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夏の夜のLabyrinth
〜雨降り日和に傘ヒトツ〜

■虹がかかるまで待って■



アーケードの終わりの交差点までやってきた二人は、ほぼ同時に空を見上げる。
大粒の雫が、勢い良く落ちてきては地面を叩いている。
「おおう、予報通りだねぇ」
のんびりと麗花が言い、須于も、にこり、と笑って傘を取り出す。
店の方で、すでにビニールをかけてもらっている手提げを肩にかけ直して、麗花も傘を広げる。
「あら」
傘を広げる代わりに、小さな声を上げたのは須于だ。
「にょ?」
須于の視線の方へと、麗花も顔をやると、こじんまりとしたお婆さんが困惑顔で空を見上げている。
小さな買い物袋の中にも、手にも、どうやら傘はないらしい。
「あややや、忘れちゃったのかな」
「そうね……」
と、ちらり、と須于は麗花の傘と自分のを見比べる。
どうやら、麗花の方が少々大きそうだ。
それから、二人して顔を見合わせる。須于が何を考えているのかは、麗花にもわかる。
にんまり、と笑ったのは麗花だ。
「道路渡ってちょいにさ、カフェあるじゃない?そこまでなら、二人でも入れるよ」
須于も微笑むと、まだ、困惑顔のままのお婆さんへと近付いて、目線の高さを合わせる。
「あの、よろしかったら使ってください」
「え?」
須于へと視線をやって、傘を差し出されていることに気付いたお婆さんは、慌てたように首を横に振る。
「いいえぇ、いいんですよ、お嬢ちゃんが濡れてしまうでしょう」
「私、友達の傘に入れてもらいますから」
と麗花を指してみせ、麗花も頷き返してみせる。
「でもねぇ……」
雨には困っているが、という顔つきだ。迷う理由を正確に察して先回りする。
「傘は、総司令部の方にいつ、どこで借りたかを伝えていただければ届きますから」
お婆さんの手に、傘を握らせる。
「また、買い物に出た時にでも、届けてくださればいいですし」
「じゃあ、お借りしますね、本当に、ありがとう」
せっかくの好意なのだし、と思い直したようだ。深々と頭を下げるお婆さんに、須于は微笑んで首を横に振ってから、麗花の隣へと戻る。
「では」
「うん」
荷物を出来るだけ濡らさないよう、ぎゅうう、と体を寄せ合って、歩き出す。
かなりのどしゃ降りなので、全く濡れず、というのは難しい。
「おおおう、そっち濡れてない?大丈夫?」
「麗花の方は、大丈夫なの?」
「ん、多分」
顔を見合わせて笑ってしまう。
「急ごう、ともかく」
「そうね、店に入っちゃえばこっちのモノだし」
「せーの」
二人して、一緒に走り出す。
足元で雨の雫が跳ね上がるし、傘からも大粒の雫が落ちていく。
麗花が声を立てて笑う。
「返って濡れたりして」
「あるかも」
須于も、くすくす笑う。
ともかく、どうにか道路向こうに辿り着き、目的の店に滑り込む。
「おし、思ったよりは濡れなかった」
「こっちは大丈夫みたいだしね」
と、買い物の方を見やる。
本日の戦果たちの方は、外側のビニールが濡れただけですんだようだ。
「被害甚大は私たちの方かぁ」
サンダルの足も、服のすそも、いくらかはみ出した躰も、ものの見事に濡れている。
が、すぐに、にんまりと麗花は笑ってみせる。
「ま、乾くから大丈夫だけど」
「そうね」
須于も笑い返す。それから、手を出す。
「お茶、してくでしょ?私、ロイヤルミルクティーがいいな」
席を確保してくるつもりだろう。
「お、須于もやっぱり暖かいお茶だね」
外は梅雨に入っていて蒸し暑いけれど、ここはクーラーが効いているので濡れた自分たちにはひんやりとするくらいなのだ。
「私も、ホットのアップルティーにしようっと」
と、須于に荷物を渡して、麗花はカウンターへと向う。
ほこほこと湯気をあげるカップの乗ったトレーを持って、麗花が歩いていくと、窓際の席で須于が手を振っている。
「さーすが、須于、いいとこじゃん」
脇に荷物を置いても邪魔にならない、少しゆったりとした場所を確保出来て、いい感じにのんびりな雰囲気だ。
なんとなく、砂糖の気分なので、二人して混ぜ混ぜして、ゆっくりと一口飲んで。
「にしても、よく降るねぇ」
と、麗花が窓の外へと視線をやる。須于も、頷いてから窓の外へと視線をやる。
「ほーんと、降るっていったって、こんなに派手に来なくてもね」
「そうだよね、ちょっとしたお買い物が楽しみなお年寄りを困らせるとは、感心出来ないよ」
本気でむっとした風の口調で言ってから、くすり、と麗花は笑う。
「良かったね、気がついて」
「うん、しばらくは止みそうにないもの、タクシーも馬鹿にならないし」
もう一口、お茶を飲んでから、首を傾げる。
