□ 誤指名 □
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電話を取った駿紀は、思わず眉を寄せてしまう。
聞こえてきたのが長谷川の声だったからだ。直属上司であり、警視総監たる彼の呼び出しはロクなことが無い。
だが、今日の声にはいつにない緊張感がある。
「何か起こりましたか?」
一応と尋ねてみたのに、長谷川はらしくなく短く肯定を伝える。
「すまないが、即刻総司令部に来て欲しい。場所は総司令官室だ。パスを言うから、メモを」
言葉に無駄が無いという時点で、いつにない緊急事態だと判断して、駿紀は大人しく総司令官室のパスとやらのメモを取る。
駿紀の顔つきで、状況を理解した透弥は念の為の銃を携帯して、スーツを羽織る。
「すぐに総司令官室に来い、とさ」
受話器を置くと同時に立ち上がった駿紀は、透弥の視線での問いに返す。
透弥の眉が、不審そのものに寄る。
「総司令官室?」
警視総監としては直属だが、総司令官としては関係無いはずだ、というのは駿紀も抱いている疑問だ。
今は、それを取り沙汰しているわけにもいくまい。すぐに、と言うからには何らかの事件が起きている可能性が高い。
「ああ、パスまでもらった。聞き違いじゃない」
警視総監室には、入室の為のパスなどという大仰なモノは存在しない。
「それに、あの長谷川さんが必要最低限しかしゃべらなかった」
コトの重大性は、それで十分に透弥にも伝わる。無言で頷き、扉を開ける。
二人は、早足で特別捜査課を後にする。



