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忍と亮の場合



『 買い物絵日記 4 』

スーパーの駐車場で、忍が軽く手を振る。
すぐに視界にうつったのだろう、亮の口元にも、薄くだが笑みが浮かぶ。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いや、ちょうど俺もついたところ」
今日は忍が道場に、亮が総司令部に用事があったので、待ち合わせで買い物、というコースなのだ。
傍から見たら、間違いなくデートだろっていう会話と見た目であることに、二人は気付いてはいないだろうが。
亮がいるので、買い物の効率は最高にいい。
さっさと買い物カゴは埋まっていく。
重くなっていくそれを押すのは、忍の役目、というわけだ。
買い物の中身は亮の頭の中に入っているので、会話はもっぱら別のコトだ。
今日は、道場で忍がいくらか面倒を見ている子供たちのコト。
「最近、ちょっと目標見失い気味っぽいのがいてさ」
こういう時の忍は、ひどく優しい眼になる。
そんな瞳だから、子供たちも懐くのだろう。
「優勝って、いちおうはゴールだからなぁ、その先を見つけるとか継続するって、けっこう大変なことなんだろうな」
「そうですね、他への興味もいっぱいの頃でしょうし」
こくり、と亮も頷く。
成長後の記憶を持ち合わせた上、ずっと明確な目標を持ち続けている。でも、短い期間とはいえ身近に俊を見ているので、なんとなくはわかるらしい。
「……と、ウワサをすればってヤツか」
忍の視線の方を、亮も見やる。
お菓子売り場で、一生懸命な顔つきになっている少年が三人。それぞれに、胴衣と竹刀をぶら下げている。
ふ、と顔を上げた一人が、ぱっと顔を輝かせる。
「あ、忍兄ちゃん!」
その声に、他の二人も顔を上げて、口々に挨拶しながら笑いかける。
「よう、お菓子に張り付いてどうしたよ?」
「うん、今度遠足なんだ!500までオヤツ買っていいんだけど、全部でいくらかわからないくなってきちゃって」
笑顔は、途中から困惑顔へと変わる。
500でめいっぱい楽しむ為だろう、細かいお菓子が子供たちには不釣合いに大きいカゴにバラバラと入っている。
なるほど、途中で足し算が混乱してきたわけだ。
亮が、腰を落とし、子供と視線を合わせる。
「大丈夫」
にこり、と微笑みかけられて、子供はいくらか眼を見開く。が、少し首も傾げる。
「ホント?」
「もちろん、落ち着いて計算すればすぐわかりますよ、これは?」
少年のカゴの中を覗き込んで、ヒトツを取り出す。
「んーと、それは98」
「じゃ、コレを足したら?」
「72だから……あ、170!」
「うん、じゃ、次にコレ足したら?」
「それは65だから、100……135?」
「そう」
忍は後ろから見ていて、なるほどな、と思う。
カゴに入れた順に無理矢理足し合わせていくから混乱したわけで、足しやすいモノから計算していけばいいわけだ。
そのうち、少年にも亮が取り出す順の法則が読めたらしい。
「あ、わかった、次、コレ足せばいいんだよね?」
「そう、いくら?」
にっこり、と微笑まれて、少年の頬がいくらか染まる。
そんなこんなで、無事計算を終えて、まだいくらか買えることが判明して、少年は嬉しそうに微笑みながら礼を言う。
一緒にいた少年も、首を傾げて口々にお願いする。
「ね、僕のもやってくれる?」
「いいですよ」
亮は、嫌そうな様子もなく、相手にしてあげている。
計算を終えた少年が、忍の方へと近付いて来て、しきりと感心した声で言う。
「なぁなぁ、忍兄ちゃん」
「ん?」
「忍兄ちゃんの彼女スゴイなぁ、キレイなだけじゃなくって、すっごく頭いいんだな」
忍も一瞬凍りついたが、亮の肩も一瞬、ぴくり、としたのを見逃さない。
が、振り返った亮は、彼女なんかじゃないですよ、という否定の代わりに、いくらか困ったような表情で問い返す。
「キレイ、ですか?」
「うん、すっごいキレイだよな」
忍の隣の少年が、亮の前にいる少年たちに言うと、二人も大きく頷く。
「うん、とってもキレイ!」
「すごくキレイ!」
いくらか困惑顔だった亮は、にこり、と笑顔に変わる。
「そんなに褒めてくれるなら、君の彼女になっちゃおうかな?」
「ええ?!」
少年は、顔を真っ赤にする。亮は、いくらか首を傾げてみせる。
「忍みたいに、守ってくれる?」
「守る?!」
少年の言葉に、こくり、と亮は頷く。その仕草が、誰かを思い出させるような気がして、忍はいくらか眼を細める。
記憶の中に、埋めてしまっている、誰か。
が、そんな忍の様子に気付いているのかいないのか、亮は少年に向かって続けている。
「悪い人から、守ってくれる人じゃないとね」
「ガンプマンみたいに?」
子供たちの間ではヒーローなのであろう正義の味方のポーズをとってみせる少年に、亮は首を横にふる。
「ガンプマンより強くなきゃ、だって、ガンプマンは変身しなきゃ強くないでしょ?」
なるほど、それは正論だ。子供たちも、目を見開いて頷く。それから、首を傾げる。
「お姉ちゃん、忍兄ちゃんに守ってもらってるんだ?」
「そう、何度もね」
亮は、ごく自然に言ってのける。
少年は、きらり、と決意した瞳で忍を見上げる。
「俺、もっともっと強くなるよ!忍兄ちゃんみたいに強くなって、お姉ちゃんみたいにキレイな人守れるようになるよ!」
「無茶するなよ、それにケンカしていいって言ってるわけじゃないからな」
くしゃり、と忍になでられると、少年はいくらか得意そうに胸を張る。
「うん、そんなことしたら、お姉ちゃんに怖い人だって思われちゃうよね」
なにやら、がぜん元気になってきた少年たちのお菓子代金の計算を手伝い終えて、手を振って別れてから。
忍は、苦笑気味に首を傾げる。
「なんか、悪かったな」
彼女にされた挙句、忍が気にしていたのを気遣って、子供たちを元気付けてまでくれた。
亮は、軽く首を横に振る。
「いえ、またがんばろうと思えたならいいですけれど」
「えらく張り切ってたから、しばらくは大丈夫だろ、後は将来、理想の美人に出会えるかどうかは本人次第だし」
肩をすくめる忍に、くすり、と亮は笑ってから、いつも通りの表情に戻る。
「さて、買い物の続きですね」
「ああ」
また、一緒に歩き出しながら、忍はひっそりと首を傾げる。
あの亮の仕草は、一体、誰に似ているのだろう、と考えながら。

2004.03.28 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Shopping Diary IV〜


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