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夏の夜のLabyrinth
〜20th 蒼惑星〜

■eternal・32■



がくん、とシャトルの機体が揺れる。
飛び立てぬよう捉えていた足が、壊れたのだ。
忍が、シャトルの戒めを切り捨てた、ということ。
今しか、チャンスはない。
遠隔操作のプログラムが、一気に作動する。
点火待ちだったエンジンが、勢いよく火を噴く。
轟音と共に、機体は持ち上がる。
一気に来る加速に、勾玉を掴んだまま、俊は身をすくませる。
勢いに押されて、麗花がよろめくのを、ジョーが支える。
必死の様子で、モニターを見つめながら、須于が声を上げる。
「発射したわ、『Aqua』側のゲートも開いてる!」
『Aqua』から『地球』へと降りた時と同じ、冷静なデータの羅列が加速と同じ勢いで流れて行く。
でも、足りない。
忍が、いない。
麗花が、須于が、ジョーが、いくらか不安な視線を、俊の手にしている勾玉へと向ける。
俊は首を横に振る。
さっきまで、亮と声が通じる時に感じたようなぬくもりも無ければ、かすかに振動するとか、ほのかに光るとか、ともかく、全く反応が無い。
見る間に、『地球』は遠ざかっていくのに。
「ねぇ、エンジンの火って!」
自分にかかる重力に抗いながら、麗花が問う。
「真下に降りなかった?!」
「推進力を真上に作ろうと思ったら」
須于が、まともに答えかかって、口をつぐむ。
真下に、これだけの加速をつけるだけの火力を発揮したら。間違いなく、捕らえていた足元にいるはずの、忍は直撃を受ける。
無防備に立っている人間が、無傷でいられるわけがないどころか、蒸発して消えてもおかしくない温度だ。
「それも、亮は、わかっているはずだ」
カリエを握り締めながら、ジョーが低く言う。
亮の、絶対に、という単語を信じるよりほか、ない。
そこまで考えて、はっとする。
「亮は?!」
麗花が、必死の顔で、俊を見つめる。
亮の手元にも、龍牙の勾玉がある。
だからこそ、『Aqua』を思い通りにしようとした男の裏をかくことが出来たのだから。
もう一度、俊は首を横に振る。
人工生命体を作り出し、『Aqua』中枢創設に深く関わり、そして、人を思い通りに操ろうとした男が切り捨てられた後。
真紅に染まった映像が、ふつり、と途切れた後は。
なんの、反応も無い。
映像も、音も、なにも。
通常の通信も、なにも入ってこない。
男は、亮を道連れにする、と言った。
自分のモノだ、と。
自分が消えるときは、亮も連れて行く、と。
見事に貫いた亮の肩を、血まみれの手で掴んだ。
そこまでは、見えた。
その後、どうなった?
相変わらず続く加速の中で、俊は強く強く、勾玉を握り締める。
亮を連れ戻せるのは、いつだって忍だから。
「もうすぐ、『Aqua』に入るわ!」
モニターを見上げて、須于が必死の声を上げる。
窓の外に、『Aqua』の内部壁が見え始める。
「忍!」
麗花が、両手を握り締めて、思い切り叫ぶ。ぐ、とジョーも唇を噛み締める。
俊は、爪が、手のひらに食い込みそうになるほどに、握り締める。
「忍!てめぇ、絶対って言ったじゃねぇか!」
その、瞬間。
カッと手のひらが熱くなった気がして、思わず開く。
勾玉が、まるで幻影片が映像を出す時のように、光を帯びる。
最初に見えたのは、朱鞘の剣。
次の瞬間には。
「忍ッ!」
麗花が、思い切り飛びつく。それを抱きとめて、にこり、と微笑む。
「悪い、遅くなった」
「このバカ、心配させやがって!」
俊が、勢いよくパンチをよこすのを、右手で軽くうける。
「だから、悪かったよ」
須于の瞳も、ゆらゆらと揺れている。
思わず、大きく息をついてから、ジョーも笑みを浮かべる。それから、その笑みは苦笑へと取って代わる。
「シールドを張ったんだな?」
「そう、エンジン直撃じゃ、俺もさすがに無傷じゃいられないからさ、シールド張ってる間は瞬間移動は無理だし」
イタズラっぽい笑みを浮かべて、付け加える。
「滑り込みセーフってとこだったな」
肩をすくめた忍に、俊は、ずい、と勾玉を差し出す。
受け取って、素早く龍牙に結び付ける忍に、俊は言う。
「忍、もう一回、飛べ」
「ああ、そのつもりだ」
笑みが消え、真顔に戻る。
亮からの通信が、いつまでたっても無い。
問題の男は、刺し貫いた。
完全に消え去ったから、今、こうして『Aqua』に向うことが出来る。
だが、男は、消える時に宣言した。
亮を、道連れにする、と。
麗花から一歩離れ、す、と龍牙を真横に構える。
す、と瞼を閉ざすと同時に、その姿はかき消すように消える。

