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夏の夜のLabyrinth

〜静かな夏休み〜

■candle・1■




「海ばっかじゃ、芸がないよねぇ」
麗花の台詞は、しごくもっともである。
一緒に過ごすようになってから、夏といえば海だ。海に飽きるわけなどないが、行くたびになにかトラブルがついてきた。
ようは、トラブル無しの静かな休みが過ごせれば、山だろうが川だろうが、どこでもイイのだ。
というわけで選ばれた場所は、高原。
しかも、旅行雑誌から見つけてきた、という普通のシロモノ。
こぎれいで、女の子好みのちんまりとしたログハウスである。六人もいれば、食料は自分で調達できるし、車がないと買い物にも行けない不便さがまた、なんとなくワクワクする。
周囲が観光地化されていないところも、イイ感じだ。
もちろん、夜になれば人気がなくて不気味だが、歩き回るわけで無し、問題はない。
不届きなコトを考えているヤカラがいるかもしれないが、そういう連中はよりによってこのログハウスを選んだコトを、痛く後悔することになるに違いない。
そんなわけで、静かな休暇計画は、じつに順調な滑り出しを見せた。

はやくも、静かな休暇、に飽きたのは、麗花だ。
「ねー、イベントやろう、イベント」
二日目の夜、夕飯を食べながら言い出す。
「イベントって、花火とかか?」
夕飯の時に言い出すってことは夜のイベントだな、と察して、忍が尋ねる。
「違う違う、もっと、涼しくなるヤツ」
「……ああ」
「アレね」
忍と俊には、すぐに何のことか、わかったようだ。
その返事で、須于にもわかったらしい。
「お約束?」
「うんうん」
すぐに通じたので、麗花は満足げに頷く。
わかっていないのは、ジョーと亮。
「お約束?」
不信そうに、ジョーが尋ねる。
「そ、コレ」
自分の胸の付近で、手をだらり、と下げてみせる。『うらめしや』だ。
「肝試し」
ため息まじりに、ジョーは呟く。
いかにもな、イベントである。
亮は、相変わらず怪訝そうだ。
「肝試し、ですか?」
「うん、いかにも出そうなトコをね、まわって、帰ってくるの」
相変わらず、『うらめしや』のポーズで麗花が言う。
「確かにここらへん、暗いけどさ、そーいう感じの場所って、ないだろ」
俊が首を傾げる。
麗花は、ニヤリ、と笑う。
「ふふん、ところが、そうじゃないんだな」
昼間、やけにおとなしいと思っていたら、どうやら物色に行っていたらしい。
「おあつらえ向きの洞窟がねぇ、あるんだよ」
ここまで周到にやられると、周囲は反対しづらい。
かくして、六人で『肝試し』をするべく、麗花オススメの洞窟へと向かったのである。

「ねっ、イイ感じでしょ?」
いかにも出そうな洞窟指して、イイ感じも何もあったもんじゃないと思うが。たしかに、これは、雰囲気だ。
こう、なんか人じゃないモノがいても、驚かないというか。
早い話が、不気味なのだ。
ちょうど、満月に入り口付近だけ照らされて白く浮かび上がっているところが、なんとも、である。
「ふうん?」
見入るように洞窟をみつめていた忍が、肯定とも否定ともとれない返事をよこす。
それを聞いた俊は、かすかに眉を寄せる。
「忍?」
目が、問いかけている。
「大丈夫だと、思うよ」
にこり、と笑う。
「なにが、だ?」
ジョーが、不信気に尋ねる。
麗花が、無邪気に笑う。
「だから、いるけど、おとなしいから大丈夫だって言ってるの」
「いるって……?」
恐る恐る尋ねたのは、須于だ。
またもや『うらめしや』のポーズをした麗花が、けろっと答える。
「もちろん、こういうの」
思わず悲鳴をあげそうになって、須于は自分で自分の口をおさえる。
忍が、おだやかに微笑む。
「通り過ぎるくらいなら、怒らないと思うよ」
どうやら、忍も麗花も、そういうのがわかるタチらしい。
大丈夫と言われたが、須于の顔からは、けっこう血の気が引いている。
「気にするな、想像の産物だ」
言い切ったのはジョー。目前に見ないと信じないタチらしい。
「もちろん、一人ずつだよな」
確認したのは俊だ。
「俺一人なら気付かないからイイけど、忍と組んで、えんえんと解説されるのはまっぴらゴメンだぜ」
「ほほほ、一人ずつの方が盛り上がるわね」
麗花はいっこうにかまう様子もなく、握りこぶしを出してくる。
「平等に、ジャンケンよ」
しばしの白熱した(?)戦いの後、肝試しは、俊、須于、ジョー、麗花、亮、忍、の順となった。
蝋燭片手に洞窟の中の祠まで行き、昼間のうちに麗花が用意しておいた、新しい蝋燭を手に戻ってくるのだ。蝋燭には印がついているから、取り替えてこないとバレてしまう、という寸法。
「ほんっと、用意周到だよなぁ」
感心した声を上げてから、一番手である俊が、洞窟の中へと向かう。
ゆらゆらとした小さな明かりは、すぐに洞窟の中に吸い込まれていった。
なんとなく、しん、となる。
「……ね、ホントにいるの?」
須于が、恐る恐る尋ねる。
沈黙に耐え切れなくなったらしい。
「いるよー、多分」
相変わらず、あっけらかんと麗花が答える。それから、忍へと視線をやる。
「忍にも、わかるみたいだから」
「眠っているみたいだから」
忍は、洞窟を見つめながら言う。
「この洞窟を壊す、とか、そういう類のコトをしない限り、なにもしないよ」
安心させようと言ってくれているのだろうが、『いる』と肯定されてるわけで、かえって怖くなる。
忍の、へたに落ち着いた感じがまた、信憑性を増している。
それに気付いたのだろう、亮が尋ねる。
「いままで、見たことありますか?」
黙って、首を横にふる。
「なら大丈夫ですよ、これからも見えませんから」
にこり、と微笑む。
不思議と、安心できる笑みだ。
「見えなければ、いないのと同じですよ」
「後から、俺が行くから大丈夫だ」
ジョーが駄目押す。
いくらか、落ち着いたようだ。
洞窟自体は、そう大きなモノではないらしく、俊は三十分ほどで戻ってくる。
もちろん、新しい蝋燭を手にして。
火をつけたばかりの蝋燭を手にして、硬くなっている須于の肩を、ぽん、と叩く。
「大丈夫だって、祠も明るいしさ」
小さく頷くと、須于は恐る恐る洞窟に向かう。

