[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜16th  軍隊+警察+医者=〜

■phantasm・1■



らいんだよ



亮は、仲文の机に腰掛けながら、メモリーカードを置く。
「頼まれていたデータです」
「助かるよ」
向かっていたモニターから、視線だけ寄越して仲文が軽く頭を下げる。
「それから、コレ」
なにやら大きなモノの気配に、顔ごとこちらを向く。
「なんだこりゃ?」
リボンなぞかかっていたりする外見からして、プレゼントと称されるモノであることは、仲文にも容易にわかる。
問題は、なぜにプレゼントが登場したか、だ。
「誕生日までには、まだ三ヶ月ある気がしてるんだが?」
今年で大台であったりするので、微妙に気になっているらしい発言だ。
「気のせいでなく、きちんと三ヶ月ありますよ」
にこり、と亮は微笑む。
「それは、父の日のです」
「相手違ってるじゃん」
「そういった立場の人に感謝する日なのだそうですよ、麗花たちの説によれば」
「ほう、すると、俺は育ての父だと?」
微妙に不満そうなのは、やはり年齢の問題のようだ。こういうのは、過ぎてしまえばいいが、過ぎるまでは暴れたいモノなのであるらしい。
「育てのお兄さんくらいで手を打ちましょう」
仲文が微妙にこだわってることに、正確に気付いている発言だ。
言われて、苦笑が浮かぶ。
「俺は、感謝されるようなことは何もしてないが」
「お世話になったと感じるかどうかの問題ですから」
なぜか、仲文の表情は機嫌が良く無さそうなままだ。
「いままで、実の父にもやったことないクセに」
「そうですね、今年は贈りますよ」
相変わらず、笑みを浮かべたまま、亮はさらりと言う。
「モノを贈ったからといってお礼にはなりませんが、意識はしてるんだな、くらいにはなるでしょう」
「亮」
自分の言うコトだけ言って立ち去ろうとした亮に、仲文の声が追いつく。
くるり、と振り返った顔は、相変わらず笑みが浮かんでいる。
仲文の細い目が、さらに細まる。
「これは、ありがたく受け取っとくけどな」
ぽん、とプレゼントを指す。
「でも、感謝されるなら、きちんとやることやった時がいい」
亮の笑みが、かすかに大きくなる。
「本当に目的とすべきことを、見誤らないでいただけるなら」
それだけ言うと、歩き出す。
仲文の診療室を出た亮の顔の笑みが、苦笑へと取って代わる。
「やはり、怒られましたね」
珍しく、ぽつり、と独り言を漏らす。
が、すぐに表情は消えて、いつもの無表情へと変わる。さらり、と髪が揺れて、歩きだす。

駐車場に降りて、キーを取り出したところで、聞き覚えのある声に振り返る。
「亮」
珍しく困り顔の忍が、亮が口を開く前に車を指す。
「いい所で会った、帰るんだよな?」
「はい……?」
「じゃ、乗せてくれ」
早口に言って、ドアを指す。
話は全く見えないが、急いでいることだけはわかったので、亮は言われるがままにキーを開ける。
いつもなら、軽くエンジンを温めるところだが、すぐに発車する。
駐車場を出て、外の景色が見えて、やっと忍は安心したように軽くため息をつく。
抱えていた荷物を足元へと押しやってから、にやり、と照れくさそうに笑う。
「悪い、助かったよ」
亮は軽く首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「俺にも天敵がいてさ」
頭痛のポーズである。
「車イスで駐車場まで追いかけてきたお嬢さんが、ですか?」
「あ、気付いてた?」
「どこを気にしているのかは、わかりましたから」
忍の視線の先がどこにあるのか、気付いていたようだ。亮だから当然、とも言えるが。
「はは、ま、後から怒られるだろうけどな」
苦笑気味に忍は肩をすくめる。
「逃げる以外に帰る方法がなかったんだよ」
「あのお嬢さん、先天性ではないですね」
軽く首を傾げたまま、亮が言う。
車椅子で追いかけてきた人物のことだ。忍は、ちょっと目を見開く。
「よくわかるな、そんなこと」
「目に見える怪我ではなかったですし、顔色から考えて内蔵疾患などの病気ではありません、そして仲文のカルテには名前がない方です」
イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「よく見てるな、瞬間だっただろ」
「エレベータの中は明るいですから」
忍は、感心と不思議のあいのこのような顔つきだ。
「で、仲文のカルテにないってことは、どうなるわけだ?」
「最近の怪我ではなくて、内蔵疾患でもない、ということは、長期的に車椅子を使用しなくてはならない状況ということです」
「うん、そこまで当たり」
「と、すると考えられるのは、先天性の要因か、過去の事故かの二択になります……もし先天性要因ならば、必ず仲文がチェック入れるはずです」
「そっか、外科部長で病理部部長もしてるんだったよな」
頷いてみせてから、亮は付け加えて説明する。
「国立病院は、あれで患者の多いところなので、外科部長は二人いるんですよ、病気関連担当が仲文で、事故関係を担当しているのが畝野さんという方です」
「へぇ、そうなんだ」
言われてみれば、納得も出来る。あれだけ大規模な病院で、しかも患者数は半端ではない。そのくらいしなくては、機能しないのだろう。
もうヒトツ付け加えるならば、亮は仲文が管理しているカルテを全て把握しているということにもなるが。飛び抜けた記憶力は、こんなところにも使われているらしい。
「なるほど、で、後天的、しかも事故と思ったわけか」
と、頷いてから、ため息混じりに言う。
「まぁ、アイツもアイツで大変は大変なんだけどな」
にゅう、と軽く伸びをする。
「休みで戻ってるって知られたら、絶対呼び出されるとは思ってたけど……にしても強烈だった……」
この週末は、小夜子の結婚式だったのだ。一年前の宣言通り、野島製紙社長の野島正和とめでたくゴールインした。
で、その日は実家に帰って、一人ぼっちになってしまった父、一真と一緒に過ごしたわけだ。
その帰りがけに、車椅子の彼女のところへ呼び出しを食らったということらしい。
本当に参ったような顔つきをしている。
「お疲れサマでした」
「ホント、お疲れー」
よれた声に、思わず亮は吹き出してしまう。
「では、今晩は忍の好きなメニューにしましょうか」
「お、ホント?」
いくらか元気が出たようだ。
「なににしようかな」
「だから、買い出し付き合ってくださいね」
言われて、思わず忍も笑ってしまう。
「そりゃ、助けてもらったんだし、好きなモノ作ってもらえるんだし、荷物持ちくらい、いくらでもさせていただきますよ」

