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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・2■



時計がそろそろ日付変更線にかかろうか、という頃。
忍が、台所に顔を出す。
「亮、そろそろ出たいって張り切ってるのがいる」
「はい、すぐ行きます」
主に運転を担当することになる男性陣から、眠気覚ましにホットコーヒーが欲しいというリクエストがあって、それを亮は水筒に注いでいるところだ。
缶コーヒーは甘いし、しかもジョーがブレンドした豆を使った方が、断然美味しいときてる。
朝食なんかは、途中のサービスエリアでジャンクフードを買い漁ることにしているけど、あとはお菓子が山のように買い込んであったりもする。
話が決まってから、わざわざ、再度買い出し部隊が出たのだ。
行動の素早さは仕事仕様だが、気分の方は完璧に旅行。
フタをし終えた水筒を忍が掴んで、亮が戸締りを確認する。
駐車場へと降りると、
「早く早く〜」
麗花が、妙に張り切って手招いている。
「日付変更線踏んだと同時に出たいの〜!」
「そらまた、壮大な計画で」
言いながら、忍が運転席に乗り込む。亮が助手席に座って、エンジンをかけて。
じぃっと時計を見つめていた麗花が、声を上げる。
「出発〜!」
というわけで、デジタルの時計が0:00をさしているというキリのいい時間に出発となる。
まずは、首都アルシナドを細密に結んでいる高速へのりこむ。
やたらと喜んでいるのは、麗花だ。
「嬉しいよう、こんなにのんびり走れるのなんてー」
仕事であちらこちらと走っているが、その時は限界スピードまであげての高速走破なので、景色なんて見えたものではないのだ。
もちろん、そんなスピードで行き来していいのは特殊軍隊任務の時だけだから、今日はのんびりと道路交通法に従って走ってくことになる。
きっちりがっちりと尊守するかは別として、景色が見えないなんてこともない。
「夜景、キレイね」
須于も、楽しそうに窓の外へ見入っている。
「オヤツ食べる、オヤツー」
などと、さっそくにがさがさと麗花がやっている。
「うわ、もう食うのかよ」
俊がツッコんでいる。
「夜中食うと、太るぞ」
「いいの、今日は特別なのッ」
「それは構わんが、三つも一度に開けるのか」
とは、ジョーの声。
「迷うのよう、須于はどれがいい?」
「え?!」
いきなりふられて、須于が驚きつつも、どれかを指してみせたようだ。ぱりぱりと袋を開けている音がする。
「ああ!」
妙に、あせった麗花の声。ぽりぽり、という音に続いて、俊がぼそり。
「これ、うまいわ」
人に太るとか言いながら、さっそくにつまんでいるらしい。しかも、真っ先に。
運転しながら、忍が笑いを堪えている。静かに窓の外に目線をやっていた亮も、かすかに肩をすくめたところをみると、おかしかったようだ。
「ホントだ、これ美味しい!」
麗花も気に入ったらしく、須于も、あら、と言っている。
「ん」
という、気に入ったやら入らぬやらわからぬ声はジョーのものだが、これは気に入った時の声だと、忍たちは知っている。
ぬ、と袋が運転席の方へも差し出される。
「忍もどう?コレ、いけるよ、新作!」
「ん?亮、食わせて」
ちょうど、カーブにかかるところで、忍は危なげなく追い越しをかけながら言う。
「はい」
かさかさ、と取り出している音がして。
ぽり、という音は、亮の口元から聞こえてくる。
「確かに、アタリですね」
「俺、自分が食いたいって言ったはずなんだけど?」
と、忍。亮は、にこり、と笑う。
「お約束、というんでしょう?こういうのを?」
「そうそう、正しい」
俊と麗花が、手を叩いて喜んでいる。須于も、くすくすと笑っているし、ジョーも口の端に笑みが浮かんでいる。
「ま、毒見してもらったと思って」
笑みを含んだままの声で、忍の口にもヒトツ、やってくる。
「お、ホントだ、これ美味い」
「残念だったねぇ、ただ今運転手」
「ほう、そういうこと言う?」
走行してる車が少ないのをいいことに、忍がいきなり急ハンドルをきって蛇行させる。
「はうあーッ」
いま、まさにお菓子を口にほおり込むところだった麗花が、情けない悲鳴を上げる。
「おおう、わかった、運転テク認めるから!」
俊も言う。
忍は、あっさりと安全運転へと戻る。
「わかればよろしい」
「亮、ちゃんと貢いであげてね」
須于が言うと、亮も微笑む。
「もちろんです」
「供えたら、ちゃんと拝んどけ」
ジョーまで言うものだから、大笑いになってしまう。
気楽な気分で車はアルシナド郊外へと向かっていく。
アルシナドを過ぎて、ソーリト料金所から西へと向かう高速へと入っていく。ここからは、街灯は首都高の都会的な白色灯ではなく、どこか温かみのあるオレンジ色へと変わって行く。
