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夏の夜のLabyrinth
〜17th  たまにはoutsider〜

■cocktail・11■



夜の総司令部は、ひっそりとしている。
もちろん、常に他国からの情報を管理している人間はいるが、それ以外は警備員すらいないからだ。
だからといってセキュリティのクオリティが落ちているわけではない。比較するのなら、昼間よりも厳重と言えるだろう。
旧文明時代からの水をも漏らさぬモノが、そのまま作動しているから。
が、それをあっさりとすりぬけて、忍たちは最上階の総司令官室にいる。
相変わらず、亮にとってはどこであろうと、セキュリティなど無いも同然なのだ。
その中央にあるモニターに向かって入力し終えた人が、よし、と呟く。
「以上終了、元通り」
「大丈夫なんですか?」
心配そうに須于が首を傾げる。
言われた相手は、にこり、と笑ってみせる。
「内臓傷つくどころか、カスリ傷みたいなもんだし、大丈夫だよ」
「って、昨日の今日で、よく戻ってくるよ」
さすがに、俊の顔も心配気だ。
カスリ傷だろうがなんだろうが、縫っているという事実には変わりないのだが。
ようするに、総司令官室には、その主が戻っている。健太郎は、とても腹に抜糸していないケガがあるとは思えない顔色で、いつも通りの笑顔を浮かべているのだ。
「ま、元々その予定だったからさ」
「元々って、やはり、手を出してくるの、知ってましたね?」
忍が、眉を寄せる。とんでもない連絡が入ったのに、亮が落ち着きすぎなのを見て、うすうす感じてはいたのだ。
「あ、しまった」
ぺろり、と舌を出してみせる。
妙におどけた仕草を、冷たい視線で見たのは亮だ。
「来るとわかっていて、対策を怠るとは」
「悪いとは思ってるよ。でもカスリキズで済ませたしさ、ま、固いことは言わないってことで」
なぜか、ケガをした健太郎の方が、立場が弱いようだ。
怪訝そうな視線の五人に、亮は腹立たしそうに説明する。
「誰を使う気なのかはともかく、襲撃される可能性がわかっていて、なにも着込まずにいたらケガするに決まってます」
ようするに、ケガを防御する為の防弾着なりなんなりを身につけなくてはならないとわかっていて、それをしていなかったらしい。
「だって、アレ、暑いんだよ」
健太郎は実にグチっぽく言う。
確かに七月ともなれば、相当な気温にはなっている。しかも、薄着半袖で構わない忍たちと違って、常にスーツで過ごさねばならない健太郎だ。
普通に服を着ていても、相当に暑いわけだ。
もっとも、当人、顔に出ないタイプなので言われて思い当たったわけだけど。
「暑いで死んでいたら、意味ないでしょう」
「はい、スミマセン」
今度ばかりは、健太郎は完全に亮に頭が上がらないようだ。
くすり、と苦笑気味に麗花が笑う。
「血は争えないっていうか」
ジョーも、それに同意するように軽く頷く。
亮どころか、『第3遊撃隊』全員に頭が上がらなくなりそうだと思ったのだろう、苦笑気味になりつつ、健太郎は言う。
「そう言わないでよ」
軽くため息をついてから、亮は時計へと目をやる。
「そろそろですね」
「ああ、反応してる」
佐々木の為に開いてある扉以外は、セキュリティが発動しているので動かない。
モニターを見つめながら、健太郎が薄い笑みを浮かべる。
俊が、それを、ちら、と見てから、亮へと視線を向ける。
「元通りって……」
にこり、と亮は、ただ笑ってみせる。
それだけで、意味はわかる。健太郎の言った元通り、とは総司令官と共に総司令部機能も完全復帰、ということ。
『遊撃隊』も含めて。
忍が、にやりと笑って龍牙を握り直す。俊の手にもジョーの手にも、慣れた得物がある。
開く扉から現れる二人に、七人は笑顔を向ける。
「総司令官室へ、ようこそ」
穏やかな笑みで、忍が言ってのける。
その台詞で、なにかがおかしい、と佐々木は感じたようだ。
警戒するような瞳で、だが、ここまで引き返すことも無理と知っている、確固たる足取りで入ってくる。
きゅ、と唇を噛み締めながら、秘書である奥村綾乃も続いてくる。
扉が、音も無く背後で閉まる。
「お待ちしていました」
亮が口を開いたので、声が違う、ということに思い当たったようだ。
「どういうことだ?」
「どういうことって、こういうことだよね」
にこり、と麗花が笑って、軽く横へとずれる。
そのおかげで、視界が開けて奥の七人目に気付く。
佐々木の表情が、警戒から、はっきりとハメられたと判断したモノへと変わる。
そして、天宮健太郎へと、皮肉な視線を向ける。
「なるほど、わかっていた、ということですか」
「そう、わかっていたよ」
悪びれる様子無く、健太郎は言ってのける。もちろん、総司令官襲撃を裏で糸引いていたのが佐々木だと、わかっていた、という意味だ。
だが、それを弾劾する色はなく、にこり、と笑う。
「旧文明産物を消せば、総司令官が権力を握る必要も必然もなくなる、という考え方はなかなか興味深い」
「ほう、では、天宮総司令官も同意なさる、というわけですか?」
「悪くないとは思っているねぇ、なんといっても人類滅亡であっさりと全て消し去ろうってわけだろ」
相変わらず、にこにことしながら、物騒なことを言ってのける。
佐々木と、一緒に来た奥村綾乃の顔が、さ、と雲る。
とんでもないことを言い出した、と思ったのだろう。忍たち五人も、顔には出さなかったが、同じコトを一瞬思う。
が、軽く視線を向けた先の亮が、まったく動じてないどころか、おかしそうに笑みを浮かべてみせたのを見て、思い当たる。
くすり、と思わず、忍が笑う。
「旧文明産物を消すなら、『Aqua』を消さなきゃならなくなるな」
言われて、ぎくり、としたように佐々木の表情が凍る。それは、綾乃もだ。
自分たちが住んでいる『Aqua』という星そのものが、旧文明と呼ばれる科学力を持った人間たちが作り出した、人工物であるということ。
それに、言われるまで気付いていなかったのだ。
『緋闇石』や、アーマノイドといった、目前に現れるモノばかりに気を取られて。
「『Aqua』を制御しているシステムの全てが、旧文明産物といって差し支えないでしょうね」
亮も、涼しげな口調で付け加えてから、続ける。
「そのことに、本当に気付いていなかったわけではないでしょう?」
まっすぐに見つめながら言われて、佐々木は、凍り付いていた顔に昂然とした表情を浮かべる。
「根幹はともかく、生活を脅かす危険性のあるモノを抽出することは可能なはずだ」
「その全てを消して、情報を勝手に操作し私する総司令官を廃する、と言いたいわけだ」
健太郎が、口元の笑みとは裏腹な温度の無い視線で、佐々木をまっすぐに見る。
が、その冷え切った視線に動じることなく、決然と言い切る。
「たった一人の人間が、全てを握れば、間違いが必ず起こる」
「私が、間違うと?」
「間違わないと、言い切れますか?」
天宮健太郎の口元が、皮肉に歪む。
「私は、絶対に間違わない」
凍てきった視線と、自信しかない口元。
「総司令官を務めるというのは、そういうことだ」
健太郎を知っているはずの俊たちの背筋でさえ、ぞくり、とする。
人間なのだから、間違わないわけがない。なのに、真実を口にしているとしか、感じられない。
が、健太郎の目元の冷たさは、さらり、と溶けてしまう。
「過去に、間違った人間がいたね」
綾乃の肩が、びくり、と震える。
それを見ているのかいないのか、健太郎は言葉を継ぐ。
「己の汚職を、もてる情報操作能力を傾けきって副総司令官のせいにした挙句、自分はとっとと自殺して逃げた最低なのが」
その言葉で、政治経済面を余すところ無く見ている俊とジョーにもなんのことを言っているのか、察しがつく。
もちろん、亮は最初からわかっているのだろう。
ぴくりとも表情は動かない。
俊とジョーの微かな表情の動きに、忍たちが首を傾げる。どういうことか、説明しろ、という意味だろう。
俊が、口を開く。
「鵜野副総司令官の汚職事件のことですか?」
ルシュテット皇太子の件の時よりも、危なげなく丁寧語が出ている。
「当時の総司令官だった木村氏が、部下の不始末は己の不始末と書き残して自殺した?」
「そう、あれは本当は総司令官の不始末で、副総司令官が止め切れなかったものだったんだよ」
実にあっさりと、健太郎は言ってのける。
当時、いきなり総司令官と副総司令官が欠けたのに、リスティアが大きく混乱しなかったのは、それらが名誉職で大きな実権力を持っていなかったからに違いない。
佐々木の顔からは、血の気が引いている。それは、驚きなどではなく、怒りを内包しているかららしかった。
「ご存知で……?」
押し殺した声が、言外に、濡れ衣と知っているならば、なぜ公表しなかったかと問うている。
「申し訳ないが、そうだろうと察せられる、というところ止まりでね、昨日までは。木村氏もダテに総司令官になったわけじゃないらしく、己の不始末の証拠は完膚なきまで、消されている」
健太郎の顔には、薄い笑みが浮かぶ。
「ようするに、当時、汚職の頭目とされた鵜野氏の潔白を示す証拠は、総司令部には全く無い」
悲壮な顔色になったのは、綾乃の方だ。
「全く……」
健太郎の言葉を繰り返して、そして口元を押さえる。自分の中の感情を、必死に抑えているらしい。
佐々木の方は、全く口を開かずにいる。
だが、怒りの為に蒼白になっていた顔は、絶望の蒼白さへと変わりつつあるようだ。
どうやら、二人とも、抑えきれぬ感情を抱えているらしい。
忍が、軽く首を傾げる。
「では、総司令部以外には?」
もちろん、なんの根拠も無く口を開いたわけではない。
隼人と名乗った奥村亨に情報を与える為に、麗花が裏通りへと向うとき、亮は手紙を託しているのだ。
あの時、亮は「一度に三人の頭が消えても、問題が起こらないように」と笑みを浮かべた。
だが、それは俊やジョーがどれだけ話を通せているかと器量の問題で、手紙で話がつく場所ではない。
手紙の中身を明かしたくない、という意思表示と判断して、あえて問いを重ねなかった。
思い当たるのは、それしかない。
「木村氏の、日記が」
忍の問いに、にこり、と健太郎が微笑む。
言葉と同時に、そのものが彼の手によって取り出される。
佐々木と綾乃は、その場にかろうじて踏みとどまったまま、日記へと視線を注ぐ。
「確かな筋から手に入れたもので、まだ詳細は検討しなくてはならないが、証拠としては申し分ない」
促すように、それを差し出す。
佐々木は、早足に近付くと、性急な手っきでページを繰る。
「………」
むさぼるように、数ページを読んでから、綾乃へと振り返る。
大きな目を見開いて、綾乃は問うように首を傾げる。
佐々木は、ひとつ、大きく頷いてみせる。
みるみる、綾乃の目は、透明な液体で満たされ始める。
健太郎が、静かに言う。
「申し開こうにも証拠もなし、かといって先んじて自殺されては苦しくとも己で己の命も絶つことも出来ず……お父様は想像を絶する思いをされたことでしょう、お察しします」
立ち上がって一礼する。
一言の言い訳をすることもなく、かといって罪を認めることもなく、獄中で己を細らせて死んでいった鵜野。
彼にも、妻子があったであろうことに、忍たちも思い当たる。
佐々木にも、健太郎がこれを秘匿するつもりはないことが、理解出来たのだろう。
目を真っ赤にしながらも、頭を深々と下げる。
「父もこれで浮かばれるでしょう……よく吟味した上で発表していただければ幸いです」
「よかった、本当によかった、父さん……」
たまらず、佐々木にすがりつくようにして、綾乃が泣き出す。



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