□ 地下鉄 □
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捜査会議が終わり、がらんとした部屋で、さて、というように勅使が首を傾げてみせる。
「お前の考えを聞かせてもらおうか」
問われた透弥は、ほんの微かに眉を寄せる。
に、と含んだような笑みを、勅使は見せる。
「そんな顔してもダメだぞ、会議中、延々とこれ眺めてたのはわかってる」
つ、と机上へ捜査資料の一枚を出す。
それを手にしながら、透弥は相変わらずの不機嫌な顔つきで答える。
「部下を尋問してどうするおつもりですか?」
「んー、そうだな」
会議中の厳しい表情で己の部下たちを叱咤していたのからは想像も出来ないような暢気な顔つきで、勅使はもう一度首を傾げる。
「お前が黙っているということは、一人で充分と判断してるわけだし、全く問題なく抑えられると考えている、ということになるわけだが」
「そこまでわかっていらっしゃるのならば」
言いかかった言葉を、笑顔で遮る。
「理由が無いとは言ってない」
と、勅使は透弥が手にしているモノを軽く叩く。それは、現在、猛烈な勢いでリスティア首都、アルシナドに網目を張り巡らされていっている地下鉄路線図だ。
「今回の件に、それが絡んでいるのは誰もがわかっている。が、回答は誰も出せていない。親バカのつもりはないが、そう回転が鈍いヤツは揃ってないはずなのに、だ」
捜査二課詐欺担当班班長らしい表情が、その顔に浮かぶ。
「当然、答えには興味がある」
微かな笑みが、透弥の口元にも浮かぶ。
「それは、ホシがあがればすぐにわかりますよ」
む、と勅使が軽く眉を寄せるのと、卒の無い身のこなしで透弥が背を向けるのは同時。
すたすたと歩き出してしまった透弥に、勅使は仕方ないな、というように肩をすくめる。
「神宮司」
扉を開ける前に、顔だけが振り返る。
「お前がスタンドプレーが必要だと判断するほどに敏感な相手だ、逆ギレしたらなにするかわかったもんじゃない。命を粗末にするような真似はするなよ」
「人ごみの中で暴走するようなタイプでは無いでしょう」
ごく静かに透弥は返す。
「万が一、銃を抜いたとしても問題はありません」
「たいした自信だな」
可笑しそうな笑いが、勅使の口から漏れる。
透弥も、笑みを返す。
「今日中にケリをつけます」
勅使の笑みは、苦笑へと変わる。
「楽しみにしてるよ」
透弥の姿が消えてから、勅使は時計へと視線をやる。会議が終わり、皆が散ってからそれなりの時間が経過している。
「ま、こんなもんだな」
一人ごちると、彼も会議室を後にする。