ジョーの助けを借りるまでもなく、須于も無事に帰ってくる。
だが、相当、怖かったようだ。目元が、うるうるしている。ジョーは、ぽんぽん、と頭をなでてやってから、洞窟に向かう。
しっかりした足取りは、まったく信じていないようだ。
すっかり、姿が見えなくなってから、麗花が笑う。
「あの調子じゃ、ホントにでても、撃ち落とされるのがオチだろうなぁ」
「確かにな」
「その前に、あの目つきで逃げるかもしれない」
ジョーはもともと、そう目つきのいい方ではない。それが、不信気になろうものなら、ホントに怖い目つきになるのだ。お化けの方が、逃げ出しそうな。
思わず、みな、想像したのだろう。
半分泣き顔だった、須于まで笑い出してしまう。
そうこうしてるうちに、ジョーが戻ってくる。
麗花は、小学生が遠足にいくんじゃないんだから、と言いたくなるような軽い足取りで、洞窟へと向かって行く。
「さっすが、言い出しっぺは貫禄が違うね」
思わず俊が言ったほど、だ。
どうやら、それなりに俊も、不気味だったらしい。
「訓練と思えば、どうってことないだろう」
とは、ジョーのコメント。
さきほどまでの会話を思い出して、須于と俊が笑い出す。忍と亮も、思わず口元が笑ってしまっている。
その場にいなかったジョーだけが、不信そうだ。
「……?」
「いや、本当にお化けとか出ても、ジョーは撃ち落としちゃいそうだって言ってたんだ」
「…………」
どういう目で見てるのか、と言いたかったのかもしれないが、口にはしない。
半泣きだった須于が、ひとまず笑顔なので、よしとしたのかもしれない。
二人が笑い収めてから、しばらくして、行った時と同じ足取りで麗花が戻ってくる。
「なかなか、雰囲気だねぇ」
しごく、ご満悦のようだ。
企画した当人が一番、満足してるようである。
ともかく、続きだ。
亮の番、である。
イマイチ、肝試し、がなんであるかわかっていなさそうな亮に、もう一度、忍がなにをしてくるのか、を説明する。
亮は、おとなしく、こくり、とうなずくと洞窟へと歩き出す。
「つまんないなぁ」
後姿を見送って、麗花がコメントする。
「なにが?」
「だって、絶対、肝試しの意味、わかってないよ」
「しょうがないだろ、わかってたって怖くない人だっているんだし」
もちろん、ジョーのことだ。
「ほっとけ」
今度は、ぼそり、と返事が返る。
基本的に、遊びとかにとんと縁がなかったようなので、肝試しも未経験のようだ。
なにをするか、はわかっていても、その意味合いを、正確にはわかってはいまい。
「怖い、とかは、あまりなさそうね」
須于が、首をかしげる。
ほかにも、あまり感情の類のなさそうなタイプだが。
「うう、そこがつまらないのよう、亮が怖がったりとかしたら、オモシロイのにぃ」
たしかに、それはそうだが。ありえないと、誰もが思っている。
きっと、相変わらずの無表情で戻ってくるのだろう。
蝋燭を取り替えて戻ってくることに、どれほどの意味があるのかわからないまま。
ふわり、と洞窟の中から、風が吹く。
そろそろ、祠についたころだろう。



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