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俊と麗花の場合



『 買い物絵日記 3 』

ご機嫌な顔つきで、買い物リストを見つめているのは麗花。
お供よろしく、買い物カートを押している俊の顔つきは、どこか真剣。
まだ、買い物カゴには何も入っていない。
にやり、と振り返る。
「では、本日も行くよん?」
「おう、どっからでもかかってこい!」
なにやら、間違っているようないないような会話の後、さっそくに麗花は、わっしとペットボトルのお茶を手にする。
どさり、とカゴの中へ。
俊はじぃっと見入るが、なにも言わない。
麗花も、店内に流れる音楽にあわせて鼻歌を歌ったりしながら、先へと歩いていく。
「あー、あったあった」
わしっとつかんで、またもや、どさり。
今度は、新発売の炭酸飲料。
これにも、俊はなにも言わない。
「あった〜!」
いくらか弾んだ声で、また、ヒトツ。
これは、新発売のお菓子だ。
「バツ!」
俊の声に、にーんまりと麗花は振り返る。
「ざーんねん、は ず れ」
「ええ?!」
焦ったような声に、麗花はますます笑みを大きくする。
「須于に頼まれてたんだよーん」
「ち、珍しくチェックしてたか」
お菓子の新作ならば、絶対に麗花の独断と思ったのだが。
「んふふふーん、本日早速、一ポイントリード」
「ちぇ」
思わず俊が舌打ちする。
二人が一緒に買い物係になる時は、基本的に生鮮食品はない。なぜなら、二人共、あまりにも新鮮なものとそうでないものの見分けがつかないから。
最近は、ヒトツくらいずつ、修行を兼ねて入れられているが。
ちなみに、本日のお題はキュウリで、亮と須于から、噛んで含めるように先が柔らかくなっていないモノを買うことと教えられている。
が、真打は最後に登場、ひとまずはゲームである。
にんまりと笑ったまま、麗花は言う。
「ねー、かなり私のポイントたまったよねぇ、そろそろ諦めて清算すれば?」
「いや、まだまだ」
こんなところでも、負けず嫌いは健在だ。いくらか胸をそらしてみせる俊に、麗花は眼を細くしてみせる。
「ふぅぅん、でも百超えたら、一個好きなお菓子買えるっていうルールだからねぇ」
ぎく、とした顔つきに、俊はなる。
「あと二ポイントだよ」
「二……」
そんなに迫っているとは思わなかったらしい。ちょっとショックな顔つきだ。
「えーと、牛乳は賞味期限が遅い方、と」
前回までの復習を兼ねつつ、麗花はカートに買い物を入れていく。
俊が、口を尖らせる。
「っつーかさ、麗花の方が絶対有利じゃねぇか」
「だから、私の方は百ポイントにしてあげたんじゃない、そっちなんて十ポイントでいいんだよ?一ポイントにだって、なったことないクセにー」
立て板に水で、反論は封じられる。最初の時に同じ抗議をして、ポイント数を大幅に変えたのを、思い出す。
自分が、それでいいと言ったのだ。
「あーくそ、絶対おごらねぇ」
「ほほほ、それくらいな気合いでがんばって欲しいものね」
余裕で言ってのけ、麗花は先に立って進んでいく。俊も、カートを押しながら続く。
ずんずんといい勢いで歩いていたのが、急に止まる。
「んと、懐かしプリン」
「バツッ!」
にやり、と麗花は振り返る。
「うふふふーん、気合いはいいんだけどねぇ、これはジョーの頼まれモノさ」
「ええ?!リスト見せろよ!」
プリンがジョーからのリクエストというのは、にわかに信じ難い。俊の気持ちはわからなくはない。
「ダメ、リストは買い物が終わってから」
きっぱりと麗花に言われてしまう。さらに、トドメまで。
「だいたい、そんなウソくさいこと、作って言うわけないでしょ」
確かに、誤魔化すならば、別の理由に俊だってする。それに、麗花はこのテのことで誤魔化すようなことは、絶対にしない。
「悪い、でも、言いたくなるだろ?」
「まぁねー、ちっちゃい頃、よく和尚に食べさせてもらってたんだって、それの復刻版っていうから、懐かしくなったんじゃない?」
麗花は、ちょい、と首を傾げる。
そんなことを、麗花に話すジョーというのも、なかなか信じ難いが。
麗花はいつも自分がしゃべっているように見えて、相手の言うことも聞いている、ということなのだろう。
「というわけで」
にまり、と麗花の笑いは大きくなる。
「俊くん、リーチですよー、リーチ!」
「俺がじゃないだろうが」
が、あと一ポイントでゲーム勝利目前な麗花はハイテンションのままだ。
「ほほほほほ、安心するがよい、一思いに楽にしてさしあげるからのう」
「出たな、女狐」
「なんとでもお言い」
祭主公主の真似をしているのだということは、言われなくても俊もわかる。
