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夏の夜のLabyrinth
〜16th  軍隊+警察+医者=〜

■phantasm・2■



らいんだよ



麗花と須于は、忍の帰りを待ちわびていたらしい。
さっそく、お茶の時間と称して居間へと集合である。
今日は、プリラード在住の世界的な女優でジョーの母親でもあるキャロライン・カペスローズが送ってくれたアップルパイと、ジョーのいれたコーヒー。
申し分のないお茶の時間だ。
でもって、正和と小夜子の結婚式話をじっくり聞こうということらしい。
「ででで?どうだったの?!」
麗花が、待ちきれないようにカップを手にして尋ねる。
「ああ、なんていうか……普通の式だったよ?」
それはそうだろう、今回は花嫁が逃げるわけではない。
「小夜子さん、キレイだった?!」
「それ、俺に聞かれても困るんだけど」
確かに、弟が答えるには難しい質問である。そういう視点で見ていない。
むう、と麗花が頬を膨らませる。
「もっとさー、こうさー、新郎新婦がすっごい幸せそうだったとか、せめて料理が美味しかったとか、そういう報告はないわけ?」
「男にそういうこと聞く方が間違ってるっての」
忍が、げそーとした顔つきで切り返す。
確かに忍が言うとおりだが、俊やジョーならともかく、忍がここまでげっそりしてるのも珍しい。
基本的に、忍は案外細かいことに気のつく性質だ。
須于が、首を傾げる。
「なにか、あったの?」
「え?」
奇妙な笑みが忍の顔に浮かぶ。間違いなく、なにやら無理して作っている表情だ。
それを見て、俊が珍しく、ぴん、ときたらしい。
「あ、もしかして……」
「ちょーっと待って!」
麗花が手を上げて、ストップをかける。
「その話題に移る前に、ヒトツだけ質問させてッ!」
「どうぞ」
ものすごーい気合いに、俊が、手を差し出して譲る。
「忍父は、泣いた?」
その質問に、ジョーと俊も興味をそそられたらしい。皆が少々乗り出し気味に忍を見る。
忍は、思わず苦笑する。
「ああ、大泣きはなかったけど、なんかちょっと潤んでたよ」
「おおー、花嫁の父!」
なぜか、拍手が沸き起こったりしている。
それを、ぱん、と締めて。
「で、忍はどうしたの?」
と、首を傾げながら、麗花は俊の方を見る。先ほど、何か言いかかっていたのを遮った。続きを、というわけだ。
「ああ、もしかしてさ、来てたんじゃないのか?」
「いや、来てはないけど……休み取って戻ったのはワレた」
「そっか、久美子さん呼ばないわけにはいかないもんな」
同情の表情が俊の顔に浮かぶが、周囲には話が見えない。
「誰よ、久美子さんて」
当然の質問を、麗花が発する。
「ああ、忍のイトコで、小夜子さんと同い年」
「おお、イトコ!」
親戚関係がいない連中ぞろいなので、新鮮な響きである。
「父方?母方?」
須于が軽く首を傾げる。
「親父の弟がムコ養子に行ったとこのだよ、同じ年だから、姉貴と久美子さんは仲いいんだ」
「その久美子さんに、問題でもあるのか?」
ジョーの質問に、忍は首を横に振る。
「いや、久美子さんには問題ないよ」
「その、妹だよなぁ」
俊の顔に苦笑が浮かぶ。亮が、ぽつり、と口を挟む。
「あの車椅子の方が、久美子さんの妹さんですね」
「亮、知ってるの?」
麗花が、驚いて尋ねる。俊も、驚いたようだ。
「会ったのか?」
「会ったというよりも、見かけたという方が正しいですね。もっと正確には、忍を追いかけてきたのを振り切りがてら、ですが」
ますます、俊は不思議そうだ。
忍が、解説する。
「転院したんだよ、国立病院に」
なるほど、確かに国立病院なら、亮もよく出入りしているから見かけてもおかしくはない。
「そうだったんだ」
俊は納得したようだが、麗花たちには謎が深まっただけだ。
「忍は、その妹さんから逃げてきたわけ?」
にやーり、と嫌な笑顔を俊が浮かべる。
「その妹、香織ちゃんってんだけど、スペシャル忍フリークなんだよ」
「しかも、天下無類のワガママ……」
ぼそり、と忍が言う。
忍が言うのだから、相当だ。思わず、須于が苦笑する。
「忍は、優しいもの」
「そんなことないけどな、今までは離れてたからなぁ」
ぼやくように言う忍の、空いたカップにジョーが無言でお代わりをいれてやる。
俊が、ぽんぽんと肩を叩く。
「国立病院に来たってことは、やっとその気になったってことだろ?」
「そう思うか?」
どこか恨みがましい目で見られて、はた、とする。
「あ、そっか、今日もいつもと同じだったのか」
「……順序だてて説明しろ、なんで病院にいるんだ」
ぼそり、と口を挟んだのはジョーだ。
誰のことが問題になっているかはわかったし、嫌に忍に執心してるらしいのもわかったが、肝心のことがわからない。
「事故に巻き込まれてさ、歩けないんだ」
「事故?」
「っていうか、事件だな」
忍が、軽く肩をすくめる。須于が、微かに眉をひそめる。
「事件に……」
「歩けなくなるって、交通事故とか?」
麗花が首を傾げる。忍は、首を横に振る。
「いや、もっと厄介なモノだよ」
「……銃か」
ジョーが、先ほどよりも更に、ぼそり、と言う。忍の顔に、苦笑が浮かぶ。
「ご名答」
「六年前にあっただろ、裏組織の仲間割れ現場に居合わせちゃった一般人が、事件に巻き込まれたってヤツ」
その事件は、ジョーも知っているらしい。基本的にニュースには関心が高い方だが、銃に関することには特に気をつけているフシがある。
「あれか」
「あれですか」
どうやら、亮も知っているようだ。
「亮も知ってるのね」
皆が知っているらしいので、須于が少々驚いたように首を傾げる。一般人が巻き込まれた、となれば須于の目にも止まるはずだ。
「巻き込まれたことは大々的には報道されていませんから、というよりも、報道は出来ないんですよ」
「どうして、報道できないことをジョーが知ってるわけ?」
忍が知っているのは、わかる。忍にご執心のお嬢さんが巻き込まれてるのだから。忍が、俊に話したのも不思議はない。俊は、言ってはならないことを漏らすような人間ではない。
亮が知っているのは、当然といえば当然だろう。総司令官は警視総監も兼ねている。このテの厄介な雰囲気のは、特に情報が入るはずだ。
が、ジョーは、さてな、というように首を傾げたのみだ。
軽く頬を膨らませつつ、麗花は忍へと視線を向け直す。
「んで、どうして報道出来なかったの?」
麗花の問いに、忍の顔には奇妙な笑みが浮かぶ。
「事件の証拠を、握ってるから」
「証拠……?まさか……」
「そ、香織が歩けない原因は、体の中で止まったままの拳銃の弾丸のせいなんだよ」
思わず須于は、口元を手で抑える。ジョーも、軽く眉を寄せる。
「神経を変に圧迫してて、痛みの方は薬で抑えられるけど、歩けない」
なるほど、証拠を握ってると知れたら、裏組織の人間に狙われる可能性が高い。だから、巻き込まれた人間がいることは秘されたのだ。
「手術とか、出来ないの?」
麗花が、真面目な顔つきになって問う。
あっさりと、忍は返事を返す。
「出来るよ、難しいらしいけどな」
「ほえ?」
「じゃあ、なんで……?」
忍は、盛大なため息をヒトツ吐く。俊が、耐え切れなくなったらしく、くっと押し殺した笑いを漏らす。
「手術出来ないんじゃなくて、したがらないんだよ」
「それって、難しいのだから?」
「成功確率が低いのか?」
麗花に続いて、ジョーも首を傾げる。
「っていうか、それを理由に、条件がヒトツあるんだよな」
俊が、相変わらず笑いを噛み殺しきれない表情で言う。
スペシャル忍フリークで、条件、と来たら。ひく、と少々麗花の顔がひきつる。
「むっちゃくちゃベタだけど、忍が付き合ってくれたら手術する、とか?」
「甘いなぁ、お嬢さん」
ちっちっ、と俊が指を振る。もう、可笑しいのを我慢していない顔だ。
「付き合う、じゃなくて……」
「まさかと思うけど……結婚?」
「……大当たり」
地を這うような声での、正解宣言。憐れである。
手術を楯に取られたら、忍も強くは言えない。敵も考えたモノだというか、なんというか。
須于が、恐る恐る提案してみる。
「それって……手術が上手くいったら、とかいう条件にするわけにはいかないの?」
もちろん、手術後、破棄するわけだが。
忍と俊が、どちらからともなく顔を見合わせる。
さすがに、亮までもが苦笑する。
「なるほど、香織さんもそれはわかってるんですね?結婚は、手術の前が条件なのでしょう」
「…………」
大当たり、であるらしい。
「それは、なんていうか……」
珍しく、麗花は笑い出さない。須于も、同情しきりの表情である。
「いかんともし難いわね」
「はは、全くもって、おっしゃる通り、いかんともしがてぇよ、マジで」
後半、やり場のない怒りがこもってるようにも聞こえくる声だ。ジョーは、想像を絶してしまったのか、奇妙な表情のまま黙り込んでいる。
「でもさ、警察もよく我慢してるよね」
麗花が、不思議そうに首を傾げる。
「殺人の証拠品の弾、取り出させてくれないって状態なわけでしょ?」
「そりゃ、やっぱり難しい手術だっていうのを、強引にやらせるわけにもいかないんだろ」
「難しい、と言ったのは……?」
亮が尋ねる。
「なんだか、『Aqua』でも権威のって医者だよな?」
「ああ、きっと亮が言ってた畝野さんじゃないかな」
「畝野さん?」
またも加わった新しい名に、須于が不思議そうな顔つきになる。亮が引き取る。
「国立病院の外科部長の一人で、事故、法医を担当している方です。法医の腕は『Aqua』でも最高と言われていますね」
「へぇ、スゴイ人なんだねぇ」
「外科部長ってもう一人いるわけ?」
俊は、亮の台詞を正確に聞いていたようだ。
「ええ、病理部長兼で、仲文が」
あっさりと亮は答えるが、聞いたことのなかった四人はびっくりだ。
「ホント?!」
「だって、かなり若いよね?」
腕の立つ外科医だ、とは知っていたけれど。
「年零は、そう問題ではないですよ。それにかなりスキップもしてますし、キャリアは長いですから」
「はぁ、なるほど」
道理で、なにかと便宜をはかってくれてたわけだ。遊撃隊協力者だ、というのも、改めて理解出来る。
それはそうとして、いまは香織の話をしてる途中だ。
「じゃ、その『Aqua』の権威が手術は難しいって言ったんだ?」
「そういうこと」
それは、大変難しい手術です、というお墨付きをもらったようなモノだ。香織がゴネたくなる気持ちも、わからないではない。
ゴネる方向が、なんとも迷惑なだけで。
「その手術って、畝野さんクラスの人が執刀しなきゃいけないってくらいなんだよね、きっと」
「だろうなぁ、詳しくは知らないけど」
忍も、そのあたりの詳細を知るわけではないらしい。
「いままで別の病院にいて、国立病院に来た理由の一端は、やっぱり少しは手術受ける気になったんじゃないのかしら?」
先ほど、同じことを俊が言って、忍が否定したのはわかっているが、それ以外に説明がつかないと思ったのだろう、須于が首を傾げつつも言う。
「そうじゃないと思う」
と、またも、くらーい表情に戻った忍が言う。俊も頷いた。
「うん、俺もそう思う……さっきのは、浅はかな発言だった」
「……まさか、これもベタな理由ってこと?」
麗花が、少々怖いモノを見た表情になりつつ尋ねる。
こくり、と頷いたのは、二人同時だ。
「絶対、兵役義務について会えなくなった忍に、出来るだけ近い場所に来たかっただけだと思う」
「現に、休みに捕まったしな」
恐るべしパワーである。
もちろん、周囲も手術可能な場所にいてくれた方が望ましいのだけれど。
「あ、そうだ」
忍は、後回しにしたコトを思い出す。
「亮、悪いんだけど、明日、国立病院付き合ってくれ」
「構いませんが、もしかして、先ほどの件ですか?」
「うん、そう」
俊は、なんとなく理解出来たようだ。
「あー、またハルマゲドン投下なわけな」
「ハルマゲドン?」
「忍が逃げた時、亮と一緒だっただろ?」
亮が香織を見ているのだから、それしか考えられない。麗花たちは、こくり、と頷く。
「香織ちゃんは、超スペシャル忍フリークで、絶対忍と結婚するッって思ってるわけよ」
言いながら、亮へと視線を向ける。
「あら……」
「スペシャルに勘違い」
「迷惑な」
思わず、ジョーまでもが口にしてしまっている。
「……ああ、そういうことだったんですね」
やっと、亮にも理解出来たらしい。
ようするに、香織嬢は亮を、忍の彼女と勘違いなされているワケだ。
「俺一人でどうにかする気ではいるけど、暴走しだすとどうにもならんかもしれない」
当人の口から否定するのが、最も手っ取り早い、というわけだ。
「いいですよ」
亮は、苦笑気味ではあるが、頷く。
「がんばれよ」
「そうそう、ウソつくわけじゃないんだから」
「ちゃんと説明すれば、きっとわかってくれるとは思うけど」
「健闘、してくれ」
口々に元気付けてしまう面々である。忍も、思わず呟く。
「すっげー、身に染みる」


らいんだよ


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