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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・1■



「アグライアにご招待?!」
素っ頓狂な声を上げたのは麗花だが、忍たちも目を丸くしている。
「って、あの超豪華客船だろ?」
「カジノがある!」
「でも、あそこって正装じゃないとダメって聞いたことあるけど……」
全部、正解である。
アグライアは水上の白亜城との異名をとる無国籍の豪華客船で、『Aqua』で唯一の合法カジノがあることで最も有名だ。
だが、それだけではない。用意されている部屋も料理も豪勢なもので、カジノとディナーはフォーマルでなくては参加すら出来ないのだ。
船に乗るためには膨大な金がかかることでも有名なわけで、裏を返せば、アグライアに長期滞在することは財力があるということを示すステータスでもある。
もちろん、一般人も乗ることは可能だが、寄港している時にディナーとちょっとカジノを覗くくらいが関の山だ。それでも、ちょっとした高級レストランよりもずっとお金がかかる。
そんな船に招待など、驚くに決まっている。
皆が、興奮気味に亮に詰め寄ってしまったのも、無理はない。
「……って、もしかして仕事か?」
亮の冷静な顔つきに、忍が我に返る。
「ええ、仕事です」
「仕事?」
珍しく、ジョーがオウム返しにする。それはそうだろう、無国籍なのだから、リスティア総司令部が関わる筋合いはどこにもない。
お茶のお代わりを煎れながら、亮は軽く肩を竦めてみせる。
「アグライアを持っているのは、Le ciel noirなんですよ」
「Le ciel noirがぁ?へぇ、初耳だぜ」
俊が驚いた声を上げる。
Le ciel noir、とは『Aqua』最大の裏組織だ。国家が、敵対するよりは共存を選ぶほどの力を持っているのに、知られているのは、漆黒の衣装に身を包んでいることくらい。
そのLe ciel noir総帥が黒木圭吾といい、リスティア総司令官たる天宮健太郎の同級生で親友であることを知ったのは、つい最近だ。皇太子すげ替えの陰謀に巻き込まれたルシュテット皇太子を無事帰国させる為に、亮は、Le ciel noirと思わせてリスティア−ルシュテット間の国境を突破した挙句、本当に彼らが国境を突破したことにしてしまった。
もちろん、無条件ではなく、カリひとつ、ということになっている。
ようは、そのカリを返せ、ということなわけだ。
麗花が首を傾げる。
「んじゃ、Le ciel noirがアグライアに招待してるってことね?」
「正確には、総帥の招待ですね」
「依頼内容は?」
忍が、お代わりのお茶を受け取りながら尋ねる。
「『裏切り者を探せ』」
「Le ciel noirの、だよな?」
「そうです」
俊とジョーが、顔を見合わせる。
「よく、外部の人間入れる気になったな?」
全てのコトを、内部で処理するからこそ、Le ciel noirの正体は今まで知れなかったはずなのだから。
「内部の人間では、難しいと判断したのでしょう」
「なんの裏切りなの?」
須于が、肝心のコトを問う。
「スカイハイ売買です」
「ああ、最近、流行ってるもんな」
と、俊。
スカイハイ、とはヤクの通称だ。『Aqua』に存在するヤクの中で、最もおぼれやすく更生が難しい。本人に、全く自覚がないだけに、やっかいなシロモノだ。
ここ最近、各国で流通量が急激に伸びている。
「それが、アグライアで取り引きされてるわけか」
「というよりも、アグライアがばら撒いているんですよ。そう思って調べれば、アグライアが寄港した後、その国での流通量が格段に増えています」
「そう思ってって、いままで誰も疑ってなかったってこと?」
須于は、不思議そうだ。
「Le ciel noirでは、ヤクを取り扱うことは死刑に相当する違反事項なんです」
その統率の厳しさでも知られるLe ciel noirの禁止事項が破られている、とは各国警察とも考えていなかったわけだ。
「アグライアを動かしてるのの中に裏切り者がいるけど、シッポが掴めないわけか」
「普段アグライアに乗船していない組織の人間がいるときには、取り引きは止まるそうです」
「賢い」
思わず忍が誉めてしまう。それが当然の保身策だが、出来ずに身を滅ぼす人間は多い。
「で、俺たちに誰が取り引きシメてるのか探れ、と?」
「ええ、誰か、さえわかればよいそうです」
