□ 初詣は初仕事 □
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雑然としたというより、押しくら饅頭状態の人込みの中で、駿紀はうんざりと考えている。
初詣は近所のお宮さんが親しみもあるしありがたみもあるし、何よりこんなことにはならない、と。
毎年、リスティア全土で最も初詣客が集まるという永翠神宮だ。そこに元旦朝っぱらから来ようというのが、多分間違っている。
もっとも、木崎班用の札を買ってくるなんて役目を仰せつかったおかげで、両親の墓参りも近所のお宮さんへの初詣も出来たのだから、文句を言ってはバチがあたるというものだろう。
気を取り直して姿勢を正したところで、鋭い悲鳴がヒトツ上がる。
「泥棒!」
こんなところでバチあたりな、などと言うのは簡単だが、まさに狙ってくれと言わんばかりの場所だとも言い換えられるということを駿紀は知っている。
だいたい、こうして声の方へと視線をやるのも一苦労だ。
「げ」
視界に入ってきたモノに、思わず声を漏らしてしまう。
掏った瞬間に相手に感付かれた男は、逃げる為の手段として何やらギラつくモノを振りかざしたのだ。
「道を開けやがれ!どうなってもいいのか!」
雪崩のようなことにならずに済んでいるのは、人が多過ぎるかららしい。文字通り、人ごみの中に一筋の道が開けていく。
皆、半ば逆切れに近い男へと注目しているらしく、少しずつかき分けて行く駿紀には、目もくれずにいてくれている。
が、どんなに足が速いとはいえ、この人ごみの中だ。
慣れているので、ある程度の速度では男を追えているが、これでは逃げ切られてしまいそうだ。
あそこらでコケてくれないかなぁ、などと都合のいいコトを考えた瞬間。
まるで、計ったかのように、男はもんどりうって派手に転ぶ。
見逃さず、駿紀は
「失礼!」
声をかけ様、頑丈そうな人を軸に大きく跳ね上がって、一気に男の上に着地する。
握り締めたままの刃物は、その衝撃で地面にめり込む。
周囲への危険が無くなった、と判断した、警備に配備されている制服の警官たちも駆け寄ってくる。
ひとまず、新年明けて早々の大事件は避けられた、とヒトツ息を吐く。
が、ここまでしてしまったからには、一通りの手続きまでは付き合わなくてはならないだろう。ここらなら、最終的には警視庁へと護送することになる。
それなりに遅くなるのを、先に説明しておかないと煩いことになるだろう。それに、護送前に頼まれているお札と昨年大怪我をした先輩へのお守りは絶対に買っとかなければなるまい。
どう算段をつけようか、と考えつつ、周囲を見回す。
この中のどこかに、私服の同業者がいるはずだ。
そうでなければ、あんなタイミングよく男がコケるはずは無いし、手にしていた刃物が吹っ飛ばずに、そして掏り含め誰一人傷つけずに地面に刺さるなんてことがあるわけ無いのだ。
人ごみの中から、コチラの動きさえ見て取ってしてのけたに違いない。
一言くらいは礼を、と思うが、気配すら無い。
非番だからか、他の理由があるのか、あまり関わりたくは無いということなのかもしれない、と思い直して、駿紀は目前まで来た制服警官へと向き直る。



男を追ってきた刑事は、少々大胆な行動で押さえ込んでみせた。そこまで見届けてしまえば、透弥のやるべきことは終わりだ。
下手に表立って押さえ込もうものなら、越権だなんだとウルサイことになる。特に、自分が警視庁のキャリアだと何かの弾みにわかった際には面倒が二倍以上に膨れ上がるのは火を見るより明らかだ。
ああして動く人間がいるのなら、フォローに留めておくのがいい。
それにしても、あの男は何一つ周囲に注意を払っていなかった。足元は愚か、瞬間的とはいえ、腕を軽く捻られたことなど、気付きもしてないだろう。
それは、周囲も同じことで、透弥にとってはありがたいことでもあるが。
ともかく、コトは終ったのだ、本来の役目を果たすべきだろう。
今の騒ぎのおかげで、売店は少し人が減っている。
巫女姿の女性へと、声をかける。
「破魔矢と、おみくじを」
いくらか頬の血色が良くなったように見受けられる彼女から、おみくじの箱を受け取って振る。
出てきた軸を差し出すと、袋に納められた破魔矢と共におみくじの内容を書かれた紙片を出される。
他の班には神棚があるところも少なくないらしいが、勅使班に飾られるのは毎年の破魔矢だけだ。それから、おみくじが恒例となっている。
これは、勅使のこだわりだ。別に班の命運を占っているわけではなく、句が記されるだけの永翠神宮のおみくじから、いかに都合のいい解釈を引き出せるか、というゲームなのだ。
神宮のおみくじをゲームに使ってしまうあたり、勅使自身が信心深いのかどうか、多大な疑問ではある。
開いた状態で渡される紙片の内容は、嫌でも透弥の目に入ってくる。

かぎりなき 雲ゐのよそに わかるとも 人を心に おくらさむやは

確か、古今和歌集だな、と透弥は考える。しかも、これは。
そこで考えを止め、紙片を折りたたんで胸ポケットへと納める。
正式な意味など関係ない、と勅使は言い切っていた。本来の意味を知っていようがいまいが、都合のいい解釈が出来るかどうかを問われるに決まっている。
さて、どう言ったものか、と別の思考へと切り替え、歩き出す。


〜fin.

2008.01.02 LAZY POLICE 〜New Year's day in 435〜

■ postscript

特別捜査課創設まで、あと半年くらいの年明けです。
透弥が手にした歌は、古今和歌集の巻の八に掲載されているモノで、読み人知らずです。

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