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夏の夜のLabyrinth
〜18th  永久に揺れる波〜

■breeze・9■



沙羅への迎えが来てから大分経つのに、忍たちが戻ってくる様子はない。
須于が首を傾げる。
「もしかして、気付いてないかしら?」
「なんにでも、あれだけ敏感なのに?」
ジョーが珍しく肩をすくめるので、須于は思わず微笑む。
「それもそうね、じゃ、涼しいから戻りたくない?」
「確かに……水の上の方が涼しそうだな」
目を細めながら、湖面へと視線をやる。
そのまま、湖面を見つめながら、ぽつり、と言う。
「せっかくここまで来たんだから、ボート、乗るか?」
もちろん、亮が、ここへ残れと言った理由を忘れているわけではない。
「体調が、大丈夫なら、だが」
「うん、私も乗りたい」
ジョーは、先に一歩出てから、軽く振り返って、手を差し出す。須于は少し、目を見開いて。
それから、微笑んで、その手を握り返す。
照れ臭いのか、ジョーの足はいつもよりも速い。
その速度についてくのに気をとられていたら、軽い段差でつまづく。
「大丈夫か?」
振り返ったジョーの目に、きらり、と光るモノが目にはいる。つまづいた弾みで須于が胸元に入れていた細い鎖が飛び出してきたのだ。
その先についたモノを見て、軽く目を見開く。
「『幻影片』か」
少々変わった経緯で須于の手元へ来た、旧文明産物だ。
春頃に、忍と俊が妙な商人から『旧文明時代のお宝地図』なる胡散臭いモノを売りつけられて、まさかね、と掘り出してみたら、本当に出てきてしまった、というシロモノ。
地球の立体映像を投影することが出来たらしいのだが、回路系が壊れているらしく、ただのガラス片と判断されて、最近、須于の手元へと届いた。
掘り出した時に須于が、ものすごく興味を抱いたので、亮が取得許可を取ってくれたのだ。
そんなわけで、随分と気にしている様子ではあったが、肌身離さず、とは。
「あ、うん」
ジョーの驚きの意味はわかったのだろう、須于は、少し照れたような笑みを浮かべながら鎖を胸元へと戻す。
ボートを湖面へと漕ぎ出してから。
しばらくは、楽しそうに景色のあちらこちらと視線をやっていた須于は、ふ、と真顔に戻る。
「どうして、亮は『幻影片』を私にくれたのかしら?もう壊れているって言ったって、旧文明産物には変わりないのに」
ジョーは、軽く眉を上げる。
「俺のも、忍のも、旧文明産物だ」
「そうね、『緋闇石』に対抗するために亮が手にしていた蒼い石も、そうよね」
須于がなにが言いたいのか、少し見えてきて、ジョーはボートを漕ぐ手を緩める。
「『第2遊撃隊』には、そんな得物はなさそうだったな」
同じ遊撃隊のはずなのに、最初から差があるのだ。
もちろん、それは軍師が亮であるかどうか、も大きい気はするが。
「カリエ777って、たった一人の為に造られた銃なんだって、ジョー、言っていたわよね?」
ジョーが頷いてみせるのを待って、須于は言葉を重ねる。
「龍牙もそれに近いと思わない?精神感応っていう技術は、あの当時だって相当だったに違いないわ、だって、他に聞かないもの。亮が使ったあの石だって、同じよね?」
まるで、旧文明時代に自分たちにあつられて造られたかのように、それらはぴったりと自分たちの手に収まっている 。
「旧文明時代に俺たちが生まれることが決まっていた、とでも?」
「わからないわ」
須于は、強めに首を横に振る。
「でも、知らない顔で済ましたら、後悔する気がするの」
もしも、須于が言うとおりの荒唐無稽とも思えることが事実として、あるとするのなら。
荒唐無稽と思いつつ、それがありえないとは、言い切れない自分がいる。須于も、そうだろう。だからこそ、こうして真剣な瞳でこちらを見つめている。
『緋闇石』の存在も、それに対抗する蒼い石も、旧文明時代そのままの施設も、確かに存在した、存在しているモノなのだと、知っているから。
ともかく、その手の事実を、亮が知らないわけはないだろう。
もしかしたら、忍も知っているのかもしれない。
それでいて、二人ともおくびにも出さない。
知っていることが幸せとは限らないと、誰よりも知っているから。
「…………」
口を開こうとしたところで、背後から別のボートがすう、と近寄ってくる。
「あー、休んでなきゃって言ったのにぃ!」
麗花が腰に手を当てて抗議している。
真隣にボートをつけた俊が、にやりと笑う。
「忍たちに言いつけてやる」
「お前らだけ、涼むつもりか」
目を細めて、ジョーがぼそり、と返す。
言われて、麗花と俊は顔を見合わせ、それから、くすり、と笑う。
「そりゃそうか、せっかくファイザ湖まで来たんだもんなぁ」
あっさりと納得の様子だ。
麗花が、首を傾げる。
「沙羅ちゃんは?」