はずんだ声で、麗花が言う。
「アルシナド脱出〜」
そんなことしょっちゅうだが、旅行と仕事では気分が違う。
「うっわ、あの車、めっちゃ飛ばしてくる〜」
「あおられてるよ、コレ」
「いいんですかぁ?忍センセ〜?」
皆してあおってくるのに、忍はにやり、と笑みを浮かべる。
「さぁて、どうしようかな」
などと、言葉は迷っているが、口調は全く迷っていない。ぐん、と加速するのがわかる。
「そう来なくちゃ!」
なんだかんだいっても、スピード好きだし、自分より絶対下手と思うヤツに負けるのも嫌ときてる。しかも、六人ともが、だ。
ぐん、と加速が加わる。
「余裕だな」
と、笑みを含んだ声で俊。ジョーもすでに後方へと置き去りにされつつある車を、ちら、と横目で見つつ、ぼそり、と言う。
「素人の改造じゃあな」
声を立てて笑ったのは麗花だ。
「そりゃ、俊と須于が整備したらねぇ」
「いや、俺、車はそこまでは」
俊は、軽く手を振ってから、須于へと視線をやる。須于が、にこり、と笑う。
「エンジンは見せてもらったけど、忍よね、車は」
「ジョーも、好きだよな」
「整備程度は知らないとな」
ジョーが、あっさりと言う。
「へぇ、四人ともいじってるわけね」
「いや、五人」
「へ?」
麗花が首を傾げる。
「通常仕様の制御ソフトだと、処理が追いつかないようでしたので」
助手席からナビゲータへと視線をやりながら、亮がいつもの口調でさらり、と言う。
「うわー、勝負挑む方が間違ってる」
「そりゃ、相手を見るってのは必要だろ」
「ファミリーカーと思ったんだな」
口々に好き勝手なことを言っているところへ、まだナビゲータへと視線をやっていた亮が口を挟む。
「忍、そろそろ道交法尊守した方が」
「おう」
す、と危なげなく忍は減速して走行車線へと入り込む。
ほとんど間をあけることなく、先ほどあおってきた車が猛スピードで通り過ぎていく。どうやら、必死でこちらを追いかけていたらしい。
それから、その後ろからは明らかに覆面であったのだろうパトカーが。
「あ」
不思議そうに、急に安全運転になったのを見ていた俊たちが、納得の声を上げる。
が、それはすぐに疑問へと変わる。
「って、亮、わかってたのか?」
「いや、わかってたからスピード落とせたんでしょ」
「どうやってって、聞きたいのよね?」
言いながら、俊、麗花、須于の視線がナビゲータへと集まる。先ほどから、亮はこれに注目していた。
「パトカーには、覆面だろうがなんだろうが、特殊波長の通信装置が搭載されていますから」
どうやら、亮のソフト改造は、微妙なことまでやってのけているらしい。
ナビゲータも、道路情報や近隣の地図情報だけではなくて、取り締まりの警察まできっちりと捕捉している、というわけだ。
「改造しても、走れなきゃ意味無いよなぁ?」
と、忍がちら、と後ろを見やる。
「警察気にしてたら、性能試すヒマがない」
麗花が開けた新しいお菓子を、何気なくつまみながらジョーが応える。
二人とも、しれっと言いながら口元が笑っている。どうやら、二人のリクエストらしい。
「うわー、悪いコトやってるなぁ」
「軍隊仕様というなら、これでも甘い方だと思いますよ」
にこり、と亮が笑ってみせるものだから、皆も笑ってしまう。
なんてことをやっているうちに、パイラまで辿り着く。
ここのサービスエリアで、ちょっと休憩することにする。
「真っ暗だねー」
と、空を見上げて麗花が伸びをする。
須于も頷く。
「ホント、売店も全部閉まってるのね」
「でもさ、ほら」
忍が、ちょい、と指してみせた方向へと視線をやると、なんとパジャマにサンダルでぺったぺったと歩いている人。
「げげ、自宅か、ここは」
「あの格好で運転してきたのかしら?」
「いや、夜だから着替えたとみたね」
いい加減な発言は俊。ジョーが後ろからこづく。
「それはない」
亮の視線が、別方向へといってるのに気付いた忍が、そちらへと向くと。そちらでは、なぜかある鉄棒を使って、運動をしているおじさん。
「あれも、なかなかだねぇ」
とは、麗花のコメント。亮は、あまりまじまじと見るのも失礼、とやっと気付いたらしく、こちらへと向き直る。
それから、ぽつり、と一言。
「なんでこんなところに鉄棒が?」
「さぁなぁ、座席座って固まった躰をほぐして下さい、とでも言いたいんじゃねぇの?」
「でも、微妙」
「いや、利用者いるし」
いつまでも、夜中のサービスエリア妙なモノ発見部隊をやってても仕方ないので、麗花が皆に向き直る。
「さーてと、次は誰が運転する?」
「ちっとは寝とかねぇと、明日、いちおうは仕事だからな」
言いながら、俊が大あくびをする。思い出したら、眠くなってきたらしい。
「僕がしましょうか」
亮が、軽く首を傾げる。人の気配があると眠れないタチだと知っているので、お願いすることで決定。
というわけで、しばし睡眠タイムだ。