どんなキズも、いつかは少しずつ埋まっていく。
麗花を見ていると、そう、信じられるから不思議だ。
どんなことでも、きっと笑って吹っ飛ばしていく。
なんて、ちょっとセンチなことを考えている間に。
「はーい、十秒経過、ぶぶー!」
「ええ?!」
カートには、いつの間にか謎のドレッシング。
家ではいつも、須于のオリジナルが揃っているので、ここ最近は全く買わないシロモノだ。
麗花は、ダメだこりゃ、と言わんばかりのポーズで肩をすくめつつ言う。
「あんまりにも一方的だから、サービスしてあげようと思ったのにねー、あーらら、残念」
ウソだ、絶対、俺の意識が吹っ飛んでるとわかってたんだ、と思うが、口にしてもバカにされるのがオチである。
こんなに簡単なモノに気付かなかったのは、俊のわけだし。
そんなわけで、がくり、と肩が落ちる。
「負けましたー」
「うふふふふー、なーに買ってもらおうかな」
偽買い物のドレッシングを棚に戻しながら、麗花はわくわくと周囲を見回す。
ちょっと、また心臓がはねる俊である。ほっとくと、とんでもないモノを言い出しそうな雰囲気。
「ひゃ、百ポイントなんだから、百だぞ!」
「ええ?」
かなり不満そうな視線。
「文句あるのか?」
こういう時に弱気に出たら、あっという間に麗花のペースだ。
「だってー、一週間とか二週間じゃないんだよー、ずーっとずっと、じっくり貯めてきたんだよ?私にしてはマメに数えたりしてさぁ」
「そんなこと言っても、百は百」
「最後なんて、サービスまでしたのにぃ」
トドメだったわけだけど。
麗花の凄いところは、口が休み無く動いているのに、ちゃんとリストに眼を落としては買い物も出来ているところだろう。
「最後の一品、本日の本命!」
びしり、とキュウリを指す。
「って、何本入りの方だ?」
あるのは、三本入りと五本入り。須于と亮ならなにも迷わないんだろうし、忍とジョーもそれなりにどちらかわかるのだろうが。
いかんせん、この組み合わせなので、想像すら働かない。
「大人しくお問い合わせ」
と、麗花は携帯を取り出す。
「あ、亮〜、キュウリがね、三本入りと五本入りなの」
返答は、実にあっさりと返ったらしい。大きく、五、と手を広げる。
こくこく、と俊が頷くと、麗花は携帯に向かって更に問う。
「ところでねぇ、この度、メデタク百ポイントなのよー」
「なに?!」
思わず、俊は眼を見開く。
二人の間だけのゲームだと思っていたのに、いつの間に亮にまで知られていたのだろうか。
いや、そういう問題ではない。
キュウリの本数にかこつけて、麗花は最強タッグを組んだわけだ。
なにが最強って、俊が逆らえないことにかけて。
「だよね、やっぱりフルシェフルシェの季節のドルチェ」
確かに、フルシェフルシェの季節のドルチェは、なんか賭けた場合の『第3遊撃隊』の定番だ。が、だよね、という単語は一体。
「ねぇ、やっぱり皆におごりだよね」
「なんでだよ!」
俊にしてはえらく早いツッコミに、麗花はにやり、と笑う。
「だーって、忍とジョーともやってみたんだけどさ、二人共、私とタイだったんだもん、条件もタイでね」
亮と須于は、買い物を頼む方だから、はなから勝負が成り立たない。
いや、そういう問題ではなく。
同じ勝負がいつの間にか忍やジョーとの間にも繰り広げられていて、しかも条件はどちらも百ポイント制で、結果、タイ。
「ね、忍とジョーにもボロ負け」
ボロまでつけなくていい、ココロで呟くが、ムダである。
確かに、『ボロ負け』だ。
「わかった、おごるから」
にやり、と麗花は笑う。
「だから、もう一回!」
「ふぅぅん、条件は?」
忍とジョーが、タイ条件で勝負をタイに持ち込んでいるのだから、当然。
「タイで」
「おっけ、受けて立ちましょ」
頷いてから、麗花はキュウリへと向き直る。
そして、五本入りの袋を、そっと摘みあげる。
「んー?」
もうヒトツ、袋を取って。
「んんー?」
怪訝そうに首を傾げて、三個目の袋。
「……あ」
呟いて、また他の袋。
「おお、なるほど」
「あ、待て」
麗花が、キュウリをカゴに入れそうになったところで、我に返る。
それじゃなくても観察力と演技力で完敗なのに、キュウリごときのことで差をつけられてはたまらない。
真剣な顔つきで吟味し始めた俊に、麗花は楽しそうな笑い声を上げる。

2003.10.27 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Shopping Diary III〜


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