「稔さんが、迎えに来たわ」
須于が、にこり、と微笑む。麗花も、微笑み返す。
「そっか、良かった」
いったなり、なぜか、ぺったり、と須于の手を触る。
「はい、捕まえた」
「?」
俊が、勢いよくボートを離す。
「え?え?」
意味がわからず、戸惑った声を須于が上げているうちにも、俊たちの乗っているボートはぐんぐんと離れていく。
充分に離れたところで、麗花が笑顔で手を振ってくる。
「一件落着したら、遊んでおっけーってことだもんねぇ。須于たちが鬼だよ!」
ぽかん、と口が開いてしまう。
沙羅たちの件が片付いた、と知った瞬間に遊びに切り替えられるなど、麗花らしいというかなんというか。捕まえた、の一言でなんのことか悟る俊も、たいしたものだが。
「ほほう、ボートで鬼ごっこ、と言いたいわけだな」
先ほどから麗花たちのペースに飲まれていたのか、黙り込んでいたジョーが、やっと口を開く。
視線を戻すと、けっこう本気の顔つきだ。
「鬼のまま終わるのは、趣味じゃない」
言ったなり、勢いよくオールを動かす。
ぐん、とスピードをつけて動き出したボートに、須于は思わず笑い出す。
「あ、あそこ、忍!」
須于が、思わず声を上げる。
実にのんびりと漕いでいた忍は、えらい勢いで自分たちに近付きつつあるのが誰なのか気付いた途端、にこり、と笑う。
「よう、稔さん、迎えにきたのか?」
「ああ」
ジョーが、返事を返しつつ、ぐんぐんと近寄っていく。
へりに寄り掛かるようにしていた亮も、姿勢を戻して忍へと視線をやる。
軽く首を傾げているところを見ると、なにが起こっているのかはわかっていないらしい。
忍も軽く首を傾げていたのだが。
小憎らしいことに、手が届くか届かないかすれすれまで近付いた途端に、するり、とかわしてしまう。
通り過ぎざま、亮がにこり、と微笑む。
「申し訳ありませんが、僕たちも鬼は趣味じゃないですねぇ」
どうやら、とうに気付いていたらしい。
忍も、にやり、と笑ってみせると先ほどまでとは打って変わったスピードでジョーたちのボートから離れていく。
ジョーと須于は、いっぱい食わされた、と気付いて、思わず顔を見合わせる。
珍しく、須于が頬を膨らませてみせる。
「んもう、悔しい!」
おどけた仕草がおかしかったのだろう、ジョーが声を立てて笑う。
「よし、絶対捕まえるぞ」
また、勢いよく漕ぎ始める。
大分離れた忍たちが、さらに向こうの俊たちのボートを指してみせる。
言い出したの、あいつらだろ?と言っているらしい。須于が頷き返すと、亮が、にっこり、と微笑む。
穏やかな笑みではない。
軍師なモノに、ちょっと悪戯っぽさを加えた笑みだ。
その細い指先が、手話でも話しているかのように、静かだが素早く動く。
なにを言いたいのかは、ジョーにも須于にも簡単に理解できる。
にこり、と須于が微笑み返すと、忍たちのボートはすう、とさらに離れる方へと動き出す。
ジョーと須于は、もう一度顔を見合わせると、くすり、と笑う。
それから、方向を微妙に変更する。
何気ない様子で、忍たちのボートが俊たちのボートへと近付いていく。
「よう、そっち、どうだよ?」
声をかけたられた俊たちは、へ?というように振り返る。
そして、その周囲にジョーたちのボートが見えないので、どうやら忍たちはまだ、状況を知らないのだ、と判断したらしい。
「さっきねぇ、須于たちもボートに乗ってたの見かけたよ?沙羅さん、迎えに来てもらえたって」
「そっか、そりゃよかった」
忍が頷くと、今度は亮が首を傾げる。
「須于の体調は、大丈夫そうでしたか?」
「うん、顔色よかったぜ」
俊が返事を返した、瞬間。
「捕まえた」
背後から、ジョーの声。
と同時に、ぺたり、と手に触れられる。
「ええ?!」
振り返ったときには、もう遅い。
自分たちのごく側にいたはずの二艘のボートは、とっとと離れていっている。
「ああ〜!」
素っ頓狂な声を上げたのは麗花。すぐに、低い声で言う。
「おのれ〜、た〜ば〜か〜ったなぁ〜?」
「くそう、亮が作戦を考えたに違いない」
俊も、悔しそうに唇を噛み締めてみせている。
楽しそうな笑い声が、両端へと距離をとったボートから響いてくる。
「不意打ちはお互い様でしょう?」
須于がにっこり、と笑えば、亮もにこり、と笑う。
「協力してはいけない、というルールは聞いていませんが」
こうなったら、断然不利なのは、麗花が一番良く知っている。
「んもう、組んだ相手が悪かったー!」
「なにぃ、俺じゃ不足だってか?!」
また、忍たちが笑い出す。
「仲間割れしてるし」
「あ、オールが流されちゃうわよ」
「おいおい、転覆するなよ」
とか言いつつも、側には寄って来てくれない。
俊が、舌打ちをする。
「ち、仲間割れ作戦も失敗か!」
「半分以上、本気だろ」
忍がすかさずツッコんで、またも大笑いになる。



