□ 標的はサンタ □
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受付にちょこんと顔を出して、少女は少し舌足らずに問う。
「あの、人を、コロしちゃう、とってもワルい人を、ツカまえてくれるのは、どのケイサツの人ですか?」
無邪気な子供の質問と判断した受付担当は、にっこりと微笑んで、通りかかった一団を示す。
「あのおじちゃんたちよ。そういう、とっても悪い人を捕まえるのなら、まかせてね」
声が聞こえない距離では無かったので、一団の視線が受付へと向けられる。泣く子も黙るどころか、鬼をも泣かせるとも言われる木崎班だが、幸いなことに今日は事件を片付けたばかりなので、機嫌がいい。
大きく目を見開き、じっと見つめてくる少女へと、各々、それなりの愛想笑いを向ける。
が、次の瞬間、少女の顔は大きく歪む。
怖い顔は自分じゃない、とばかりに咎める視線を互いへと向けあうイイ年の男共に、受付担当が苦笑を向けつつ、立ち上がって少女の隣へと行こうとした、瞬間。
少女はわっと泣きながら、なんと班内の、いや庁内の誰もが笑っても怖いと心でひっそりと思っている木崎へとすがりついて、叫んだのだ。
「たすけて!サンタさんがコロされちゃう!」
よりによって木崎さんに!とか、この人絶対子供相手でも容赦無く夢ぶち壊す!とか、周囲は一気に血の気を引かせる。
まさに、一刻の猶予もならない状況だ。
想像だにしない展開に、一瞬とはいえ木崎が硬直してるのを幸いと、誰かが一人を押し出す。
押し出された駿紀は、膝を折り、視線の高さを少女へと合わせる。
「どうして、サンタさんが殺されちゃうと思うの?」
「きいたの。コロしてやるって、いってたの」
「どこでかな?」
木崎が口を挟む間を与えず、駿紀は質問を重ねる。
クリスマスが憂鬱な人間が冗談混じりに言ってたのを聞いただけというオチにしろ、こちらから決めつけるわけにはいかない。
何故か木崎の足にすがりついたまま、少女は質問の一つ一つに答えていく。
問答が進むにつれ、質問をする駿紀も、しがみつかれたままの木崎も、様子を伺っていた他の面子も、顔つきが変わっていく。
子供の思い込みか勘違いとたかをくくるのは間違いと気付いたのだ。
木崎の背後で視線がやり取りされ、一人離れていく。
少女の話が進むにつれ、もう一人が。
子供を傷つけずに勘違いを指摘するなどという芸当は難題だが、実際の事件となれば、お手のモノだ。
一時間後には、小さめの会議室の机に受付担当が用意してくれたココアが並べられ、その前に少女を含めた数人の子が並ぶ、という状況になっている。
口々に思い出したことを言うのを、駿紀が丁寧にさばきながら、質問を更に重ねていく。
その隣で一人がメモを取り、背後に回していく。
受け取った先には地図が広げられ、小さく壁となっているホワイトボードには、子供達が見えない側にみっちりと書き込みがされている。もっとも、その半分は子供達に不必要な話を聞かせ無いよう配慮した筆談の跡だ。
通常なら証言だけ取り班の部屋へと持ち返りなのだが、話の状況からして、そんな猶予は無いと判断したのだ。
話の状況とは、こうだ。
とある大型デパートに有名俳優がやって来るという告知チラシを、サンタに扮したスタッフが配るのだが、その中に本物の俳優が紛れている、というイベントが行われる。
後から俳優として登場する時に、実は「この色のチラシを配っていたのは自分でした」と告げる、という趣向だ。
無論、配っている途中でバレる可能性が無いわけではないことは主催者側も考えており、スタッフはどこに俳優がいるのかを把握している。
その中の人間が、嫉妬の為か他の悪意か、ともかくサンタ姿の俳優を狙っていることが確実になった。
容疑者がイベント主催の内部に紛れている可能性が高いことから、うっかりと協力も要請出来ないし、イベントの時間も差し迫っている。そこで、こういうカタチでの進行ということになったわけだ。
子供達へも、どこか緊張した空気は伝わっているらしく、現状必要な質問を終えても、興味津々の視線を刑事たちへと向けている。
礼をつくして帰らせるのは危険だ、と木崎班は踏んでいる。
何せ、怪しいことを聞いたと悩んだ挙句、親を素通りしてのっけから警察に来てしまう行動力の持ち主がまぎれているのだ、ここでうっかり帰らせたら、自ら事件の渦中に飛び込んで来かねない。
だったら、最後までこちらの手の内に置いておいた方がいい。
「届いたぞ」
一人が、大きな荷物を抱えて会議室に入ってくる。
刑事たちだけでなく、子供たちも興味津々の視線を向ける。
包みの中から出てきたのは、サンタの衣装だ。あれやこれやとツテを駆使して、今回のイベントに使用されるものと同等品を手に入れてきたのだ。
「で、誰が着る?」
「やっぱ、隆南か楠木だろう」
と、もう一人の若手へと誰かが視線を向ける。
「隆南より、楠木だろ、この手の得意だろ」
刑事たちのやり取りから、おおよその話の方向は見えたのだろう、子供の一人が、不意に口を挟む。
「ダメだよ!」
「え?」
驚いて振り返る刑事たちに、子供たちは口々にダメ出しをする。
「そうだよ、ダメだよ」
「違うよ、サンタさんは違うよ」
駿紀が困り顔になりつつ、子供たちに問い返す。
「どんな風に違うのかな?」
「サンタさん、お兄ちゃんじゃないもん」
「そうだよ、お爺ちゃんだもん」
どうやら、年齢的な問題らしい。
イベントに来る俳優は駿紀たちと、そう年齢は変わらないはずなのだが。
子供たちにとっては、俳優の年齢などは関係ないらしい。サンタクロースは、年老いた人物である、ということの方が大事な事実のようだ。
「だから、お兄ちゃんたちじゃダメだよ」
「でも、サンタさん守る為には、誰かが身代わりにならないといけないんだけどな」
駿紀は、ゆっくりと言い、首を傾げる。
「俺たちでダメだったら、誰ならいいだろう?」
小さな情報提供者たちの機嫌を下手に損ねることもあるまい、と指名を促してみる。
ややしばし、子供たちは額を寄せ合って合議を重ねる。その目の真剣さに、思わず刑事たちは顔を見合わせて苦笑してしまう。
数分の後、結論が出たらしい。
真剣な顔つきのまま、最初にやってきた少女が一人をまっすぐに見つめる。
「あの、おじさん」
おじさん、という単語と一緒に、その場にいる全員の視線が、たった一人へと集まる。
視線を集めた主も、すぐに自分が指名されたことに気付き、少々低い声で問い返す。
「俺か?」
子供たちが、全員一緒に頷くのだから、確定だ。
木崎の眉が、少々寄る。
また、班員たちの血の気が引く。絶対に年齢だけで選んでる、今度こそ子供たちを泣かす。
誰かがフォローしようと口を開きかかったところで、木崎の方が先に言う。
「その衣装、俺にも合うのか?」
「……ええと、多分」
まさか、本当に指名通りにやるのか、という疑問がありありの顔で、衣装を手にした刑事が、木崎へと差し出す。
「なら、やるしかないな」
本当か、と、まだ問い返してみたい刑事たちをよそに、木崎は衣装を手にする。

