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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・1■



目前にあるのが、大画面のせいもあるかもしれない。
総司令室のモニター全部を使って、それは映し出されている。
元々大きい目を、さらに見開いて見入っていた麗花が、ぽつり、と言う。
「映画見てるみたい」
「まぁな、俺も実感ねぇや」
俊が頷く。
島がヒトツ、崩壊して消えていく。
始まりは、何気なく流れたニュースだった。
南の楽園とも呼ばれるモトン王国の最北端島が、地質調査の結果、地盤が緩んでいるのがわかった、というもの。
それが、住民全員への避難勧告が発令されたとたん、『Aqua』全体の注目を集めることになる。
これほど大掛かりな避難など、崩壊戦争以後はなかったことだ。
各国メディアが入り乱れ、島民全員の避難の様子の中継などが行われる騒ぎは、ある種の祭りではないか、と思わせるほどで。
そして、無事、全員がモトン王国の各島へと移動を終えた、と伝えられて、祭りは終わったはずだった。
まだ、今後の対応が発表されていない、というニュースと、困惑顔の避難住民たちの様子を伝える様子は、もう平常の事件を伝えるものと変わらない。
だが、避難完了宣言から三十分も経たぬうちに、それは起こったのだ。
いままで、『Aqua』が経験したことのないほどの大地震。
しかも、その揺れと共に、人がいなくなった島が崩れ去っていく。
揺れだけで、三分の一ほどが崩れて消えただろうか。
ことは、それだけでは収まらなかった。
次に襲い掛かってきたのは、残った島のほとんどを呑み尽くそうかという大津波。
またも、いともたやすく大地が崩れ、海へと沈んでいく。衝撃で大波が起こり、また、大地を削っていく。
モトン王国の領有する島の中でも一、二をあらそうほどの大きさの島が跡形もなく消え去っていく。
どれをとっても、衝撃的、という表現しか思いつかない。
信じがたい、と思ってしまうのも確かだ。
実感がない、と麗花でさえ口にしてしまうのも、納得出来る。
「だが、現実だ」
ジョーの低い声が、ずしり、と現実の重さを伝える。
まだ、実感がわききっていない顔つきで、俊が首を傾げる。
「今回の相手は、『Aqua』自体、ということか?」
「ある意味では、そうですね」
いつもと変わらぬ、冷静な声で答えは返る。
須于が、きゅ、と手を握り締める。
「これだけでは、終わらないんでしょうね?」
「それどころか」
亮の顔には、皮肉な笑みが浮かぶ。
「しばらくは、ワンサイドゲームです」
「しかも、こっちがやられっぱなしの、か」
忍が眉を寄せる。
「残念ながら」
亮が、頷く。
誰からともなく顔を見合わせてから、俊が怪訝そうに尋ねる。
「でも、なんだってこんな大地震が起こるんだ?」
「機械仕掛けのぜんまいが、切れかかってるってことじゃないの?」
麗花が、肩をすくめる。こくり、と頷いてから、須于の視線が落ちる。
「メカが五百年以上もってるということ自体、実のところはかなり奇跡的とも言えるわ。メンテナンス機構が上手く動作しなくなったのだとしたら、ありえるわね」
「そうだとしたら、止める手段はない、ということになる」
目を細めたのは、ジョーだ。
忍も、軽く眉を上げつつ、頷く。
「今までよりも厄介な相手になる、とは聞いたけど、対処法が無い、とは聞いて無い」
「対処法が無いわけでは、ありません」
明確な亮の答えを聞いて、怪訝そうな顔付きになったのは俊だ。
「じゃ、なんでワンサイドゲームになるんだ?」
「対処方法はあるけど、いまは出来ない?」
顔を上げた須于の言葉に、亮は、また、頷いてみせる。
不機嫌そうに、眉が寄る。
「対処が出来るのは、十二月三十一日に設定されています」
「設定?」
俊に負けず劣らず、忍たちの顔つきも怪訝そうになる。
「誰かが、それを意図している?」
「ええ、今現在は、自分が思うがままにことを動かしているようですね」
当然の疑問が、俊の口をつく。
「いったい、誰が?」
奇妙な表情が、亮の顔に浮かぶ。
「過去の人間ですよ。『Aqua』を造り上げ、破壊する者たち、と言うべきでしょう……最初から、こうなるよう、仕組んでいたのですから」
「いつかは、『Aqua』が崩壊するようにってこと?」
麗花が首を傾げる。
「そのようですね」
「今現在、わかっていることは?」
忍は、いつものオペレーションと変わらない表情と声で尋ねる。
「『Aqua』に内包されている『地球』を切り離し、完全な機械仕掛けへと移行できなければ、『Aqua』という星もろとも消滅せざるをえませんが、切り離してしまえば、大規模な地震と崩壊も止まります。『地球』と繋がっていることが、コトの原因ですから」
応じる亮の声も表情も、いつもの軍師なモノだ。
が、告げられた事実は。
「ちょっと、待て」
片手を上げたのは、俊。
モニターに映し出されていた、モトン王国の島が消滅するという『Aqua』崩壊の序章ですら、まだ実感がわききっていない。
「繰り返したところで、内容が変わるわけ無いってわかっちゃいるんだけど、もう一度言ってくれる?」
亮は、表情も声も変わること無く、もう一度、俊が聞きたいであろうことだけをゆっくりと、繰り返す。
「『Aqua』の中には、『地球』が内包されています」
かつて、生物が生まれ、人を育んだ星を、人は喰い尽くし、捨て去った。
そして、どこにあるのか、誰も知らない。
少なくとも、崩壊戦争以後はそう言われ続けていた。
あまりに、手がかりが無さ過ぎて、誰も探そうとすら、出来ていなかった。
それが、まさか、足元にあるとは。
大きな殻に包まれているとはいえ、故郷である星に、いまだ育まれているとは。
だが、人は、今度こそ本当に、『地球』を喰い尽くしたのだ。
外に溢れ出している地震は、『地球』の断末魔の叫び声。
やや、しばしの、沈黙の後。
「……ずいぶんとまた、壮大な青い鳥ね」
須于が、まだいくらか目を見開いたまま、感想を口にする。
「青い鳥は、幸せになれますけれどね」
「こちらは、青い鳥を開放しないことには、心中するしかなくなる、か」
忍が肩をすくめ、ジョーが目を細める。
「いま、出来ることは?」
「地震発生場所と規模の把握は済んでいます。ですから、各国への正確な情報伝達は総司令官の仕事、そして各国首脳は『Aqua』全土に広がるであろう不安を抑え込むことになります」
一度、言葉を切ってから、続ける。
「現状、把握している限りは、二週間に一度という正確さで、今日と同等の崩壊が発生します」
「相手さんが設定したとかいう期限まで?」
忍の問いを、亮は頷くことで肯定する。
ジョーが、さらり、と数字を返す。
「単純計算で、あと五回だな」
「そんなに正確な刻みで、『地球』の地震を制御出来るの?」
『地球』は人工の産物ではない。地殻変動を制御することなど、不可能のはずだ。
須于の問いは、もっともなもの。
「地殻変動分のエネルギーを溜め込み、特定箇所に放出する、というシステムがしかれています」
それは、かつて『Aqua』を造り上げた人間たちの手によって、ということだろう。
麗花が、きゅ、と眉を寄せる。
「私たちはただ、それを見てるしかないってこと?」
「崩壊に関しては、出来ることはありません。『Aqua』に張り巡らされているメンテナンスソフトは全て確認済みですが、設定日以前に『Aqua』内部に入り込もうとすれば、その時点で完全崩壊します」
亮はさらりと言ってのけるが、自らの命を秤にかけてしていたことは、これだったに違いない。
どこか、些細でいい、スキはないか、と。
『Aqua』を崩壊させずに済ませるために。
ほんの少しであったとしても、被害を小さくさせる方法を探る為に。
この星に張り巡らされている、と一言で言うが、詳細に挙げていったら生半可の量ではすまない。
それを全てトレースしてのけたのでなくては、ここまで確信を持った発言は出来ない。
少なくとも、亮はそういう人間だ。
そして、被害を少なくする最良の方法が、「退去」だった。
崩壊する場を、去るしか無い。
崩壊していくことを、止める手段が無い。
亮だけでない。
『Aqua』の命運を握るリスティア総司令官、天宮健太郎が、そう判断した。
あまりにも厳然と、『Aqua』の崩壊は目前に迫っている。
「俺たちの仕事は、『地球』を切り離すこと、か」
「そうです」
忍たちは、誰からともなく顔を見合わせ、もう一度、亮へと視線を戻す。
「三ヶ月近く、ただ、待つしかないわけか」
いつもよりも、幾分低い声でジョーが尋ねる。
亮の口元に、奇妙な笑みが浮かぶ。
「ええ、いつも通りのまま」
もどかしげに、麗花と俊が顔を見合わせる。ジョーも軽く舌打ちしたし、須于も、きゅ、と手を握り締める。
ただ、亮を見つめているのは忍だ。
亮の口元の笑みが、鮮やかに変化する。
「なにが起ころうとも、いつも通りに」
ゆっくりと、口にする。
『いつも通り』という言葉に、なにか別の意味が含まれることに、忍ではなくても、気付く。
「『崩壊』を、落ち着いて見守れ、ということじゃないよね?」
もう、それについては手の出しようがない、と亮がはっきりと言っている。
「これからの『崩壊』予定は、このようになっています」
静かな口調と共に、モニターに世界地図が現れる。
ルシュテット、プリラード、そして麗花の故郷であるアファルイオ。
大国と呼ばれる国も、一回は取り込まれている。
「小国の方は、大国と呼ばれる国と縁が深い国です」
「なるほど、大国の国家元首が動揺しなければ、比較的世論は抑えやすい、か」
忍が頷く。麗花は、地図を見上げて自国の『崩壊』場所に見入りつつ、呟くように言う。
「うわ、ウチが何番目か知らないけど、北方民族狙い撃ちはマズイよ」
旧文明崩壊以来の動乱の地であり、風騎将軍と二樹と称された先王たちが、やっとのことで平定した地域だ。
あれだけ大規模の『崩壊』が起これば、政治的にも揺れ動くに違いない。
再び兵を動かさねばならぬようなことになれば、国民の感情が揺れないわけはない。
そうでなかったとしても、そう何回も『崩壊』が続けば、感情的になりがちがアファルイオ国民は不安定になるだろう。
「そうですね」
変わらぬ口調で、亮は応じる。
「『崩壊』が起こるのは定期的、そして場所は全てリスティアには直接被害が及ばぬ場所です」
「そして、『Aqua』の中枢はほぼリスティアに集中してる、か」
忍が肩をすくめ、俊が両手を上げる。
「そりゃ、最も冷静って言われるルシュテット国民だって、疑心暗鬼になるぜ?」
「いくら自国の中心とはいえ、リスティアの人も疑いたくなるでしょうね」
須于も、改めて地図を見上げ直す。
ジョーが、しめる。
「この『崩壊』はリスティアの……ひいては、全てを握っている総司令官の策謀ではないのか、と」
「当然、その虎の子も槍玉に上げられる、というわけね」
麗花が、皮肉な笑みを浮かべる。亮は、にこり、と笑み返す。
「いままで功績とされてきたことも、全てマイナス要素で扱われるでしょう」
「マスコミなんて、引っ掻き回すのが仕事みたいなもんだからな」
バンザイ、なポーズのまま、俊がぼやくような口調で言う。
「それでも、いつも通りに、か」
「ええ、いつも通りに、です」
物理的なことは、なにもない。
だが、精神的には、間違いなくキツくなっていく。覚悟を決めてかかったとしても。
『Aqua』の中で、総司令官と遊撃隊だけが、孤立していくのだから。
にこり、と笑い返したのは、麗花。
「大丈夫」
「ああ」
忍も、いつも通りの笑顔で頷く。
「少なくとも、六人いるわけだから」
「それに、理解者もいてくれてるわね」
仲文も、広人も。
世間がどう騒ごうが、健太郎や自分たちが、どんな人間かを知っていてくれている。
「国家的な立場はともかく、こちらが意図的にやるような人間ではないと、巻き込まれる国家元首たちも知っている、か」
ジョーが、地図の崩壊点を指でたどるようにしながら言う。
「Le ciel noirも、知っていますから」
裏社会も、押さえられている。
致命的なことには、そうそうなるまい。
「『第2遊撃隊』は?」
俊が、はた、としたように首を傾げる。
「昨日、解散しました」
「解散?!」
「ホントに?!」
思わず、口々に訊き返してしまう。これも、充分にそれだけの衝撃のある知らせだ。
が、亮の表情は、相変わらずいつも通り。
「ええ、少々ハッキング能力がある方が探しても、存在した痕跡すら探し当てることは出来ないでしょう。『第1遊撃隊』に関する情報も同様ですが」
「リスクは限りなく減らす、ということ?」
須于の問いに、にこり、と笑みだけで肯定する。
麗花が、半ば苦笑しつつ言う。
「それにしたって、存在すら完全抹消とはね」
「旧文明情報まで入り込むことが出来るなら、詳細な記録を見つけることが出来ますよ」
「ようは、亮しか覗けないってことでしょ?それって完全抹消と変わらないじゃん」
すかさず返されて、亮の笑みも大きくなる。
「まぁ、ほぼ、そうですね」
そう遠くない日に、『第3遊撃隊』も同じ存在となるのだろう。関わったほんの数人だけが知るだけのモノに。
「標的は俺らだけってことか」
「そりゃ、限りなくいつも通りに待機になるわな」
世論が騒がしくなり、総司令官とその麾下の少人数部隊が槍玉に上げられ始めてから大人しくするのでは遅い。
「いつも通り待つ他には?」
ジョーが、何気ない口調で尋ねる。
五人の視線を受けて、亮は緩やかに微笑む。
「個人的にお願いしたいことが、ヒトツあります」
「おお、亮からのお願い」
「そりゃ、可能な限りはいくらでも」
「初めてだものね」
口々に言われて、少々照れた顔つきになる。
が、す、と真顔に戻り、ゆっくりと息を吸う。
「思い出した過去の記憶を、教えていただけないでしょうか?」



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