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夏の夜のLabyrinth

■■■ヤキソバパンの呪い。■■■



六人ででかける、となると、結局ツーリングもどきになるらしい。
てきとーにながして、お腹がすいたらコンビニご飯。
お気楽ピクニック、とは麗花の命名だ。
天気がうららかで、みんな忙しくなさそう、と見て取ると、麗花の召集がかかる。
そこらへんの嗅覚は、尊敬に値する。
まぁ、そんなわけで今日もお気楽ピクニックである。
しかも、そろそろ昼時だ。
車に乗っている忍に、麗花が声をかける。
「いっつも同じで芸がないんだけどさ、近くにコンビニないー?」
助手席でカーナビに目を落とした亮が、少し、首を傾げる。
「パン屋も、あるみたいですよ」
「ホント?!」
「近いの?」
須于も覗き込んでくる。
女の子二人が興味を示したら、ほぼ決まり、だ。
男どもは「ま、たまにはパンもいいか」ってかんじで、こだわりはないらしい。
そんなわけで、今日の昼ご飯はパンに決定。

小さ目の駅前繁華街のもっとも駅の近くという好立地の場所に、シンプルなデザイン建物。
これが、本日の昼ご飯調達場所のパン屋だ。
「すごーい!」
ぐるっと見回して、嬉しそうな声を上げたのは麗花だ。
たしかにすごい。
シンプルなモノ、デニッシュ系、ハード系、系統立てて実にいろいろな種類が所狭しと並んでいる。
トレーとトングを手にして、さっそく物色をはじめる。
「チェリーもアップルもピーチもパインもあるぅ」
デニッシュを目前にして、麗花は幸せそうな声を上げる。
ふっくらしたパイ風の生地に、カスタードクリームとフルーツが乗っているデニッシュ系の代表格ともいうべきのだ。
「ホント!ホールクリームも、いっぱい」
やはりパイ風の生地が、ロール状になってて、そこにクリームがつめてあるわけだが、この種類もチョコレート、生クリーム、カスタード、ココア、モカと実に充実。
もちろん、デニッシュだけではない。
お惣菜パンに類されるであろう、マヨネーズものでも、コーン、ウィンナー、ツナなどなど、ほんとにたくさん揃っている。
「幸せ〜!」
などと、心から幸せのにじみ出た声を上げながら、麗花は厳選中のようだ。
須于も、いろいろ覗きつつもあんまりたくさんあるので、迷っている。
「わーん、全部欲しくなっちゃう」
麗花や須于ほどははしゃいでないが、忍たちもこの種類の多さに、わくわくした表情は隠せない。
「やっぱ、俊はカレーパンか?」
「おうよ、カレーパンのおいしさでパン屋の価値は決まるんだぜ」
言い切りで宣言して、カレーパンのコーナーに仁王立ちになった俊は、瞬きをひとつした。
「どーした?」
「バリエーションがたくさんだ……」
しかも、名前のつけ方がかわいらしい。『ふつう』、『からい』、『とってもからい』、『みんち』、『コーン』など、ひらがなでフダがつけられている。
「ほほう、で、どれにするんだ?」
「うむむ……」
どうやら、真剣に悩んでるらしい。
「どうせなら、カレー道を極めれば?」
「カレーパン博士になれますね」
おもしろがって、両側から忍と亮が覗き込む。
「それは、あんまりだろ!」
「親切で言ってやってるんだぜ?こんだけ揃ってる店なんて、そうそうないって」
「好きなモノを食べないと、きっと後悔しますよ」
「う、それも一理……」
すこし、考えがまとまってきていた風だったのに、どうやら振り出しだ。
一人、黙々と選んでいたジョーが、須于にぼそり、と尋ねる。
「もう少し、腹にたまるのはないのか?」
周囲には、あまーいデニッシュが芳香を漂わせている。ジョーのお好みにあわないのは確かだ。
が、コレだけ種類が揃っていれば、他にもあるに決まってる。
「あっちじゃないのかな」
まだ、誰も探索してないコーナーを須于は指す。
それから、ジョーの手にしているトレーに視線をやるともなくやって、小さく、あら、と呟いた。
「……なんとなく、だ」
須于がなにに驚いたのか、すぐに理解したらしい。
ジョーは照れたような声だ。
彼のトレーには、桜あんぱんが鎮座しておられるのだ。
なかなかに、意外な組み合わせである。
笑わなかったのは、須于だからに違いない。
「ジャムパンとか、クリームパンもあったぞ」
「ホント?」
どうやら、懐かしのパンのコーナーがあるらしい。
「わたし、クリームパン大好きなの」
仲良しの二人はおいといて。
お惣菜系の加工モノのコーナーを、忍たちは覗き込む。
「お、よさそう」
忍も俊も、嬉しそうだ。
ここらへんは甘くなくて、お腹に溜まりそうだ。なんのかんの言っても、まだまだよく食べる年頃だし。
「ここも種類多いなー」
サンドイッチ類が主だが、挟むモノのバリエーションは多いし、挟むパンのバリエーションもある。
食パンでも、ミミありとミミなしと、白パンと麦芽パンと、っていう具合だ。パンの種類はベーグルに、フランスパンに。
亮は、クロワッサンのサンドイッチを手にしたようだ。
野菜が多めで、さっぱり系のあたりが、らしい感じがする。
せっかくだから、とイロイロ見回していた忍と俊は、同時に声をあげた。
「あ」
という、実に単純な単語だったが。
こもっている感情は、まるで反対だ。
忍は嬉しそうだったし、俊はしまった、というかんじ。
「俺、アレにしようっと」
「……やっぱり?」
「当然だろ」
ハタ目にみて、あきらかに俊の肩が落ちている。
「なになになに?」
嬉しそうにすりよってきたのは、麗花だ。
なにかあると、すぐに察知したらしい。
忍が、迷わずトレーにのせたモノに、目をやる。
「……コレ、なに?」
「ヤキソバパン」
なにをきいてるんだと言わんばかりに忍が言い切る。
コッペパンにたっぷりとヤキソバが挟まれ、紅ショウガがのってて、イイ感じだ。
「あ、懐かしい」
須于も、覗き込んでくる。
「学校の売店の定番だよね」
「そう、定番かつ王者だといっても過言ではないな」
おおげさだが、まあ、よしとすることにして。
「俊は、キライなの?」
「好きだよ」
即座に答えが返ってくる。が、答えと表情が噛みあってない。
「???」
首を傾げて、興味深々な目つきで麗花が見つめる。キラキラしているところを見ると、すっごくなんかあるのだと信じて疑っていないらしい。
忍が、ニヤリ、と笑う。
「ヤキソバパンを俺が買うときはね、俊がおごらなきゃいけないんだよ」
「なんだソレは?」
ジョーが、眉を少し寄せる。
どう考えても、不可解な決まりゴトだ。
須于も不思議そうに、首を傾げる。
麗花は、だいたいの検討をつけたらしい。ますますキラキラとした目つきになる。
「なにかやっちゃったのね?やっちゃったのね?!」
「繰り返さんでいい」
俊は、うざったそうに手を振ってから、忍を見やる。
「ほれ、他にないなら会計させろ」
「まだ、選び終わってない」
にっこり、きっぱり。
適当に逃げようとしても、ムダ、というのが表情ににじみ出ている。
「…………」
「で、なにをやったんですか?」
亮が、にこり、と言う。
なんとなく、亮に微笑まれてこういうコトを言われると、逃げたらなにされるかわからない気になるから怖い。
「メシを……」
覚悟を決めたのだろう、ぼそりと俊が呟く。
「ご飯を?」
須于が、ご丁寧に言い換えながら先を促す。
しばらく、言いよどんでいたが、結局吐かされるコトになるのは、わかっている。
「忍の昼飯を、食っちまったんだよ」
「はぁ?!」