それから、まもなく。
季節がら、ますます人が増えているデパートの中を、ちらほらと赤と白が移動していく。イベントのチラシを配っているサンタたちだ。
そのうち、なぜかチラシを手にしていない一人へと、まっすぐに進んでいく人影がある。
が、サンタの方は気付く様子も無く、チラシは、と問うてきた客に、すまなそうに頭を下げている。
真後ろまで近付き、なにかギラリと光るモノを取り出した瞬間。
サンタの背がぐっと低くなった、と思いきや、影は地べたに叩きつけられていた。
刃物を持った手を捻り上げつつ、一本背負いを喰らわせたと気付いたのはほとんどいないだろう。
幸福と華やかさに彩られていたデパートに招かねざる客が紛れていたと気付いた人々で騒然となる中に、渦中の俳優がさっと登場する。
笑顔でイベントのヒトツだ、と告げるのに、すぐにざわめきは別種のモノに取って代わる。
犯人を護送し、デパートの担当者たちとの話を終え、子供たちを親元へと送り返し、書類一通りを提出し終えて。
デパートより、感謝の印の一環として提供されたケーキだのごちそうだのを広げつつ、誰かが妙に黙りこくっている木崎へと視線をやってから、隣をつつく。
「やっぱ、機嫌悪いか?」
サンタなどやらせられて、ということだ。それではなくても、木崎は子供嫌いで通っている。
基本的に、よほどのことが無ければ自ら関わろうとはしないのに、今回に限っては子供にしがみつかれ、指名されてサンタまでやってしまった。
これは、よほどに機嫌が悪いから黙り込んでるのだろう、と踏んだのだ。
一人が、恐る恐る木崎の前へと行く。
「あの、なんか酒までつけてくれたみたいなんですけど」
差し出して見せるのへと、木崎はやっと視線を寄越す。
「ああ、開けろ。どうせ元々、打ち上げに行くつもりだったんだ」
それは、子供と行きあう直前の話だ。昼間っからではあるが、軽くやって解散するつもりだった。
今は、突発で持ち込まれた事件のおかげで、とっぷりと日が暮れているのだが。
「サンタにされちゃいましたねぇ?」
もう一人が、グラス代わりの紙コップを差し出しながら、笑いに紛らわそうと試みる。
そちらへと向けた視線に、誰もが凍りつく。なんせ、間違いなく目が細まっていたからだ。
「それなんだが」
「は、はぁ」
話題を振ってしまったのは自分だ、と声をかけた方は、身を縮こまらせつつ相槌をうつ。
「サンタが一本背負いは、不味かったか?」
「は?」
「え?」
周囲から一斉に、ぽかん、とした視線を返され、木崎は、だから、と言い直す。
「あの子らは、サンタクロースにこだわりがあったんだろう?たしか西の方のモノじゃなかったか?それが、一本背負いなんぞしたら、不味かったんじゃないのか、と訊いてるんだ」
質問の意味を理解した駿紀は、にこり、と笑う。
「それなら、大丈夫ですよ。サンタクロースは悪い人をやっつける、とってもスゴイ人ってことになってましたから」
暴走しないよう、子供たちを見守る役目を仰せつかっていた当人が言い切るのだから、嘘は無いだろう。
納得したのか、木崎は頷いて表情を緩める。
「なら、いいんだ」
酒を注がれた紙コップを各々手にしつつ、誰からともなく顔を見合わせて笑顔を交わす。
鬼と称される班長が、子供が嫌いだと言い切る理由は、うるさいからでも煩わしいからでもなく。
どうやら、扱いがわからないから、とわかって。
「じゃ、木崎さん、お願いしますよ」
一人に促されて、木崎は紙コップを高く掲げる。
「クリスマスに、乾杯」
くすり、と笑ってから、皆も紙コップを上げる。
「メリークリスマス!」


〜fin.

2007.12.22 LAZY POLICE 〜The target is Santa Clause〜

■ postscript

特別捜査課創設前年のクリスマス。木崎班は、こんなクリスマスイブ。

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