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夏の夜のLabyrinth

■■■昼下がりの出来事。■■■



窓の外をなんとなく見やった亮が、ぽつり、と言う。
「寄り道しても、いいですか?」
「ドコ?」
運転していた忍は、嫌そうな様子もなく尋ね返す。
「そこに」
と、指した先は、目前だ。
「随分と、急だな」
言いながら、車を路肩に寄せる。
「すぐ、すむ?」
「ええ」
相変わらずな無表情のまま、亮は頷いてみせる。
「じゃ、ここで……」
待ってる、と言いかかった忍の台詞は、おいかぶせるように口を開いた亮に遮られる。
「忍も来てください、ソレ持って」
指したのは、さきほどまで演習に使っていた忍の得物、龍牙剣。
思わず、怪訝そうな表情になった忍に、亮はにこり、と微笑む。
「実地演習、ですよ」
忍は、亮の行きたい、と言った建物をもういちど見上げる。
「なるほど?」
彼も口元に笑みを浮かべると、布製のケースにはいって一見すると竹刀に見えるソレを手に車を降りる。
亮は、それ以上の説明はしようとせず、無駄のない動きで中に入っていってしまう。
忍は、青い背景に白抜き文字でかかれた看板を、もう一度、ちら、と見上げてから続く。

中に入ると、亮はなにやら用紙に記入している。
ような、フリをしているのだろうな、と覗き込んだら案の定、だ。演習報告書用のメモを書いているらしい。
「変わったメモ用紙だな」
忍の台詞に、亮は口元に微かな笑みを浮かべる。
が、その笑みはすぐに消えて、ちら、とあらぬ方向に視線を送る。
視線の先には、仕事途中で寄ったのか大きなビジネスカバンを脇におき、番号札を持っているサラリーマンがいる。 待ち時間つぶしに、ソファの脇にさしてある雑誌を物色しているようだ。その姿は、他の客となんら変わりない。
だが、かすかになにかが、張り詰めている。
「さてと?」
忍は亮に背を向けて立ちながら、呟く。
「あと、三つで彼の番です」
亮の声が、微かに下のほうから聞こえる。どうやら、また振込用紙に書き込みをはじめたらしい。
「行動を、起こすかどうか、ですね」
「……半々ってトコだな」
可能性が、だ。
まだ、迷っている。空気が揺れている。
あきらめるならば、それでいい。
でも、それを決めるのは、本人だ。
「このまま、使うんだよな?」
このまま、とは手にしている龍牙剣のことだ。
布にくるまれてしまっていて、剣を抜くことは不可能状態である。もちろん、こんなところで抜き払ったら大騒ぎになるに決まっているから、やるつもりもない。
亮の笑いを含んだ声が、返ってくる。
「関係、ないでしょう?」
布に包まれていても、という意味だ。
龍牙剣は、意思でその性能が決まる剣だから。精神に反応する特殊な剣なのだ。扱える人間は限られているけれど。
「なるほど、ね」
性能は知っているし、どうやら使いこなせるのは自分だけらしいとは、忍も知っているが、そこまでフレキシブルとは考えていなかったようだ。
よく通る声で、窓口の係員が番号を読み上げる。
あと、二つ。
窓口は複数あるし、この程度すぐ、だ。
案の定、連続で呼ぶ声がする。
立ち上がったサラリーマンを見て、忍は小さく舌打ちをする。
彼の目は、決意した目、に変わっている。
ゆっくりと、呼ばれた一番端の窓口に向かっていく。カバンを、なにげなく下げて。
忍は、歩幅の大きな一歩を踏み出すと、彼を一気に追い抜く。
が、そのまま振り返ることもせず、カウンター端で困っている客がいたらフォローすべく立っている、そこそこ立場のありそうな男性に近寄る。名札に、課長、とある。
竹刀を持った男が不審に見えたのか、相手は少し、首を傾げてみせる。
忍は、ちら、と身分証明を見せる。
ますます怪訝そうな表情になるのにむかって、そっと言う。
「狙われてますよ」
「え?」
まだ続けて質問を発したかったようだが、それはかなわない。
窓口でなにかやりとりしていた男は、出すようにいわれたものを出す代わりに、カバンから物騒なモノを取り出してきたから、だ。
「殺されたくなかったら、言うとおりにしろ!通報したそぶりがわかったら、すぐに殺すぞ」
銀行内をどよめきがつつむ。
が、すぐに静かになる。大きな轟音の後で。
男が、天井に向かって、発砲したのだ。
ホンモノだという、証拠。人に向かって引き金を引けば、命を奪うのは確実だと告げている。
「ほら、ね」
相変わらず、すぐ側にいる犯人に背を向けたまま、忍は言う。
目前の課長は恨みがましい目をする。どうしてもう少し早く言ってくれないんだ、と喉元まで出かかっているのだろうが、状況が状況だけに口にすることはできないらしい。
