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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・1■



総司令部のロビーで、須于はゆっくりと外交官手記を読み終えた。
丁寧に閉じて、書棚へと戻しながら時計へ目をやる。約束の時間を、すでに五分ほど過ぎている。
きっと、会議が長引いているのだろう。
まだ来ないなら、次の手記が読める、というわけで、須于はイライラした様子もなく新しい冊子を手にする。
須于は、外交官たちが様々な国で経験した、面白い出来事やら生活やらを書きとめた手記のまとめてあるコレが大好きなのだ。
更に、数本読み終えただろうか。
「へぇ、こんなとこで会うとは珍しいな」
と、聞き覚えのある声がする。
顔を上げると、にやり、と幼馴染で『第2遊撃隊』軍師でもある香奈が微笑んだ。
「ホント、久しぶりね」
「まぁな、もしかして、軍師殿に用事か?」
香奈が軍師殿、と呼ぶのは亮のことだ。須于が頷き返すと、軽く頷き返しながら、
「そうか、なら、もうすぐ来るだろう。一緒の会議だった」
「あら」
今度は、須于が驚いた声をあげる。
遊撃隊は秘密裏の存在なので、一緒に会議に出ることなど、いままで有り得ないことだったからだ。
須于がなにに驚いたのか、わかったのだろう。香奈の笑みが大きくなり、それから須于の耳へと口を寄せる。
「いつだったか、おたくらが参謀部指揮下の通常部隊を訓練で、完璧にのしちゃったろ?参謀部がびびっちゃってさ、ぜひとも改善点をご教示いただいきたい、とさ」
思わず、くすり、と笑ってしまう。
なるほど、あの時は完膚なきまでに亮はしてのけた。
少人数をナメてかかられたのも、業腹だったに違いない。
二人して、軽く肩をすくめて笑ってから、香奈はエレベータへと視線をやる。
「ああ、軍師殿が来たね、じゃ、私は行くよ」
「うん、またね」
「ああ」
軽く手を振って、香奈は去っていく。
須于と目があった亮は、かすかに口元に笑みを浮かべたようだ。手記を書棚に戻して、歩み寄った須于に、軽く頭を下げる。
「すみません、遅くなりました」
「ううん、おかげで、久しぶりにたっぷりと外交官手記読めたから」
「ああ、好きと言ってましたよね」
亮も、はっきりとわかる笑みを浮かべる。飽きずに待ってくれていたようなので、安心したのだろう。
「会議だったの?」
一緒に歩き始めながら、須于が尋ねる。
「たいした内容ではなかったんですけれどね」
参謀部との会議であったはずのソレを、たいしたこと無い様子であっさりと言ってのけるあたり、亮らしい。
「ところで、今日なんですが」
「あ、うん、なにかあったの?」
「少々、ご相談に乗っていただきたいことがありまして」
「私に?」
ちょっと驚いて、目を見開いてしまう。亮が、なにかというと最初に話をするのは、忍だからだ。
今日は、忍は珍しく、気に入ったテレビがあるから、久しぶりにカウチポテトを決め込むんだ、と言っていた。ようは、のんびりしているわけで、この相談とやらを最初に受けるのは須于ということらしい。
が、亮は須于の驚きを気にする様子もなく、頷いてみせる。
「ええ、で、少々話もあることなので、カフェでお茶でも飲みながら、というのはいかがでしょう?」
と、上を指してみせる。
総司令部の中ほどの階は、この界隈に勤務する人々のための食事の施設が整っているのだ。
周囲からみれば高層のそこは、味も景色もいいとあって人気の場所だ。もちろん、様々な種類のレストランが揃っていることもあるのだが。
中に、美味しいケーキが出るカフェがある、というのは、須于も聞いたことがある。
亮は、にこり、と微笑む。
「ケーキ、おごりますよ」
思わず、須于も素直に笑み崩れてしまう。
「嬉しいわ、一度、行ってみたかったの」

というわけで、カフェの窓際のテーブルに、亮と須于は相向かいに座っている。
