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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・2■



モトン王国の港から、そろそろその美しい船体が旅立ちが近くなった頃。
現れた一組の乗客に、周囲がさざめく。
「あれは……?」
「さて?」
『Aqua』の上流に位置すると自負する人間たちにとって、誰なのかわからない、というのは屈辱に近いものがある。
が、どうも、誰もが彼らを知らないようだ。
二十代と思われる、六人。
まったく物怖じしていない物腰から察すれば、どこかの王侯貴族か大富豪かという感じだが、そうならば誰かが知っているはずだ。
他の乗客に興味を持たない、というのが建前とはいえ、興味を惹かれること自体はどうしようもない。
そんな周囲の視線など、まったく気付かぬかのように彼らは船室へと消えていく。
出航セレモニーに姿を現さなかった彼ら(客船内は、ごく小さな上流階級社交場と思えばいい。ようは、噂が主な話題ということだ)が、再び姿を現したのはディナーだ。
ディナーの席は決まっているし、グループごととなっているので、遠回りに眺めるしか出来ない。
だが、黒髪にシックなかんざしに振袖と、若さに似合わずカクテルドレスに格負けしていないながら、その場を華やがせる空気をまとった二人の女性へと自然に視線は注がれる。
相変わらず、周囲の視線などまったく気付いていないかのごとく、食事を楽しんでいるようだ。
ワインをテイスティングする様子といい、新しい乗客に挨拶に現れたシェフとのやり取りといい、やはりこういった場に慣れているとしか、思えない。
なのに、誰も、知らない。
いやが上でも、彼らの存在は誰もが気になるモノへとなっていく。

夕食を終えて、部屋へと戻ってから。
端末を開いた亮が、軽く頷いてみせる。
俊が、ヒトツ、盛大なため息をつく。
「あー、俺、最後まで持つか自信ねぇ」
いきなりの弱音に、麗花と忍が笑う。
「大丈夫よ、サマになってたわよ」
須于が、にこり、と微笑む。ジョーも頷いてくれる。
「ああ、悪くない」
「ってさ、お前らだって、いちおうふつーに育ったはずじゃなかったわけ?」
情けない表情になりながら、俊が不信そうな視線を向ける。
俊の言う『普通』とは、アグライアでは当然のように行われるフォーマルな世界が縁遠い、経済的に『中流』とか『一般』とか、そういうカテゴリーに分類される家庭のことだ。
麗花と亮が、問題なく立ち振る舞えるのは当然だとわかっている。王女と財閥総帥の跡取りなのだから。
もちろん、アグライアに乗船する為に移動する間に、確かに、叩き込まれるようにして教え込まれたことは確かだが。にしても、ジョーと須于も何気なくやってのけていた気がする。
「……確かに、経験はないが」
ジョーが、顎に手をやる。
「映画には、よく出て来た」
言葉が少ないが、ようは両親の出ている映画をよく養父に見せられていたので、と言いたいらしい。麗花が、頷く。
「デビューの頃のキャロライン・カペスローズって、そういう時代な映画、多かったもんね」
「そうよね」
一緒に頷いてる須于に、俊が視線を移す。
「あら、私?」
こくり、と頷く。
「スクールのクラブが茶道だったから、着物は何度か……それに、テーブルマナーは常識でしょう?」
にっこりと、言われてしまう。耳が痛い一言だ。
しかし、振袖を着て疲れた様子をみせてないのだから、さすがといえる。
「忍もすごいよね、テイスティングなんて、サマになってたしさ」
麗花が、アクセサリーを付け替えながら言う。
忍が答える前に、俊が口を尖らせる。
「こいつは役者なんだよ、昔っから……ダテにオデッサ姫はやってねぇ」
「自分が黒鳥の姫君だったのを、棚にあげない」
後ろからすかさずツッコミが入る。
「てっ」
スクール時代の学祭で、ヤロウだけでお届けする『白鳥の湖』をやったことがあるのだそうだ。最初に話を聞いた時には大笑いしたのだが。
「そうそ、黒鳥の姫君も、よく出来てたもんね」
ニヤリ、と麗花に笑われてしまう。
忍も、微笑む。
「ここに戻ってこりゃ息抜き出来るんだし、せいぜい船の中じゃ貴公子演じるんだな」
この部屋に隠しカメラやマイクの類がないことは、乗船してすぐに確認してある。