「その後は、Le ciel noirに任せるってな寸法なわけな」
「そういう依頼ですから」
本来ならば、流通ルート大元まで探って、全て潰してしまうところだが。
「けっこうでかいカリになったな」
俊が肩をそびやかす。
「船に潜り込むのは、けっこうコトだぜ」
「そりゃ無理だ、相手だってバカじゃないんだから」
忍の台詞に、ジョーも頷く。
「短時間決戦は難しい」
「もちろん、堂々と乗船するんですよ、諸経費は、全てアチラ持ちです」
「諸経費」
思わず呟いて、須于がはた、とする。
「食事代とか持ってもらえるとしたって……正装しようがないわ」
「そりゃ、俺たちだってそうだよな」
と、俊が忍を見やる。忍も、肩をすくめる。
「そんな機会がないからな」
「それも、諸経費に含まれるんでしょ?」
麗花が、にんまりと笑う。
「だって、正装できなきゃ、乗船出来ないもの」
「その通りです」
亮が頷くのを見て、麗花と須于の顔が輝く。仕事だとはいえ、フォーマルといえばドレス。衣装選びの楽しみがあると期待するのは無理はない。
少々、すまなそうな顔つきになりつつ、亮は付け加える。
「ですが、そちらは準備済です」
麗花と須于の顔に少々がっかりした表情が浮かぶ。
「申し訳ないんですが、今回は演出の都合もあるので」
「でもさ、ドレスってサイズ合ってないとみっともないよ」
未練ありまくりな表情で、麗花が食い下がってみる。
「その点は大丈夫ですよ、広人が指定しましたから」
「ああ……」
納得の呟きが男性陣から漏れる。広人は外見を見れば、サイズがわかるという特技を持っているのだ。
『緋闇石』との対峙で血まみれになった四人の服を、用意してくれた時、モノの見事にサイズはぴったりだった。
恐らく、今回も外してはいまい。
ドレスやらアクセサリー選びの楽しみが減ってしまったのはともかく、だ。
リスティア警視庁の警視である広人も噛んでいる、ということになる。
俊が、尋ねる。
「じゃ、広さんも来るのか?」
「いえ、スカイハイが取り引きされている、とは睨んでますが、アグライア無国籍である以上、リスティアに寄港しない限りは踏み込めません」
「誰もLe ciel noirを疑ってなかったんじゃ?」
にこり、と亮は微笑む。
「広人ですから」
Le ciel noirだから、と見逃すわけではないというわけだろう。
「だからこそ、黒木総帥も『第3遊撃隊』に依頼したのだと思いますよ」
「いつ、リスティアに寄港するんだ?」
話が見えてきたのだろう、ジョーが口の端に笑みを浮かべる。
「八日後に」
「なるほど、じゃ、船に向かう一日を差し引いて、七日以内でLe ciel noirの裏切り者を見つけて、内部で処理できるようにして差し上げるってのが俺らの仕事なわけだな」
と、忍。
「そういうコトです」
須于が不思議そうに、首を傾げる。
「それで、演出ってなんのこと?」
問われた亮は、なぜか口をつぐむ。
「……?」
思わず、他の四人も首を傾げてしまう。
「どうかしたのか?」
忍が、答えを促す。
「幸運を手にするのに相応しい女神が必要なのだそうです」
「『幸運の女神』ってこと?」
「ええ」
なにやら、亮は複雑そうな表情だ。五人の首は、ますます傾いでくる。
忍が困惑気味の顔つきのまま、尋ねる。
「男には売らないとか、そういうことか?」
「いえ、そういうことではなく、アグライアで最も幸運であると判断された女性、もしくはその連れと取り引きをするらしいです」
「その幸運って、どこで決まるんだ?」
俊の質問は、ごもっともだ。その質問には、しごくあっさりと答えが返る。
「アグライアのカジノで」
思わず、目を見開いてしまう。
確かに、アグライアのカジノは客船のワンフロアぶち抜き全面を使った、規模、設備とも『Aqua』最高といわれる場所ではあるが。
『幸運の女神』となる為には、カジノで最高に勝って見せなくてはならない、ということらしい。
「げげ」
「そりゃ……」
「ホントに幸運じゃなきゃダメってこと……?」
亮は頷いてみせ、更に付け加える。
「当人だけでなく、連れも幸運でなくてはダメです。彼女の周囲の収支も幸運のウチには含まれますので」
思わず、じぃっと亮に見入ってしまっていた麗花が、我に返る。
「ちょっと待って、そこまで調べがついてるってことは」
「そうだ、取り引きした連中はわかってるってことだろ?」
俊も、はっとした表情になる。
「そう、裏切り者は四人にまでは絞られています」
脇に置いてあった小型端末を開くと、モニターを皆のほうに見えるように置く。
写真が、四枚並んでいる。