走り出した車内は、先ほどとはうって変わって静まり返っている。どうやら、素直に皆、寝ているらしい。
亮は、ナビゲータのモニタの発光が、案外まぶしそうなことに気付いて、手を伸ばす。
「ああ、やっとくやっとく」
と、助手席から声。
「起こしましたか?」
少々すまなそうな声に、忍は低めの声で言う。
「いや、起きてたよ」
皆が寝てるから、静かにしていたらしい。
「しばらく渋滞もなさそうだし、順調だな」
「そうですね」
「眠気覚まし、どう?」
どうやら、パイラの自販でゲットしていたらしい。ミントのガムを差し出される。
「ありがとうございます」
「ほれ」
紙をむかれたのが、口元に来たのに亮は気付く。ちょっと驚いたらしいが、素直に口にする。
どうやら、忍は亮を一人で起こしとくのも悪いと思ったのだろう。
たまに、行き過ぎる車を見ながら、視線と手振りで会話しつつ、静かな時間が過ぎていく。
北のハールへと向かう高速への分岐点、アスパジャンクションを少し過ぎたところで、俊に交代する。そして、朝がきたところで、マーラ湖サービスエリアへと到着する。
その名の通り、マーラ湖畔にある景色がキレイな場所だ。
「すごーい!」
「キレイ!」
まっさきに声を上げたのは、須于と麗花だ。忍とジョーも、口笛ではもっている。
「へぇ」
「イイ景色だよな」
俊の笑顔に、亮も頷く。
「時間もいいことですし?」
と、麗花。にやり、と忍たちも笑う。
「当然、ここで朝食でしょ」
その景色を目的に訪れる人が多いだけあって、売店も力が入っている。お弁当系もあれば、ジャンクフードも山ほど、それだけではなくて。
「ねぇねぇ、須于、あっちに焼きたてパン屋さんがあるよ」
「ホント?行ってみようよ」
女の子二人は、ぱたぱたと走り出す。
「あ、食べるものキープしたら、ここ集合ね!景色最高だから!」
振り返りながら、麗花がぬかりなく言う。
「ってことは、誰かがキープしとけってか」
と、俊。亮が、かすかな笑みを浮かべる。
「いいですよ、待ってますから」
忍と俊の二人が同時に眉を上げるが、ちら、と視線が合った後、俊がジョーへと向き直る。
「どうせ、あの二人は時間かかるから、俺らがとっとと買ってきて交代しようぜ」
「ああ」
二人が歩き去った後で、忍が亮へと向き直る。
「はい、徹夜で胃が止まってます、すみません」
忍が口を開くよりも先に、亮が言ってのける。手が、参りました、のポーズだ。
人がいると眠れないのはわかっていたが、これは想定外だった。心配そうに眉を寄せている忍を、亮は、少々困った顔で見つめる。
「ええと、それで、ですね」
「ん?」
「忍は……朝食買いに行かないんですか?」
「一緒に、亮が食べられそうなモノ探しにいくから」
きっぱり、はっきり。
やはり、というように、かくり、と肩が落ちる。
「…………」
なにやら、右手がポケットを探っている。
「?」
忍は、首を傾げる。
「なに、ポケットに入ってるん?」
「……胃薬、です」
妙に小さな声で答えてから、諦めたように取り出して忍の前へと出してくる。水がなくても飲める、とある。
ふ、と忍は微笑む。
亮のことは、自身がいちばんわかっている。徹夜明けになれば、胃が動かなくなることくらいはわかっていたのだろう。
「もしかして、コレ飲んだら大丈夫?」
「前にそうだったので、多分」
いままでの亮なら、きっと食べずに誤魔化して済ませていた。でも、いまは忍だけでなくて、俊も亮が徹夜明けでダメなのだと、気付いてしまう。
だから心配をかけないように、それなりに対処しようと善処していたわけだ。
「なんだ、早くそう言えばいいのに」
ほっとしたように笑う忍に、亮の頬が少々染まる。
「カッコ悪いじゃないですか」
思わず、吹き出してしまう。亮の口から『カッコ悪い』などという言葉が出てくるとは。
言葉も無く笑う忍に、亮は抗議する。
「胃薬って、自分に制御できずに食べ過ぎたとか飲み過ぎたとか、そういうためにある薬じゃないですか」
「大丈夫だって、体調崩した時だって、飲む人いるって」
それから、付け加える。
「さっさと飲んじゃえよ、俺しかいないうちに」
もう、忍にはバレてしまったのだから、取り繕っても仕方がない。大人しく頷くと、でも、背を向けてから胃薬を飲む。
ほどなく、俊たちが戻ってくる。
「正面っぽいところの屋台で、でーっかい揚げが売ってるぜ、ほらほら」
と戦果を披露だ。
ジョーも、軽く袋を上げてみせる。
「たこ焼きも美味そうだったが、水餃子もあった」
と、亮へと視線をやる。
にこり、と亮が微笑む。
「そうですか、じゃあ、見に行きましょうか」
「そうだな」
交代で歩き始めた忍と亮を見送って、ジョーと俊は顔を見合わせる。
どちらからともなく、軽く笑みを浮かべる。



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