□ 光速以上 □
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相変わらず山となっている、半ば嫌がらせの協力依頼をさばきつつ、駿紀は首を傾げる。
「なあ、神宮司」
「なんだ」
くだらない書類と睨めっこ状態で、当然の如くあまり機嫌の良さそうでない透弥の返事だが、構わず続ける。
「本当にどうしようもなく、とてつもなくしょうもない依頼が、減ったと思わないか」
駿紀の表現がいくらか面白かったのか、透弥は視線を上げて駿紀を見やる。
「確かに、多少は減ったようだ」
「な?でも、どうしてだろう」
そういうのこそ、毒にも薬にもならず、嫌がらせには持って来いの類だと思われるのだが。
駿紀が首をひねったところで、扉から合図だ。
「失礼します、書類のお届けにあがりましたー」
顔を出したのは、メール担当だ。確か、津田の後輩だったような、などと思っていると笑顔で駿紀の目前までやって来る。
「はい、今日の分、コチラになりまーす」
と、にこやかに駿紀へと手渡してくれる。
「ああ、どうもありがとう?」
微妙に疑問形になってしまうのは許してもらいたいところだ。届けてくれるよう依頼した事実は無い。
どうしようもなく忙しい班なら、頼み込めばしてくれないこともないが、基本は、自分で振り分けられた書類ボックスから持ってくるのだ。
この腹立たしい協力依頼の山も、そうしてココにやって来た。
彼女も、その疑問は理解したのだろう、笑みを大きくする。
「特別捜査課はお二人だけの上に、忙しくて大変だって伺ったので。ご迷惑でなければ、今後はお届けにあがります」
もちろん、とても助かる。なんせ、日に何度かやってくることも珍しくは無い。それをいちいち確認に行くのは、案外面倒なのだ。
透弥も、別に反対では無さそうなので、駿紀は頷き返す。
「そうしていただけるなら、助かります」
「じゃ、お届けするということで。あ、申し送れました、私、メール担当の青柳って言います。よろしくお願いします」
元気良く頭を下げる彼女に、駿紀たちもよろしくと告げる。
うふふ、と謎の笑いを残して、青柳は弾んだ足取りで特別捜査課を後にする。
思わず瞬きをして見送ってから、駿紀は透弥へと振り返る。
「何か、えらい嬉しそうだったけど」
考えたくないというように透弥は書類へと視線を戻してしまう。
なんだかわからないが、ともかくも目前の書類は片付けなくてはどうにもならない。駿紀も手元へと視線を戻す。