なんだかんだでファイザ湖も満喫して、また高速を走っていく。
まだ、Uターンラッシュにはなっていないらしく、渋滞には巻き込まれずに順調にアルシナドへと帰還だ。
とはいえ、外はすっかり暗くなっているどころか、日付変更線も超えている。
街灯が温かみのあるオレンジから、見慣れた白色灯へと切り替わる。
ファイザ湖からこちら、えらく盛り上がっていた車内は、静まり返っている。
「後ろ、静かだな」
助手席に座っている亮に話しかけるつもりで、忍は口を開いたのだが、返事は後方から返ってくる。
「俺は起きてるよ」
ひょい、と顔を出した俊が、尋ねる。
「なんか、いる?」
「いや、そういうんじゃないけど、イチバン賑やかなのが寝てる?」
「ああ、ぐっすりって感じ」
にやり、と忍が笑う。
「はしゃぎ疲れってヤツだな」
「あとの二人も寝てるしなー、ヒマなわけよ」
「高くつきますよ」
亮が、にこり、と笑う。
「そんな冷たいこと言わないでさぁ、視線のやり場に困ってる哀れな人一人救ったって、罪にはならないって」
「え?」
不思議そうに、亮が振り返る。
「……ああ、そういうことですか」
「なるほど?」
忍も、バックミラーを使ってわかったらしい。
須于が、ジョーの肩に寄り掛かったまま、心地よさそうに寝息を立てている。その須于に、寄り掛かり返すようにジョーも眠っているらしい。
麗花が起きているならいいのだろうが、一人でそれを眺めてぼーっとしてろっていうのも酷な話ではある。
忍が、微苦笑する。
「うまくいって良かったけど、これからますますアテられそうだな?」
「ええー?俺、耐えられそうにないんですけどー」
俊の心底情けない声に、亮が、くすり、と笑う。
それから、前を指す。
「忍、前、空いてますよ」
「おっと、いけね」
会話の方に気をとられて、少々スピードがお留守になったようだ。
ハンドルを握り直して、アクセルを踏み込む。
ぐん、とスピードが上がったのに、俊が、にやり、とする。
「お、いいね、あの車抜こうぜ」
「アレか?よし、いってみるか」
さらに、アクセルを踏み込む。
亮が、口元に笑みを浮かべる。
「どうせやるなら、スマートにいってくださいね」
「誰に言ってるかな?」
忍が、にやり、と自信ありげな笑みを浮かべる。
前方の車に、すっかり夢中になっている三人は、後部座席でジョーの頬が真っ赤になっているのには、気付きそうにない。



〜fin〜


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