭けるかもよ?」
「わかっているよ、どういう仕事ぶりかは、見せてもらったからね」
言われて、笑顔になる。
そういえば、『第3遊撃隊』としてフランツをルシュテットに連れてきたのだった。
フランツの顔にも笑みが浮かぶ。
「随分と迷惑をかけることになってしまったが、リスティアに自分の足で行くことが出来てよかった」
「じっくりと見て回れなくて、残念だったわね」
肩をすくめる麗花に、フランツは悪戯っぽい笑みを向ける。
「さぁて?また、機会があるかもしれないし?」
「あらら、ルシュテット皇太子の趣味が脱走としれたら、近衛隊は大変だね」
「アファルイオ守備兵たちのようにね」
顔を見合わせて、思わず笑う。
それから、真顔に戻ったフランツが、付け加える。
「今度会う時には、あなたが迷わず、俺一人を見てくれるような男になっているよ」
「っ!」
不意をつかれて赤面した麗花を見て、フランツはまた笑顔になる。正装に佩いた剣に触れながら言う。
「彼、似ているね」
「そ、そんなじゃないよ」
「俺も、尊敬しているのだけどな」
「うん、知ってるよ」
扉が、ノックされる。
「はい」
「準備、出来たか?」
カールの声だ。
「ああ、大丈夫だ」
フランツの返事を待って、扉が開かれる。同じく正装したカールが、にこり、と笑う。
「さて、皆がお待ちかねだ」
「では、プリンツェッスィン」
カールが、手を差し出す。麗花は、その手に自分の手を重ねる。
廊下に出ると、民衆たちのざわめきが、届く。
す、と雪華が近付いてきて反対側の手を取る。
ちら、と見やると、にこりと笑う。
麗花も、頷いてみせる。


らいんだよ


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