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夏の夜のLabyrinth
〜19th  想いの行方〜

■alae・12■



「ね、花持ってても大丈夫かな」
「大丈夫だろ、だってICUは出たんだし」
麗花が首を傾げながら、珍しく真面目に尋ねたのに、俊はあっさりと返す。
入院のための準備を終えたところで、忍から、亮の意識が戻ったこと、普通の病室に移ったことなどの連絡が入った。
皆にも会える、とも。
術後が順調で、意識もはっきりしている、とは言え、大手術の後だ。
皆で押しかけるのは、普通なら控えるモノだとは、わかっている。
でも、ともかく元気な姿を見たい、という気持ちは、抑えきれない。
結局、長居はしない、と決めて、四人して押しかけることにした。
「でも、神経を通すためのバイパスをいっぱい刺したんでしょ?感染するような環境ってまずそうじゃん」
「それ心配するなら、行かないのがイチバンだが」
ぼそり、とジョー。
「う、それは却下」
一瞬、言葉につまりつつも、麗花は即、返す。
須于が、にこり、と笑う。
「まずは、会いに行きましょうよ。それで、花とか持ってても大丈夫なら、買いに行けばいいんだし」
「そうそう、時間はたっぷりあるんだから」
俊も笑顔になる。
麗花も、照れ臭そうに笑う。
「そうだよね、慌てること、ないんだよね」
それから、押さえ切れない笑みをあふれるように浮かべる。
「間に合ったんだねぇ」
「ああ」
「そうね」
ジョーと須于が、笑顔で返してくれる。
「亮、生きてるんだねぇ」
本当に嬉しそうな笑顔で、麗花は言う。ぽん、と俊が頭をはたく。
「なーにしみじみしてんだよ」
にやり、と顔を覗き込んで笑う。
それから、ぼやくように言う。
「あー、早く亮のつくった飯食いたい」
「うわ、この人退院してきたなり働かせるつもりだ!」
麗花のすかさずのツッコミに、俊は頬を染めながらも反論する。
「なんだよ、食いたくないのかよ」
「ん、確かに亮のご飯好き」
「まぁな」
「そうね」
思わず四人して、顔を見合わせて。
声を立てて笑う。
最初に我に返ったのは、ジョーだ。
「ここで油売ってるくらいなら、とっとと行った方が早くないか」
「そりゃそうね」
忍の車は、本人が持っててしまったきりなので、ジョーの後部座席が狭いスポーツカーに強引に四人で乗り込む。

病室のある階まで来たのに、足が止まったのは須于だ。
「どうしたの?」
「勢いでここまで来ちゃったけど……」
珍しいどころか、初めて見るような弱気な顔つきだ。
「?」
首を傾げた三人に、困った顔つきのまま、言う。
「連絡してきたのが忍でしょ?それに、入院してるのは亮じゃない?」
そこまで言われれば、須于がなにを気にしだしたのかわかる。
亮は皆に心配をかけたのを気にしているだろうし、忍は亮の頼みごとには弱い。
特に、いまは。
「俊、様子見てきてくれない?」
須于が、覗き込むように頼んでくる。驚いた顔つきになったのは俊だ。
「え?なんで俺?」
麗花とジョーが、どちらからともなく顔を見合わせ、それから、俊へと視線を戻して、異口同音に言う。
「お兄ちゃんじゃない」
「兄弟だろう」
が、納得するどころか、返ってあせった顔つきになる。
「いや、あれは便宜上で……」
「あのねぇ、確かに現実問題として、どっちが先に生まれたのかもわからないかもしれないわよ?でも、こんなに躰弱くて、しかもいまや忍の大事な想い人ってことはね」
「うわ、ストップ」
俊は、慌てたように手を出す。
「わかった、ともかく俺が見てくりゃいいんだろ、ちょっと待ってろ」
背を向けて、ずんずんと歩き出す。
三人は、誰からともなく、顔を見合わせる。
「お兄ちゃんかどうかっていうよりも」
「妹かもしれないって方に、けっこう動揺してるわね」
麗花がにやり、と笑う。
「しかも、発覚同時に恋人も出現だし?」
「そこまで決めてかかるのはどうかと思うが」
控えめにジョーが意見する。
「まぁね、そうだけど……でも、忍だって、ちゃんと自分の気持ち、伝えていいんだよ」
須于が、にこり、と頷く。
「そうね、亮もそうだけど、忍もいつも人優先だったもの……でも、あのまま消えるっていうのを選んだ亮を、連れてこれたのよ?」
「あー、そうか、そうよね」
納得して、嬉しそうに笑って、麗花は俊が歩き去った方へと視線をやる。

病室に入ったなり、俊は驚いた顔つきになる。
亮が、もうベッドに起き上がっていたのだ。
俊の顔を見て、亮は苦笑する。
「別に、無理をしているわけではないんですよ。刺激があった方が早く神経が繋がるので、仲文にも言われていることなんです」
「なんだ、そうなのか」
ほっとして、息をつく。
全身麻酔から醒めたばかりなので、顔色はいつもよりは白いが、手術前よりもずっといい。
それに、初めて出会ったときよりも、ずっと。
そんなことを思ったのは、ジョーと麗花にお兄ちゃん、などと言われたからだろう。
「どっか、苦しかったりとかないか?大丈夫か?」
首を傾げる。
ふ、と亮の口元に笑みが浮かぶ。
「はい、いまはどこも」
こくり、と頷いてみせた仕草が、懐かしい、と思う。
五歳の誕生日に、天宮の屋敷に戻った亮は、こうしてベッドにいることが多かった。
その時は、いつも尋ねていたのだ。
どっか痛くない?大丈夫?と。
いつも、亮は笑顔を返してきた。こくり、と微かな頷きと共に。
その笑顔が、大好きだった。もちろん、今も。
自然に、笑みが浮かぶ。
「実は、皆も来てるんだ、会えそう?」
もう一度、亮ははっきりと頷いてみせる。
「ええ、大丈夫です……それに」
言いかかって、口をつぐむ。
いくらか、頬の血の気が多くなったようだ。
「?」
俊が首を傾げると、忍が笑う。
「亮も、皆に会いたいんだよ、な」
照れた顔のまま、亮は小さく頷く。ぽんぽん、と忍は亮の頭を軽くはたくと、
「俺が呼んでくるよ」
「あ、なら、エレベータ下りたとこだから」
「ああ」
す、と忍は、病室から出て行ってしまう。その後姿を見送って。
どちらからともなく、顔を見合わせる。
「ホントに、まったく、大丈夫なのか?」
なんと言っていいのかわからずに、また、質問を繰り返してしまう。
「本当に、大丈夫です。心配をかけばかりで、すみません」
自分が心配をかけてばかりいるからこその言葉、とわかっているからだろう、少々自嘲気味の笑みで言ってから、小さく首を傾げる。
「兄さん」
どきり、とする。
麗花とジョーに言われたよりも、ずっとずっと。
一瞬、心臓が跳ねたかと思うくらいに。
それと同時に、不思議な実感と懐かしさと。
照れ臭そうな笑みになりながら、それでも、近づいて、ぽふ、と頭をなでる。
それから、真顔になる。
「俺が兄貴で、構わないのか?」
亮の方が断然の頭脳を持っているのだ、と知ったときから、ずっと確かめたかったこと。
自分たちが旧文明産物の機器から生み出されたのだと知った今、本当に根拠のないことになった。
亮は穏やかに微笑んでいる。
「本当に、兄、ですよ。時間、いくらか違ったそうですから」
「そうなのか」
機械でも、差が出るものなのか、などと妙なことに感心してしまう。
「でも、選んでいい、と言われたら、やはり、俊が兄がいいです」
「そっか、じゃ、俺が兄貴だな」
嬉しくて、にやり、と笑ってしまう。
なんで、とか、理由を聞く気はない。
亮がそれがいい、と言ってくれのたで十分だから。
「でも、呼ぶときは俊でいいよ、そっちのがなんか、一緒に立ってるって気するし」