龍牙を抜き払ったのは、景色よりも先に気配を感じたからだ。
こちらに向ってくるモノを、一気に切り捨てる。
横殴りにされたように倒れ付していた亮が、どうにか、という様子で顔を上げる。
「忍」
「たいがいシツコイな、コイツも!」
言ってのけて、また、向ってきた糸の大軍を切り捨てる。
亮と、通信網を繋いでいたモノだ。
それが、意思を持ったかのように動き回りながら、亮を絡めとろうとする。
忍は舌打ちをすると、龍牙の鍔を、ぐ、と握り直す。
次の瞬間には、その手には二本の剣が掴まれ、そのどちらもがすさまじい音を立てて、糸を切り落とす。
自分に直に向ってこなくなったので、亮には余裕が生まれる。
じっと、しばらく糸の動きを見つめていたが。
「忍、あそこです!」
その白い指で、まっすぐに一点を指す。
「トドメだ!」
声と共に。
深々と、龍牙は亮が指した一点を、貫く。
意思を持っていた糸は、くたり、と、その命を終える。
男の意思は、全て、『Aqua』から切り離されたのだ。

シャトルから飛び降りるように降りた俊たちは、旧文明時代の総司令室へと、最初に亮が指示を与えた場所へと走る。
扉の目前で、激しく咳き込む音がする。
死を覚悟して行方をくらました亮を、アルシナドへと連れて帰る車中で、激しく吐血した時と同じ音。
「亮?!」
勢いよく走り込みながら、俊が名前を呼ぶ。
口元をぬぐい終えて、膝をついたまま笑顔がこちらを向く。
いつも通りの、亮の笑顔が。
「まだ、大丈夫です」
数ヶ月前の、手術直前と同じほどに、血の気は引いている。
亮と通信網を繋いでいたのは、神経だ。あの手術でも、完全には元に戻せないと告げられた。
男は亮をどうあっても手に入れようとして、亮はそれに抗って、そして、勝った。
だけど、その代償は。
一瞬、呆然と眼を見開きかかった俊は、笑顔のままの亮と、いつも通りの余裕の表情の忍の視線とに合って、はっとした顔つきになる。
そう、あの男を消さない限りは、永遠に終わらない。
そして、六人で、やってのけたのだ。
男は消えたのに、今、ここには六人が、いる。
に、と笑みを浮かべる。
「おっしゃ、六人、集合ってわけだ」
俊の表情の変化を、そして、亮と忍の表情とを見比べたジョーたちにも、告げられなかった真実がわかる。
瞬間的に瞼を閉じた麗花が、にんまり、といつも通りの笑顔を浮かべて、亮に問う。
「さぁ、次は何?」
「まだ、総司令官の方のケリがついていない」
まっすぐに亮を見つめたまま、ジョーが言う。
須于も、笑みを浮かべる。
「最後の仕上げを、するのね?」
「察しが良くて、助かります」
亮は、身軽に立ち上がってみせる。そして、総司令室と同じように、モニターを作動しはじめる。
軽やかに動く指も、流れていくシュミレーションも、いつも通りの光景。
そして、大量の情報処理をしながらの指示も。
「総司令官を狙う連中が、記者会見会場に忍び込んでいます」
ゆっくりと、振り返る。
「それから、僕を狙う者も」
まだ、俊が天宮家に戻る、ということは、正式には知られていない。現在、健太郎の子供は亮一人なのだ。
総司令官の、一粒種。
その命を奪ったとすれば、確かに効果抜群だ。
「俺が、護衛するよ」
忍が、微笑む。
こくり、と頷いて、ジョーが尋ねる。
「他の配置は?」
「こうなります」
モニターが点灯して、いつもの指示が飛ぶ。過不足ない、亮らしい指示。
忍が、俊が、ジョーが、須于が、麗花が、はっきりと頷く。
「抑えたら、この位置へと出来るだけ早く、戻ってきてください」
指が、一点を、はっきりと指す。
軍師な笑みが、穏やかで柔らかな笑みへと、変化する。
「六人で、最後を見届けたいので」
もう一度、五人がはっきりと頷く。
忍が、笑みを浮かべる。
「じゃ、行くぞ」
亮の顔の笑みは、また、軍師なソレへと変わる。
「code Labyrinth go!」
「Yeah!」