話は、高校時代にまで遡る。
忘れようにも忘れられない、高三の春である。
諸事情で(と、俊は言った)、モノを相談されることの多かった俊は昼ご飯を入手する時間が限られていた。悪いときには、購買のパンは全部売り切れ、なんていうのも、ザラ。
で、それを救ってくれていたのが忍。
購買のパンを、多めに買って昼ご飯を確保してくれていたのだ。
でも、昼休み中、買ったパンを抱え込んで俊の帰りを待っているのはバカらしい。昼はとっととすませて、外でサッカーに野球である。バスケでもいい。疲れているなら、昼寝でも。
貴重な休み時間だ。ヒトサマの為に捧げるつもりはない。
よって、忍の机に置きっぱなしになっているパンたちの中から、忍のオヤツがなくならない程度に、俊がいただいてく(料金後払い)というのが暗黙の了解だった。
戦場と化す購買での購入手間賃は、一回に尽きジュース一本おごり。
そういうわけで、実に美しい(?)協力関係が築かれていた。
……が。
ある日突然、破局は訪れた。
いつもどおり相談ゴトに付き合わされ、お昼を買うことのできなかった俊は、忍の机に座り込む。
パンの物色をするのだ。
その日は、やけにたくさんのパンが入っていた。
その時点で、なにかオカシイと思えばよかったのだが、相談ゴトに気を取られていた俊は、そこまで考えがまわらなかったらしい。
機械的に、オヤツ分だけのパンを残すと、あとをごっそりと食べた。
いつもよりも、ぐっと多い量のパンを。
育ち盛りの胃は、無限大である。
食べ終わって、けふ、とゲップして(はしたないが事実なので仕方ない)、ふう、と満足のため息をついたところで。
忍が入ってきた。
一目見て、何が起こったかを察したらしい。
俊の目前には、まだ食べ散らかしたパンの袋が散乱してたのだ。
「……全部、食ったな?」
「オヤツは、残したぜ?」
「バカやろ、俺の昼飯まで食いやがって!」
「……!」
そう、多く入っていたのは、まだ忍も昼を食べていなかったから。
相談ゴトが多いのは、総合数からいけば忍のほうがずっと多い。それが昼休みであることだって、稀ではない。
ただ、昼ご飯を買いに行く時間は、確保しているだけで。
ぐー、きるるるるるるるるるるっ。
リズミカルな音を立てて、忍のお腹が空腹を訴える。
「……」
忍の沈黙は、怒る一歩手前である。
俊は、ガタリ、とイスから立ち上がって逃げようとしたが、そうはいかない。
がっちりと捕まれる。
「俺のヤキソバパン、返せ〜!!!」
耳がきーんという音を立てて、その後の音声入力を拒否するくらいの、大声であった。

