[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜16.5th 雨降る日には〜

■raindrop・5■



ノックの音に、麗花は顔を上げる。
「どーぞー」
返事を返すと、須于が覗きこむ。
「あれぇ?夕飯は食べてこなかったの?」
時計は、まだ三時過ぎだ。
須于は、にこり、と微笑む。
「美味しそうなケーキみつけたの、一緒に食べない?」
「ホント?!食べる食べる!」
ぴょこん、という擬音がぴったりの仕草で立ち上がる。
居間へと二人で向かおうとしたところで、忍たちが帰ってくる。
二人と視線があうと、忍がにこりと笑う。
「あ、ちょうど良かった、ケーキ買って来たぜ」
麗花は、ひとつ瞬きをする。
「へ?忍も?いま、須于がケーキ買って来てくれたって、誘いに来てくれたとこなんだよ」
「じゃあ、お茶を煎れますから、俊を呼んで来てください」
忍の後ろから、亮が声をかける。
「はーい」
嬉しそうに返事をすると、麗花は階段を駆け上がっていく。
須于と靴を脱ぎ終えた忍が、顔を見合わせる。
「珍しいじゃない?」
須于が首を傾げる。今日の買い出しリストに、ケーキはなかったのを知っているらしい。
「雨だったからさ」
忍が、微かに笑みを浮かべる。
にこり、と須于も笑顔になる。
「いつも、麗花には元気にしてもらってるものね」
「そゆこと」

なしくずしで居間には六人が揃う。
亮がお茶を煎れている脇で、須于がケーキを並べている。が、どちらかともなく、その手が止まる。
「……ご飯?」
「……ですね」
二人とも、その声は大きくはないのだが、聞こえた二人がびくり、と肩を強ばらせる。
なにか様子が変と、忍がすぐに気付く。
「お前らが炊いたわけ?」
昼時に家にいたのは俊と麗花だけなのだから、隠し通せるはずがない。
「いっやー、実はさ、カレーなんて作ってみたわけよ」
と麗花が言えば、俊もらしくなく満面の笑顔になってみたりする。
「そうそう、やっぱ、飯はつくれた方がイイだろ」
「食えるモノ、出来たのか」
「うっわ、忍、きっついなー」
にっこりと満面の笑顔を、今度は忍に向ける。
「美味しかったよー」
「もう、皆にご馳走してあげたいくらい」
「遠慮する」
きっぱりはっきり言い切ったのはジョー。
「ジョーもきついー」
麗花が泣きまねをしてみせる。
中ボールに山になっているご飯を持ち上げて、亮が冷静に切り返す。
「で、ご飯炊くのの目測を誤ったわけですか」
「ごめんなさーい」
二人して、拝んでみせる。
「炊飯器にいれたままにしてくれればよかったのに?」
と須于も、少々困り顔で首を傾げる。
「え、でも、飯炊いてないってことは、今晩は米はいらないんじゃないの?」
無邪気に首を傾げ返したのは麗花。俊も、大きく頷く。
「どちらにしろ、捨てるわけにはいかないから片づけないといけませんよ」
「もう、お冷やになっちゃったわねぇ」
「じゃあ、炒飯にすればいい」
ジョーが台所の方へと顔を向ける。
「俺が、やってやる」
「おお〜、炊き込みご飯だけじゃなくって、炒飯も得意なんだー」
素直に喜んでるのは麗花。忍も笑顔になる。
「じゃ、餃子にしようぜ、手作りのヤツ」
「うまそう」
「じゃあ、あとはスープでもあればいいですか」
「いいね」
話がほぼまとまったところで、麗花が思い出して声を上げる。
「夕飯も大事だけど、まずはケーキ!」
「どれがイイ?」
須于がにこりと、大皿に並べたケーキをみせてくれる。
「お、なんかスゲー」
「ウマそ」
思わず、俊と忍まで身を乗り出している。麗花は背でケーキを隠す。
「やーん、私が選ぶのー」
「平等にジャンケンに決まってるじゃん」
「なー」
忍の台詞に、俊だけでなくジョーまでが頷いている。
「選択の権利はあるはずだな」
「ううー、仕方ない、では皆でジャンケンじゃ」
「亮、早く来いよ」
「はい」
トレーに、あとはカップに注ぐだけにしたお茶を持って、くる。
「よっしゃ、んじゃ、行くぜ!」
なにやら、ヒートアップの勝負は、先ずは須于が一抜けする。自分の手と周囲の手を比べて、勝ったとわかった須于は、にこり、とする。
「ほい、どれがいい?」
忍が、大皿を向ける。
「あのね、私、これが食べてみたかったの」
と、フルーツたっぷりのケーキを皿に取る。麗花が情けない声をあげる。
「ああー、やられたー」
「もうヒトツあるって、ほら」
忍が笑う。俊もにやりと笑う。