「私たちも、どうしようかしらね?」
この勢いで降られたら、駅まで行くのも傘一本では難儀だ。
「やっぱり、お迎えお呼び出しでしょう」
にこり、が、にやり、に変わる。
「俊以外でね」
彼の愛車はバイクだから、問題外だ。
「俊って、けっこう一匹狼系の行動も多いんだよね」
くすり、と麗花が笑う。須于も、カップを手に微笑む。
「そうね、なんの迷いも無くバイクだったものね」
「公用のヤツ、回してイイって亮が言ってたのにね、ま、よっぽどのバイク好きってってのもあるだろうけど、微妙に人と一線取りたがってるとこもあるかも」
「最近は、そうでもないみたいだけど」
「やっぱ、亮と普通になったのが大きいんじゃない?健さんとの間も、だいぶ良好って感じだし」
頷いてから、須于は首を傾げる。
「よほど、健さんのことも亮のことも大事だったのよね、それがあんなことになっちゃったから」
「やっぱり、傷つくと怖くなるしね」
「そうね」
お互い、顔を見合わせて、苦笑する。わかっていても、どうしても割り切れないモノは、誰にでもある。
俊の分析はいいとして、どうやって帰るか、だ。
「今日は、亮は総司令部よね、連絡したら、きっとすぐ来てくれると思うけど……」
須于が首を傾げる。
こっくりと頷いてから、麗花も首を傾げる。
「でも、仕事してるだろうしなぁ」
『第3遊撃隊』の軍師としてだけではなく、総司令官と財閥総帥をかけもっている父親のフォローもしているようだ。
本人は口にはしないが、かなりの仕事量をこなしているのに違いない。
それを邪魔するのも、悪い気がする。
と思っているのはこちらの方で、亮は嫌な顔ヒトツせずに来てくれるのだろうが。
紅茶を口にしてから、麗花がむう、と呟く。
「なんかこうさ、相変わらず、自分への意識が希薄だよね、亮って」
「そうね、相手のことによく気付くせいもあるんだと思うんだけど」
他人に気を使えば、その分、自分のことは留守になる。
「その上、自分が傷ついたとかいうの、気付かないっぽいからなぁ」
「忍がフォローしてるみたいだけどね」
「しかも気遣いが、さりげないんだよねー、こっちに気付かせないっていうか。くう、ニクイ」
麗花は、じたじた、と下のほうで足をばたつかせる。
「まぁあの健さんの子だし、おとなしく負けを認めるか」
「え?気遣いって勝ち負けの問題なの?」
須于が、イタズラっぽく眼を見開きつつ、小首を傾げる。
軽く唇を尖らせてみせつつ、麗花が言う。
「そうじゃないけどさ、なんていうか、こう!!!」
また、足をじたじたとさせる。
こんなところを見たら誰も信じないだろうが、彼女は正真正銘アファルイオの王女だ。なんとなく、そういった身分の人間には気遣いは当然の『たしなみ』であると察っすることは出来る。
が、亮のと麗花のは、別種だ、と須于は思う。
「麗花は皆のこと、元気にさせるのが得意でしょ?」
「うにょにょ、フォローされてしまったわ」
照れ臭そうに笑って、お茶のカップを持ち直す。
「ま、亮は仕事中だろうから、邪魔するのはやめとこ」
「そうね、あんまり無理しないといいんだけど。夕飯はつくるって言ってたし」
須于が、肩頬に手をあててみせる。
「なんかもう、母だよね」
「あ、口にしたわね」
つん、とおでこをつっつかれて、麗花は笑う。
「うーん、やっぱり気にするかな」
「無意識にはするんじゃないかしら?少なくとも、ナンパされるのは大嫌いよね」
「あれは、うっとおしいのが本音じゃないかと思うんだけど」
お茶を口にしてから、須于は首を傾げる。
「微妙ね、亮って、キレイだっていう自覚もないみたいだし」
「まぁ、ナルシストでもイヤだけどさ」
言われて、思わず亮が鏡を覗き込んでるところを想像してしまったらしい。手にしかかったカップを、慌ててソーサーに下ろす。
「それ、別人だから」
「でも、想像したでしょう〜?」
「麗花こそ」
くすくすくす、と二人して声を押し殺して笑う。
笑い終えてから。
「んー、ジョーも今日は家だっけ?言えば来てくれるんだろうけど」
「あの車、三人では狭いでしょ」
須于が、首を傾げる。
完全にスポーツタイプなので、後部座席があることはあるのだが荷物持込みで乗るには狭すぎる。
「ジョーって運転丁寧だから、ま、頭ごんごんってことはないけどねー」
麗花が笑う。
「運転に限らず、けっこうなんでも丁寧だけどね、こう言っちゃ悪いけど、見かけに寄らず」
「確かに、家のことマメにやりそうな雰囲気はないわよね」
くす、と笑ってから。
「お寺育ちだからじゃないかしら、古いものとか、いっぱいみたいよ」
カップを抱え込むように持ちながら、須于が首を傾げる。
にや、と麗花が笑う。