犯人は、誰もがわかっている。だが、証拠は現場を押さえるしかない。
抑えようと思えば、アクセスする相手を予測しなくてはならない。が、これがとんと読めない。
判明していることは、地下鉄、それも特定の路線が関わっていることだけで、班内の誰もが疲労しているのは透弥も良くわかっている。
だからこそ、とっととケリをつけてしまうに限る。
スタンドプレーをやると、なんだかんだと口うるさいのもいるが、そういうのは彼には関係が無いことだ。
というより、その口うるさいのが大げさにするせいで、班員たちが息をひそめるように動いているのが、わやにされてしまっているのだ。
あれで本当にニ課出身かと疑問に感じてしまうほどの邪魔ぶりが上部へと歩を進めた者の悲しい変化だというなら、見事なまでの反面教師だ。
ともかく、皆が動けば今までの二の舞は間違いないが、一人で出来ることも限られている。
透弥の顔を見知っている同僚たちが張っていない出入り口から地下へと降りて行く。
切符を買うと、プラットホームへとさらに降りる。
反対面のプラットホームには、皆が追っている男がいる。予測は、間違っていないと確信する。
二本のホームへと電車が滑り込んでくるその時に、ちょうど同僚たちも対面に透弥がいると気付いたらしい。ほんの微かに驚いた様子を見せるが、追っている男が動き出したのを見て、そのまま尾行へと戻って行く。
網目のように巡らせられつつある地下鉄の路線は、ほとんどが無駄なく走っているが、一ヶ所、とてつもなく混雑する数駅の区間だけ、二路線平行区間がある。
様々な駅から上下車する男が、絶対に通るのがこの区間。
ということは、平行する路線に連絡相手が乗っていると考えるのが自然だ。
問題は、皆目検討のつかない相手をどうやって見つけるかだが、合図の意味さえわかってしまえば、それは難しいことではない。
これだけ二課の面々を振り回したのだから、確かに男は頭がいいのだろう。だが、見抜かれるほどに同じ法則を使うのは、真に賢いとは言えない。
一駅目、二駅目。
男は奇妙な動きをするわけではない。だが、身じろぎひとつしないわけでもない。
人の動体視力には限界があるわけで、合図をするなら停車中しかないのだから。
後から乗車してきた人に押されたかのように、透弥はとある女性の方へと動く。
ぶつかって、驚いたように振り返った彼女に、申し訳無いというように困ったような笑みを向ける。
相手は、にこり、と笑い返すと、また窓の外へと視線を戻す。
そう、男のいる方へ、と。
三駅目。
男が、反対側のホームへと消えて行く。
透弥が男の見える場所まで来たことには、当然、同僚たちも気付いている。
何気ない視線に、透弥はほんの微かな笑みで答える。
四駅目。
降りて行く彼女の後ろへと、透弥はぴたり、とつける。
怪訝そうに振り返る彼女の目に映るのは、今度は冷えた笑みだ。
「ゲームオーバーだ」
なにか、口を開こうとする。が、それは、出来なかった。
それほどに、透弥の視線は冷えていた。
状況を察した同僚が、手際良く先回りして、改札から向かってくるのが見える。
無論、先ほどの合図で、男の方も逮捕されているはずだ。
あとは、二人のハミングバードに心行くまでさえずってもらえばいいことだ。

不機嫌そのものの顔つきで、二課長は言う。
「あれほどまでに、スタンドプレーは」
「気付かれると厄介でしたので、一人で張れと私が指示しました」
透弥が口を開く前に、隣に立つ勅使が口を挟む。
「捜査会議後に、一人残したのはその為です」
捜査会議後に透弥一人が残されていたのを情報源から聞いている二課長としては、上司がきっぱりと言いきってしまえばそれ以上のことは言えない。
「なんにしろ、スタンドプレーは控えるように」
わけのわからない理論で説教をしめる。
廊下へと出たところで、透弥は迷惑そうに眉を寄せて勅使へと向き直る。
勅使は、にやり、と笑う。
「優秀な部下が動きづらくなるのは迷惑なんでな。それよりも、さっきのアレ、ちゃんと説明しろ」
さっきのアレ、とは透弥が見抜いた連絡方法の件だ。
「必要充分な説明はしたと思いますが」
相変わらず不機嫌そうな顔つきで返すのに、勅使は大いに不満な顔つきになる。
「俺は満足してないね」
「……わかりました、説明します」
この好奇心旺盛な上司は、己が納得するまでは絶対に諦めないしつこさを持ち合わせていることを、透弥は嫌というほど知っている。
「気付いてしまえば、そう難しい話ではありませんが」
「そりゃそうだろうよ」
返しながら、勅使は、会議で延々と睨み付けていた図を取り出した透弥を見やる。
新しいモノ、新しい思考の人間。
想像以上の早さの動きに、二課長のように怯える人間も少なくは無い。だが、恐れずに乗ることが出来れば、いつか。
思考に沈みかけた勅使に、透弥は相変わらずの不機嫌な視線で尋ねる。
「聞いてましたか?」
「当然だろうが、俺が尋ねたんだから」
いくらか疑わしそうな視線になる透弥に、勅使は笑顔を向ける。
「あまり、無茶はしすぎるなよ」
ぽん、と肩を叩き、歩き始める。
それを見送った透弥は、軽いため息をひとつついた。


〜fin.

2004.08.10 LAZY POLICE 〜Tube〜

■ postscript

『壱拾萬打多謝記念御題頂戴企画』にて募集の御題より、『電車、駅、地下鉄』。
ミステリーでもお約束の題材ですが、こんな使われ方もあるかな、と。

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