「そうそう、次勝てば問題無いだろ」
「絶対勝ってやるー!」
気合いのおかげか、言葉通りに麗花が勝つ。満面の笑みで、須于と一緒のケーキを取る。
残った四人が誰からともなく、顔を見合わせる。もともと、忍と俊がジャンケンしようと言い出したのは麗花をからかっただけのコトだ。
ジョーと亮は、これといって強い希望があるわけでもない。
忍が、にやり、と笑って軽く拳をふってみせる。
「とーぜんでしょ」
と、俊。ジョーも口の端に笑みを浮かべる。
「本気だせと言うわけか?」
「え?本気だしていいんですか?」
亮が軽く首を傾げる。
妙な緊迫感が居間に漂う。たかがケーキ、されどケーキ……
どの程度本気を出したやら、本当に亮が勝ってみせる。
「おおー」
と、思わず麗花。
こうなってくると、ケーキの選択権というより、負けるのが嫌状態だ。なんとなく、残った三人の目付きが本気のような。
耐えきれずに、麗花と須于が笑い出す。
ひとまず、ケーキも無事行き渡って、亮の煎れてくれた福建水仙を飲みながらお茶タイムだ。
一気にケーキの半分近くを口にしおえた俊が、窓の外へと視線をやる。
「ホント、よく降るなー」
瞬間、忍と須于のキツい視線にさらされて、更に開こうとしていた口を慌ててつぐむ。
麗花は窓の外に視線をやらずに、須于に方に笑顔を向ける。
「須于は、雨、好き?」
「私?そうね、今日みたいに優しい感じで降っているのは好きよ」
お茶を口にしてから、にっこりと笑う。
「葉の色が、明るくなるじゃない?」
「確かにな、いまなら、紫陽花もだよな」
忍の台詞に、俊が眉を寄せる。
「俺は、雨は嫌いだけどな」
「なんで?」
と、麗花。
俊は眉を寄せたまま言う。
「バイクに乗れない」
正確には乗れないわけではないが、やはり大切にしているソレを雨にさらすのは心情的に嫌なのだろう。
すかさず忍が付け加える。
「チーズケーキがカビるしな」
「今日は残さず食べることだな」
ジョーにまで言われて、俊は唇をとがらせる。
「言われなくても食うよ」
麗花と須于は、顔を見合わせて笑う。
それから、須于が首を傾げる。
「そういえば、最初は弥生も雨が嫌いって言ってたわ。『Aqua』で一人っきりになったみたいで寂しいって」
「最初は、ということは、今は嫌いではないんですね」
亮がみんなのカップにお茶のお代わりを煎れながら、首を傾げる。
「うん、弥生がそう言ったら、香奈が『Aqua』全部が自分のモノになったって思えばいいじゃないって」
「『Aqua』全部が?すっげ贅沢」
「でしょ?この大きな『Aqua』が自分だけの舞台だって思ったら、なんかスケールが大きいよね」
にっこりと笑う。
「モノは考えようってわけだな」
ジョーが、感心したような驚いたような反応を返す。軽く首を傾げていた俊が頷く。
「悪くないな、それって」
「わー、なんか世界征服が野望の男がいるよ」
「ホントだ、気を付けろー、カレー王国になっちゃうぞ」
すかさず麗花と忍が反応する。俊が反撃する暇もあればこそ、さらに言われてしまう。
「憲法第一条、一日三食ともかくカレーを使った料理を食すべし」
「移動は俺サマ特別製バイク」
「じゃあ末路は決定だな」
ぼそり、とジョーにまで参加されてしまう。亮がにこり、と笑う。
「暗殺、しかも毒殺ですね」
冷静な口調で言われて、俊がとほほな顔つきになる。
「どーして暗殺されるんだよー」
「カレーが大嫌いな人間の手によってじゃないかしら」
とは、須于の弁。
「カレーは香辛料の香りが強いですから、多少の薬物が入っていても気付かれないんですよ」
「なるほど、そうなんだ」
手を打ったのは麗花で、忍はにやり、と笑う。
「推理小説でも、よく出るよな」
「確かに気付かれなさそうね」
「試してみればイイ」
「ジョー、誰でだよ」
五人の視線が一人に集中する。忍が言う。
「そりゃ決まってるだろ、一人だよ」
「疑いもせずに口にしそうだもんねぇ」
麗花も無邪気そのもの。俊は無言のまま、訴える視線を亮へと向けてみる。
亮は、にこり、と柔らかい笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ、酷いモノは入れませんから」
「シャレになってねぇ」
大爆笑になってしまう。
皆のケーキが片付いて、こころゆくまでお茶を楽しんでから。
「んじゃ、やりますか」
忍が立ち上がる。
「じゃ、この皿だけ片付けますね」