須于の前には、ホワイトチョコレートのムースの中に、たっぷりとベリーが入っているケーキに、アイスクリームとフルーツでデセールが施されているのと、ダージリンティー。
亮の前には、レモンの果汁がたっぷりと使われたムースと、アールグレイ。
どちらのカップも、暖かな湯気をたてている。
外は汗が止まらぬほどの真夏の暑さだが、クーラーのきいている場所にずっといると、なんとなく暖かいモノが欲しくなるものだ。
が、ひとまず須于の視線は、ケーキに釘付けだ。
「すっごいキレイね」
「イートインのデセールは、よく雑誌にも出ていると聞いてますが」
「うん、写真はね、でも、やっぱりホンモノを見るのは違うわ」
亮の笑みが、少し大きくなる。
「ホンモノは、食べられますし?」
くすり、と須于も笑う。
「そう、それがなによりも大きいのよ」
というわけで、しばし、ケーキを賞味する時間となる。亮が、オススメ、と言ってくれただけはあって、本当に味がいい。
「美味しい!」
幸せそうにケーキを食べている須于に、亮はまた、にこり、と笑う。
「お口にあったようで、よかったです」
「もしかして、亮ってここ、詳しいの?」
「そうですね、総司令部へ来ることは多いですし、広人たちにもよく、テイクアウトを頼まれてましたから」
ああ、そうか、と思う。
幼い頃から亮は、ここへ通いつづけているのだ。
亮が、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「ここのケーキなら、一通り食べたコトがありますよ?」
「ホント?!羨ましい!」
季節限定モノなども、充実のお店だけに、本音である。
ちょっと、勢い込んでしまった自分に照れ笑いしつつ、須于は尋ねる。
「ところで、相談ってなぁに?」
「そのことですが、まずはこの写真を見ていただけますか?」
きちんとアイスは片付いたのを見てから、亮は一枚の写真を取り出す。
須于は、覗き込みながら首を傾げる。
「随分と、古そうな鍵ね?」
「軽く百年は経っているそうです」
言いながら、さらに数枚の写真を並べていく。どれも同じ鍵のようだが、角度が違っている。それを見ているうちに、須于の顔つきは興味を覚えたものへと変わっていく。
「ちょっと、変わってるわね、これって……合わせ錠、っていうんじゃないの?」
「ええ、しかも、電気も必要という変り種だそうです」
電気、という単語を聞いて、須于は視線を亮へと向ける。
亮が、なんの相談で呼び出したのか、わかった気がしたから。
にこり、と亮は微笑んで尋ねる。
「この鍵、開けられそうですか?」
「そうね、写真だけだから、言い切ることは出来ないけど……努力は出来ると思うわ」
須于らしい返答だ。が、顔に笑みが浮かんでいる。
本音を言ってしまえば、触ってみたい。
ただ、亮が持ち込む、ということは仕事絡みだろうから、感情を挟むのはどうかと思ったのだ。
「そうですか、では引き受ける価値はありますね」
亮は、写真を揃えながら、半ば独り言のように言う。
須于は、鍵だけでは話の全容が見えないので、尋ねてみる。
「これって、なんの鍵なの?」
「なんだと思います?」
「カタチ的には、時代劇に出てくる蔵を思い出す感じだけど」
「当たりです。とある旧家にある蔵の鍵なんですよ。家での言い伝えによると、この蔵の中には旧文明産物があるということになっているんだそうです」
お茶のお代わりを自分のカップに注ぎながら、須于は目を丸くする。
「個人の家なのよね?」
「可能性は、ほとんどないんですけれどね、調査しないわけにもいきませんし」
亮は、苦笑気味に肩をすくめてから、付け加える。
「ただ、場所は魅力的なんですよ、クオトですから」
その地名は、須于も知っている。高原地帯で、避暑地として有名な場所だ。
麗花が聞いたら、ぜったい行きたがりそうな場所である。
「須于が試してダメなら、この鍵は壊さざるを得ないでしょう。中に旧文明産物があるかも、と言われてしまったら、開けざるを得ないですし、忍に頼むのが早い、ということになるでしょうね」
