□ 至近距離、のはずで □
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かごの中には、野菜にお菓子に、そうめん。
それらを風呂敷で包んで、出来上がりだ。
「じゃ、行こうかね」
「うん」
しづの言葉に頷きながら、駿紀は包みを手にして立ち上がる。
今年も、おしょらいさんを迎えに行く季節がやって来た。
靴を履いて、開けた扉の先は、もう夕方になりかかっているのに、うだるような暑さだ。
しっかりと野菜が入ったかごは、それなりの重量だ。落とさないよう気をつけながら、駿紀は先に立って歩く。
お寺さんまでの道は、ちょっとした坂道だ。最後の仕上げは長めの石段なのだが、お寺におさめるモノを運ぶのは自分の仕事だということにしている。
花を抱えたしづは、何も言わず、ゆっくりと駿紀の後を歩く。
二人で、こうしてお寺さんに行くのも、もう四回目だ。数えても仕方ないけれど、やはり数えてしまう。
墓参りを済ませてから、お堂に行くと、忙しそうにしている住職自らが来てくれる。
「やあ、お迎えお疲れ様です」
やわらかい笑みの持ち主である住職は、祖父くらいの年になるのだろうか。物心ついたころにはいなかったから、そんなものかな、程度なのだけど、なんとなくほっとする雰囲気の人だ。
「今年も帰って来られたよ」
そう言って、お札を渡してくれる。
「ありがとうございます」
かごの中身は、帰りはお札だ。正確には、お札に宿ったご先祖様。
大事に抱え込みながら、駿紀は小さく首を傾げる。
ご先祖様の中には、お父さんとお母さんもいる。
いつもは遠くで見守っているのが、家に帰ってくるのがお盆。
そう教えられた。
でも、こうして歩いていても、家に帰っても。
話しかけても、返る声は無い。
走って一位だったことや、勉強を頑張ってみたことを言ってみても、笑顔は返らない。
ちょっと悪いことをしてみても、げんこつが飛んでくることも無い。
側に、いるはずなのに。
側に、いるのなら。
近いはずなのに、返って寂しい。
駿紀は、きゅ、と唇を噛みしめてうつむく。
いっそ、手の届かない距離なのだと思う方が、諦めがつく。
ここにいるかもしれないのに。
そのことすら、わからないなんて。
「そんな顔してたら、裕紀と聡美さんが悲しがるよ」
ふわり、と頭に乗った気配に、視線をあげる。
祖母が、静かに微笑んでいた。
「ここにいるよって言っても聞こえないことの方が、きっとずっと寂しくて悲しいよ」
何度か、瞬きをしながら。
ああ、そうか。
すとん、と何かが収まる。
祖母の方が、ずっとたくさんの、大事な人を見送ってきた。
それでも、静かにお盆を迎えられるのは。
こくり、と一つ、頷く。



炎天下の下を歩きながら、楠木が汗だくの額をワイシャツでぬぐう。
「ああ、クソ。もし帰ってきてるんなら、コイツがホシだって教えてくれりゃ早いんだけどな」
先ほど、通りがかりに盆が来たのだと知ったばかりだ。
隣を歩いていた駿紀は、静かに返す。
「俺らの近くで、一生懸命言ってると思いますよ。伝わらなくて、もどかしいんじゃないですか」
楠木は、駿紀を見やる。
駿紀は、いたって普通に見返す。
一瞬の間の後、楠木の顔に苦笑が浮かぶ。
「ああ、そうだな。教えられるもんなら、そうしてるよな」
被害者にとって、己の命を奪った相手が野放しなど、耐えられないだろう。
多分、お盆になると帰って来る、という考えは、人が人を失うことに耐えられずに創り出した話なのだろう。
だが、声が届かなくても抱きしめても気付かれないとしても。
神でも仏でも、構わない。
どうか、側まで帰してやって欲しいと思う。
この職についてから、心から思う。
「安心して大事な人のところへ帰れるようにしないとな」
顔つきが真剣なモノに戻った楠木に、駿紀も頷く。
「出来るだけ、早くに」
「おっしゃ、踏ん張ってくか」
二人は、先ほどまでよりいくらか大股で歩いてく。


〜fin.

2008.08.13 LAZY POLICE 〜At point blank〜

■ postscript

刑事の頃のは、木崎班所属の頃。

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