「……で、恩を仇で返した罪に、いまだ問われているというワケだ」
がくっと、俊の肩が落ちる。
が、周囲は同情している様子はない。
「あー、それはおごって当然ね」
「昼ご飯を奪った罪は大きいわね」
女の子たちが、大きく頷いている。亮も、にこ、と笑みを浮かべたまま、
「償いは、しないといけませんね」
言い切りである。
ジョーだけが、なにやら複雑そうな表情で自分のトレーの桜あんぱんを眺めていた。

結局、今回も忍にヤキソバパンをおごった俊は、とほほな顔つきのまま、昼ご飯をぱくついている。
うららかな日差しでやわらかい芝生の上という、この上ないピクニック日和には、似合わない。
「まぁまぁ、元気出して、これからもヤキソバパンをおごりなね」
麗花が全く慰めにならないことをいいながら、ぱんぱんと肩を叩く。
おごってもらったヤキソバパンを口にした忍は、しごくご満悦の様子だ。
「お、ここのヤキソバパン、美味い」
「そんな遠くないし、通えるわよ」
須于の台詞に、俊は悲鳴をあげる。
「勘弁してくれー」
「まぁ、月イチくらいで許してやるかな」
「うげー」
もういちど、今度は尾を引く悲鳴を、俊はあげた。
高三の最初の事件をいまだに引きずっているあたり、しかも、忍が許した様子のないあたり、げに恐ろしきは食べ物の恨みといったところであろうか……
滅多に怒らないヤツほど、怒らせると怖いのである。
笑いつつ麗花も須于も、忍だけは怒らせてはいけない、と肝に銘じる。

さて、帰ろうという頃。
ジョーがそっと、俊に寄った。
「けっこう、おごってたのか?」
「……まぁな」
「お前が高三の春っていうと、『あの時』だろう?」
「まぁな」
どうやら、ジョーには俊がうけていた相談内容が、わかっているらしい。
しかも、やけにすまなそうな表情だ。
「じゃあ、俺も悪いな」
「まぁ……いや、しょうがないだろーな、食べたの、俺だし」
諦め顔の俊に、そっと幾ばくかの小銭を差し出す。
「焼け石に水だろうが、今回の分は俺が出す」
ここで断っても、ジョーの気がすまないと思ったのだろう。小銭を俊は受け取る。
「悪いな」
「いや……そんな苦労があったとは、思いもしなかった」
「お前だって、イロイロあっただろ」
「……まぁ……」
苦笑気味の表情が浮かぶ。
なにやら、二人にしかわからないことで友情を深めているらしい。
その後姿は、リストラされて、これからどうしようと肩を寄せ合っているサラリーマン状態だ。
「なにやってんのー、行っちゃうよ!」
麗花の声が飛んできて、二人は我に返ったようだ。
「悪い、すぐ出す」
とバイクにまたがる。

かくして、本日のお気楽ピクニックは終了とあいなる。
『ヤキソバパン』という呪いを、復活させて。


〜fin〜

2000.09.08 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A curse of Yakisoba-pan〜


■ postscript ■

げに恐るべき、食い物の恨み。
というわけで、画像は破局後、ご飯を買ってもらえなくなった俊が拝み倒しております。
もちろん、パンはもらえなかったようで。


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