ジョーの、俊の、須于の、麗花の、後姿が消えてから。
亮は、ゆっくりと、忍に向き直る。
痛みしかない、表情で。
忍は、そっと、その頬に触れる。
ふ、と亮の表情が、歪む。
「忍……」
にこり、と忍は微笑む。
「いい、何も言わなくていいから」
「……でも」
そっと、細い躰を、抱き寄せる。
「ちゃんと、約束守ってくれたじゃないか、俺は、それで、充分」
細い腕が、忍の広い背に回るのがわかる。
少しの間、そうしていてから。
亮は、そっと、躰を離す。
首元に隠れていた、細いチェーンを取り出す。忍から手渡された龍牙の勾玉と、それから。
ゆっくりと差し出されたそれを、忍は、しっかりと受け取る。
晴れた日の海の色の瞳を、覗きこむ。
「これから先の未来、なにがあろうと、何度時を重ねようと、絶対に忘れない」
微かに、亮の瞳が揺れる。
「忍、僕も……絶対に、忘れません……」
忍は、静かに微笑む。
「必ず見つけ出して、この手で抱き締めるよ。約束する……亮……」
言葉と共に、そっと顎を持ち上げる。
いくらか、戸惑った声が亮の口から漏れる。
「血が……」
「いいよ」
にこり、と微笑む。
そっと、触れる。
何度も、何度も。
それから、ゆっくりと、深く。

背後からの気配に、仲文は振り返る。
「仁未……」
「所長からの、差し入れを持って来たの」
手にしている救急箱を、持ち上げてみせる。
「高崎くんがいるし、万が一どころか億が一だろうけど、仲文とコレがあれば、最悪の事態は絶対にないだろうって」
仲文がいる場所は、記者会見会場からは、いくらか高い位置だ。
見下ろせるから、状況ははっきりと把握できる。
もう、背後の会場では、総司令官の記者会見が始まっている。
正確な状況としては、いままで口をつぐみ続けたリスティア軍総司令官天宮健太郎を、マスコミが持てる力の全てを注いで責め上げている、というところだが。
ふ、と、笑みが、仲文の口元に浮かぶ。
どこか、痛みを帯びた笑みが。
「いや、俺の出番は無いと思うよ、広人の出番も、通常以上にはないだろうな」
そっと、仁未は、仲文の隣に立つ。
「『第3遊撃隊』ね?」
たった一度だけ、仲文が口にした単語。
それが、第三十代総司令官麾下の特殊部隊であることは、仁未にも察しがついている。
「……ああ、ちゃんと、帰ってきた」
『Aqua』の大崩壊を、食い止めて。
仲文も、身を翻して、記者会見会場へと、視線を落とす。
「最後の仕事を、片付ける為に」

延々と、くだらない質問が続いている、と健太郎は思う。
年越しの瞬間としては、人生最悪の部類だな、とも。
ついさっき、日付変更線を越えたことを、ここにいる記者たちは気付いているのだろうか?
自分たちが死の淵からやっと逃れた、ということを知らないのは、仕方がないことだとしても。
まぁ、こうして、時間の無駄のようなことをしてられるというのも、幸せなのかもしれない。
はっきり言ってうざったいが、時間稼ぎは必要だ。遮ることをせず、延々と記者の思うがままにしゃべらせておく。
「総司令官直下にある、少人数部隊の件ですが……」
健太郎の視線が、詰問調で質問をしている記者から、ちら、と逸れる。
一人目、銃を手にしたヤツが、火薬電流にやられてひっくり返る。
二人目は、小型のナイフに武器を飛ばされた挙句、すっかり取り囲まれている。
三人目は、有無を言わさず、棒につかれて伸びている。
四人目、自分の得物を飛ばしたのが銃なのだと、気付けたのかどうか。
そして、五人目。綺羅な鞘から、白銀の剣が現れるのを、見ることが出来たのならば幸いだ。
確かに、全く無駄な動きなく、ほとんど気配をさせることなく、会場に忍び込んでいた不届きな連中を、五人がのした。
健太郎が気配を感じ取れたのは、彼らが合図代わりに健太郎にだけ、わかるようにしたからだ。
のされた連中は、広人はじめとする特別捜査課が運び出してしまうだろう。
最後にで動いたのが、龍牙だ。
ということは、そこに、亮がいる。
もっとも遠い位置にいるのは、ジョー。
ジョーが、忍と亮が待つ場所まで戻るまで、あと、少し。
「聞いておられるのか?!」
また、ざわ、と会場がどよめく。
が、それには全く反応せず、健太郎は背後の気配だけに神経を研ぎ澄ませる。
六人が、背後のもっとも高い窓から、揃って見下ろしている気配。
健太郎は、はっきりと皆にわかる笑みを浮かべる。
「実によく聞こえているよ、質問はそれだけかな」
いままでの総司令官としての健太郎とは思えぬ口調に、誰もが、一瞬、飲まれる。
「では、お答えしよう」
しん、と会場が静まり返る。
「そのような小部隊は存在しない。なんなら、記録を調べてもらって構わない。また、いままでのその他質問に関しては、返答が必要と判断出来るモノはない」
挑戦的とも取れる発言に、会場がざわめくのにお構いなく、続ける。
「よって、質疑応答は以上で終了とし、本官は今、この時点で辞任する」
この言葉の威力は、絶大だ。
誰もが、恐らくは中継を通じて注目しているであろう『Aqua』全土の人間が、息を飲んだに違いない。
「これ以降は総司令官として務めた職務について、あらゆる事項が機密の扱いとなるので、更にの質問にはお答えいたしかねる。次期総司令官は、佐々木晃氏だ、以上」
記者たちが反応する前に、健太郎はとっととマイクの前から去ってしまう。
鮮やかな笑みを浮かべたまま。
そして、入れ替わりに佐々木晃が立つ。
「一月一日付けでリスティア総司令官に就任した佐々木晃だ。懸命に努めるつもりなので、皆も協力願いたい」
す、と隙の無い身のこなしで、頭を下げる。
「さて、挨拶代わりにはこの言葉を送りたい。天宮前総司令官の職務内容につき、『Aqua』に現存する法全てに抵触するものではなく、これ以後の詮索、下衆の勘ぐりを含めてだが、不要と願いたい」
あまりにも鮮やかな総司令官交代劇に、もう、誰も、言葉も無い。
ただ、就任挨拶を続ける佐々木晃を、見つめ続ける。
「先ず、私の心得ている任務だが……リスティア、ひいては『Aqua』の安定維持はもちろんのこと、現状の総司令官の権限を、それぞれ適宜の複数箇所へと委譲することと心得ている」
健太郎が総司令官として掌握した権力を、全て元通りに分散し、今までどおりの名誉職に戻す、と言われてしまったら、記者たちの矛先は行き先を失ってしまう。
静寂の中、朗々とした、国会で幾度と無く人々を魅了した声が続く。
会場にいる人間の中で、上を見上げているのは、四人だけだろう。
総司令官の命を狙った連中を運び出し終えた警視庁警視、高崎広人。国立病院から派遣された『Aqua』最高の医師、安藤仲文と、そのサポートに訪れてた国立研究所の才媛、九条仁未。
そして、総司令官として、『Aqua』の命運を握って守り抜いた、天宮健太郎。
見上げる先には、六人の影。
速瀬忍、天宮亮、東城俊、ジョー・ロングストン、早乙女須于、高梨麗花。
それぞれに、らしい笑みを浮かべて立っている。
忍に寄りかかっている亮が、少し、その角度を忍へと寄せる。
抱きかかえるようにした左手に、忍は力を入れる。
右手が、ぴしり、と構えられる。
四人が、す、とそれに従う。
ただ一人、手を上げなかった亮は、その口元の笑みを大きくする。
「『第3遊撃隊』、code Labyrinth、任務完了です」



〜fin〜


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