亮も、す、と立ち上がる。
亮が洗う皿を、忍が拭いて、須于が手早く片付けて。
ボールに、忍がひょいひょいと粉を量り入れる。
で、それを俊に差し出す。
「なんだよ」
「こねるんだよ」
「俺が?」
「そう、俺、具をつくるから」
確かに、皮はあとはこねればいいようだが、具はどうしてよいかよくわからない。
「あいよ」
大人しくボールを受けとって、こねはじめる。
忍が野菜を刻む隣りで、亮は水をたっぷりと入れた大きめの鍋を火にかけてから、鳥ガラを取り出す。
「チキンブイヨンから作るの?美味しそうね」
須于が嬉しそうな笑顔になる。亮も、笑みを返す。
「今日は、他を皆がやってくれそうですので」
他の四人が顔を見合わせる。普段は、亮と須于が交互に六人分を面倒みているのだ。朝食にいたっては、毎朝のように亮が。
仕事の時はともかく、普段は手伝うくらいはせねば、と思ってみたり。
一生懸命こねている俊の脇で、麗花は呑気に
「がんばってー」
などと応援している。
もっとも、いまのところ気楽なのはジョーと須于もだけど。
具と皮が出来たら、今度は須于と麗花も参加だ。
四人がかりで包んでいく。
「あれぇ、上手くいかないよ?」
「へたくそなのは、自分で片付けるんだぜ?」
忍に言われて、へらりと笑いかけてた麗花の口元がひきつる。
「ほほほ、修行させていただきますわ」
エビ団子をゆでている亮が、微かに肩をすくめる。その脇には、珍しくも包丁を握っているジョーだ。
ジョーも口元に笑みが浮かんでいる。
「珍しいな」
麗花がやりこめられ気味だとは。
「ですね」
努力のかいあってか、数個の前衛芸術品以外はキレイな餃子が並ぶ。
それを忍が焼いている脇で、ジョーが大きめの中華鍋を片手で見事に操っている。
「ひょー、すごいー!」
思わず声を上げたのは麗花だが、須于と俊も、拍手している。
本気で、サマになってるのだ。
そんなこんなで、キレイな焼き目の餃子にさらりとした炒飯、そしてエビ団子に細ネギだけのシンプルなスープが並ぶ。
「いっただっきまーす!」
さっそくに自分で包んだ餃子を口にした麗花が、ぱっと笑顔になる。
「美味しい〜!」
「ホントだ、うめぇ」
俊も弾んだ声を上げる。
昼、いったいどんなカレーを食べたんだろうという疑問が四人の頭によぎるが、口にはしないであげることにする。
「炒飯もすっげ美味いよ、レタスって合うんだな」
とは、忍。亮も頷く。
「すごく美味しいですね」
「おおー、亮からすごくという発言が!これは食せねば」
麗花も炒飯をかきこんでみる。笑顔がますます大きくなる。
須于も、笑顔でカップを手にしている。
「スープのお代わりって、あるの?」
「ええ、ありますよ」
「そうか」
ジョーが、それを聞いて口元に嬉しそうな笑みを浮かべている。どうやら、気に入ったらしい。
六人とも、今日は食欲旺盛だ。
いつもはそう食事の量が増減しないジョーまでが多く食べているし、少食過ぎると言っても過言ではない亮もいつもよりは食べているようで。
食器洗いまで、皆で終えてから、またお茶タイムになる。
「皆で食事作るの、楽しいねぇ」
麗花の言葉に、反対意見はない。少々控えめに須于が提案する。
「じゃ、たまには皆でやってみる?」
「いいね、そうしようぜ」
忍がすぐに賛成する。
「ああ、かまわないが」
珍しく、ジョーも頷いてくれる。元々、手伝っていたというだけあって、手際は悪くない。
「ご教授いただけるようでしたら」
殊勝な発言は俊だ。
「はい、私もー」
と、麗花も続く。
「なにがいいかしら?」
須于がはやから首を傾げている。亮が、にこり、と笑う。
「パンを焼くのも、いいかもしれませんね」
「そうね、力あるのが三人もいるんだもの」
言われて、思わず男性陣が顔を見合わせる。麗花は笑顔になる。
「いろんなカタチつくるんだよね、面白そう」
「じゃ、次はパンだな」
「カレーパンも作らないと、俊がヒネるよ」
「おうよ、当然」
開き直って胸をはる俊に、皆、笑い出してしまう。
「私ねー、カメのカタチしたパンみたことあるよー」
「カニなら知ってる」
「コロネもいいわよね」
「ツナマヨ〜」
それぞれ好き勝手なパンが上がっている。
いつの間にか、雨は小降りになっているのだが、それにすら気付いていない。
しばらく話は尽きなさそうだ。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □