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夏の夜のLabyrinth
〜Thanks for 50000hits!〜

■揺れるグラスにサスペンスフィズ・2■




麗花の顔が、あからさまに喜んでいる。
「でで?どうやってプリラード秘密警察を黙らせるわけ?」
もうすっかり夜も更けて、丑三つ時などと呼ばれる時間帯に入っているのに、国立病院の地下にある総司令室(仮)は妙な盛り上がりをみせている。
仕事が入るかも、という予告と共に出掛けた忍たちから、得物つきで国立病院に集合、という連絡が入ったのも、すでに深夜に近かったのだが。
亮は、にこり、と微笑む。
「黙っていただくだけの証拠をこちらで握ればいいだけです」
あっさりと言ってのけるが、相手は秘密警察だ。
「でも、そう簡単に証拠なんて残してくれるか?」
俊が首を傾げる。アファルイオ特殊部隊とまでは行くまいが、かなりの訓練をつんだ連中のはずだ。中には、仲文が相手したような下っ端もいるようだけど。
「証拠を残す気がないなら、強引にでも作るだけです」
「偽造……?」
須于が恐る恐る尋ねる。ジョーが軽く肩をすくめる。
「偽造は、無理があるだろう」
「そうですね、偽造は見破られるでしょうから、動かぬ証拠、と言えるものを強引に残していただく、という趣向でいかがでしょう?」
「なるほど?まずは、誘い出す、かな?」
忍も楽しそうな笑顔になっている。
「誘い出すなら、僕も協力します」
真面目な表情で言ったのは、ワトソンだ。
仲文が少し首を傾げる。
「ちょっと無理でしょう、肋骨は折れなかったけど、ひびは入ってますし」
「でも……」
「大丈夫です、最初の企画は仮装大会ですから」
亮の笑みが、こころなしか大きくなったように見えたのは気のせいだろうか。
「わかったー、影武者で誘い出すのね?」
麗花の笑みも、大きくなっている。
「そうです、仲文に一度撃退されていますから、次に現れるのは間違いなく、そこそこの人物になります」
俊の口元にも笑みが浮かぶ。
「んじゃ、そいつを取り押さえるんだな?」
「いえ、あくまでも穏便に手を引いていただくのが目的ですから」
相変わらず、笑みを浮かべたまま亮は言う。
「カマイタチ、なんてどうでしょうか?」
「……?」
忍たちは、誰からともなく顔を見合わせる。仲文とワトソンも、不思議そうな表情のまま、亮を見つめた。

月もそろそろ西に傾きかかる頃。
中央公園を、少々変わった二人組が歩いている。
ちょっとクラシックなスーツで、急ぎ足で、心なしか周囲をうかがっている。
その二人の前に、す、と立ちはだかった人物がいる。
こんな時間にこんな場所にいるのはそぐわない、いい仕立てのスーツを着ているのが街灯の灯りでもわかる。
しかし、それ以上にはっきりとわかるのは、見つめる視線が凍りつくように冷たいことだ。
「ドクター、そろそろ諦めていただきたい」
発した声にあるのは、威圧だけだ。
二人は、足を止めて相手を見つめる。
が、口は開こうとしない。
「先ほどのように、誰かが助っ人に現れることはないですよ」
冷たい笑みが、口元に浮かぶ。
飲まれてしまったかのように、二人は相変わらず動かない。
いや、一人が、微かに後ろへとにじるように下がる。
それに気付いた相手は、す、となにかを出す。
拳銃、だ。
「動かないでいただこうか」
二人連れの顔に、思いきり不信な表情が浮かぶ。
「どちらのドクターに用事?」
ドクター、と呼ばれた男が発した声は、相手が知っている声とは似ても似つかない。相手は眉を軽く寄せる。
「とぼけないでいただきたい、ヘタな芝居も、するだけ無駄だと気付かないのか?」
が、二人連れの方に変化はない。不信そうなまま、言う。
「どういう意味だって、聞いてるんだけど」
「口にしないとわかりませんか?ドクター・ワトソン?」
相手は、手にした拳銃を軽く威嚇するようにふりながら、言う。
「シャーロック・ホームズを返していただこうか?」
「……俺たちの仲間って感じじゃないね、それ、本物?」
それに返事をする前に、別の声が加わる。
「きゃー!拳銃!あの人、拳銃持ってる!」
その声に、その場にいる三人ともが凍りついたように静止する。
「拳銃?」
すぐに答える声が聞こえ、特殊な電灯が三人の方へと向けられる。
もう一度、二人連れの一人が口を開く。
「マジで、本物か……?」
「こいつ、仮装大会に来るヤツじゃねぇよ」
先ほど口を開いた方も、目を細めて言う。拳銃を向けていた男は、ちら、と近付いてくる二人連れに視線を向けると、舌打ちをする。
す、と背を向ける。
が、びく、としたように振り返る。
相変わらず、二人連れは不信そうな表情でコチラを見つめている。
が、なにを手にしているわけではない。
なぜか、頬を軽くぬぐってから男は去っていった。
二人の男は、追う様子もなく、見つめている。そのうち、『拳銃持ってる!』と叫んだ声の主がやってくる。
「なーんだ、随分あっさり行っちゃったねぇ」
つまらなそうに肩をすくめて言ったのは、麗花だ。
反対側の草むらから出てきた須于が、すまなそうに麗花の隣りの人を見る。
「広人さんの手を、煩わすことなかったかもしれませんね」
「そんなことないよ、アイツ、俺がホンモノのリスティア警察だってわかったから立ち去ったんだと思うよ」
「え?どうしてですか?」
二人連れのうちの一人、ドクター・ワトソンにそっくりな顔だった男が、カツラと特殊ゴムマスクをとってから尋ねる。下から出てきた顔は、俊だ。
もう一人も、ジョーにもどっている。
ようは、俊とジョーが変装して囮になっていたわけだ。
広人は、にこり、として胸を指してみせる。リスティア警察紋章がついている。
「光があたると、特殊な光り方するんだよ、ホンモノは」
言いながら、手にしている特殊電灯をあててみせる。
「あ、ホントだ!」
麗花が声を上げる。
「ね、街灯の下通ったから、わかったんだろ」
「でも、こんなちっちゃいのにー」
「そりゃ、プロってことだろ」
俊が肩をすくめる。ジョーが、須于へと視線を向ける。
「プロと言えば……」
視線を向けられた須于は、にこり、と笑う。
「ええ、ばっちり、よ」
手にしている特殊電線を出してみせる。麗花の得物であるナイフの柄の部分が見事に絡め取られている。
「さすがだね」
捜査用の手袋をした手で受け取りながら、広人が感心する。
刃先に、うっすらと血がついている。
先ほど、俊たちをホームズたちと勘違いして拳銃を向けた男のモノだ。振り返ったのは、頬をかすった気配のせいだったのだ。
こちらに近付きながら、いかにも通行人なふりをして麗花がナイフを投げて、それを隠れていた須于が受けとめた、という曲芸なみの芸当だったというわけ。
「完璧、予定通りだな」
俊が、にや、とする。
「そりゃそうよ、こっちは頭脳の出来が違うもんね、たとえ相手がプリラード秘密警察だってさ」
と、麗花。須于も頷く。
「ええ、『Aqua』最高の軍師がいるんだもの」
「ああ」
ジョーも、口元に笑みを浮かべる。
証拠品用の袋に入れて、広人もにやり、と笑う。
「よーし、こちらの仕事は完了」
その台詞をうけて、俊が携帯を手にする。
「こっちはOKだぜ?」

「おう、お疲れサマ」
返事を返したのは、総司令官室にいる忍。
携帯を手にしたまま、振り返る。
振り返った先にいるのは、亮と、それからリスティア総司令官たる健太郎。どちらも、にこり、と笑う。
キーボードになにやら入力し始めたのは、健太郎の方だ。
マイクを調整して、待つこと数秒。モニターに映し出されたモノを見ながら、打ち返しては待つのを数回繰り返して、なにかのスイッチを入れる。
声が入った。
『どういうつもりだ?ミスター・アマミヤ?』
最後にいれたスイッチは、どうやら相手の声を忍たちにも聞こえるようにしてくれるモノだったらしい。
その声は、忍の携帯を通じて俊たちにも、もちろん聞こえている。
『そちらでは真夜中だろう?そんな時間に、秘密裏に、とは』
通信相手は、かなり不信そうで、少々不機嫌そうだ。しかし、健太郎は、にこり、と微笑んだままで返事を返す。
「真夜中で内密とくれば、なにかある、というのが常識というものですよ、サー・シェリンフォード」
それから、一時的にこちらの送信マイクを切って忍たちに教えてくれる。
「サー・ロバート・シェリンフォードはプリラード秘密警察の総監だよ」
それから、また笑みを浮かべてマイクに向かう。
相手の声が聞こえる。
『では、その何か、が何なのか、教えていただこう』
挑戦的な口調と言っていいだろう。健太郎の口元の笑みが、ココロなしか大きくなる。
「いえねぇ、先ほど連絡が入って……」
もったいぶった口調だが、その笑みは亮がよく浮かべる軍師なモノと同じモノへと変わる。
「仮装パーティーに向かおうと知ていた我が国の国民が、不信な人物に拳銃を向けられた、というのですよ。しかも『シャーロック・ホームズを返して欲しい』と言われたとか?」
『何が言いたい?』
「サー・シェリンフォード、話は最後まで聞くモノですよ?狙われた二人に事情を聞いていますとね、どうも拳銃を向けた者というのは、貴方の麾下にいらっしゃるようなのですよ」
『何をおっしゃるかと思えば……』
先ほど激しかけた声は、すっかり落ち付きはらったモノとなっている。
『ような、だけで、この通信を?』
「そんな失礼なことはしませんよ、少々ケガをしていってくださったようで、血液がこちらに残っております、問題無いようでしたら、照会させていただければと思いまして」
『私の部下がそんな失礼なことをしたと、お疑いということですかな?』
「私としては、リスティア国民が不当な扱いを受けるのを見逃すわけにはいきませんのでね、ご協力いただけないようでしたら、こちらとしては他の手段を考えざるを得ませんね」
言葉を切った健太郎は、一瞬、笑いを噛み殺したような表情を浮かべる。
「そう、例えば『Labyrinth』を動かすとか……」
実に何気ない口調だったのだが、効果てきめんかつ絶大。
『Labyrinth?!』
上ずった声が、繰り返す。少しの間の沈黙の後。
『ミスター・アマミヤ、今、報告を受けた。私の麾下の者が、間違いを犯したことは確かなようだ、が、これは私の命令によるものではなかったことをご承知いただきたい。そして、今後、このようなご迷惑をおかけすることは絶対にないと申し上げる』
「それを聞いて安心しました。サー・シェリンフォードともあろう方が、そんなことをするわけがないとは思ったのですが、疑いがある限りははっきりさせないわけにはいかなかったのです、ご理解下さい」
『いや、こちらの方こそ、ご迷惑をおかけして、なんとお詫びしていいかわからない……では、これで失礼させていただこう』
「ええ、失礼します」
思い切り皮肉言いまくりの通信を終えて、健太郎は耐え切れなくなったように吹き出す。
「なにも、遊撃隊の名前を出さなくても?」
忍が不思議そうに首を傾げる。
まだ笑いが収まらない声で健太郎が答える。
「だってさ、これがイチバン効果があるんだよ、『紅侵軍侵略』を退け、ドクター矢野の反乱を抑え、プリラードテロ組織の襲撃を防いだ、これ全部、各国の情報収集系は小部隊が一隊でやってのけたと調べ上げてるからさ」
「知られるように、手を回したのでしょう」
亮が、ぴしゃり、と言う。
「ま、そりゃそうだけど、モトン王国の武器密輸組織壊滅にも秘密裏に関わったって思われてるしね、通称『敵に回したら逃れられないリスティア総司令部下の秘密部隊、その実態は誰にも掴めない』って言われてるんだよ」
くすくすと笑いながら健太郎は続ける。
「効果はお聞きの通り、プリラード秘密警察も震え上がるってわけ」
『なんか、特殊訓練受けた超エリート集団って感じー』
麗花がお気楽な感想を述べる。俊の声も聞こえてくる。
『実態知ったら絶対がっかりするよな』
『そのテのウワサなら、国内にもあるよ』
話に加わったのは広人だ。
『警視庁でも『軍隊麾下の神出鬼没の特殊部隊』って言われてるし』
『知らぬは当人のみ、か』
ジョーがぼそりと呟き、須于がちょっと驚いた声で言う。
『なんか、すごいイメージになってそうね』
「そりゃそうかもなぁ」
忍が、ぽり、と頭をかく。
「俺たちってさ、警察も医者も、国家権力も味方だもんな」
その台詞に、思わず皆が笑い出す。

仲文が、プリラード秘密警察は手を引いたという知らせを持って部屋を覗くと、ベッドの上に起き上がった人物がそっと人差し指を口にあててみせる。
枕元で、つっぷすように眠っているのはワトソンだ。
どうやら、ホームズの熱が下がったことに安心して、看病する体勢のまま眠ってしまったらしい。
そっと近付いて、知らせを告げる。
ホームズは、頭を下げてみせる。
それから、そっと尋ねる。
「リスティアには、ワトソンが執刀できる病院があるでしょうか?」
仲文は、首を傾げる。
ホームズは、静かな視線を眠っているワトソンへと向ける。
「今回の脱出を、決意させてくれたのはワトソンです。彼が、私を取り巻く現実を教えてくれた……聞くうちに、私は自信を無くしました……外の世界は私が思うのとまったく異なることを知って、尻ごみしたのです」
微かに、自嘲する笑みが浮かぶ。
「西暦1890年代のロンドンではない場所で、生きて行くことに恐怖さえ感じた。この恐怖が消えるならば、兵器になることも考える価値があるのではないかと、そう思った……」
ホームズが、顔を上げる。
「友人である私を、失いたくないと、ワトソンはそう言ってくれました……私にとってたった一人の友人を、私も裏切りたくない」
まっすぐな視線が、仲文を見つめる。
「ワトソンはフェアな人間です、『生命機器』を取り除く手術がどれほど難しいか、そして成功したとしても、細胞が時の流れというものに上手く乗れず、瞬時に老化する可能性があることも話してくれました」
そこまで言われれば、仲文にも何が言いたいのか察しがつく。
ホームズは、ワトソンの言葉で、全てを決意したのだ。
「ドクター・ワトソンに、全てを委ねられるよう手配しましょう」
「ダメだよ、ホームズ!」
飛び起きるように顔を上げたワトソンが、目を見開いている。
最後の言葉が耳に入ったらしい。
「君の腕は僕はよく知っているよ、命を預けようと思うのは君だけだ」
ホームズは、動じた様子もなくはっきりと言う。言い出したら聞かない性格を、最もよく知っているワトソンの顔に困惑が浮かぶ。
「ホームズ……」
「ワトソン、一度しか言わないからよく聞いてくれよ、名医は『Aqua』にたくさんいるだろう、だけど、僕の友人でもある医師は、君一人なんだよ」
ワトソンの視線が、自分の両手に落ちる。外科の経験は、ある。
「……ドクター・アンドウ、僕を助けてくれますか?」
「もちろんです、喜んで」
顔を上げる。はっきりと決意した顔だ。
「ホームズ、僕が執刀するよ。だから、生きることを諦めないでくれるね?」
「ありがとう、約束するよ」
二人の顔に、笑顔が浮かぶ。



二週間後の晴れた午後。
花が咲き乱れる庭の見える一室に集まっているのは、屋敷の主である健太郎、『第3遊撃隊』の面々六人、それから仲文と広人。
これだけの人数が集まっているのに、まだ広々として見えるのがさすがという豪勢な屋敷である。
真白のクロスがかかったテーブルの上には、キュウリのサンドイッチ、選ぶのに迷ってしまいそうなケーキ類、薄切りトーストといった豪勢な準備がされている。
扉が開いて入ってきたのは、すっかり明るい笑顔になったワトソン。
今日は、ぜひお礼をさせて欲しいというホームズとワトソンの二人が用意してくれたアフタヌーンティーパーティーなのだ。
テーブルの上に、最後のお菓子の皿を乗せる。
スコーン風の小さなパンに、クリームとジャムが挟みこまれているようだ。
「わー、美味しそう!」
思わず声を上げたのは麗花。須于も、嬉しそうに微笑む。
「ステキですね」
「デボンジャー・スプリットっていうんです」
俊が、待ちきれなさそうに手を伸ばしたのを、忍にはたかれる。
「お茶が来てから」
「わかってるよー」
お預けをくらった犬のような切なそうな表情になるので、皆笑ってしまう。
広人が、軽く覗きこむ。
「何がはさんであるんですか?」
「ストロベリージャムとクロテッドクリームです、お口にあうといいんですけれど」
ワトソンは、軽く首を傾げてみせる。
「大丈夫だよ、君のお菓子はよく出来てるから」
幾分、ワトソンよりトーンの高いが落ちついた声の主が姿を現す。
お茶を持ってきたホームズだ。
振り返ったワトソンが、肩をすくめる。
「好みがなんのかんのとウルサイ君に合わせてあるものだから、心配なんだよ」
「おや、じゃ、このデボンジャー・スプリットは君の口には合わないのかい?」
ホームズはさらに大袈裟に肩をすくめてみせる。
夏らしい青の花が描かれたボーンチャイナの茶器を置きながら、さらに言う。
「君が作ったにも関わらず?」
返答に困っているワトソンを見て、ホームズはくすくすと笑う。
「大丈夫だよ、他の方の口に合わないようなら僕が片付けるから」
「こんなに一人で食べたら、気持ち悪くなるよ」
思わずまともに返してしまったワトソンに、皆、また笑い出してしまう。
お茶がいきわたって、俊は念願のデボンジャー・スプリットを手にして。
さっそく、美味しそうなケーキを皿にとった麗花が、首を傾げる。
「あの、いくつか質問しちゃってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
ワトソンが、人の良い笑みを浮かべる。
「どうして、逃亡先をリスティアにしたんですか?飛行機使わなきゃこれないし、それってすごく足がつきやすいですよね?」
だからこそ、追っ手に追いつかれて危うい目にあったのだ。
「脱出に関しては、全面的にマチルダ女王の協力があったんですけれども、絶対のオススメがリスティアだったんです」
「オススメ?」
思わず麗花は首を傾げてしまう。
「リスティア総司令官は優秀かつ信頼に足る人物で、さらにその直下にすばらしい部隊を持っているから、事情がわかれば必ず手助けをしてくれる、と」
「随分と、絶大な信頼ですね」
俊も戸惑い気味の顔つきだ。
亮が、微笑する。
「マチルダ女王には、有名な女優の親友がいるようですよ」
「あ、そういうことね」
須于には、すぐわかったようだ。不思議そうな顔つきになった数人の為に、口にする。
「キャロライン・カペスローズ」
「なるほど」
「そういうことか」
遊撃隊の面々から、納得の言葉が漏れる。
忍が、少々ためらいがちに口を開く。
「ちょっとヘンな質問なんですけど、ものすごい偶然ですよね?その……名前……」
「ああ、僕のですよね?」
ワトソンが、微笑む。
怪訝そうな他のメンツに、自分から名乗る。
「僕のフルネームは、ジョン・ワトソンなんです」
「へぇ、すごい!」
「あら」
などなど、知らなかったメンツが驚きの声を上げる。物語での相棒と同名というのはすごい。
ワトソンの笑みが、少し大きくなる。
「偶然ではないんですよ、父も遺伝子関係の研究者で、ホームズとは会っているんです」
「最初に真の事実を教えてくれたのは、ここいるワトソンの父親の方でした」
ホームズも頷く。
「最後に別れる時、言ってくれました、『君に、友人が出来ることを祈っている』と」
「父は、幼い私によく言っていました、『ホームズに必要なのは、研究者ではなくて友人だ』と」
なるほど、ワトソンの父親は、ホームズの友人になるよう祈りを込めて、その名をつけたのだ。
「そうだったんですね」
誰からともなく、笑みが浮かぶ。
「で、これからのことは……?」
仲文が首を傾げる。
こうしてアフタヌーンティーを出来るくらいに、ホームズは回復している。老化どころか、この回復力は驚嘆すべきものだ。
きっと、普通の人と同じように時を過ごせるだろう。
だが、イレギュラーな存在であることは確かだ。社会に溶け込もうと思ったら、それなりに大変に違いない。
「そのことですが」
と、ワトソンは健太郎に視線を向ける。
健太郎は、にこり、と笑うと口を開く。
「調べてみたんだけどね、アーマノイド狩りを逃れている人も、まだいそうなんだよ」
「ホームズのように、『生命機器』を取り外しても生きていられるという人はいないでしょうが、せめて、悲劇的なことにはならないようにするお手伝いをしたいと思っています」
ホームズも笑みを浮かべる。
「私は変装が得意ですから、どこにでも探りにいけますし、ワトソンは名医ですから」
「じゃ、『Aqua』中を旅するんですね」
どことなく複雑な表情で、忍が言う。
ホームズとワトソンはどちらからともなく、顔を見合わせる。
それから、ワトソンが口を開く。
「ホームズが一緒ですから」
その顔に浮かんだ笑みは、本当に優しいものだった。

アフタヌーンティーパーティーが終わって、六人だけになる。
しばらく、お茶が美味しかったことやら、天宮の屋敷がすごかったやら、わいわいと楽しそうに話していたのだが。
結局、誰からともなく、黙り込んでしまう。
ぽつ、と口を開いたのは、忍。
「悲劇的なことにならないようにって言っても……」
「少々イレギュラーではあるんですが、『生命機器』を心臓病治療で使用されている人工筋と交換するんです」
亮が、静かに口を開く。どうやら、詳細を知っているらしい。
「もちろん、全員がそうできるとは限りませんが……」
そうできないアーマノイドたちを相手にするということは、あの痛みを請け負うというコトだ。
歪んだ命だとわかりながら、その命を奪うという。
「それって、どれくらい?」
麗花が尋ねる。
「……半数、でしょうか」
言いにくそうに亮は言う。今度は、須于が尋ねる。
「そのこと、知ってるの?」
「ええ、全て、話をした上だそうです」
ジョーは、煙草に伸ばしかけた手を戻す。
「じゃあ、それを知っていて、引き受けたんだな」
「すごいな」
俊には、それしか言う言葉がみつからなかったらしい。
皆、ホームズたちのこれからを聞いた瞬間に、同じコトを思った。あの痛みを引き受けるのか、と。それで、耐えられるのか、と。
だけど、直接には尋ねられなかったから、忍はああ言ったのだ。
『Aqua』中を旅するんですね?と。
その質問の答えとしては、ワトソンの返事はいささかズレていた。
ホームズがいるから。
「ああ……俺が言いたかったこと、わかってたんだな」
だから、あの笑みが浮かんだのだ。心からの優しい笑みが。
忍の口元に、笑みが浮かぶ。
麗花の顔にも、笑みが浮かぶ。
「そか、そうだね、一人じゃないもんね」
須于も口元に笑みを浮かべて、頷く。
「命がけになれるくらいに、大事な友達が一緒だもの」
「ああ」
明後日の方向を向いてしまっているが、ジョーの口元にも微かに笑みがうかんでいる。
俊も照れ臭そうに、にや、と笑う。
「一人じゃないって、悪くないな」
「そうですね」
亮が、にこり、と笑った。


〜fin.

2002.06.08 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Suspensefizz in crystal glass〜


■ postscript

五萬打カウントダウン時に、10回カウントダウンしなきゃいけないのに9回分しか考えておらず、しかも、その事実に5回くらいしてから気付くという、思いも寄らぬ誤算のおかげでお蔵出しされた超お祭りネタです。しかも、さらに思った長さの2倍以上になるという誤算でカウントダウン回数が一回増えてしまったというのも、この際告白します。
ゲストが趣味に走りすぎのあたり、自分の為の祭りとしか言いようがありません。

※ この話は『五萬打カウントダウン企画』49900、50000打に合わせて書いたモノです。



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