「手にしている物を下において、手を上に上げろ!」
銃を四方にむけながらの命令に、みな、おとなしく従う。
誰だって、命は惜しい。
が、それに従わないのが、約二名。
「言うとおりにしないか!」
まずは、力でねじ伏せられそうな方に怒鳴る。もちろん、銃を向けて。
背を向けていた人は、くるり、と振り返る。腰まである長髪が、さらり、とゆれる。
「セオリーどおりの銀行強盗ですね」
にこり、と微笑んで言う。
「死にたいのか?!」
「ココで死ぬつもりは、毛頭ないですけど」
馬鹿にされているとしか、思えない口調に、犯人の方はだんだん激昂してきたらしい。銃の狙いを亮の頭に定める。
「おとなしくしておいたほうが、身のためだ」
「少々、狙いが下過ぎますよ」
「ウルサイ!本当に死にたいのか!」
安全装置をおろす音に、窓口担当が息を呑む。
「おや、今度は手が震えだしていますね」
他の客は、声もなく成り行きを見ている。このままでは、ケガ人、もしくは死人がでるのは、時間の問題のようにみえるから。口では圧倒的に有利だが、武器を手にしているのは強盗の方だ。
しかも、尋常な精神状態ではなくなっているはずだ。
総合的に考えれば、どうかんがえても不利としか、いえない。
「おとなしく言うコトをきかないか!」
もう一度叫んだ犯人は笑みを浮かべたままの亮を見て、従う気がないと判断をつけたようだ。
顔つきが変わる。
「そんなに死にたいのか!」
思わず、周囲が目をそむける。
が、聞こえたのは、銃声ではなくて。
落ち着き払った、もうひとつの声。
「ここらへんでやめておいたほうが、イイと思うけど」
竹刀らしきものが、犯人の肩口に当たっている。
背後に立っている人間が、自分の指示に従わなかったもう一人だ、とは察しをつけるよりも早く、相手はくるりと前にまわる。
まったくの無駄のない動きに呆然としたのは、強盗本人だけではない。
いちばん驚愕したのは、銀行強盗だろうが。
気が付けば、喉元に竹刀(?)を突きつけられているのだから。
が、すぐに我に返ったらしい。
どう考えても、相手の手にしているモノよりも自分の手にしている武器の方が強いと思ったようだ。
「ケガしたいのか?」
竹刀状のものをつきつけている彼は、にや、と笑みを浮かべる。
「こういうのの優劣はね、自分の手にしているモノを使いこなせてるかどうかで、決まるんだよ」
台詞が終わらぬうちに、竹刀上のモノが強盗の喉元を直撃する。
「ぐ」
つまった声がかすかにする。器官が、つまる。息ができない。なのに、身動きすることもできない。少しずつ、息苦しさが増していく。
がくり、と膝から力がぬける。手にしていた銃が落ちる。
そして、そのまま、床に伸びてしまう。亮が、銃を拾う。そして、こめられた弾を抜く。
「ガムテープ、ありますか?あと、長めのタオルと」
忍の声に、いちばん近い窓口にいた女のコが立ち上がってすぐに持ってきてくれる。
ガムテープで手足の自由を奪ってから、粗品用のタオルでさるぐつわをかませる。こちらは、しゃべらせない為ではなくて、警察が駆けつけるまでにバカなことをしないように、だ。
強盗は、あっけないくらいに簡単に、取り押さえられてしまった。
銀行内は、わっとどよめく。
安心して動き出した客たちが落ち着いた頃には、竹刀(?)を持った人物も、長髪の人物も姿を消していた。

なにも変わらない街の喧騒を、車の窓越しに亮は見るとはなしに見つめている。
忍は、たった一つの疑問を口にする。
「どうして、わかったんだ?」
もちろん、銀行強盗が狙っているコトを、だ。
「演習の帰りだったから、です」
「へ?」
車を運転している忍の視界にはいるよう、なにかがひら、と振られる。
持ち運び可能な小型端末、だ。
特殊な金属を探知する能力も、ついている。街中には通常、あるはずのないモノを探知して作動したらしい。
「なるほどね」
忍は頷いてみせる。それから、反対車線へと視線を泳がせる。
自分たちの来た方向へと、パトカーがサイレンをならしながら通り過ぎていった。


〜fin〜

2000.08.04 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A little cace in afternoon〜


■ postscript ■

万屋戦隊第3遊撃隊。
25000打、本当にありがとうございます!


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