というわけで、スーパーで買い出しである。
亮が、メモを見ながら、忍が押しているカートへと入れていく。
「エビチリだけでいいんですか?」
軽く首を傾げる。
「麻婆豆腐も一緒で構いませんよ?」
忍は、辛いモノが好きなのだ。しかも、かなりの辛さでも大丈夫だったりする。
「うーん、俊と須于は辛いのばっかはツライだろ」
「ようするに、中華にしてしまえばいいわけですよね、チンゲンサイとタケノコの塩味炒めと、卵スープ、あとは前菜風の盛り合わせでどうでしょう?」
「って、出来るわけ?」
「出来ないモノを言っても仕方ないですよ?」
亮の首の角度が、心なしか大きくなる。
ホントに、なんでも出来てしまうのだな、と改めて思ってしまう。
「確かにな、では本日は中華でお願いします」
ぺこり、と頭を下げてみせてから、にこり、と笑う。
「かしこまりました」
亮も、にこり、と笑い返す。
「お手伝いさせていただきますので」
「それはそれは」
などと言ってるところへ、亮の携帯に着信のようだ。
「はい」
すぐ出た亮の顔が、少々驚いた顔つきになる。
「え?……はい、わかりました、すぐに」
そのテの返事とくれば、仕事だ。忍の顔つきも真顔になる。
「一応、転送してください」
不思議な一言と共に、亮は携帯を切る。
真顔に怪訝さを加えて、忍は首を傾げる。
「仕事じゃないのか?」
「いえ、忍に、お父さんから、出来るだけ早くに連絡欲しいとの連絡が入ったそうです」
と、着信したメールを開けて見せながら告げる。
「ここが、会社の連絡先だそうです」
忍も、少々眼を見開きながら自分の携帯を取り出す。
「親父が会社からって……まさか……」
番号を押しているうちに思い当たったようだ。どこか、澱んだ表情になりつつも、発信する。
「速瀬と申しますが、お世話になっております。……お忙しいところ申し訳ないのですが、父をお願いしたいいたします」
亮は、少々不思議そうだ。去年の事件以来、忍と父親の関係はずいぶんと修復されていたように見えたのに、随分と冴えない表情をしているからだ。
どうやら、一真が電話に出たらしい。
「あ、親父?もしかして……」
予感的中であったらしい。がくーと肩が落ちる。
「あー、やっぱり……悪い、どうしようもなくて、逃げた」
どうやら、先ほどの出来事が話題になっているようだ。忍が逃げてきた天敵は病院のはずで、なぜ会社にいる一真から連絡がくるのかが、わからない。
「え?一人で行ったけど?」
忍も、不思議そうな表情になる。
「駐車場?……ああ」
ちら、と視線がこちらを向く。自分のことらしいとわかり、亮には、ますます話が見えない。
「亮がいたから、一緒に来たよ――そう、去年会っただろ?―――違うって、そんなじゃないって―――ひとまず、仕事の邪魔になるようなことになったのは謝るよ」
ヒトツ、ため息。
「ああ、どうにかなるかはわからないけど……」
ますます、忍の表情が澱んでくる。
「ああ、じゃあ―――俺は大丈夫だって、親父も無理すんなよ」
微かに苦笑を浮かべると、携帯を切る。後ろポケットに突っ込んでいる間に苦笑はかききえて、どよよーんとなったままになる。
「どうしたんです?先ほど逃げてきたのが、なにか……?」
そのあたりが問題なのだということは、亮にも察しがつく。が、こんなに澱んだ忍は、初めて見る。
「ああ、まぁな……ひとまずは……ひとまずは」
がばり、とうつむきかけになっていた顔を上げる。
「うまい飯食って、元気つけて、それからだ」
握りこぶしがついていたりする。気合いが必要らしい。
それと、少なくとも今日は引き返す元気はないらしい。
亮は、くすり、と笑う。
「デザートもリクエスト受けたまわりましょうか?」
「涙出るほど嬉しいー」
本当に、車椅子の彼女は忍の天敵であるらしい。
忍にここまでの反応をさせるなんて、かなりのツワモノだ、と亮はそっと思いつつ尋ねる。
「やはり、中華風がいいですか?杏仁豆腐とか、マンゴープリンとか?」
「魅惑の響きだな、ソレ」
いくらか元気を取り戻したらしい。
二人の買い物は続く。


らいんだよ


[ Back | Index | Next ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □