[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・10■



亮が、ゆっくりと口を開く。
「確かに需要は有りつづけるでしょうね、ですが、供給は?」
微かに首を傾げたままの口元に、笑みが浮かぶ。
ほんの微かなのに、凄みのある目付きでこちらを見つめているアランに負けていない。
「どちらもが成り立たなければ、ビジネスになり得ませんが」
「保証いたします、という単語では納得されない?」
「高収入と言われるものほど、その言葉の保証値は下がります」
「なるほど、賢い方だ」
皮肉な笑みが、アランの顔に浮かぶ。
「では、貴女の周囲にいる方々の保証は、どうなさるつもりか、お聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
「束縛はされるのもするのも好みませんが、裏切られるのは好きではありません」
浮かんでいるのが笑みだけに、逆にどこか無気味だ。
くっと、堪えるような笑いがアランの口から漏れる。
「なるほど、余計なコトをする者は消える、と」
亮は、ただ軽く肩をすくめてみせる。
先ほどの質問の答えを、待っているわけだ。
「私もその範疇に入れていただくしかありませんね」
アランは、にこり、と笑う。
「ご理解いただかねばなりません、これは特殊なケースであることを」
「残念ながら、特殊、というモノは認めていません」
相変わらず、微かな笑みを浮かべたまま、亮は言ってのける。
大げさに肩をすくめてみせながら、アランが首を傾げる。
「本気でおっしゃっているのですか?その選択肢が、貴女にあると?」
「他人のことは存じ上げません」
立ち上がりながら、亮は笑みを大きくする。完璧に、軍師な表情だ。
「ですが、僕らにはあります」
「交渉決裂だな」
言ったなりアランがスーツの内側へと手を突っ込む。
「ッ?!」
思わず顔が凍りついたのも無理はない。彼の腕を跳ね上げて銃を飛ばしたのは、間違いなく先ほどまでは無かった、剣だったのだから。
龍牙を手にした忍が、にーっこり、としながら鞘をはらう。
「取り出だしたりますは、切味抜群の剣でございまーす、なんつってみたりしてなっと」
アランの後ろから現れた男を、言いざまにのす。
「かぁーっこいい!」
などと言っている麗花も、どうやったのかミニスカートになっているし、須于の髪を飾っていたはずのかんざしがその手にある。
須于も着物を脱ぎ捨てて、いつもの格好で一度に二人をのしている。
ジョーの手からは、すでに数発発射済みで、俊も言わずもがな。
いつも通りに動ける六人が相手なのだから、二桁の雑魚が現れても意味がない。少々部屋が狭いが、それも問題にはなっていない。
あっけない、という表現がぴったりな状態で、アランにとっては惨々たる結果だ。
唇を噛み締めながら、じりじり、と後ずさりをする。
騒ぎが聞こえたのだろう、後ろから近付いてくる気配があることは、忍たちも気付いている。
アランは、それを人質にするつもりなのだ。
が、忍たちに焦った様子は無い。
ここに近付いてくるとしたら。
「ちょっと、なんのつもりよ」
不機嫌そうに言葉を発したのは、エリス・アーウィットだ。
アランが取り出した靴に仕込んだ鋭いナイフは、彼女の手のうちにある。彼女もLe ciel noirの一員であり、しかもアランの動きが隙だらけとくれば、結果は見えている。
「動きも判断も鈍すぎね、だからのされるのよ」
言い捨ててから、亮たちへと視線をやる。皮肉そうな笑みが、口元に浮かぶ。
「『幸運の女神』御一行サマ、いったいコレは、なんの騒ぎかお聞かせ願えるかしら?」
腕を組んでみせるが、その下に何が隠れているかは明らかだ。
続いて現れた葉山秀の顔も、アグライア乗務員の仕様ではない。Le ciel noirの組織を担う人間の冷たさを持つ瞳だ。
最後に現れたエドワード・ライクマンも同じだったが、こちらに混じっている人間の中に麗花がいるのを見て、一瞬、ほんの微かにだけ眉を寄せた。
亮が、にこり、と微笑んで進み出る。
「まずは、その男を取り押さえていただきたいものです」
「言われなくても、仲間にナイフ突きつけてくるようなバカには用はないわよ」
どうやら、エリスの部下らしい数人が、アランを押さえつけている。猿ぐつわを噛ませたのは、下手に自害されない為でもあるのだろう。
「では、次はヘリポートに行きましょうか、説明はそこで聞けるはずですから」
余裕の笑みの亮に、Le ciel noirの三人は怪訝な表情を浮かべる。
「どういう意味ですか?」
秀が、かすかに首を傾げる。
「こちらは、依頼を果たしただけなので……話は、依頼した当人からというのが、筋でしょうから」
冷静な口調が続く間にも、深夜にはそぐわない轟音が響き始める。
最も後ろにいたエドワードが、扉の外を見て、さすがに驚いた声を上げる。
「リスティア軍用機?!」
その言葉に、三人が部屋を出る。忍たち六人も後へと続く。
最速といわれるリスティア空軍最新機が、真上にいる。どうやら着陸しようとしていると気付いたブリッジの人間が、戸惑ったように視線を向けているのがわかる。
亮が、微笑んだままで告げる。
「すでに、リスティア領海内に入っていますよね」
言われた秀は、小さなため息の後で、降ろせ、と合図を送る。
着陸態勢に入った戦闘機の轟音が、さらに大きくなる。片耳を押さえながら、須于が半ば感心、半ば呆れたような声を上げる。
「主役ご招待って、こういうことだったのね」
「この距離を二時間で飛べるのって言ったら、コレしかないよな」
目前で見る戦闘機に、俊は楽しげだ。忍も、ジョーも、似たような表情だ。
戦闘機から姿を現した人物に、驚いたのはむしろLe ciel noir側の人間の方だ。
「総帥?!」
「アレが?」
微かな声で、俊が亮に尋ねる。
「ええ、Le ciel noir総帥、黒木圭吾氏です」
亮が頷き返した様子で、忍たちにも誰なのかわかったらしい。興味深そうな視線を注ぐ。
ダークスーツに身を包んだ彼は、髪が黒いのも手伝って夜の闇に溶け込みそうな容姿だ。その切れ長の瞳に浮かんでいる光は、鋭利な刃物のような鋭さと冷たさがある。
「……やはり、お前だったんだな」
降り立ってすぐ、押さえられているアランの目の前に立つ。
「残念だよ」
言いざま、みぞおちに蹴りをくれる。
さるぐつわのせいで、くぐもった声を上げて、アランが突っ伏す。
ちょっと目を見開いて、須于と麗花が視線を見交わす。が、Le ciel noirのメンツの方に、驚いた様子は無い。それよりも、怪訝そうな顔つきだ。
「いったい、どういうことです?」
エドワードが尋ねる。
「スカイハイだ」
ぼそり、と黒木が答える。
その一言で、秀には察しがついたらしい。
「『運命の輪』の祝福を利用して、スカイハイ売買をしていた、ということですね?」
「そうだ、この件、後はお前が仕切れ」
「はい」
少々緊張気味の面持ちで、秀が頷いてみせる。
仕切るって、どういうことをするのだろう、と興味は覚えるが、なんとなく聞いてしまってはいけない雰囲気がある。
「自白剤使って、しゃべるだけしゃべらせてから私刑だよ」
疑問に対する答えが、あらぬ方から返ってきて、皆、戦闘機へと視線を戻す。
忍たちには聞き慣れた声の持ち主は、天宮健太郎、リスティア総司令官のものだ。健太郎は、口元に笑みを浮かべて立っている。
現れたのが誰か理解した秀が、部下にアランを連れて行け、と指示を出す。
いるのは、忍たち六人と、健太郎、黒木、『運命の輪』四天王のうち、残った三人だけ、だ。
リスティア総司令官の姿に、秀とエリスは、戸惑いを隠せない表情をしている。
先ほどまでの会話を急いで反芻したらしい秀が、尋ねる。
「では、今回の一件を依頼したのは……?」
「黒木氏ですよ」
と、亮。
ますます、戸惑った顔つきになる。Le ciel noir内のことは、Le ciel noirで片付けるのが流儀のはずで、これが破られたことはかつて無いから。
エリスと秀の視線を受けても、黒木は口をつぐんだままで立っている。
奇妙な沈黙が、その場を支配する。
健太郎が、ちら、とLe ciel noirの三人へと視線を向ける。
亮が、微かに苦笑を含んだ笑みで頷くと、健太郎は耐え切れなくなったように吹き出す。
いきなりの大爆笑に、驚いたのはLe ciel noirのメンツだけではない。忍たちも、どうしたことかと健太郎を見つめる。
黒木が、やめろ、というように眉を上げるが、健太郎の笑いは止まらない。
笑い途中で切れ切れになりつつ、やっと口を開く。
「どうして俺に容疑者リストを見せないのかと思ったら、こういうことかよ」
「ウルサイ。だから嫌だったんだ、お前連れてくるの」
「どうせバレるだろ、ウチの使ったんだから」
「ともかく、笑うのはやめろ」
いきなり始まった掛け合いに付いていけない様子なのは、やはりLe ciel noirのメンツの方だ。亮から説明されている忍たちは、気の毒そうに見やってから、亮へと視線を向ける。
亮は、軽く肩をすくめると、秀たちに説明する。
「『アグライア』船内でスカイハイ取り引きが行われているとしたら、利用されるのはヒトツしか考えられませんでした」
「祝福、ですね」
秀が確認する。
「そうです、自然、容疑者は四人に絞られます……ですが、あまりにもそのうちの三人は黒木氏に近しい方です」
「しかも、黒木が目をつけたのは、唯一確執ありの男ときた、Le ciel noir内の捜査では、説得力に欠けてしまうってわけだ」
まだ、笑いを含んだ声で健太郎が補足する。
「情報が操作されたのでは、と深読みする人間が出るってワケだな」
「そんな人間が出たら、組織が揺らぎかねない」
俊の台詞に、忍が続ける。亮は頷いてみせて、秀たちへと視線を戻す。
「ですから、今回の件はどうしても外部の人間の手が必要だったのです」
「しかし、どうしてリスティア総司令官殿が……?」
最も疑問であったろうことを、秀が口にする。その質問に答えたのは、エドワード・ライクマンを名乗っているエアハルト・ライマン。
「天宮様は、圭吾殿のご学友でいらっしゃる」
「ご学友なんてご立派な名称で呼ばれると照れるね、やはりハイソな雰囲気は争えないか」
「誰がハイソだ、お前がご学友なんてタマか、悪友だ、悪友」
すかさず健太郎と圭吾がやりあうのに、忍たちはこらえきれずに笑い出す。
「悪友けっこう」
健太郎は、にやりと笑って言ってから、真顔に戻って付け加える。
「それはそうとして、ちゃんと謝れよな、仮にも父親と息子と妻に一瞬でも疑いかけたような行動取ったんだから」
「天宮!」
かぁ、と圭吾の頬が赤くなるのが見える。
養育係であるエアハルトが父親、Le ciel noirを継ぐ候補たる秀が息子、これはわかる。
が、最後のは、だ。
ははーん、という顔つきになったのは、麗花。
「ねぇえ、須于、女の子として、どう思います?」
わざとらしい口調で尋ねる。
「女の子が一生懸命、相手に好かれるように努力して、好みがリスティア系だと思ったら、自分がそうじゃないのに必死で努力しているのに、ちーっとも応えてない男って?」
「それは……ちょっと最低よね」
須于が、軽く首を傾げて答える。忍が、あっさりと付け加える。
「男でも、ヒドイと思うけどな」
「まだ、なにも言っておられなかったのか」
ぱくぱく、と金魚のように口を開け閉めしている圭吾を、救うどころかエアハルトは、ばっさりと切って捨てる。
秀も軽くため息をつく。
「確かに僕は生粋リスティア系ですけど、母親がどうであるかはこだわらない、と言ったはずですよね?」
一人、エリスだけが目を見開いたまま、圭吾を凝視している。
「その話は後だ、今度はちゃんとするから!」
「ま、これだけの人間の前で宣言したから、大丈夫だろ」
にやりと、健太郎は笑って言う。
「じゃ、ご依頼もきっちり果たしたことですし、俺はこの辺で帰らせていただこうかな」
くるり、と背を向ける。
「これの燃料費も含めて、あと精算分の請求書送るからよろしくな」
「あー、はいはいはい」
早く帰れ、と言わんばかりの口調だが、健太郎は肩をすくめただけだ。
「亮、迎え遣すから」
「はい」
「黒木、結婚式には呼べよ」
ひらひら、と手を振ると、戦闘機へと姿は消えてしまう。
「早く帰れ!」
という圭吾の思い切りな声を見送りに、健太郎はリスティアへの帰路についてしまった。
轟音が去っていくのを見送って、忍たちの視線が亮へと集まる。
「さてと?」
「ご依頼終了と総司令官もおっしゃってることですし?」
「お迎え、来るのってすぐ?」
「そうですね、夜明け前には来るでしょう」
用が済んだのなら、長居は無用だ。亮が黒木たちに告げる。
「総司令官からの終了宣言もいただきましたので、これで失礼させていただきます」
「いったい、貴方たちは誰なの?」
やっと我に返ったらしいエリスが、慌てて問う。
振り返った亮が、軽く黒木のほうへと警告の視線を送った後、にっこりと微笑む。
「『幸運の女神』にしておきます」
す、と綺麗な身のこなしで、頭を下げる。
あわせて、忍たちも礼をして、背を向ける。



空軍最速、というわけにはいかなかったが、初めて乗る軍用機に麗花たちは、はしゃぎ気味だ。
「あの、空中からぶら下がるはしごを上るっていうの、憧れだったんだよねぇ」
「わかるわかる、映画でよく出るもんな」
「まぁな」
ぼそり、とジョーが答えたところを見ると、どうやら憧れであったらしい。
「ね、忍、教えて欲しいんだけど」
「ん?」
須于が、忍の腰にいつもどおりに下がっている龍牙へと視線をやる。
「どうやって、持って来たの?」
「ああ、手品だよ」
「手品って、どういう意味?」
と麗花も首を傾げる。本当に突然、龍牙は忍の手に現れた。どこに隠してあったというわけではないというのは、自分たちが知っている。
忍は、龍牙の柄に結ばれた紐の先の、勾玉のような飾りを手にする。
「龍牙って、精神感応剣だろ、俺が思うことで切ったり切れなかったりっていう。だから、ソレの応用って出来ないかと思ってさ」
「応用って、もしかして?」
少々目を見開いて、俊が尋ねる。
「そ、こっちの玉だけ持ってきて、『来い』って念じてやった」
「うっわ、すごい賭けだな」
「でも、ないだろう」
と、ジョー。忍は、笑みを浮かべて頷く。
「まぁな、短距離で何度か確かめてたけど」
「思いついたの、亮でしょ?」
麗花の問いに、にこり、と亮は微笑む。
「さっすが、軍師」
「麗花と須于の早変わりもお見事でしたが」
「あ、確かにな、驚いたもん」
忍と俊が頷く。
「須于のは、着物の下に着てたんだろうけど、麗花のはどうなってたわけ?」
「スカートが分離するようにしてあったんだよーん」
「なるほど」
夜明けよりも大分前にアグライアを発ったのだが、そろそろ日が昇りかけている。
「日の出だぁ」
「リスティアが見えてきたぜ」
「キレイね」
景色を見つめながら、麗花が楽しそうに問う。
「黒木氏、どうするのかなぁ?」
「エリス・アーウィットのことか?そりゃ、これでプロポーズしなかったら男じゃないだろ」
「親父、招待してもらえねぇんじゃねぇのか?あんなからかって」
忍の答えに、俊が苦笑する。須于が、にこり、とする。
「あら、でも私たちはあるかもしれないわよ」
「なんでだ?」
ジョーが、首を傾げる。
亮が、くす、と笑う。
「『幸運の女神』ですから」



〜fin〜


[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □