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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・2■



なんの考えもなしに、亮がそんなことを言い出すはずがない。
でも、訊かずにはいられない。
「亮がイチバン、覚えてるんじゃないの?」
ずっと、過去の記憶と向き合ってきたのだ。それが、躰を蝕むほどに。
「ええ、ですが、完全というわけではありません。記憶というものは、印象深い方が優先するものですから……」
須于と麗花が、顔を見合わせる。
「なるほど、覚えてることが同じ、とは限らない、か」
「持ってるのは、パズルピースかもしれない、ということね」
亮が行方不明になった時には、自分達が納得ずくで死んでいったことと、旧文明時代の亮は人工生命体だったことしか、互いの記憶を確認していない。
思い出すこをを望んでいなかった亮に無意識の遠慮があったのと、必要以上を話す時間が惜しかったのとで。
亮は、穴があるにしろ、自分の記憶を補完する気になったのだ。
皆の記憶を、使って。
それだけ、状況が厳しいのもあるだろう。でも、それだけではない。
最後まで、六人で。
そう、決めたから。
先ずは麗花が、亮へと向き直る。
「記憶って、印象深いモノが優先っていうのを実感できるだけかもしれないよ?くっきり思い出してるのは、自分が死ぬとこだから」
苦笑気味に微笑んでから、軽く肩をすくめて話し出す。
「事実として覚えていることは、私の歌う歌には特殊効果があるってこと。旧文明時代のアファルイオで、人を精神的に押さえ込む為に、私の声を増幅させて使ってた。国の名前は違ってたんだろうけど、そこまでは覚えてないな」
言葉を切った麗花のロ元に、にやり、と笑みが浮かぶ。
「理由もきっかけもわからないけど、私は自分の声で人を押さえ込んでるっていうのが気に入らなくて国を抜けだした上に、人の精神を解放させる歌を歌って消された、多分」
自分の額の真ん中を指し示しつつ言う。
「ここを撃たれてね」
それから、須于へと視線をやる。軽く首を傾げながら、須于は、出来るだけ正確に思い出すために、いつもよりもゆっくりと話し出す。
「私がやってたのは、幻影片が映し出す『地球』の映像を使っての解放ね。……それで危険視されて元々マークされてたみたい。最後は、かなりな人数に狙われてて……それでも私は、そこに立つことを選んだとだけは、すごくはっきりと。いた国がはっきり思い出せないあたりからいって、レジスタンスみたいなのだったかも」
須于は、そこまで言ってから、まっすぐに亮へと向き直る。
「そうね、はっきりと覚えているのは、出来事っていうより意識の方ね」
「うん、私も言えたかも」
麗花も頷く。
どちらからともなく視線が合って、二人の声が揃う。
「『解放』しなくては、はじまらない」
たとえ、待つのが「死」だとしても。
「へぇ、けっこう覚えてるんだな」
感心した顔つきなのは、俊だ。それから、しきりと首をひねる。
「俺なんて、ホント、自分が串刺しで死んだくらいしか、思い出せてない」
「串刺し?」
麗花が、怪訝そうになる。俊は、あっさりと頷く。
「そう、剣で串刺し。ざくざくざくざくざくざくっとだな」
指で、自分が刺された場所を、指していってみせる。思わず想像してしまったのだろう、須于が口元を押さえる。
麗花も、痛そうに眉を寄せている。
それを見て、俊は苦笑を浮かべる。
「そう、凄惨だよな。どう考えたって苦しいに決まってるのに、俺が覚えてるのは、すっげぇ充足感なんだ……うまく言えないけど……やってやった、それか、やっとやれた」
「多分、解放関係のなにかで、そういうことになったんだと思うよ」
麗花が補足するように言う。
忍とジョーは、口をつぐんだまま、亮へと視線をやる。
薄い笑みを浮かべて、亮が口を開く。
「一般的に、旧文明と呼ばれる時期の記録がほとんどないのは、人がそれを記憶していないからで、超高度に発達した機械文明の世界を支配していたのは、ほんの一握りのコンピュータ管理者だけ、と想像されています」
「そうね、あとの人々は精神制御を受けていたって言われてるわ。実際、どちらも事実だったわけだけど」
精神制御を解くための、『解放』だったのだから。
亮は、須于の言葉に頷いてみせてから続ける。
「精神制御を受けていなかったのは、中枢管理を任された人間と、何らかのイレギュラーで精神制御パスを持たずに生まれた人間です」
「私は管理する側の人間で」
麗花が、視線を須于へとやる。
「私はイレギュラーな側の人間ね」
「俺も、だな」
俊も、頷く。そうでなければ『解放』へと動く理由が無い。