「左から、アラン・ヘドベリ、エドワード・ライクマン、エリス・アーウィット、葉山秀です」
「これで女好きじゃなかったら驚きのタレ目不精髭、俳優そこのけ口髭がこだわり渋線オジサマ、金髪グラマーお姉サマ系美人、眼鏡がトドメの生真面目青年ってとこね」
外見に関するコメントを、麗花がわかりやすく述べる。なかなか的を得てるので、忍達は吹き出しそうになるのを堪える。
亮も、少々口元に笑みを浮かべつつ続ける。
「この四人が、アグライアのカジノを仕切っていて、幸運の女神と認められた人物には彼らから祝福があります」
「なるほど、そのうちに『スカイハイ売買』が含まれてるってわけか」
俊の台詞を、忍が引き取る。
「でも、それが誰なのかはわからない」
「そういうことです」
にやり、と麗花が笑う。
「面白そうだね、どういうカタチで乗り込むわけ?」
「バラけても、親しいのはバレるよな」
と、忍。須于も頷く。
「数日ならともかく、長ければ七日だものね」
「へいへい、どうせ俺あたりからバレるでしょうよ」
俊が、べろり、と舌を出す。亮が苦笑する。
「まとめて乗船すれば、身元を証明するのが一人で済みます」
「あ、そっか、こんな年のが六人も乗り込むのなんて、あり得ないもんな」
超豪華客船なのだ、二十歳そこそこのがそう簡単には滞在出来る船ではない。
「で、なんて言って乗船するの?」
「もちろん、リスティア総司令部総司令官にして、天宮財閥総帥たる天宮健太郎の子として、です」
にこり、と亮は微笑む。もちろん、軍師な方の笑みだ。
「彼らが調べれば、天宮伸之介に育てられたらしい、というデータが手に入ることでしょうね」
なにをどう情報操作したのか知らないが、国外追放されていたはずの祖父と一緒に過ごしていたことにしてあるようだ。
「金が手元にあっても不思議じゃないし、かといってリスティア総司令部、もしくは警視庁の回し者でもないってわけか」
「下手に手を出さない方がいい相手で、生死不明でもありますしね」
「一時はリスティア政界と財界を仕切った男、だもんな」
今年の冬の事件は、公式発表には天宮伸之介の名は出ていない。いま、どこでなにをしているのか知っている者は、ごく一部、正確には九人だけであるわけだ。
天宮伸之介という男の存在感は、かなり大きいモノだったのだろう。利用しない手はない。
「それはそうとして、幸運でなきゃダメなんだろ?」
少々不安げなのは俊だ。
「俺、自慢じゃないけど、賭けごとはダメな気がする」
「最初から弱気じゃ、勝てるモノも勝てないわよ」
麗花が肩をすくめてみせる。
「気力だけで勝てるなら、苦労ないけどな」
忍も苦笑する。
須于が、軽く首を傾げる。
「スロットと、ルーレットなら……少しずつなら勝てるかもしれないわ」
「いくら調整してるとはいえ、機械個体のクセがありますからね」
亮がにこり、と微笑む。須于も軽く笑みを返す。
「ハデというわけにはいかないかもしれないけど、収支では勝ちに持っていけると思うの」
なるほど、機械に強い須于らしい目の付け所だ。
「運を試すのは不安でも、実力さえあればというモノなら、大丈夫でしょう?」
笑みを向けられて、俊は瞬きをする。
「実力?」
「二人組でのビリヤードがあります」
「それなら、イケる」
「ああ」
俊と忍が、軽く視線を合わせてから、頷く。
「カードコーナーでは、ポーカーが出来ますし」
「収支での負けはないな」
ジョーが、すぐに返す。
なるほど、それぞれ、得意を発揮出来る場所がありそうだ。
「でも、さ、これじゃ『幸運の女神』にはなれそうにないよね?」
麗花が首を傾げる。
「はっきり狙い勝ち出来るのはブラックジャックくらいだからな、計算能力いるけど」
そこまで言って、俊が、はた、とした顔つきになる。
いるではないか、一人、通常の人間には想像できぬほど思考回路の早いのが。恐らく、ただ予測法に乗っ取っての計算だけなく、正確にどのカードが何枚出たのかを記憶することさえ、出来るであろう人間が。
誰からともなく、視線が亮へと集まる。
演出って何?と須于が尋ねた時、一瞬逡巡していた意味が、なんとなくわかる。
「もしかして……」
「……僕が『幸運の女神』、引き受けます」
二年前の夏祭り、そして忍の姉の結婚式、亮のその手は間違いなく似合うとわかってはいるが。
ある意味、なかなか楽しめそうなLe ciel noir裏切り者探し、作戦開始である。



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