□ 籠の中 □
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中村殺害事件を立件まで持ち込んだ、との簡単な連絡は、特別捜査課にも入った。
取調べは一課に引き継いだが、逮捕までこぎつけたのはこちらだったからだろう。形ばかり、というヤツだ。
おかげで、もうとっくに切り替え済みだったのが、ふ、と思い出してしまう。
「ヒトツだけ、不思議なんだよな」
駿紀は、首を傾げる。
「気になるなら、調書を読めばいい」
至極あっさりと透弥に言われ、口を尖らせる。
「絶対、書いてない」
やけに強く言い切られて、怪訝そうな視線がモニタの向こうから覗く。
「あの中村が、背後間近の殺気に気付かなかったってのが、どうもな」
結果という厳然たる事実が存在するのはわかっているけれど、捜査開始当初から不思議だったのだ。
彼女の自白の中にも、答えらしきものは見出せなかった。
「他に心移しかかってはいたけど、それだけ清水京子に心を許してたってのはあったんだろうけどな」
でも、やはり、あの慎重居士の見本のような中村が気付かなかった、というのは腑に落ちない。
怪訝そうだった透弥の視線は、いつの間にか不機嫌そうなものへと取って代わっている。
「気付いていたとしたら?」
「は?あり得ねぇだろ、自分が殺されそうになってんのわかっててそのまんまってのは」
駿紀がいくらか身を乗り出したのと対象的に、透弥の視線はモニタへと戻っていく。
「気付いていた、と考える方がつじつまが合うと思うが」
「おい、言いかかったなら、最後まで言えよ」
視線を外したのは、説明するのが面倒だからだ。
うやむやになる前に捕まえられて、透弥は明らかに面倒そうに言う。
「己という痕跡を毎日のように消し続けるほどに嫌悪し続けているということは?」
「自身を消したい、という願望もあったってのは否定しないけけどさ」
返してから、ふ、と口をつぐむ。
透弥に指摘されるまでも無く、中村が病的に自身を消したがっていたのは知っている。そうでなけば、あれほどまで徹底して、存在感を抹消することなど出来ない。
自分の手でそれをしなかったのは、それだけの勇気が無かったからだ。
犯罪請け負いの仲介はやっても、実際に手を染めなかったのが論拠として挙げられるだろう。
詐欺ならば、血を見ることはまず無い。だから、自ら動いた。
自分を消したいのに、自分では出来ない。
もし、他の誰かがそれをしようとしたら?
しかも、それが想う相手なのだとしたら?
そもそも、中村が、大家だからという理由があったとしても、他人を部屋の中に入れるだろうか?
例え、一度は心通わせた相手なのだとしても、だ。
だとすると、中村はまだ、清水京子に想いを残していて、なのに別れるようなふりをした、と考えることも可能だ。
もし、そうだとしたら、何を期待した?
あれだけ何も無い部屋だったら、証拠など残らないということもわかっていたかもしれない。
実際、東を現場検証に引っ張り出していなかったら、アカショウビンの羽など見つからなかったろう。
被害者と加害者、共同の完全犯罪。あり得ない話では無い。
でも、それでは、清水京子は、まんまと中村の考えどおりに動いたということになってしまう。
「まさか、な」
思いついてしまったことをかき消すように、首を軽く横に振る。
納得するまでは駿紀は引かない、と諦めたらしい透弥は、表情と言葉で思考内容をだいたい察したらしい。小さく肩をすくめてみせる。
「比較的、納得の出来る推論だ」
「まぁ、確かにそりゃそうだけどな」
ふ、と思い出されたのは、アカショウビンの羽があったと聞かされた時の京子の笑顔だ。
冴えない表情で、駿紀は頬杖をつく。
結局のところ、疑問にそれなりの説明がついたところで、やり切れないと思わされることに変わりは無いらしい。
「なんにしろ、ケリはついた、か」
少なくとも、リスティア警視庁にとっては、だが、それで良しとすべきだろう。
当事者達の心境は、後は検事や弁護士が気にすればいいことだ。
「そういうことだ」
透弥の視線は、モニタへと戻っていく。
駿紀も、目前に広げてみた資料へと視線を戻す。


〜fin.

2005.11.12 LAZY POLICE 〜In a cage〜

■ postscript

那緒乃様よりの『1st.事件関係者フラッシュ』御礼に。
2nd.whisper-12とwhisper-13の間の出来事です。

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