到着書類がボックスに入っているかチェックする、という煩わしさから開放されてから二日ほど後。
届いた山を半分にしようと手をかけた駿紀は、お、と呟く。
「そろそろ飽きてきたのかな、ずい分と減った」
「面倒ごとを他人に押し付けられるなら、そうしたくなるものだと思うが」
透弥の言葉はもっともなのだが、協力依頼の書類が格段に減ったのは、紛れの無い事実だ。
「じゃ、神宮司はコレをどう説明するんだ?」
「面倒をせき止めている人間が存在する」
ごくあっさりと返されて、駿紀は唇をとがらせる。
「んなことしてくれるような人、いないだろ」
「そうか?」
視線を上げた透弥は、いたって真面目な顔つきだ。
「神宮司、心当たりあるのか」
「むしろ、隆南がな」
「え?あ?津田さんのことか?」
言いながら、首を傾げる。
「や、だって彼女は受付担当だぞ」
「庶務関連を引き受ける婦警は、別途研修があると聞いている。彼女は、勅使さんも認識するほどに仕事が出来るようだ。ということは指導担当をしていても、おかしくは無い」
中途半端だと駿紀は納得しないとわかっているからだろう、透弥は根拠をしっかりと述べる。
駿紀には、庶務関連の研修があることだけでも驚きだったのだが。
よくよく考えてみれば、だ。
「あれ、もしかして、メールが配達扱いになったのも?そういや、青柳さんて、津田さんの後輩だとか聞いたことあった気はするけど」
書類が届くようになったのが、津田の手回しだというのは納得出来る。だが、面倒な書類が減ったのと津田が顔が広いのとが、どう繋がるのかは、よくわからない。
「いや、でも、書類送ってくるのは、他署だぞ」
「別に、研修を受けるのは警視庁の担当者だけではないだろう」
「そりゃそうかもしれないけど、まさか、なぁ」
透弥は、これ以上は無駄口でしかないと判断したのか、協力依頼の山へと視線を戻す。
「まさかなー」
なぜか、不思議と乾いた笑いを漏らす自分の口に困惑しつつも、駿紀も書類の中身へと集中しようと思った時だ。
合図と共に扉が開く。
「こんにちは、昼便分のメールを届けに来たわ」
顔を出したのが津田なのに、駿紀は目を瞬かせる。
「え?なんで津田さんが?」
「ちょうど、メール担当と会ったから。先日のお礼を、ちゃんと言ってなかったしね」
にこり、と微笑んで、津田は駿紀の手に書類を手渡す。
「隆南くんも、神宮司さんも、先日は本当にありがとうございました。私のポカでご迷惑をおかけしてすみませんでした」
丁寧に頭を下げられて、駿紀は苦笑気味に手を振る。
「いや、こっちこそ。勝手に立件しないでカタつけちゃったしな」
「そちらの上司は大丈夫でしたか」
脊髄反射フェミニストの微笑で透弥に問われ、津田は少々ほほを染めつつも頷く。
「ええ、全く」
津田にも有効か、と妙な感心しつつ、そうだ、と駿紀は思いつく。
「そういや、メールの手配とかしてくれたみたいで、ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないわよ、元々特別捜査課は注目されてたっていうだけだから」
先ほどまでとは別種の微笑を浮かべて、津田はあっさりと言ってのける。
「だから、みんなが欲しがってる話題を提供しただけなの。特別捜査課はたった二人でとても大変そうって」
「それだけ?」
同期の気安さで、つい、問い返してしまう。津田は、くすり、と笑う。
「とっても優秀なだけじゃなくて、カッコいいわよって付け加えちゃった。嘘はついてないでしょ?」
「や、それ本人らに同意求められても困るだろ」
「特別捜査課出来る前から二人ともウケが良かったの。受付にもちゃんと挨拶してくれるし、雑用片付けた時もお礼欠かさないしね」
言われた駿紀は、ああ、と小さく呟く。自分にとっては常識でも、そうは思っていない人間が多いことを知っている。まるで、事務を片付ける人間は下だとでも言いだしそうな連中だ。
透弥も、そういうあたりはきちんとしているらしい。
「二人だけで、どうなっちゃってるのかって、注目はされてたのよ。大変そうだって知れたから、彼女たちなりに色々と工夫してくれてるってわけ。それが結果的にお二人の役に立ってるのなら、なによりだわ」
「まぁな、助かってるよ、実際。それはそうとさ、津田さんの知り合いって本庁以外にも?」
うふふ、と謎の笑いを漏らして、津田は指を一本立てる。
「二人には、とてもお世話になったから教えてあげる。少なくともアルシナド管内の庶務関係担当は、実に緻密なネットワークを構築してるのよ。なんせ、メールの分別は間違いなく仕事だもの」
なるほど、本来の書類のほかに、ちょこっとメモをつけとけばいいだけだ。各署各課に、日に一度で無く書類は行き来する。
そこでやり取りされる情報は、事件のことだけではない、と。
「なるほど」
妙に感心した呟きを漏らした駿紀の手元を、津田は指差す。
「それにね、そういうくだらない書類を作成するのは、たいてい私たちなのよ。特別捜査課に嫌がらせをする前に、おっさんどもは私たちに嫌がらせをしてるっていうことに気付いた方がいいわね」
視線を上げて、にこやかに付け加える。
「というわけで、私たちは特別捜査課がヒイキなの。だから、何か役立ちそうなことがあれば声をかけてね。多少の無理でも、喜んで協力させてもらうから」
「ああ、助かるよ」
そうとしか言えず、笑顔で立ち去ってく津田を見送る。
完全に扉がしまり、ここから離れるまでの時間がたっぷりとたってから、駿紀が呟く。
「ありがたい味方……だよな?」
「少なくとも、敵でないことは感謝すべきだろう」
透弥は、手にしている書類を軽く振る。
「コレが減らずに倍増する可能性を考えれば」
「うえ」
駿紀は思わず想像してしまい、妙な声を上げてしまう。再度、書類に戻りながら、今日のこともある程度はウワサにされるのだろうな、と思う。
そして、午後のメール便ではしっかりと広まってしまうのだろう。それこそ、この『Aqua』中に敷設されているとされている、ただし端末がついていけてなくて、全く役立ってないらしい光通信網などより、ずっと速いスピードで。


〜fin.

2008.07.10 LAZY POLICE 〜over velocity of light〜


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