「ってことは、『崩壊戦争』ってのは、そういう人間たちが集まって起こした一種のクーデターなのか?」
「そういう風に仕向けたって言った方が正確だけどな」
ぽつりとロを挟んだのは、ずっと無言で聞いていた忍だ。
その視線をうけて、ジョーは軽く片眉を上げる。
「始まりは大国同士の『Aqua』の覇権争いだ」
「シャフネ、リュトス、ファーラ、そしてナタプファ」
よどみなく亮が国の名を挙げる。忍とジョーは、口の端に笑みを浮かべて視線を見交わす。
「ファーラは完全に出遅れてたな」
「シャフネが早過ぎるんだ」
「成功するとは思ってなかったんだよ」
旧文明産物の得物を手にしているからか、二人の記憶は、俊たち三人よりは情報量が多いようだ。
掛け合いのような会話の端々から、忍とジョーが、その大国の覇権争い、とやらに関わっていたのだとは推測できる。
だが、はっきりと話が見えない。
「何に対してファーラが出遅れてて、シャフネが早かったの?」
麗花が、軽く口を尖らせる。
忍とジョーはどちらからともなく視線を合わせてから、亮を見る。
亮の口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「ナタプファが秘匿していた最終兵器奪取の為の行動開始時期、です」
「最終兵器」
須于が、ゆっくりと繰り返す。俊の顔にも、緊迫感が増す。
「『緋闇石』、か?」
亮は、静かに首を横に振る。
「いいえ、まだその存在を知る人はいませんでした」
「じゃ、最終兵器って……?」
麗花が、忍を見やる。
「最終兵器、と呼ばれていたのは、『Aqua』に現存する唯一の人工生命体」
「え!?」
「じゃ、亮のことなのか?!」
麗花と俊が、口々に言う。
人工生命体だった、それだけは、覚えている。だが、最終兵器、とは。
「どんなに異種遺伝子配合や精神制御技術が高度になっても、人工生命体を作り出すのは容易ではなかったようですね」
淡淡とした声で、付け加える。
「科学技術レべルでは『地球』より発達していたはずの『Aqua』での、成功例はないようです」
その言葉の意味するところが、理解出来ないわけはない。
人工生命体は、まだ人が『地球』にいた頃から存在した。
俊たちが驚きで言葉を失ってる間に、忍が付け加える。
「その上『Aqua』史上で、唯一の存在であるはずの人工生命体を目にした人間がいなかった」
「各国の中枢情報機関には、確かに存在する、という情報があるのに」
ジョーの言葉に、亮がにこり、と笑う。
「その情報で、ナタプファは他国を牽制するつもりだったのでしょう」
「だが、シャフネとリュトスは、そうは思わなかった」
「手に入れようとしたのね?最終兵器を」
須于が、そっと手を握り締めつつ、尋ねる。
「奪取が困難ならば、破壊を」
忍が、低い声で答える。
「その為に、どちらも最高の抹消者を用意しました」
亮の言葉に、俊が怪訝そうに首を傾げる。
「抹消者?」
「イレギュラーで生まれた人間は、二つに分かれるわけね。抹消される対象となるか、抹消する者となるか」
麗花が、にやり、と笑みを浮かべる。
「抹消しなかったら、管理者にとって厄介なイレギュラーな存在が、いくらでも増えてしまうもの」
精神制御されない者は、人口管理制御とは関係なく子孫を残すことが出来るはずだから。
「精神制御パスが無い中から、運動能力が高くなると診断された者に、徹底的に叩き込む」
「そして、最高の武器を与える」
忍が手にした龍牙剣と、ジョーが手にしたカリエ777。
二人の手に馴染むそれが、何の為に生み出されたのか。
武器が高性能になる理由は、ヒトツ。
誰かを、殺す為。
「二人は、抹消者だったのね」
須于の言葉に、忍が笑みを浮かべる。
「でも、一人は守護の死神と呼ばれるようになった」
戸惑った顔つきになった須于と、対照的な笑みを亮が浮かべる。
「彼女を狙う者は全て、死を与えられましたから」
「なーるほど?」
にやり、としたまま麗花が、ジョーと須于を見比べる。須于は、『彼女』が誰で『守護の死神』が誰なのか、やっとわかったらしい。
その頬が、軽く染まる。
俊が、少し考えてから尋ねる。
「でも、殺されたんだよな?」
「守護の死神をもってしても守り切れないほどの暗殺者がいた、ということです」
こくり、と頷いてから、麗花は忍へと向き直る。
「で、もう一人は?」
「『解放』が『Aqua』レベルで可能かもしれないとわかってからも、そうやってることは変わらなかったな」
いつもの忍からは想像もつかない、冷えた笑みを浮かべる。
「ファーラの歌姫を殺りに行ったりとか」
ぎょっとした顔つきになったのは須于と俊。話の流れからして、その歌姫は麗花だ。
が、肝心の麗花は、くすくすと笑う。
「精神制御してる存在を抹消すれば、少しは、民衆も開放側に動揺するってわけね」
にやり、と忍も笑う。
「ところが、その歌姫は、脱出をご所望になられた」
吹き出したのは俊だ。
「なんだ、旧文明の頃から脱出癖あったのか」
「あら失礼ね。それで味をしめただけよ」
わざとらしく頬を膨らませてみせる。
「同じことだっての」
すかさず俊が言い返して、六人して大笑いになる。
どうにか笑いおさめて、須于が亮へと向き直る。
「私たち、『解放』という共通の目的の為に集まったのね?」
「それ以外に、本当に自由になる方法は、ありませんでしたから」
麗花が、不可思議な顔つきで首を傾げる。
「集まった中に、亮もいたよね?」
「はい」
「えっと……」
珍しく、麗花は言葉につまって口をつぐむ。
須于が、察して言い代える。
「皆もそうだけど、亮も今とは違う役割りだったの?」
にこり、と亮は微笑む。
「いえ、似たようなモノですよ。軍師という役職の名がなかっただけで」
「じゃあ、どうして……」
俊が首を傾げる。
全て言う前に、何が言いたいのか理解した亮の笑みが、微かに痛みを帯びたモノに変化する。
ジョーの口元にも、どことなく皮肉な笑みが浮かび、忍がゆっくりと口を開く。
「本当の最終兵器が稼動したから」
誰からともなく、視線は亮へと集まる。
どことなく、ゆっくりとした動きで。
「存在が明らかになったのは、完全に『解放』へと歩みはじめてからでした」
静かな亮の声が、妙に通って聞こえる。
「もちろん、多少の時差はつけるものの、ほぼ一気に『Aqua』全土を『解放』するつもりではいましたが……正真証明、一気にケリを着けざるを得なくなりました」
『解放』を危惧する各国中枢から送り込まれた暗殺者たちが、手に負えぬほどに紛れ込んでいるとわかっていても。
その為に、自分が死ぬとわかっていても。
絶対に思惑通りに作動させてはならない、たったヒトツ。
「祭主公主の一件だけでも、あれだけの力を得ることが出来ました」
現在、実際に起きた出来事として、六人ともがはっきりと目にしたことだ。感情的な国民性だということを考えあわせたとしても、いきなり精神解放された人々の動揺には、及びもつくまい。
例え小国一つだったとしても、想像を絶する力を得たに違いない。フォローする間も無く、『破壊』はもたらされる。
「『緋闇石』に、そう何度も力を与えるわけにはいきませんでしたから」
数回に『解放』を分ければ、それだけの回数、『緋闇石』は『破壊』をもたらす。
選択の余地はなかった。
今と同じように、旧文明時代も亮はあらゆる情報を網羅して『緋闇石』を消すための手段を探したのに違いない。
「死」という答えを選択せずに済むように。
少なくとも、自分以外が。
それでも、見つかった答えはヒトツだった。
やっと、わかる。
なぜ、死ななくてはならなかったのか。
なぜ、納得ずくで死んでいったのか。
「まぁ、それはそうとして」
忍が、亮へと向き直る。
「残念ながら、亮が覚えてる以上のことを、俺らが付け足せそうにはないみたいだな」
「そのようだな」
ジョーも頷く。
亮は、がっかりした様子もなく、頷く。
「そうですね、もし、思い出すことがあったら、教えていただけますか?」
「そりゃ、もちろん」
俊が頷く。須于も微笑む。
「頭痛がしない程度に、考えてみるわ」
なにを心配されるかは、わかっているから。麗花も大きく頷く。
「だから、亮も無理はダメだからね」
「気をつけます」
笑みが、大きくなる。
「信用ならないよねぇ〜」
「そうそう、自分では無理の範囲じゃないとかって、すぐにね」
須于と麗花が、頷き合いながら立ち上がる。情報は、いまはこれ以上無い。総司令室に長居する理由もない。
「そうそう、今日は私、新しい料理を覚えたの、だから夕飯、引き受けるわ」
『第3遊撃隊』としての仕事は待つことしか出来ないが、総司令官のフォローはかなりしているに違いない、と察しているのだろう。
須于の言葉に、亮は素直に頷く。
「わかりました、楽しみにしていますね」
「あ、でも、買い物に行かないと」
「お嬢さん、イイのがおりまっせ」
などと、麗花が首根っこを掴む。
「うお、なんで俺?!」
俊がマヌケな声を上げ、はしゃぎながら三人して階段を上がっていく。
忍とジョーは、追うような素振りを戸口までしてから、三人が気付かずに上がりきるのを見届ける。
そっと、扉を閉じて、どちらからともなく、座ったままの亮へと振り返る。
「さて、と?」
「本当に知りたいことは、なんだ?」



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