□ 憧れと奇縁と □
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日々の仕事の相棒であるミニバイクのメンテナンスをしていた加納は、足音と話し声が近付いてくるのに気付いて手を止める。
あまり褒められたことではないなと思いつつも耳を澄ます。
間違い無い、この声は隆南刑事のものだ。
よく通るとか、バカみたいに大きい声だというわけでは無いけれど、加納にはわかる。
なんせ、憧れの先輩なのだ。
自分と同じく叩き上げで、まだ三十に届いてないのに、本庁一、二の検挙率とうたわれる木崎に見込まれて班に引っ張られたのは有名な話だ。
それだけ優秀なのだろうに、警備に立つ自分達後輩にも全く偉ぶら無い。それどころか、気遣ってくれたりする。
あんな風になれたらな、と、ひっそり目標にしている。
警視総監にも認められ、特別捜査課という特別な部署に配置転換になった隆南に、偶然とはいえ、名前と顔を覚えてもらった。それだけではなく、加納が特殊な現場に立ち会えるよう手配してくれた。
ますます、憧れの存在だ。
駐車場に来たということは、また何か事件だろうか。
更に近くなって、もう一人の声もしてくる。
特別捜査課のもう一人、神宮司刑事のモノだ。キャリアながら、木崎と並び称される勅使に目をかけられている切れ者で有名だ。
彼らが関わった事件のいくつかには、現場警備というカタチで居合わせている。いつだって、彼らは鮮やかとしか言いようの無い手際で事件を解決してみせた。
鮮やかといえば、本庁のお荷物部署とまで言われている科研だ。
福屋家の事件の時、現場に立ち会いたいと意思表示したのは、最初は二十年間も閉ざされていたという現場がどんな風になっているのか、という野次馬的な興味でしか無かった。
駿紀たちが気にかけてくれた、という興奮もあったので、拒否するという選択を思いつきもしなかったのもある。
が、そこで目にしたモノは実に衝撃的だった。
何も無い場所から浮かび上がる血の痕跡に、個人識別が可能だという指紋。
実際、駿紀たちはソレを使って犯人を指摘し、二十年間も解決の糸口がみつからなかった事件を解決してみせた。
だから、天宮財閥総帥が狙われた事件で、警備隊の中から自分を見つけて林原が呼んでくれた時は、覚えてもらっている嬉しさもあったけれど、またあの手品のような現場検証を目に出来ることにも喜びを感じた。
あの時は、福屋の時より地味な捜査だったが、それでも床から犯人と総帥の動きが読み解かれていくのは面白かった。
加納が実際に目にしたのは、その二件のみだが、ウワサされるようなお荷物なんかでは無いと確信している。むしろ、これから、ますます必要とされていくのでは無いだろうか。
なのに、たった二人で大丈夫なんだろうか。
などと、すっかり自分の考えに没頭し始めてしまう。
「……」
何か声がしたような、と視線をめぐらせて、心臓が跳ね上がる。
いつの間にやら、駿紀と透弥が目前にいるではないか。
「こんにちは、加納さん」
名前までしっかりと呼ばれて、頬が高潮するのを感じつつも加納は姿勢を正して挨拶を返す。
「お疲れ様です」
「そんなかしこまられると、やりにくいなぁ」
駿紀が、くしゃ、と後頭部をかく。透弥がいくらか眉を寄せたのを見て、わかった、というように軽く手を振り、駿紀は加納へと向き直る。
「バイクのメンテナンスしてるということは、少し時間があると思っていいか?」
「はい」
その点、嘘を吐いたところで無意味だ。加納が肯定するのに頷き返してから、それじゃ、と付け加える。
「良かったらなんだけど、手を貸してくれないか?」
「俺でいいんですか?」
思わず素直に顔が輝いてしまったらしい。駿紀の顔には苦笑が浮かぶ。
「そんな喜んでもらえるようなコトでは無さそうなんだけど。科研で人手がいってさ、手伝ってくれると嬉しいんだ」
「隆南、ソレでは情報不足だ。部屋を片付けようとしているところで、事件等ではない」
無表情だが、透弥の言葉は親切だ。駿紀は、いくらか瞬いて見やってから、もう一度苦笑する。
「ホントは俺らが手伝えればいいんだけど、今から協力依頼先に行なかなきゃならなくて。東さんに力仕事させるのは心配だし」
東の足のことなら、加納も聞いたことがある。その後の言われようもだが、足が悪いのに力仕事では、確かに大変だろう。
それに、先日の捜査の時も、門外漢の自分に実に丁寧に説明してくれた親切は忘れていない。
「わかりました、俺で良ければ行ってきます」
しっかり頷いた加納に、駿紀は笑顔を向ける。
「助かるよ。ありがとう」
「場所はわかるか」
加納は透弥の問いに頷くと、会釈をしてから歩き出す。あの魔法のような捜査をしてのけた部署の中を見られるなら、片付けの手伝いも悪くない。
どこかウキウキとしながら、駐車場を後にする。



何やら弾んだ足取りで歩いていく加納を見送りながら、駿紀は髪を軽くかき回す。
「悪いことしちゃったかな」
「通常ならば上司に仁義を立てるべきだが、逆効果だろう」
透弥が無表情に返す。
特別捜査課が本庁内で好意的に見られているかというと微妙だ。警視総監の気まぐれで創設された上に、二人だけで解決してしまうというのは煙たい存在に違いない。
それでも、まともな協力依頼も舞い込むのは、駿紀や透弥を個人的に知っており、認めてくれている人が所轄にいるからだ。
科研にいたっては、本庁どころか、どこからもお荷物と言われている始末なのだ。
うっかりと、お借りしますなどと伝えれば、返って加納の立場は悪くなるに違いない。
「ああ、そっちもだけど」
協力依頼先へ向かうべく、どちらからともなく歩き出しながら駿紀は、もう一度、髪をかき回す。
「縁が強くなっちゃったかと思ってさ」
割りあて車のキーを手にした透弥が、不可思議そうに振り返る。
「仁義立てられるのが迷惑な部署の人間に覚えめでたくなるってのもどうかってことだよ。林原さん、最近元気イイし」
駿紀の苦笑気味の言葉に、透弥も肩を軽くすくめる。
「機材を私費で揃える件なら、前からその気だったが」
全ての解析機器や測定機器を、二人でまかなうのは無理だと少々我慢していたらしいのだ。が、最近、警視総監からオボエメデタクなってきたし、半ば嫌がらせの協力依頼でも活躍の場がちらほらと出てきているので、強気になったらしい。
次の人事での、増員を希望する予定する気なのだ。
「候補の筆頭になっちゃったような」
「した、の間違いだろう」
容赦無くツッコむと、透弥は運転席へと乗り込む。駿紀も助手席へ腰を下ろしつつ、小さく舌を出す。
「やっぱ、俺?」
「当人も噂を知らないわけではないだろう」
丁寧だが、慣れたスピードでバックしながら透弥が返す。
「縁を切りたいのなら、それなりの方法もある」
「まぁな。まあ大丈夫か、科研に木崎さんいないしな」
自分が木崎班に移動になった時のことは、忘れろと言われたところで無理な話だ。
透弥はそこまで話をすれば充分とばかりに、無言で運転しはじめる。

加納は、部屋の片付けどころか新規装置立ち上げまで付き合ってしまったりするのだが、それは駿紀たちのあずかり知らぬ話だ。


〜fin.

2008.07.17 LAZY POLICE 〜Longing and Rum coincidence〜


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