総司令官室に到着し、長谷川からコトの次第を聞いた駿紀の口はあんぐりと開き、透弥の眉は不機嫌そのものに寄る。
「ハイジャックですか」
その単語を、知らないわけではない。航空機が、悪意を持つ人間により乗っ取られる事件を指すのはわかっている。
アファルイオが、自国で生産した航空機の外国への試験飛行先として、リスティアを選んだことも別に驚くべきことではない。ついでにいえば、それを北方民族が狙ってきたというのも、あり得ないとは思わない。
問題は、だ。
「なんだって、交渉相手が俺らなんです?」
どうにか、駿紀は肝心の問いを口にする。
そう、アファルイオの航空機を乗っ取った北方民族の青年は、リスティア警視庁特別捜査課を指名してきたというのだ。
交渉するのならば彼らに限る、と。
この緊急事態に猶予は無いと判断した長谷川に、駿紀たちは呼び出された、というわけらしい。
「北方民族が、他国の一警察組織を知っているということ自体に疑問を抱かざるを得ないのですが?」
険のある声で問いを重ねたのは透弥だ。
「プリラード警察が、リスティア警視庁に特殊部門がある、と言ったようだな」
微妙に視線を漂わせつつ、長谷川が返す。
どうやら、シャヤント急行開通号走行の影で、何らかのトラブルが起こりうるのを未然に防いだ部署ということで、ひっそりと各国に喧伝されているモノらしい。
プリラード警察が、などと言っているが、多分に長谷川の口のせいもあるに違いない。この長広舌は、せっかく何も気付かずに来た各国の要人たちに、余計なことを吹聴したのだ。
駿紀も、盛大にため息をつきたい気になってくる。
「ともかく、コトは急を要する。この場は君たちに任せるしかない。相手の条件は、君らだけと話をすることだ。私はあちらの部屋に控えているから、何かあったら来てくれ」
そんな素直に相手の要求を聞き入れる必要は無いと思うが、そこらが文人総司令官たる所以なのかもしれない。ここで、いろと言ったところで無意味だし、余計な口を挟まれても面倒だ。
通信機の使い方だけを確認して、長谷川の後姿を見送る。
「シャヤント急行の件が伝わってたとして、でもなんだって俺らなんだよ」
結局は解決してない疑問を、駿紀がもう一度口にする。
爆弾を処理して、トラブルを持ち込んだバカを見つけ出しはしたが、彼らとなんらかの取引をしたわけではない。
「相手は、そう思っていないということだ」
不機嫌そのもので、透弥が返す。
「クレースランドヤードも長谷川氏も、トラブル回避をしたのが特別捜査課とだけを伝えているのだろう。その結果、相手は、こちらが政治的な交渉を行い、なんらかの合意を取り付けたと勘違いしている」
「ちょっと待てよ。少なくとも俺は、そんな高度なコト出来ないぞ」
透弥ならともかく、というのがにじみ出ている言葉に、透弥の顔はますます不機嫌になる。
「俺にだって、そんな政治的な交渉をするスキルは無い」
本当かどうかはともかく、そんな権限が無いことだけは確かだ。あまりどころか、わずかなりと、うっかりしたことは言えない。
駿紀は、手を左右に大きく振る。
「無理無理無理、断ろう」
「アファルイオの航空機スタッフの命がかかってるとしても、か?」
透弥の冷静な声に、駿紀はぱくり、と口を閉じる。
なぜ、透弥が大人しく長谷川が去るのを見届けたのか、理由に気付く。
あまりのことに、大事なことを見失っていた。
「くそ、それだ。あ、でも、ってことは基本は立て篭もりと一緒か」
す、と刑事の顔になる駿紀に、透弥は頷く。
「基本は、だ。ただし、犯人の心境以外に、燃料保持時間という時限がつく」
「今、どこらまで来てるんだ?」
「すでにリスティア上空だ。着陸の際の重量を減らす為に、かなりな燃料が消費されているだろう」
総司令官用のモニタには、そういった情報も映し出されている。志願兵役で空軍を経験している透弥は、計器を見るのに慣れているのか、読み取りが早い。
「あんまり時間無いな。ともかく、条件聞くとこから始めるしかないか」
事件、となれば駿紀は肝が据わる。
「仕方ねぇな、行くぞ」
言い様、アファルイオ航空機との通信を繋ぐ。
「こちらリスティア警視庁特別捜査課」
名乗ると、ややの間の後、雑音と共に声が返ってくる。
「本当に、特別捜査課か?」
「本当かどうか、どう証明すれば信じてもらえるのかわからないけどな」
駿紀の返した言葉は、もっともだと納得したのだろう。先ほどまでの交渉相手と、全く声も言葉も違うということも認識したらしい。
「……偽者だったら、後で酷いことになるからな」
脅しをかけてはくるが、引っ込めとは言わないあたり、一応は信じたようだ。
比較的あっさりと、第一段階は突破した。
「で?俺らと交渉したいって、内容は?」
「言葉の使い方に気をつけろ、こちらには人質がいるんだぞ」
あちらで、誰かに何をつきつけたのか、小さい悲鳴が聞こえる。
「落ち着けよ、交渉したいと言ったのはそっちだぞ?まず、要求があるなら言うべきだろう」
あくまで冷静を装って返してやる。
正直、こんな程度の言葉で、なんの抵抗も出来ない人間を痛めつけているという事実に、腹が立って仕方ないのだが。
「いいか、余計なことを言わずに聞けよ」
なんともムカつく一言を前置きに、それはもう細に入り密に入りの要求を始める。
ようするに、リスティアの権力を使って北方民族の独立、もしくはアファルイオでの優位を確保しろ、ということであるらしい。
なんだってそんなことを、よりによって俺らに、などというのはともかく、だ。
「即刻返事するのは無理だから、少しだけ待ってくれ」
と通信を一時中断し、二人は顔を見合わせる。
「少なくとも、俺、これ以上話してるの無理。少し代われよ」
腹が立ちすぎて、あともう少し何か言われたら、つい説教してしまいそうだ。先ほどまでも、人の命がかかってると思うから必死で我慢してきただけだ。
「残念ながら、俺に代わっても同じことだ」
不機嫌そのものの顔で透弥が言い切る。
「こんな物騒な手段で強請るような相手と誰が付き合いたいと思うのか」
吐き捨てるように言う言葉は、駿紀も大いに同意するが。
「でも、どうする?降りて大人しくしろって説得して、聞く相手じゃないのは確実だ」
要求が聞き届けられないなら、何もかもを巻き込んで死ぬのがカッコいいと思ってる類だ。
どちらかというと、バカらしい要求に腹を立てているのから、考えに沈む顔つきになった透弥は顎に軽く指をあてる。
「隆南、もう少し交渉してみてくれ」
ややして、落ち着いた視線が上がる。
また俺か、という言葉を駿紀は飲み込む。透弥は駿紀の言葉が必要、と判断したと理解したからだ。
「何を言わせればいい?」
ほんの微かに透弥は口の端を持ち上げる。

