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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・9■



部屋へ戻って、亮は仕掛けがないことを確認して頷く。
その途端に、五人が亮の周囲へと興味津々の顔つきで集まる。
「で?なんて書いてあるの?」
「早いって」
俊が笑うが、そういう自分も身を乗り出している。亮は、封筒を麗花に渡す。
「いいですよ、開けて」
「うっわ、余裕」
言いながら、手は封を切る。亮は、その間に自分の高性能の端末を立ち上げる。
麗花が広げた便箋を、俊が隣から覗き込む。
「で?」
忍が促す。
頷いて、麗花が音読する。
「今晩0時に、最上階の特別室にいらっしゃるのを、お待ちしております、だって」
「一人で来いとか、そういう指示は?」
「ないね」
と、俊。須于が首を傾げる。
「誰か連れてきてもいいってこと?」
「その指示もなし」
「好きにしろ、ということか?」
ぼそり、とジョー。端末から顔を挙げて、亮がにこりと微笑む。
「どちらにしろ、わかってしまうことですから、自由にしろということでしょう」
「で、亮はどうする気なんだ?」
忍が、笑みを浮かべながら首を傾げる。
「最上階だと、ゲスト参加したい放題ですね」
亮にしては珍しく、どこかのんびりとした口調で言う。が、手元は実に忙しくキーボードを叩きつづけている。
一瞬、端末の方へと視線をやってから、また皆の方へと顔を戻した亮の表情は、すでに軍師なモノだ。
「黒木氏にも、『Labyrinth』に依頼するということがどういう意味かは知っておいていただいても悪くないでしょう」
にんまり、とした笑みが、五人の顔に浮かぶ。
「そうこなくちゃ」
俊が、ちら、と時計に目を走らせる。いまは、まだ二十二時を回ったばかりだ。
余裕充分、というところである。
「で、どうするんだ?」
「もちろん、主役にも参加していただくよう、いま手配しました」
亮の笑みが、少し大きくなる。
「あとは、いつも通りに行きます」
「いつも通り、ね」
にやり、と俊が笑う。須于が、確認をする。
「アラン・ヘドベリの部下は何人くらいかしら」
「そう多くはないでしょう、他の三人も、素人ではないですし」
「自分の身は自分で守れるわけだな」
「って、武器出る?」
「出るだろ、捕り物になるってわかったら」
忍が肩をすくめる。ずっと気になっていたことを、俊が尋ねる。
「って言ってる忍はどうするつもりだ?」
忍の龍牙だけが、どうにも誤魔化せないので持ち込んでいないのだ。得物が手元にない。
尋ねられた忍は、にやり、と笑う。
「大丈夫」
どうして、という説明は相変わらず無いが、するつもりもなさそうなので仕方ない。
「最初からいつも通りの格好、というわけには、いかないわよね」
須于が首を傾げる。麗花が苦笑を浮かべる。
「確かに、そりゃ動きにくいよね」
「動くのはどうにかなるとは思うのよ、でも袖がはためいちゃうから、ダメになっちゃいそうで……こんなに綺麗なのダメにしたら、もったいないじゃない?」
これで動ける、というのが須于らしいところと言うべきか。
「下に普段の着とくしかないんじゃない?」
「そうね」
「麗花はどうなんだ?」
と、忍。尋ねられて、にやり、と笑う。
「特別仕様があるんだよね」
「特別仕様?」
「そ、だから大丈夫」
どうやら、こちらも秘密らしい。
「ってわけで、私たち準備してくるね」
麗花たちは部屋へ引いてしまう。残された男性陣が、顔を見合わせる。
「俺たち、仕込むだけだもんな」
「まぁな」
ジョーが、ぼそり、と答える。
「が、手入れする時間があるなら、もらう」
立ち上がる。俊も、慌てて立ち上がる。
「ジョーがそんなことしたら、俺も手入れしないとマズい気分になるじゃないか」
「好きにしろ」
ジョーが銃を手入れしてるのはいつものことなのだが、同室だとなんとなく焦るというのは、わかる気がする。
忍が、手を振って見送る。
端末に向かって、なにやら入力中の亮に尋ねる。
「さてと、手品は上手くいくかな」
「いくでしょう」