亮が端末を確認したのは、乗船後にその類を仕掛けられていないか、だ。いかにも謎の六人組みを演じているのだから、肝心なの以外にもロクなことを仕出かさないのがいないとは限らない。
セキュリティの完璧さもアグライアの売りではあるが、用心に越したことはない。
「プレデビューとしては、成功だったといえるでしょうね」
冷静な声に、五人の視線が集まる。
亮が、にこり、と軍師な自信に満ちた笑みを浮かべている。
明日のセレモニーの予定、ステージや映画の情報などが書かれている船内新聞を確認が終わったようだ。
そう、言うことも仕草も、すべてがいつも通り、のはずなのだが。
「…………」
漆黒のチャイナドレスに、髪を束ねている髪飾りも黒。ただ、ドレスに施された刺繍糸は、黒いながらも光沢を持っているので、返って豪華さを際立たせている。ほとんど腕を隠してしまうくらいに長い手袋も、足を華奢にみせているヒールも、黒。
ドレスのスリットはそう深くはないので、妖艶さを漂わせているわけではない。
が、どこをどう見ても、立派に美女だ。
冠詞をつけるとすれば『謎の美女』。
夏祭りの時のも、花嫁強奪大作戦の時も思ったことだが。
「ぜんっぜん、違和感ないよね」
麗花の感心しきった声に、俊も頷く。
「どっからどーみても、キレイだよな」
「……ま、ナンパされた回数はトップだから」
「あーそーかい」
忍の言葉に、俊が口を尖らせる。
亮や須于がナンパされるのはよく知ってるが、ジョーと忍が二人でいるときには、けっこう逆ナンされるらしいと知ったのは最近だ。俊は、経験がないので拗ねているらしい。
「面倒なだけだと思いますが」
表情からなにを思ったのか察した亮が、軽いため息混じりで言うのに、ジョーが頷く。深く同意しているらしい。
「俊は出掛けるっていったら、バイクばっかじゃん」
慰めになっているのやらいないのやら謎発言してから、麗花が亮に向き直る。
「んで?」
「もちろん」
亮は、にこり、と微笑む。
忍たちも、腰掛けてた椅子から立ちあがって、にやり、と笑う。
「ホントのデビューってわけだ」
ジョーが、軽く首を傾げる。
「掛け金は?」
「RFBコンプは、当然のつもりで」
亮の返答に、思わず忍とジョーが低く口笛を吹く。俊も呟く。
「心臓に悪いぜ」
「小心ね、自分のお金じゃないんだし、どどーんといっちゃえばいいのよ」
「え、どういうこと?」
須于が首を傾げる。麗花が、にやり、と笑う。
「ようは、一回の賭けに最低500は賭けろってことね、ま、アグライアで10とか25とかで許してくれるような庶民感覚テーブルなんて、ないだろうけど」
ますます、須于は怪訝そうだ。
「RFBコンプって?」
「客単価が高いと、それだけサービスついてくるんだよ、お得意様サービスみたいなもん」
忍がわかりやすく教えてくれる。
「もちろん、客単価に応じてランクがあって、ドリンクサービスから始って、食事、部屋、ってなって、全部ひっくるめたのがRFBな」
「RFBは部屋(Room)、食事(Food)、飲み物(Beverage)だ……そのくらいのサービスが受けられるくらいの賭け方をしろという意味になる」
ジョーが付け加えてくれる。
「へえ……」
「もちろん、上には上があるけどね、ま、ひとまずそれっくらいは目立てってことね」
「てなところで、いざ出陣ってな」
俊の元気よい掛け声を合図に、六人は客室を出る。

客船アグライアのカジノは、七階にある。
一口にカジノ、と言っても、ルーレット、ブラックジャック、クラップス、バカラなどのカジノと聞いて連想するモノが揃えられているカジノゾーンの他、カードルーム、ゲームルーム、ビリヤードルームがある。
カードルームとゲームルームは他の階にも存在しているが、七階だけは特殊だ。
この階で行われるゲームは、全て金が動く、ようは賭けの対象。
足を踏み入れる者は、己の運の強さを知ることになる。
この階には客室はないので、訪れる者は全て、エレベータを利用することになる。
七階に到着すると、まず、にこり、と微笑んだスタッフが出迎える。
「ようこそ、『運命の輪』へ」
そして、自分で好きなだけチップに交換する。
あとは簡単だ。
自分がなにをしたいのかがわかっているのならば、そこへと向かえばいい。
忍と俊が顔を出したのは、ビリヤードルーム。
ほとんどの人間が不思議そうな顔つきをしたが、一人だけが笑みを浮かべる。
卒のない身のこなしで二人の前へと来ると、お辞儀をしてみせる。
