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夏の夜のLabyrinth
〜16.5th 雨降る日には〜

■raindrop・6■



かなり夜も更けた頃。
また強くなりはじめた雨の音に、麗花は目を覚ます。なんどか寝返りをうってみるが、結局は目が冴えて起き出す。
もそもそと歩いて、台所でココアをつくる。
カップを抱えたまま、そっとカーテンを上げてみる。
「まーだ雨かぁ」
「そりゃ、梅雨だからな」
不意に背後からツッコまれて、驚いて降り返る。
「忍」
眠そうな顔つきの忍は、冷蔵庫からペットボトルを取り出してグラスに注いでから、窓の方へと戻ってくる。
「まぁ、確かに急にデカイ音たてて降られたから、俺も目ぇ覚めちまったけど」
勢いよくグラスの中身をあけた忍は、すっきりした顔つきで窓の外へと視線をやる。
「雨だから、嫌なことばっかってわけでもないだろ」
「嫌なことは全部、雨の日に起こるんだもん」
振り返ると、麗花は軽く口を尖らせている。少し、視線が落ちる。
「父さんの時の知らせもさ、朔哉兄の時も知らせも……」
「そうか、そりゃ嫌いになるわな」
忍は、軽く首を傾げる。
「じゃ、厄払いするか」
「厄払い?」
怪訝そうに麗花も首を傾げる。
「そ、悪くない考えだろ?」
「悪くないけど、いま?」
「そうだよ」
「どうやって?」
にやり、と忍が笑う。
「歌う」
「歌うぅ?」
「そ、なんでもいいけど、景気よさそうなヤツ」
麗花は、困惑顔になる。
「んなこと言われても……」
「なんだよ、思いつかないのか?」
「……つかない」
忍は、軽く肩をすくめる。
「しょうがないな、俺がスペシャルなお茶いれてやるか」
「スペシャルなお茶?忍が?」
「そ、俺が」
にこり、と笑う。それから、台所に立つ。
不思議そうに覗きこむ麗花の前に並び出したのは、ジンにウォッカにラムにテキーラ。
「お酒、こんなに並べてどうするの?」
どうやら、忍の得意なカクテルが出来そうだ、とは予想がつくが。
「だから、お茶いれるんだよ」
忍は、相変わらず笑顔のまま、大きめのグラスを出してくる。
その中に、クラッシュドアイスをたっぷりといれて、先ほど並べた酒瓶からそれぞれを少しずつ加えていく。
「……?」
相変わらず首を傾げたままの麗花の目前で、さらになにやら加えて、ステアして。
レモンのスライスとストローをそえて、差し出される。
「スペシャルティー、どうぞ」
「ども」
腰掛けて、そっと口にしてみる。
「……ええ?」
ちょっと驚いた声を上げてから、もう一度、口にする。
目を見開いて、顔を上げる。
「ねね、これってホントにアイスティーな味がするよ?!」
「だから言っただろ?スペシャルティーだよ」
麗花の顔に、笑顔が浮かぶ。
「すっごーい、お茶使わずに、お茶作っちゃった!」
「お気に召しましたか?」
わざとキザなポーズをしてみせながら、忍が尋ねる。麗花は満面の笑みで頷く。
「もっちろん。これってなんていうカクテル?」
「ロングアイランド・アイスドティー」
「南国のヒミツのお茶って感じだね」
グラスを空けて。
「ごっちそうさまー」
すっかりご機嫌の笑顔だ。
実のところ、このカクテル、味はアイスティーだがアルコール度数はかなり高い。弱くない麗花とはいえ、これだけの勢いで飲めば、回るにきまっているのだ。
ひとまずは、作戦勝ちというところ。
グラスを洗っているのを、ぼーんやりと眺めていた麗花が、あ、と声を上げる。
「どうしたよ?」
「ん、思い出したよ、厄払いの歌」
「え?」
機嫌がよくなればいいや、と思って言い出したことだったので、まともに言われて忍は面食らう。
グラスを棚にしまって、麗花の方へと向き直る。
「というわけで、麗花さん、歌いまーす!」
止める暇もあらばこそ、麗花はごきげんな顔つきのまま、歌い出す。
アファルイオの歌らしく、リズムのよい抑揚のきいた言葉が彼女の口から溢れ出す。
普段、あれだけしゃべりまくるのに周囲が頭痛を起こさない理由のヒトツは、声がいいからなんだな、と改めて思う。
よく伸びる声でラストまで歌いきって、麗花はにーんまりと笑う。
「よーし、厄払いおっけー!」
「これでもう、雨降っても大丈夫だな」
「ん」
忍は軽く首を傾げる。
「いまのって、どういう意味の歌?」
「雨を称える歌だよ、民謡みたいなもんかな、畑仕事してる人にとっては雨って大切だからさ」
「なるほどな」
麗花は、肘をついてその上に顔を乗せて、どこか遠い視線になる。
「父さんが亡くなったって知らせが来た日にね、私が『雨なんて嫌い!』って泣いたら、朔哉兄と顕哉兄が『雨のせいじゃないよ』って言ってさ、へったくそのくせに、二人で一生懸命歌ってくれたの……思い出しちゃったなー」
照れたように、笑う。
「あったしさー、すっごい幸せもんだよねぇ、だって雨だからって須于も忍もケーキ買ってきてくれるしさ」
げ、ばれてた、と忍は思うが、麗花の方は、そんな変化にはおかまいなしに続ける。
「スペシャルなお茶はいれてもらえるしさ〜、もう、雨なんて怖くないぞー」
おう、と拳を上げるが、それはへろへろ〜っと降りてくる。
「もっと強くなるよぅ、今度は、私が皆を元気にしちゃうにょ〜……」
語尾がよれて、ぱたり、と伏せてしまう。
どうやら、眠ってしまったようだ。
ここ数日の雨続きで、きっとあまり、眠れていなかったのだろう。
妙に幸せそうな笑顔だ。
「もう充分、皆を元気にしてるよ」
呟くが、麗花には聞こえてはいない。
忍は、軽く肩をすくめると、抱き上げる。
普段なら起こすところだが、こんなに幸せそうな顔して眠られたら、そうも出来ない。
ベッドまで運んで、寝かせてやる。
女の子の部屋なので、さっさと背を向けて扉へと向かう。
扉を閉める前に、そっと呟いた。
「おやすみ、今日はイイ夢見ろよな」
「んにゃ〜」
タイミングのよい声に、思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、そっと扉を閉める。
静かになった廊下に、ただ、雨音が聞こえる。
梅雨の雨は、まだやみそうにない。
忍は、軽く伸びをしてから階段を上がっていった。



〜fin.

2002.06.30 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Rainy Day〜


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