二度目の交渉の途中で、透弥は指だけで長谷川の部屋を指してから、手のひらを広げて見せる。
五分引き伸ばせ、と正確に理解して、駿紀は頷く。
正直、一度目よりも格段に腹立たしさは増している。なんせ、相手は周囲の命など、チリ程度にしか思っていないのが明らかになったのだ。
北方民族の命を奪う連中と、それに味方するようなのは、抹消されても当然だというのが、彼の理論だ。
バカらしくて、今すぐにでも通信をぶった切ってやりたい。
が、透弥になんらかの考えがあるのなら、その間を引き伸ばすくらいはやってみせるしかない。
あれやこれやと、要求を呑むとは一言も言わずに、結果的には相手の無茶苦茶な理論でのグチをひたすらに聞く羽目になった五分の後。
透弥は、きっかりと長谷川の部屋から出てくる。
まっすぐに通信機の前に来ると、ヒトツ頷く。
ここから先は引き受けた、の意味だ。駿紀は頷き返して、一歩退く。
「ところで、リスティアに宣戦布告をした際の対応については、知っているか?」
急に通信する相手の声が変わっただけ無く、実に物騒な質問が飛び出したことに、相手は言葉を失ったらしい。駿紀も、思わず目を見開く。
「どういう意味だ?!」
「リスティア領空内で航空機を叩きつけた時点で、こちらの国民に被害が出ることは明らかだ。友好的な関係を結んでいるアファルイオ国民を巻き込んでいるという点からも、宣戦布告をしたも同然と言わざるを得ない」
感情のこもらない、平坦な声が淡淡と続ける。
「先ほど、アファルイオ国王にも総司令官から確認を取った。リスティア国民を巻き込んでしまったなら、止むを得ないと承諾を取り付けた」
透弥が、五分で何をしてのけてきたのかがわかってきて、駿紀は思わず舌を出してしまう。
「ほんの少しでもリスティアに損害を出した場合、リスティア軍はただちに、そちらへの攻撃を開始する」
「やれるもんならやってみろ!アファルイオのどっかに落ちて、泥沼になるに決まってる!ざまぁみろだ!」
勝ち誇ったような笑い声を上げるのに、透弥は平静なままだ。
「すでに、準備は整っている。照準先を教えてやるから、確認しろ」
初めてだろうに、透弥は、総司令官のキーボードから、速い速度で何らかの情報を送信する。
駿紀も、透弥の背後から覗いてみる。
アファルイオ地図の北方にきっぱりと付けられた印は、間違いようも無く彼らのアジトに違いない。リスティア軍が把握している、最高級の機密のヒトツだろう。
そんなモノをあっさりと総司令官から引き出してくるあたり、透弥の交渉能力はやはりとんでもない。
限られた計器でも、何の情報が届いたのか相手にはわかったらしい。ひ、と息を飲む声が聞こえる。
「ば、場所が、わ、わかったからといって、ここまで、と、と、届くもの、か」
「なんなら試してみるか?こちらの発射準備は出来ていると言ったのを、覚えているな」
先ほどより、数段低い透弥の声。
相手を動揺させきるのに、十分だ。
間を取って、駿紀が通信機の前に戻る。
「こちらを一人でも殺せば、アンタの仲間は全滅に近くなる。それでも、続けるかな?」
静かな声に、もう無茶な言葉は返らない。
ここまで行ってしまえば、もう駿紀たちでなくても問題ない。
総司令部の慣れた人間にバトンタッチして、駿紀たちはお役ゴメンだ。



総司令部ビルを後にして、見上げた空はキレイな夕焼けだ。
「なんていうか、気力が削がれる仕事だったな」
ため息混じりの言葉に、透弥は無言で肩をすくめる。口もきく気が無くなる、ということらしい。
が、駿紀には言いたいことと聞きたいことがいくつかある。
「よくあんな物騒な情報、あっという間に持ってきたな」
「あれでケリがつくなら、安いモノだろうが」
最高機密を安いとは、透弥らしいといえば、それまでだが。
それよりも、肝心なことがある。
「神宮司」
「なんだ」
「まさかと思うけど、本当にアソコに照準合わせたりしてないよな?」
あそこでヒヨらずに、やれるものならやってみろ、と言われたのなら。
「派手に色をぶちまけるモノが存在する、と知っているか?」
透弥は、質問で返してくる。
知ってるも何も、駿紀も志願兵役経験者だ。
「ソレ、ぶちかますつもりだったわけな」
はははは、と乾いた笑いが漏れる。
破壊能力は無くとも、北方民族に届くほどの威力を持ったモノを照準を狙いきって飛ばせば、一発といえでもリスティアの国家予算がそれなりに動くことになる。
そんなものを、用意させていたわけだ。
それでも、と駿紀は思い直す。
「人を死なせずに済むなら安いモノ、か」
大バカをやった犯人を含めて、だ。特に、と言うべきかもしれない。なんせ、彼にはこれから現実を知って、大いに反省してもらわなくてはなるまい。
「そういうことだ」
あっさりと透弥が返すのに、駿紀は今度は素直に笑う。
「俺、今日はもう、まともに仕事する気力無くなったんだけど」
無言のままの透弥へと視線を向ける。
「いっぱいしゃべらされて、腹も減ったし」
と、大げさ目に腹を撫でてみせる。
「どちらに行きたいか、決めろ」
どちら、がとは駿紀が紹介したところか、透弥が紹介したところかという意味だ。
「そうだな、どっちがいいかなぁ」
に、と笑みを大きくしながら、駿紀は首を捻る。


〜fin.

2008.03.21 LAZY POLICE 〜False designation〜


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