「ようこそ、新しいお客様」
彼の名を、二人は知っている。
アラン・ヘドベリ。
麗花曰く、これで女好きじゃなかったら驚きのタレ目無精髭、である。アグライアのカジノを仕切る一人だ。
なるほど、人の良さそうな笑みだが瞳の力が違う。
この部屋に足を踏み入れる者は、この視線で余計なことはすまいと誓うのだろう。
忍が、気圧された様子なく、にこりと、笑い返す。
「楽しませてもらおうと思ってね」
「基本的に、お客様同士でのゲームとさせていただいております。参加の際にはワンチップ出されることをお忘れなく」
言いながら、忍たちの手になにもないことを卒なく見ていたのだろう、壁際の棚を指す。
「キューはあちらのものをご自由にお使いください」
頷き返してから、俊が尋ねる。
「ここ、マッセーはありかな?」
「もちろんです」
アランの笑みが大きくなる。
「ありがとう」
壁際に近付いて、よくよく見れば置いてあるキューは最高級の部類に入る物だ。
すっげぇな、という単語を、俊はかろうじて胸の中だけにおさめる。
ざっと見た感じ、全て手入れは行き届いているようで、差はなさそうだ。二人して、キューを掴む。
どうやら、アランが『新しいお客様』と口にしたところで、忍たちがあの謎の六人組の一員であることに、この部屋の客たちも気付いたらしい。
さっそく、ゲームに誘われる。
「よろしかったら、いかがですかな?ローテーションを始めるところでしてな」
鷹揚に構えることに慣れている口調の持ち主がプリラードナショナル銀行頭取であることがわかったとたん、ふと、別の興味が頭をもたげる。
俊の趣味は、バイクと経済面のチェックだ。ここに集まる面々はその経済面をにぎわすような連中ばかりのはずなわけで、日々マメにチェックをかかさない俊は、要人と呼ばれる彼らの経済的なやり方は熟知しているつもりだ。
そして、人間の性格は、経済だろうがゲームだろうが、そうそうは変えられないモノだ。
自分がどれほどの洞察力を持って新聞をチェックしてるのか、試しててみるのも悪くない。
「ええ、ぜひ」
笑みを浮かべて、チップを出す。
参加する、という意思表示だ。
相手も、満足げに頷いてみせながら、ゲーム参加のチップを置く。
「特別なルールは設けておらんが、こちらもちょうど二人でね、互い違いについていくということでどうかね?」
「いいでしょう、ブレイクショットは?」
「後攻の者だ、まずは百二十点をラインとしよう」
「わかりました」
忍も、頷いてみせる。一枚のチップを、ピンとはねて甲で受ける。
「head or tail?(表か裏か)」
さらりと言ってのけたのに、少々相手は驚いたようだ。慣れていることに、いまさら気付かされたらしい。
が、すぐに落ち着きを取り戻して言う。
「表だ」
現れたチップは、表だ。
にこり、と相手は微笑む。
「先攻だ」
忍と俊は、ちら、と視線を見合わせる。
亮は、目立て、と言った。
これは、仕事なのだ。
と、いうことは、情けは無用、ということ。
俊の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。忍が、頷き返すと、俊はブレイクショットをするべく、キューを構える。
綺麗な、音がして。
先攻でさっさと勝負を決めてしまおうと思っていた相手は、台を覗き込んで、かすかな焦りを表情に浮かべる。
もちろん、手前に小さい数字の玉は揃っている。
が、ポケットしようとすれば、どこを狙っても綺麗に決まる場所がない。
いや、やってやれないことはないだろうが、正確な腕が要求される。
しばし、悩んでいたようだが。
最も狙いやすいと思われる場所に、決めたようだ。
キューを構える。
が、やはり玉は微妙にずれて、11番ボールにぶつかってしまう。
「惜しかったですね」
低く呟いて、忍が立ち上がる。
そして、邪魔にならぬ場所へ引いていたアランへと、視線をやる。
「コールしたら?」
「その分は、倍とみなします」
「じゃあ、まずは15番をそこにポケット」
キューで、当てる1番を指しながら、ルートを示してみせる。
他の台でゲームに興じていた者たちも、その声で顔を上げる。
キューがボールを突く、子気味いい音がして、1番が15番に当たって。
コール通り、15番ボールはポケットへと沈む。



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