入力する手を休めて、亮が顔を上げる。にこり、と微笑んでいる。
「忍なら」
「鋭意努力、だな」
にやり、と笑って、手の平の何かを握り締める。



招待先に待ち受けていたのは、葉山秀だ。
現れた六人に、どちらかというと楽しそうな笑みを浮かべる。
「これは、にぎやかなお客様だ」
忍が首を傾げる。
「外した方がいいのかな?」
「いえ、問題ないありません、どうぞ」
相変わらず笑みを浮かべたままで、席を勧める。きちんと椅子は六脚あるので、このように大挙して押しかける連中もいる、ということだろう。
ここは、お言葉に甘えた方が、なにかとやりやすいので六人は腰掛ける。
秀は、慣れた様子でグラスを取り出すと、テーブルに並べる。そして、高級といわれる部類だと一目でわかるシャンパンの栓を抜いてみせる。
そこまでの動きに無駄がないのと、気持ちいい音を立てて開いたのが子気味よかったのとで、忍と俊と麗花が拍手する。
どうも、というように軽く頭を下げてみせてから、七つのグラスにシャンパンを注ぐ。
そして、自分の分のグラスを手にして、にこり、と笑みを大きくする。
「二日間にわたる貴女のプレイはお見事でした、『運命の輪』を代表して、祝福させていただきます」
言って、グラスを空けてみせる。
なんのことを言われているのかは、亮たちもわかっている。素直にグラスを手にすると、軽く上げてみせる。
亮も、にこり、と微笑み返す。
「それは、どうもありがとうございます」
軽くグラスに口をつけてから、さて、というように、亮は首を傾げる。
秀は、相向かいに腰掛けてから、指を軽く組む。
「『運命の輪』では、貴女のような方を『幸運の女神』とお呼びさせていただいております」
「『幸運の女神』?なかなか、ゴージャスな響きね」
麗花が、おもしろそうに首を傾げてみせる。俊が、先を促す。
「で、その女神をここに呼び出して、なんの御用なんだ?」
「『幸運の女神』には、ささやかではありますが、『運命の輪』の代表四名それぞれより、祝福を送らせていただいております」
ひゅう、と口笛の二重奏をしたのは、忍とジョーだ。
ここで、秀の笑みが、イタズラっぽいものとなる。
「ただし、ヒトツ、お願いがあります」
「なにかしら?」
須于が、不思議そうに首を傾げる。
「『運命の輪』が『幸運の女神』を祝福させていだたいている、ということをご存知のお客様は多数いらっしゃいます。ですが、その祝福がなんなのか、はご存知ありません」
それを聞いた亮の口元に、笑みが浮かぶ。
「なるほど、祝福の内容は、秘密なのですね?」
「人は、秘密に心惹かれるものですから」
秀は頷いてみせる。
「こちらも、ボランティアで経営しているわけではありませんので、ね」
楽しそうな笑みに、思わず麗花が、くすり、と笑う。
「そりゃそうよね」
「わかりました、口外はしません」
亮が確約すると、忍たちも頷く。了承した、ということだ。
「ありがとうございます、では、先ずは私から祝福を送らせていただきましょう」
木箱を取り出して、それを開けてみせる。
一目見たなり、またもや忍とジョーが口笛二重奏をする。
中身は、有名シャトーの畑まで限定してつくられたシャンパンだ。とても一般庶民では手が出ないし、アグライアに乗船できる身分の面々にしても、そうそうは手に出来ないだろう。
麗花の顔にも、喜色が浮かんでいる。
「お気に召していただけたでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
余裕の笑みで応えられるのは、さすが亮だ。
「では、こちらの方は部屋に届けさせていただきます」
秀は、にこりと告げると、立ち上がる。
「そのままで、お待ち下さい。次の祝福を贈らせていただきますので」
卒のない身のこなしで姿を消してから、数分が過ぎただろうか。誰が近付いてきたのかは、足音でわかる。響いているのは、ヒールだからだ。
予想通り、エリス・アーウィットが姿を現す。
『運命の輪』にいるときと同じ、少々シャツのボタンが開いたスーツ姿だ。見事な金髪は、キレイにまとめられている。
「『幸運の女神』に、祝福を」
笑みを浮かべながら、胸ポケットに手を入れる。
取り出したのは、真紅のバラが一輪。
麗花たちから、拍手が起こる。
亮へとバラを差し出しながら、エリスはテーブルの端へと腰掛ける。そこから、身を乗り出してくる。
「花はお好き?」
「そうですね」
バラを受け取りながら、亮は、にこり、と微笑む。
「では、貴女のお部屋中に、いっぱいのバラを贈らせていただくわ、これはいかがかしら?」
今度は、スーツの内ポケットから、ホンモノのバラを取り出してくる。さきほどの真紅とは異なって、薄いクリーム色の花弁の先がピンクに染まった優しい色合いだ。
思わず、須于と麗花が、覗き込む。
「キレイ!」
「すてきな色ね」
二人の反応に、嬉しそうな笑みを浮かべながら、封筒を取り出す。
「この中のカードに、贈って欲しい先を書いて下さるかしら?入れたら、封をしてね。見るのは花屋だけ」
プライベートは守る、ということなのだろう。
亮は頷いてみせると、カードにさらさらと書いてみせて、封をする。
いったいどこを届け先に指定したのかは、忍たちには見えないまま、封筒はエリスへと手渡される。
エリスは、封筒をスーツの内ポケットへと丁寧に仕舞い込んでから、立ち上がる。
「では、次の祝福を待っていていただけるかしら」
にっこりと微笑むと、扉の向こうへと消える。
麗花が、首を傾げる。『第3遊撃隊』の居場所は、明かせないことになっている。だから、封筒の中身はそこではない。
「ね、あの花、ちゃんともらえるの?」
「ええ、もちろん」
にこり、と亮は微笑む。
「もしかして……」
普通の荷物と一緒で、総司令部気付なのかと俊が尋ねかかったところで、次の足音が聞こえてくる。落ち着いているそれが誰の者かは、ほぼ予測がつく。
そして、予測通りにエドワード・ライクマンが現れる。
麗花がそこにいることに、まったく表情を動かさないのは、プロといえよう。
もちろん、麗花の方も、反応はしないのだが。
口元に、笑みを浮かべる。
「『幸運の女神』となられたこと、お祝いいたします」
重厚にお辞儀してから、椅子へと腰掛ける。
「私かからの祝福は、特別製のチーズです……とある特殊な場所でつくられ、特殊な場所でしか消費されておりませんが、特別に取り寄せました」
俊が、かなり興味をおぼえているようだ。
「なんかこう、うまくできて……」
口を開きかかった俊にむかって、エドワードは手の平を向ける。
「どうぞ、私どもにも他の祝福の内容はお告げにならないで下さい。うまくコーディネートされたかわかるのは、お客様のみになります」
なるほど、徹底して祝福は秘密とされるわけだ。
「私からの祝福は、部屋へ届けさせましょう」
亮は、にこり、と微笑む。
「わかりました、ありがとうございます」
長居すること無く、エドワードも立ち上がる。
「では、最後の祝福をお待ち下さい」
立ち去ってから、麗花がにやり、と笑う。
「ルシュテット皇室運営のぶどう園で、牛も飼ってるんだよね」
「それって、皇家御用達ってこと?」
「特別に、贈ったりもするらしいけどね、身分乱用じゃーん」
麗花の低い声に、思わず忍たちは肩をすくめて笑いを堪える。
そして、最後の足音が近付いてくる。
姿を現したアラン・ヘドベリは、俊へ軽く笑みを向けてから、すぐに椅子へと腰掛ける。
こちらを向いた視線は、『運命の輪』では見せたことの無い、自信に満ち溢れた笑みだ。
「私からは、誰にも贈ることの出来ない特別な祝福を差し上げたい……終わりのない夢を」
亮は、微かな笑みを口元に浮かべて、ただ、見つめ返している。
続きを待っている表情だ。
「どのような夢にも終わりあるもの、ただしこの世の夢は、あるモノがあれば続くことが多い」
アランは、静かな声で続ける。
「それは、金だ。もちろん、ご存知でしょうが」
軽く肩をすくめて、同意してから、亮は微かに首を傾げる。
「ビジネスの終わりは、需要が消えるからくる……ということは、需要が消えないものを扱えばいいのです」
相変わらず亮は、首を傾げたままだ。
そんなモノが存在するのか、と尋ねるかのように。
凄みのある笑みが、アランの顔に浮かぶ。
「スカイハイ」



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