こくり、と須于は頷く。
忍の得物、龍牙なら、どんなものでも切って捨てることが出来る。蔵の鍵も問題なくいけるだろう。
「小旅行がてら、この仕事を引き受けるのも悪くないかと考えていたんですよ」
なるほど、はなから壊しに行くのならば他でも構わないが、壊さずに努力するのとどちらもやってのけられるのは少ない。
しかも、場所が魅力的と来ている。
亮の気安さからいって、中身が旧文明産物でないことは、九割九分確信があるに違いない。
ケーキの最後の一口を口にしてから、須于はにっこり、と微笑む。
「そういうことなら、ぜひ、鋭意努力させてくださいって言った方がいいわね」
「では、このまま引き受けましょう」
どうやら、この仕事ははなから、ほぼ『第3遊撃隊』のモノと決まっていたらしい。
須于が、ちょこん、と首を傾げると、亮はイタズラっぽく笑う。
「なかなか魅力的な仕事に見えたので、ほかに回す前に、押さえてみたんですよ」
確かに、仕事にかこつけて避暑地へ旅行とは、なかなか贅沢だ。
ようするに、亮の確信犯、ということだ。
ただ、須于の言質は、一応取っといて、という。
「それって、職権乱用ね」
くすり、と須于も笑う。
「すごく、いいと思うけど」
というわけで、カフェのケーキと避暑地への出張話をお土産に、二人は家へと帰っていく。

せっかくのカフェケーキなので、さっそく六人でお茶の時間、となる。
そこで、亮はクオト行きの話を持ち出した。
「クオトって、一度行ってみたかったんだー」
と笑顔で麗花。案の定である。
「あそこ、女の子御用達だろ」
とは、俊の発言。
忍も苦笑する。
「確かに、ヤロウだけでは行き難そうなイメージあるよな」
ジョーが、軽く頷く。少々眉が寄っているところを見ると、苦手の部類なのだろう。
クオト市街は女の子が憧れそうな小奇麗な街並みになっているのだ。かわいらしい建物がいっぱいの様子を、この時期になると、よく雑誌で特集している。
亮が、にこり、とする。
「今回は、奥街の方ですよ」
「うわ、すげぇ」
と、俊。奥街、と呼ばれる方は、金持ちの別荘がいっぱいの高級住宅街だ。旧家も多い。
確かに、そちらの方が旧文明産物がつまっているというウワサの蔵もあろうというものだ。
「そっちか、それなら面白そうだな」
忍も、興味を覚えたようだ。ジョーも頷く。
「じゃあ、皆で行くのに決まりでいいですね?」
亮が軽く首を傾げてみせたのに、五人が頷く。
「で、いつ行くとかって決まってるのか?」
「依頼をしてきた方は、いつでも、と言っていたそうなので、明日にでも、ということになりますね」
「おお、仕事っぽい」
「いや、一応仕事なんだけど」
俊の発言に、忍がツッコむ。が、笑ってるところをみると、忍もそう仕事気分ではないのだ。
「ねぇねぇ、いっつも皆でバイクだけどさ、今回は車にしない?おっきいので、オヤツとか買ってきてさ」
と、もうすっかり旅行気分になっている麗花が言う。
「悪くないな、そういうのも」
忍が、頷く。須于も、すぐに頷く。
「うん、楽しそうよね」
「俺はかまわないが」
ジョーも、反対の理由はないらしい。少々ためらい気味の顔つきだった俊も、たまにはそれも悪くないと思い直したらしい。頷いてみせた後、首を軽く傾げる。
「となると、明日はちょっとアレだな」
「そっか、週末かかるもんね、世間サマじゃ夏休みだし、渋滞だねぇ」
「夜出るのは?なら、渋滞はないだろ」
忍があっさりと言う。ジョーが頷く。
「それがいいだろうな」
「んじゃ、今晩出るの?おおー、準備準備〜」
麗花が、張り切って立ち上がる。
急な仕事に対応するのは、慣れたものだ。五人も笑いながら、続いて立ち上がる。
「じゃ、そういうことにしますか」
というわけで、クオト行き正式決定である。



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