「はい」
自分が守りたいのに守れないことを、いらだたしく思ったこともあった。
でも、今の方がずっといい。
一緒に戦える仲間で、それでいて兄弟だなんて、なんか贅沢だ。笑みが、大きくなる。
が、その笑みも、すぐにかき消える。
「それと、ごめんな。俺がもっとちゃんと聞いていたら……」
幼かったあの日、亮が目の回りそうな数のモニターを指し示した時に。
そうしたら、一人で苦しみ続けなくても良かったかもしれないのに。
亮は、首を横に振る。
「いいえ、僕の方こそ、謝らなくては……本当に、心から傷つけてしまいましたから……ずっと大事にしてもらっていたのに」
痛みを帯びた顔つきになる。
「ごめんなさい」
また、頭を下げるのに、今度は俊が首を横に振る。
「お互い、ちょっともったいないことしたな、ってことにしとこう。ちょっとじゃないか、すっげぇか、こんなに長い間、兄弟休んでたんだもんな」
亮は、痛みを帯びたままの笑みを浮かべる。
「天宮の家に戻る、と決めてくれたのに……」
言いかかった言葉を、ぽふ、ともう一度なでることで止める。
「いま、こうしてちゃんと、話出来てるだろ。それさえもなかったかもなんて、俺考えたくもないよ」
亮は、大人しくなでられたまま、俊を見上げている。
「遊撃隊の中では、亮と忍と、俺の秘密にしようかと思うけど、いいか?」
こくり、と頷いてみせてから、亮は、ふわり、と笑う。
初めて見た時の笑顔と、同じだ、と俊は思った。
扉が、軽くノックされる。
「はい」
俊が応えると、麗花たちが入ってくる。
忍が、本当に大丈夫、と伝えたはずだろうに、なんとなくおそるおそる、といった雰囲気で。
で、亮が視界に入ったところで。
「あ、ホント、すごく元気そう」
ほう、と麗花が大きく息をつく。
麗花ほどではないが、須于たちも肩から力が抜けたらしい。
なにかというと、亮は自分の躰を顧みることなく、無理ばかりする。だから、自分の目で見るまでは、安心できなかったらしい。
穏やかに微笑む顔は、血の気も戻っているし、いつもの亮だ。
が、珍しく、亮の方も、黙ったままじっと皆を見つめている。
皆の後ろから、忍が微かに苦笑して、声をかける。
「亮」
「あ……その、ご心配をおかけしました」
我に返った亮が、少し照れたような顔つきで、ぺこり、と頭を下げる。
ぷう、と頬を膨らませてみせたのは麗花だ。
「ホントだよ、すごくすごくすごくすごーく、もうすごくが無限大続くくらい、心配したんだからね」
「すみませんでした」
もう一度、頭を下げてみせる。
「謝んなくていいよ、謝って欲しいわけじゃないんだもん」
むう、と頬を膨らませたままで、麗花は言う。どうやら、泣き出したいのを我慢しているらしい。
「ちゃんと、大丈夫だったんだし」
むにゃむにゃ、と口の中で呟くように言ってから、黙り込んでしまう。
須于が、にこり、と微笑む。
「手術、お疲れサマ」
軽く首を横に振ってから、亮は口元の笑みを微かに大きくする。視線は、下へと落ちる。
「仲文や九条さんの方が、よほどお疲れさま、です……広人も、皆……本当に、なんと感謝していいのか」
視線を落としたまま、静かに続ける。
「……ありがとうございました」
「え?」
俊が、軽く首を傾げる。
顔を上げた亮は、珍しく、明らかに照れた顔つきだが、四人を見つめたまま、続ける。
「僕を、諦めないでくれて……ありがとうございました」
「亮……」
「皆が、望んでくれたおかげで、いま、ここにこうしていられます」
にこり、と微笑む。
「これからも、よろしくお願いします」
「礼を言うのは、こちらもだ」
静かな笑みを浮かべて、最初に応えたのはジョー。
須于も頷く。
「私たちの声を、聞いてくれてありがとう」
「それから、私たちと一緒にいることも」
麗花も、微笑む。俊も、笑う。
「こっちこそ、よろしく」
「はい」
はっきりと、亮は頷いてみせる。
それから、初めて、心配そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「頭痛とか、続いていませんか?体調は、大丈夫ですか?」
過去の記憶を、欠片でも思い出した俊たち四人を心配しているわけだ。
が、ベッドの上にいる、しかも、手術明けの亮にそれを言われるとは。
「大丈夫、四人で分けたから」
麗花が笑顔で言い、ジョーが苦笑気味に頷く。
「ああ」
「亮が、戻ってきてくれたからね」
須于が、にこり、と言う。
俊が、大きく頷く。
「ようするに、俺ら、誰が欠けてもダメってことだな」
今回のことで、本当に心から思ったことだ。
麗花が、胸を張ってみせる。
「そうよ、当然じゃない」
「それ、いまだから言えるんだろ」
俊がここぞ、とばかりにツッコむ。
「その言葉、そっくりまま返したげる」
麗花がすかさず切り返す。
ぐ、と言葉に詰まった俊に、皆が笑い出す。
最初に亮が軍師代理として来た時には、絶対に口にするはずの無かった言葉だと、誰もがわかっている。
あの時は、三ヶ月で絶対に追い返してみせる、と思っていたのに。
いまではどんな事件が起ころうと、亮さえいればどうにかなると思ってしまう。
いつからか、なんて知らない。
でも、確実に、暖かいモノが存在していて。
「いいじゃない、いまはそうなんだもの」
須于が、どうにか笑いを抑えてから、にこり、と微笑み直す。ジョーが頷き、忍が、にこり、と笑う。
「俺らの軍師は、天使ちゃん以外、考えられないしな」
「ああ」
「そうよ」
「そうだよね」
「そうそう」
「確実に実行できる人間が存在しなければ、僕の考えることなど机上の空論でしかありませんよ」
異口同音に頷きあう俊たちと、それから忍を、亮は見ながら、くすり、と笑う。
「『第3遊撃隊』が存在しなければ、意味がありません」
五人は、誰からとも無く、顔を見合わせる。
過去の記憶の意味と、なにが起ころうとしているのかを知った時、亮は、過去と同様に、『人形』となることを選んだ。
でも、その前に、ヒトツ。
『異端』という表現を当てはめることを、誰もが躊躇わぬであろう頭脳が考え出すことに、ついていける人間が存在する、ということを知った。
自分の頭脳が、他人を傷つけるばかりではないのだ、ということも。
奇跡のような偶然。
それがなければ、きっと『第3遊撃隊』など存在すらせず、今頃は。
「とにもかくにも、ね」
と、麗花が、ぐるり、と皆を見回す。
「私たち、スペシャルに特別な六人ってことだけは、確かなのよ」
誰からともなく、照れたような笑顔が浮かぶ。
『Aaua』という名の機械仕掛けの星が直面しようとしている、なにか。
それはきっと、いままでの事件と同様に、それ以上に困難なことになるに違いない。
そうでなければ、亮が命と秤にかける必要はないのだから。
「よっしゃ、やってやろうぜ」
ぐ、と俊が握りこぶしをつくってみせる。ジョーが、口元に笑みを浮かべる。
「当然だろう」
「ええ」
須于も、笑みを浮かべる。
「もっちろん」
麗花が深く頷き、忍も、笑みを大きくする。
「ああ」
忍の、俊の、ジョーの、須于の、麗花の視線が、亮へと集まる。
亮は、静かに瞼を落としてから、ますぐに視線を上げる。
その顔には、絶対の自信しかない軍師な笑みが浮かんでいる。
「code Labyrinth go!」
「Yeah!」
皆の声がキレイに揃い、そして、あとは笑い崩れる。
行こう。
最後まで、六人で。



〜fin〜


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