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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・12■



感情の波が去った後の佐々木は、国会で老獪な議員を相手に舌鋒鋭く渡り合うことの出来るだけの切れ者らしく、無駄なく自分が何をしたのかを語り始める。
罪は十分承知の上で、父の名誉を回復できるのならば己の身はどうでもいい、という潔さが話し振りからうかがえる。
父の問われた罪のせいで母も亡くなり、施設へと入れられ、さらに別れ別れに引き取られた妹、綾乃は犯罪者にしたくない、という兄らしい気遣いも。
その綾乃も、血の繋がらぬ兄弟である亨が、自分から裏通りで姉の為に情報を得ようとしていた。
二人の人柄は、それで知れる。
佐々木は、落ち着いた口調で続ける。
「天宮総司令官を狙うよう……」
「私は夏風邪をひいてねぇ、早めに総司令部にひけたから、その作戦は無駄だったようだよ」
健太郎がぬけぬけとした口調で言う。
虚をつかれた顔つきになった佐々木は、すぐになにが言いたいのか察したらしい。
「この罪を問わぬつもりですか?」
「まさか、風邪の細菌を持ってきたというわけにもいかないだろう?」
肩をすくめてみせる。
それから、亮へと視線をやる。
「そうそう、私に手出しをしようとかいう甘い考えの、どっかの組織があったな、アレ、どうなったんだっけな?」
「アレは、別組織が事前に計画を知って押さえに動いています。明け方までには、全員逮捕されているでしょう」
亮が、にこり、と微笑む。
白鳥香奈率いる『第2遊撃隊』が、遊撃隊復活の知らせと同時に動き始めたに違いない。昨日今日で、すでに情報は十分揃っていたのだろう。
「誘いが囮とも気付かずに、まともに動こうとするとは愚かな組織もあったものです」
「そりゃ、誘いかけた方が巧みだった、とも言えるかもな」
忍が、軽く付け加える。佐々木が口を開く前に、麗花が封じてしまう。
「まぁともかく、バカ組織だったわけね」
佐々木は、素直に礼を言うべきかどうか、少々迷っているようだ。
あまりにも、優遇されすぎている、と感じ始めているらしい。
最初、この部屋に踏み込んだときは、完全に『Labyrinth』と健太郎にしてやられた、と思っていた。が、どうやら、そうではなく、ハメられたどころか、最も情報が漏れにくい状態で事件を解決して、隠蔽してしまうつもりのようだ、と理解するよりほかない。
しかも、父の名誉回復という、悲願まで、叶えた上で。
出来すぎている、という感覚に間違いはあるまい。
佐々木が口を開かないので、少々心配そうに、綾乃が佐々木と健太郎を見比べている。
沈黙があまりに長いので、綾乃はとうとう、口を開く。
「兄さん……」
「天宮総司令官、これは私にとっては、随分と大きなカリになりそうですが?」
綾乃を目で制して、静かに問う。
健太郎は、にこり、と微笑む。
「君はもう、充分に政治には精通している。次は、軍事を学んでおくことをオススメするね」
この台詞の意味が、わからない佐々木ではない。
健太郎は、佐々木を次期総司令官に指名したのだ。
「私が……?」
「私の仕事は、『Aqua』全土を押さえ込んでしてのける、そこまでだ。その後を引き受けられる、賢い人間が必要なんだよ」
ようするに、健太郎は実権力を総司令官に握ったまま、退くと言っているのだ。健太郎の言う賢い人間、とは、もちろん、佐々木が危惧したような間違いを犯さない人間のこと。
「君なら、間違いがどんな悲劇を引き起こすか身に染みて知っているし、混乱きたすことなく集中させた権力を分散させることが出来る」
「否の選択肢は、残っていないようですね」
にこり、と佐々木は微笑んでみせる。
「わかりました。貴方の期待に応えられるよう、準備しておきます。人心収攬なら、得意な方ですし」
健太郎の言葉裏にあるものまで、読んだのだとわかったのだろう。健太郎もにこり、と破願する。
「期待しているよ」
「可能な限りは、協力させていただきます」
「では、お互い、明日もある身ということで」
「はい、失礼します」
佐々木は、綾乃と頭を下げると、総司令官室を後にする。
健太郎は、明日も、と言ったが、ニセ『Labyrinth』が佐々木の自宅に行った時点で、すでに二十三時を回っていたのだ。
窓の外に見える景色は、うっすらと色づいてきている。夜が明けようとしているのだ。
七人だけになってから、改めて俊が問う。
「で、最初からわかってたって?」
亮は、にこり、と微笑む。
「佐々木さんが父を狙っているのは事前にわかりましたが、権力集中を危惧しているだけというのは、納得しがたいモノでした」
腑に落ちないだけに、少々前準備が甘くなった、とも言えるのかもしれない。
その点で責めたところで、すでにコトは終わってしまっているし、亮も健太郎も悪いとは思っていないのはわかっている。
必要だと判断すれば、己を的にするくらいは平気でやってのけて、なんとも思っていない。
それよりも、だ。
「どうして、須于の写真でわかったんだ?」
忍の問いに、亮は軽く肩をすくめる。
「佐々木さんと秘書の奥村さんと、全く同じ色の瞳、兄妹だと、画像を処理していて気付いたんです。なのに、どちらも独身で、両親が離婚したという話もないのに、育ちも苗字も異なります」
「その手のことなら、とっくにマスコミがかぎつけるはず、か。知られないのは」
「施設から引き取られた時」
俊の台詞を、ジョーが引き取る。
「施設に引き取られる理由は、親に捨てられた時だけとは限りません」
「なんらかの事故で両親を失ったときも、ね」
須于が、そっと言う。
「引き取られるときに、兄弟が一緒とは限らないわ」
幼くして、過酷な事件で両親を失い、バラバラに引き取られても、晃と綾乃は実の両親のことも、互いのことも忘れはしなかった。
二度と、父親のような不幸な人間が出ないように。
最も汚職が起こりやすい、政治の世界へと身を投じたのだ。少しでも、変えていくことが出来るように。
並の努力では、三十そこそこで、国民からの信頼も厚く実力を伴った議員になどはなれない。
そんな彼らにとっては、総司令官の権力集中は自分たちの悪夢を思い出させる、最悪のモノとして映ったに違いない。
Le ciel noirをも抑えたことで、佐々木は、国民に総司令官の権力集中の危険性を説くことを決意したのだろう。
世論を動かせば、健太郎も気付くと踏んだに違いない。
もちろん、それだけでなく、実際的に総司令官の権力が必要なくなるよう、旧文明産物の抹消を考えた。
事情さえ通じれば、佐々木はわからない人間ではない、と健太郎と亮は踏んだのだ。
だからこそ、わざわざ二人の父である鵜野副総司令官の汚名返上の証拠まで、入手してきたのだろう。
ジョーが、最大の疑問を口にする。
「で、あの木村氏の日記はどっから手に入れたんだ?」
麗花も、首を傾げる。
「そうだよね、須于の写真が来たの、直前だったよね?」
「麗花に、手紙を言付けたでしょう?」
「うん、モスコーミュールのマスター宛のね」
その台詞に反応したのは、俊とジョー。
「あ!」
「……木村」
「なに、木村って、あのとんでもない総司令官?」
怪訝そうに麗花が首を傾げるが、須于は思い当たったようだ。
「もしかして、あのマスターが木村さん?」
「そう、木村克也、あの総司令官の息子さんです」
動機に気付いて、麗花が裏通りに行く為に着替えている間に、どうやらそこまで調べ上げてしまったらしい。
「さっすが亮」
としか、言葉が出てこない。
「なるほど、で、一件落着なわけな」
ゆっくりと明るさを増していく窓の外へと視線をやりながら、忍が言う。
「今日の総司令官は、午後出勤らしいねぇ?」
と、振り返る。
須于が、いの一番に大きく頷く。
「当然よ、風邪はひき終わりと油断すると、すぐぶり返すわ」
「そうそう、それじゃなくても夏風邪は長引くしねぇ」
麗花も、うんうん、と納得したように頷いている。健太郎が言葉を挟む間もあらばこそ、ジョーも眉を寄せる。
「黙っていても、子供は親の背中を見ているものだな」
「俺も、ものごっつー納得しちゃったよ、誰かさんがいつも無理ばっかして、こっちは気が気じゃないんだよね」
と、俊がトドメ。
健太郎と亮は、どちらからともなく、顔を見合わせる。
「抜糸してないけれど復帰する点については、見逃してくれるそうですよ」
「ったく、最初は一週間のはずが、数日に減って、挙句に二日?」
忍が、とうとうあからさまに不機嫌な表情を向ける。
「ホントに、いま総司令官が欠けたらヤバいっていう自覚、あるんですかねぇ?」
「……今日は午後出勤で、残業無しとさせていただきます」
じろり、と俊も細まった視線を向ける。健太郎は、微妙にため息が混じった口調で付け加える。
「財閥の方の仕事も含めて」
「よろしい」
麗花が鷹揚に頷いてみせる。
「参りました」
降参のポーズをしてみせてから、健太郎は、にこり、と笑う。
「抜糸するまでは、残業無しにするよ、心配かけたってのの取替えしにはならないけど」
「そうして下さい」
にこり、と須于が、やっと笑顔を浮かべる。
俊が、やれやれといった風に、肩をすくめる。
「そうそ、刺されたって聞いたときにゃ、マジで血の気ひいたぜ」
「わかった、ケガ直ったら、美味いモノおごるから」
というわけで、美味しい食事という報酬を予約して、解散ということになる。
このまま先に出ると、まだちょっと後始末とかと午後出勤をうやむやにしそうな健太郎なので、総司令官室を閉じて、一緒に降りて、外まで出て、やっと開放してあげる。
そこまでやられたら、大人しく家に帰るしかないと、健太郎も本気で諦めたらしい。
「ちゃんと、家帰って、寝て下さいねぇ」
麗花が大きく手を振っているのに、軽く笑みを浮かべてから、
「おやすみ」
と挨拶して、軽く手を振る。
忍たちも、手を振り返す。
なんとなく、健太郎が天宮の屋敷の方へと消えていくのを確認してから、忍たちはやっと、家への道を歩き始める。
亮の口元が、微かに緩んでいるのを見て、忍が首を傾げる。
「いえ、信用されてないな、と思いまして」
「だーって、亮のお父さんだもんね」
と、麗花。須于も頷く。
「必要だからっていう一言で、全部片付けそうで不安なのよね」
「俊もそういうとこ、あるけどな」
ぼそり、と忍。付き合いが長いので、性格はよく知っているのだ。
俊が、いきなり自分にふられて、あせった声を上げる。
「待て、人のこと言えるかよ」
「亮ほどではないだろう」
ジョーが、ぽつり。亮は、肩をすくめる。
「すみません」
「謝るだけじゃなくて、気をつけること」
ち、ち、と麗花が指を振ってみせる。
少し、無言で歩いてから。
「これで、リスティア国内も抑えたな」
俊が、ぽつり、と口を開く。
麗花も、先ほどまでとは打って変わった静かな口調で、伝言を告げる。
「雪華が、協力は惜しまないって」
アファルイオ、プリラード、ルシュテット、大国といわれる国全てと、裏組織と、リスティア国内。『Aqua』全土を抑えた、と言って差し支えない。
それも、政治経済全ての権力を総司令官一人の手に握って。
事件でもないのに、亮が総司令部に通い続けている、ということと考え合わせたら。
忍は、『緋闇石』以上のなにかがあるのだ、と知っている。
亮自身の口から、聞いたことだ。
それを、皆に告げなかったのは、不必要に不安にさせたくなかったからだということも。
だが、皆、ここまで知ってしまった。
『Aqua』をそれほどまでに押さえ込まなくてはならない状況なのだ、ということを。
それから、押さえ込む際には、必ず『Labyrinth』を切り札にしている、ということも。
ビルを赤く染め始めた朝日へと視線をやりながら、亮は静かに口を開く。
「どんなに地球に似ていたとしても、ここは人工の星です」
それから、視線を、自分の立つ大地へと下ろす。
「機械仕掛けの星なんですよ」
言われて、背筋がぞくり、とする。
亮の口調が、意味するものがわかったから。
地球の数倍の大きさを誇ろうが、所詮は、人が作り上げたオモチャ。
そう思ったら、ここにあるモノ全てが、砂楼の城郭のような気がして。
触れたら、簡単にさらさらと崩れてしまうような錯覚に襲われる。
立ち止まってしまった五人の方へと、亮は振り返る。
「でも、まだ壊すわけには行きません。人が生きる場所は、ココしかないですから」
まっすぐな、瞳。
迷いも、自信の無さも、欠片もない。
にこり、と忍が笑う。
俊は、こくり、と頷く。
麗花は満面の笑みを浮かべてみせる。
ジョーは、口の端に笑みを浮かべる。
須于も、ゆるやかに微笑む。
亮が、六人でしてのけるつもりなら、やるだけだ。
それが、最善なのだから。
亮も、にこり、と微笑む。
また、朝日の方へと視線をやりながら、ぽつり、と呟くように言う。
「地球は、どこにあるのでしょうか」
ぽん、と忍が亮の肩を抱き寄せるように叩く。
「さぁな、亮が必要だと思うなら、探すだけだ」
もう一度、六人で顔を見合わせて、笑って。
そして、歩き出す。



〜fin〜


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