□ 類は □
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駿紀は、きょろきょろしたいのを堪えて透弥について歩いている。
今いるのは、とある省庁の中だ。所轄からの協力依頼で、国家公務員から事情聴取まではいかない情報を得て来てはもらえないかというモノを受けたのだ。
先だって木崎が手を回した、特別捜査課に面倒を押し付けろ企画の一環と思われる件で、透弥は一蹴しようとしたのだが、駿紀が受けよう、と言い出した。
「だって、うっかり所轄のが行ったら、絶対大げさにするよ。対象が神宮司の友達なら、さらっと流してあげるのが親切じゃないのか」
こういうことを言い出すと駿紀はテコでも譲らないのは、透弥も骨身に染みて理解してるので、こういうことになっている。
透弥がどこに行っても動じないのか、それともこういう場所に慣れてるのかはわからないが、少なくともココに来るのは初めてではない証拠に、案内を確認することも無く、とっとと歩いていく。
「ああ、神宮司、ココだ」
軽く手を上げた成島という男は、前に会ったいかにも国家公務員という雰囲気だった倉沢とは違い、駿紀たちとそうは変わらぬ雰囲気だ。が、その視線は鋭く切れ者であることをうかがわせている。
応接室を確保していたらしく、すぐにお茶が運ばれてくる。
脊髄反射フェミニストの笑みを受けて、ぽーっとなったお茶出し嬢がいなくなったところで、成島は、さて、と向き直る。
「で、急にどうした」
「事情聴取だ」
ごくあっさりと返す透弥に、目を丸くしたのは駿紀の方だ。
「おい、神宮司」
が、成島は驚いた様子も無く、首を傾げる。
「ははあ、こないだ隣の部署でなんかやらかしたヤツがいるとかって聞いたぞ。それ絡みだろう?神宮司たちの担当なのか?」
「いや、協力依頼が来ただけだ。わかっているなら話は早い。言うことは言っておけ」
自白しろとでも言いたいように聞こえるが、そうではないことは成島にもわかってるらしい。
「なに、俺疑われてる?」
「いや、単に情報を持ってそうだと思われてるだけだ」
「ふぅん、持ってるったってたいしたことないけどな。ま、役に立つかどうかはわからんけど」
ごくあっさりと、知っている情報とやらを話してもらい、確認を終えた後。
駿紀がメモを取った手帳を閉じたのを見届けて、成島は、にっと笑う。
「ところで神宮司、最近二課じゃなくなったって聞いたぞ」
「ああ」
面倒そうに眉が寄るが、ひとまずは肯定した透弥に、更に問いは重ねられる。
「二人だけの部署って、本当か?」
「だったらどうした、こちらも勤務中だ。帰る」
なぜか、いきなり話は終了とばかりに立ち上がろうとする透弥を、成島は笑顔のまま制する。
「そりゃ無いだろ、こっちだって勤務中に協力したんだ、少しはおしゃべりに付き合って帰れ。それが人付き合いってもんですよね、隆南さん」
急にふられて目を丸くするが、確かに久しぶりに会った友人なら近況を話し合うくらいはあってもいいとは思う。
が、こうして透弥が切り捨てる時には、たいてい何かあるのだ。
なんか微妙だとは思うが、友情を優先してみることにする。
「まあ、そうですね」
「ほら」
勝ち誇ったような視線を向けられて座り直しはするが、透弥の機嫌はますます悪そうだ。
「どうせ、林原あたりからロクでもない話を聞いてきたんだろう」
「ロクでもなくないない、俺らには大変なニュースだって」
特別捜査課に配属されたことが、そんなに透弥の友人たちには珍しい話なのだろうか、と駿紀は首を傾げてしまう。ひとまず、友人同士に会話を任せて、すっかり冷めてしまってはいるが、お茶を手にする。
「なあなあ、神宮司、口ゲンカしてたって本当か?!」
興味津々の顔で身を乗り出されて、思わず噴き出しそうになったのは駿紀だ。やっぱり、とでも言いたげに口を閉ざしてる透弥と成島を、かわるがわる見てしまう。
「なんで、ソレ?」
「いやぁ、だって神宮司がですよ?あの冷静冷徹を絵に描いたような男が、ねぇ」
と言いかかって、はた、とした顔つきになる。
「あ、そうだ。相手ってアナタですよね?何が原因なんです?コイツ、なんて言って怒ったんです?」
子供のようなケンカをしたってことを知られてるというのだけでも顔から火が出そうで、絶句してしまう。が、よくよく考えてみれば、だ。
「いや、でも、ソレなんか変ですよ」
「隆南」
透弥が、頭痛がしてきたような顔つきで名を呼ぶ。
が、駿紀には成島の台詞は、大変に理解しがたい。
「だって、変だろ。神宮司がケンカしたら、なんでおかしいんだよ?」
大真面目な顔つきなのを見た透弥は、一瞬の間の後、苦笑を浮かべる。
「俺の場合は、おかしいんだ。少なくとも、隆南以外には」
その笑みに、どこか苦いものが加わってるのに気付かない駿紀ではない。
「神宮司って、ものすっごい鉄面皮なんだなぁ」
と、やっておく。
「というわけで、成島。特殊なのは俺でなく、隆南だということだ」
ごく真面目な顔で、しれっと透弥が返す。
成島は、ぷ、とふき出す。
「なるほど、そうみたいだ。ま、覚悟しとけよ、皆、詳細聞きたくてウズウズしてるからな」
「しばらく会わない」
うんざりした声で言うと、透弥は立ち上がる。駿紀も、これは潮時と心得て一緒に動く。
「情報は感謝する。これ以上の面倒は無いはずだ」
「了解、面倒になりそうなら、連絡頼む」
「ああ」
そこらは友人のよしみというヤツだ。駿紀も礼を言い、二人は省庁を後にする。