「なるほどね、それでいっちばんリスティア人らしい生粋プリラード人が出来たのね」
アップルティーを口にしてから、指を頬にあてる。
「なんていうんだろうなぁ、遠慮深いでもない、奥ゆかしいっていうか、いちばん合ってるのは侍だけど」
「たいがいのことは、ジョー曰く『じいさんから聞いた』だそうよ」
麗花のにやりは、にこりに変わる。
「六人の中で、一番きっちり躾られてるのって、ジョーだよね」
「それはそうね」
両親が揃ってないのは一緒だが、代わりにみっちりと躾られる人間と一緒だったかという点では、バラついているかもしれない。
亮や麗花は、立場上、破綻をきたさないだけの知識はあるけれど、躾られたかといわれると微妙だ。
「そう思うと、忍って親不在状態だったわりに、堅実な性格してるよね」
「反面教師、かしら?」
母親は奔放だし、父親は飲んだくれていた。こうはなるまい、と思えばこそ、ああなるのかもしれない。
首を傾げて言った後、須于は付け加える。
「それに、お姉さんがいるのも、あると思うの」
「あ、そうそう、守るって思うだけじゃなくて実行してたよね、あれは絶対」
ただカッコいいから、だけなら、風騎将軍の剣のクセまで覚えこむことなど、あり得ない。間違い無く、忍は実戦対策を覚えたかったのだ。
「お姉さんを守ろうと思ったら、素手だけでは難しいものね」
「年下なりの工夫ってヤツね、まいっちゃうよね、ルックス込みでほぼ完璧お兄さんだもん」
須于は、くすり、と笑う。
麗花が、む、と眉を上げる。
「なにさ?」
「なんでもないわよ、でも忍も完全完璧じゃないわよね」
お茶を口にしながら、にこり、と須于はかわす。話題が反れたので、麗花もそのままにしとくことにしたらしい。こっくりと頷く。
「そうだねぇ、誰にでも優しいけど、特別がつくれないでしょ」
「そうね、でもきっと、忍もいつかは特別な人ができるわよ」
ひとまず、コトは解決済であるわけだから。
「と、いうあたりで、やっぱり忍だね」
「そうね、お願いしてみましょうか」
「うん、かけてかけて」
携帯を取り出して、須于が電話する。
『どうした?』
「雨がヒドイの、迎えに来てもらえないかしら?」
『いいよ、いま何処?』
あっさりと了承の返事が返ってきて須于は、軽く瞬きをするが、カフェの場所を告げる。
『わかった、じゃ、待ってて』
そのまま、携帯は切れる。
「いいって?」
麗花が、首を傾げる。
「ええ、理由も聞かずに」
「ほほう、理由も聞かずに、文句も無し、ねぇ」
亮なら、大変に納得がいくのだが。
なんとなく、こちらが口にしないことも全て聞いている感じがするし、現に、亮の行動はそうであることが多い。
そう長いこと待つことも無く、黒に見えるほどの深緑の車体がごく側に滑り込むのが見える。
忍は、紙袋の山と共に乗り込んできた二人に笑いかける。
「こりゃ、思った以上の戦果だな」
「う、読まれてる」
麗花が言うと、にやり、と笑う。
「荷物が多くなかったら、ジョーに頼むだろ」
言いながら、車を発進させる。危なげない運転の後ろから、須于が苦笑する。
「鋭いわね」
「ついでに、須于は雨に急に降られて困ってるおばあさんに、傘を貸したってところだろ」
バックミラーで、二人の様子を見つつ、忍は軽く言う。
須于と麗花は、思わず顔を見合わせる。
「どうしてわかったの?!」
思わず、麗花が身を乗り出す。
忍は、くすくすと笑う。
「さて、どうしてだろうね」
二人は、もう一度顔を見合わせる。
どうやら、見ているのは自分たちだけではなくて。忍も、須于と麗花がどういう人間か、ちゃんと観察しているらしい。
それは、一緒に暮らしているから、だけではないと思う。
どちらからともなく、くすぐったそうな笑みが浮かぶ。
そして、前へと向き直る。
「参りましたー」
声が揃う。
くすり、と笑ってから、忍が首を傾げる。
「他、買い足りないものはございませんか?」
麗花が、すかさず手をあげる。
「はーい!美味しくて甘いケーキ買いたいです、六人分!」
「そうね、いいわね」
「承りました」
車は、専門通り街の方へと折れていく。
雨は、まだしばらく降り続きそうだ。


〜fin.

2003.08.14 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Until rainbow grows〜


■ postscript

『女の子二人で買い物した帰りに傘貸して相合傘』、『女の子二人で、『第3遊撃隊』の男どもについて語る』という二つの投票結果より。
女の子同士って本編では少ないかも、と思いつつ。


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