警視庁へと戻る道の途中、信号待ちをしていると、だ。
「待て、このヤロウ!」
という鋭い声と、足音が近付いてくる。
皆、何事かというように視線を一斉に声の方へと向ける。が、走ってくる男の顔つきが尋常でないことに気付くと、遠巻きになってしまい、返って道を開けるようなカタチになる。
必然的に、駿紀たちは最前列の特等席だ。
「ひったくりってとこか」
「女性用そのもののバッグが当人のモノで無い限りは」
「武器は無さそうだな」
「仕込みの気配は無い」
駿紀もだが、透弥の視線も早い。
に、と駿紀は口の端を持ち上げる。
「なら、やることはヒトツだ」
「せいぜい、車には気をつけることだ」
透弥の台詞と同時に、ホシが二人の目前を走り抜ける。
「ご忠告どうも」
言いざま、駿紀は背後から相手の足をつっかける。
「うわあ?!」
派手な声を上げてもんどりうつ男の腕を、すぐに後ろ手にひねり上げる。
「動くな、警察だ」
言葉に反応して蹴り上げてくる脛を思い切り叩きなおしてやり、素早く体を反転させ、反対の膝を後ろからどついてやる。
ぎゃ、と妙な声を上げて尻餅をつかせてしまえば、半ば以上コチラのモノだ。
ひとまず、両手は手錠で自由を奪う。
「窃盗の現行犯だな」
男が転びざま放り投げたバッグは、器用に透弥が受け止めてくれたようだ。
追いついてきた男が、息を切らせながら頭を下げる。
「ありがとうございます、急に後ろから突き飛ばされたかで」
と言いながら頭を上げてきた途端。
「あー、隆南!」
「なんだ、筒井だったのか。ちょっと待って」
追いついてきた交番勤務らしい警察官に、取り押さえた男を引き渡す。
透弥から警察手帳を示され、警官の方はやたらと恐縮の模様だが、ひとまずは落ち着いたと思っていい。
「筒井がどうして」
「いや、あのお婆さんが、ひったくりって叫んだからさ。見ぬふりってのもマズいだろ」
と、外回りらしいスーツ姿で笑う。
「声したから早めに気付けたよ、ありがとう」
駿紀の言葉に、筒井は笑みを大きくする。
「礼を言うのはこっちだろ、さっすがおサルの隆南だよな」
「おサル余計だから」
「えー、誉め言葉だよ。そうそう、あのハンサムって隆南と組んでるの?」
視線を向けると、やっと追いついたバッグの持ち主が、透弥から手渡されたバッグをおしい抱いているようだ。なるほど、ちょうど脊髄反射フェミニストの笑みを浮かべたところで、ハンサムという単語が相応しい。
ちょっとこみ上げてきてしまった笑いを耐えつつ、駿紀は頷く。
「うん、今組んでる」
「やっぱなぁ、すっごい息の合い方でさ、ビックリしたよ」
「え?」
いくらか怪訝そうに首を傾げると、筒井は手まねしつつ、
「だって、隆南がこうアイツ、コケさせたろ?どっちにカバンが飛んでくかわかってたみたいにさ、そこに立ってたんだぜ」
実に感心した顔つきで告げる。
「隆南の動きについてけるのって、俺らでも無理だもんよ。やっぱりアレか、あの人も隆南みたいにおサルなのか」
「や、それは無い」
こんなの聞かれたら、あっという間に透弥の眉が寄りそうだ。が、筒井がそんなことを知るわけも無い。
被害者たるお婆さんが、近寄ってきて頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました」
犯人を連れて行ったのとは別の警官がやってきて、筒井たちに告げる。
「大変お手数ですが、状況だけお話いただけませんか」
「こちらの分は、終了だ」
透弥が、あっさりといつもの口調で告げる。駿紀が立ち話をしている間に、捕らえた状況を伝え終えたのだろう。階級のことも手伝って、あっさりと開放されることになったらしい。
「了解、じゃ、悪いけどもう少し協力してあげてくれよ。俺らはこれで」
「おう、またな」
手を軽く振ってから、筒井は透弥へ笑顔を向ける。
「バッグ受け止めて下さってありがとうございました、ぶちまけられたら、かわいそうだったから」
透弥の返事を待たず、彼は警官についてってしまう。
どちらからともなく、歩き始めてから。
「おサル」
ぼそり、と言われて、駿紀は目を丸くする。
「なんだよ、突然」
「隆南のことだ、そう言っていた」
「う、聞こえてたのかよ」
軽く唇を尖らせつつ、はた、とする。どこまで聞こえてしまっていたやら、と急に疑問がわいたのだ。
透弥までもがおサルの仲間入りをさせられてると聞いてたら、どんな毒舌が、と隣を見やるが、別に不機嫌な様子は無い。
たまたま、単純なその単語が耳に入ったのかもしれない、と思い直してみる。
そんな思考に没頭していたので、透弥が何か言いかかった言葉を、聞き逃す。
「え?」
「いや、なんでもない」
そう返した透弥の口元に、一瞬笑みが見えた気がして、駿紀は小さく首を傾げたのだった。


〜fin.

2008.07.07 LAZY POLICE 〜Like attracts...〜


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